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第73話 アリシア、塩湖の中心で愛を叫ぶ

「そうだったね。公爵閣下かー。スレッドリーがねー。何か不思議」


 成金のボンボンみたいなクソガキで、ラッシュさんを困らせて、見るからに怪しい悪徳業者に騙されて隷属の腕輪なんて買わされていたのにね。15歳になったら急にイケメン王子に育っていて……でもやっぱり中身は頼りなくて……。


 懐かしいようなあっという間だったような。

 少しずつ、わたしの中の空白の5年半が埋まってきているような気がする。


 こんなことを思っているのは不謹慎かもしれないけれど……なんだか今、すごく楽しいな。


 ここでこうして遊んでさ、塩水で服を濡らしながら王宮に戻ったらさ、まだストラルド陛下が王座についていらして「アリシア、スレッドリーと遊んでくれたの? ありがとね」って気さくに笑いかけてくれそうな……あ、ダメ……涙が。


「どうした? どこか痛いのか? 何か硬いものでも踏んだか?」


 スレッドリーは自分の服が濡れるのもおかまいなしに、わたしの足元にしゃがみこむ。


「違うの違うの! どこも痛くはなくて……なんか……急にね……ストラルド陛下が亡くなったのがやっぱり信じられなくて……」


 ダメだ。

 言葉にしたら涙が止まらない。


「ああ、俺もだよ……」


 スレッドリーの胸にやさしく抱き寄せられる。


「父上のために泣いてくれてありがとう」


「うん……」


 スレッドリーの腕に力が入る。


「不安にさせてしまってすまない……。俺は、父上が守ってきた国を守りたい。民の笑顔を守りたい……」


「うん……」


「兄上が何を考えているのか俺にはわからない。でも、俺の考えをはっきりと伝えるつもりだ」


 心地良い拘束。

 スレッドリーの想いが、体温を通して伝わってくるみたい。

 足は塩湖の水で冷たく、体はスレッドリーの想いで温かい。


「スレッドリーはまだまだ悪ガキのままだね……」


「そうか……?」


「良い意味でよ? でもずっとまっすぐ前を向いて突き進んでいく悪ガキのままでいてね」


「ああ。信念を貫くのに大人も子どももないからな」


「そういうの、すごい良いと思う。わたし、好きよ」


「ありがとう、アリシア。俺は俺の信じた道を行く」


 信念。

 父王・ストラルド様のように国民の笑顔を守る。

 そのためにできることをなりふり構わずやる。


 信念を貫くのに大人も子どももない。

 スレッドリーはそう言い切ったけれど、わたしはそうは思わない。

 大人になると……立場が上になればなるほど、見えてくる景色が変わってくるんだと思うんだ。守らなければいけない人も増えるだろうし、気にしなければいけない範囲も広がる。


 わたしは、目に見えて傍にいる人たちのことしか考えられないけれど、スレッドリーは違うんだよね。生まれた時から、ううん、生まれる前からなのかな……スレッドリーの周りにはたくさんの人がいたんだよね。守ってくれる人もそうだし、守らなければいけない国民もそうだし。


 そんなすべてを見て、それでも「信念を貫く」って言えるあなたのことを尊敬するよ。


 わたしにはできないことだから。


 応援しているね。

 わたしにできることがあったら、何でも手伝うよ。


 やっぱりスレッドリーは王族なんだね。

 わたしとは違う道を行くべき人なんだね……。


「どうした、アリシア? 急に黙ったりして。苦しかったか?」


 スレッドリーが抱きしめるのをやめて、わたしの顔を覗き込んできた。


「ううん。ぜんぜん。今日はスレッドリーに付き合うって決めたからね。お好きにどうぞ」


 不安そうな表情のスレッドリーに対して、微笑み返してみる。

 極力自然に。


 いつまでこうしていられるかわからないから。

 スレッドリーがわたしのことを必要としているのは今だけだと思うから。


 今回の件や、領地の安定運用の段取りが整えば、きっとわたしの力は必要なくなる。王家の人たちがスレッドリーのことを支えてくれるはず。国を守り、国を良くしていくなら、ストラルド様のように信用のおける人たちを集めて、しっかりとした組織を築かないとね。わたしみたいにチートスキルに頼りっきりで、小手先の奇策で何とかしようとするような人間が傍にいちゃいけないと思うの。


 でもそれをスレッドリーには言わない。

 今言っても伝わらないと思うから。


 きっとそれがわかる時が来ると思う。

 その時まで、ね。


「ねぇ、スレッドリー。この湖ってどこまで広がっているのかな? ずっと向こうの端っこまで歩いていけると思う?」


 水平線のその先まで。

 わたしたち2人だけで。


「どうだろうな。俺もこの辺りでしか遊んだことはないから……」


 片手でひさしを作って、水平線の向こうを眺める。


「せっかくだから行ってみない?」


 2人だけでどこまで行けるのか。

 わたしたちの未来はどこに繋がっているのかな。


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