影に蠢く者たち
砂塵がカブールの街路を包む黄昏時、王宮の奥に佇む謁見の間では、銀の香炉が静かに煙をくゆらせていた。蝋燭の光が高い天井に揺れ、群青と金の織物が重々しく風に揺れている。
その中央、アブドゥッラフマーン・ハーンが鋭い目を細めていた。厚い髭に覆われた顔は威厳に満ち、彼の周囲には宦官や部族長、宮廷付きの学者たちが沈黙を守って立っていた。
「アズィズ・ザミーン・シャー……あの男のことをどう見る?」
王は誰にともなく呟いた。その声には僅かに警戒の響きがあった。
「王よ、彼は確かに軍才はあります。しかし、あまりにも……急進的です。西洋の兵制を導入しようなどと」
老いた宰相が小さく口を開いた。彼の言葉には、懐疑と不安、そして何よりも嫉妬が滲んでいた。
「兵どもは彼に従い始めております」と、別の家臣が続けた。
「街では、彼の部隊が村で税の徴収や秩序維持を始めたとの噂も……」
「王政を脅かすことなど許されぬ」
アブドゥッラフマーンの声は冷ややかだった。
その夜、密命が一人の暗殺者に託された。
*
一方その頃、アズィズは王都西方の訓練拠点にあった。整備された銃器、模擬戦形式の訓練、衛生管理の導入。小さな一歩の積み重ねが、部隊に規律と秩序をもたらし始めていた。
「命令に従わなければ生き残れない。だが、命令に意味があれば従うのは容易い」
アズィズは訓練後の集会でそう語った。
「お前たちは兵士であると同時に、この国の柱だ。血と汗の意味を知る者が国を造る。それを忘れるな」
兵たちは黙って頷いた。かつてはバラバラだった者たちが、今は共通の目標に向かって動き始めていた。
その夜、アマーヌッラーが訪れた。彼は旅装のまま、馬の鞍に砂埃を残したまま屋敷に入ってきた。
「アズィズ、これは……トルコからの書簡だ」
手渡された文書はオスマン帝国の改革派将校との書簡だった。彼らはすでに軍制改革を進め、教育制度においてもシャリーアと西洋的理性の融合を模索していた。
「君は、本当にこの国を変えるつもりなんだな」とアマーヌッラーは言った。「私は君と共にある」
アズィズはその言葉に力強く頷いた。
「やるべきことがある。そして、今しかない」
二人は並んで屋敷の中庭に出た。夜風が吹き、遠くカブールの城壁が月明かりに浮かんでいた。
その瞬間だった。
風の中に紛れて、鈍い音が響いた。アズィズの背筋が凍る。体が自然と動いた。
「下がれ!」
アマーヌッラーを突き飛ばし、腰のカーブド・サーベルを抜く。闇の中から、黒装束の男が突進してきた。手にはナイフ、目は殺気で満ちていた。
「暗殺者か!」
剣と刃がぶつかり、火花が散った。一瞬のうちに何度も交差する刃。その動きは素人ではない。アズィズの中に流れる自衛隊格闘術の記憶が、意識より早く体を動かした。
「そこだッ!」
最後の一閃が男の肩口を裂いた。呻きとともに地に崩れた暗殺者は、血を吐きながら、こう呟いた。
「王の……命……」
アズィズは剣を下ろした。背後から駆け寄るアマーヌッラーを振り返る。
「……来たな」
自分の動きは早すぎた。目立ちすぎた。だが、もう引くつもりはない。
「これで決まったな」とアズィズは言った。
「奴らが俺を恐れた。ならば、前に進むしかない」
アマーヌッラーは静かに頷いた。
「我々には国を変える義務がある。そして……」
彼は短く続けた。
「……それが、お前にしかできないのだと、奴らも知っている」
*
翌日、王宮ではある噂が流れていた。
「アズィズ将軍を狙った者が死んだ」
「誰かが情報を漏らしたらしい」
「アズィズ・シャーは、ただの将軍ではない」
王宮の壁に張り巡らされた陰謀が、微かに揺らぎ始めていた。誰もが薄々感じていた。
この男は——アズィズ・シャーは——アフガニスタンに変革をもたらす嵐だ。