第一章:姉御とお呼び!!(仮)
ああ、目の前に綺麗な花畑がある。川の向こうには、大好きだった婆ちゃんが…。あっ手を振ってる。懐かしいなあ。
しかも…なんだか暖かい風を身体中に感じて気持ち良いな。あーなんか考えるのも面倒くさくなってきた…。このまま寝ちゃったら幸せか…―――ってなにぃっ!?
「―――はっ!?!?」
ガバッと勢い良く起き上がる私。
「えっ!?んんんっ!?」
なんか今、物凄くやばくなかった?川の向こうで、死んだ筈の婆ちゃんが笑顔で手招きしてたんだけど!?
怖っ!?今更だけど、めっちゃ怖っ!!
私が目覚めようとした瞬間、婆ちゃん確実に舌打ちしてたよね!?私、聴覚と視覚だけはめっちゃ良いんだからなっ。マジでどういう事だよあの糞ばばあっ!?
私はぶるりと身震いした。危ない危ない。危うく連れて行かれる所だった…。
「てか…此処ドコだよ…」
額に浮かんだ冷や汗を拭いながら、私は辺りに視線を泳がせる。
一面緑。しかも…寒い。何故だ?今って4月だよね?なんか1月とか2月のような肌寒さを深々と感じるんだけど。
「…あ、武元…」
ふっと頭をよぎった名前。何となく振り返ると、そこに武元がいた。
無防備に寝ている。いや、気を失っているって言うのか?まあ一応胸は上下しているので、死んではいないと思う。
「…………」
私は武元に近寄ると、じろじろと眺めてから頭を引っ張叩いてみた。
「―――ったあ!?!?」
「よお。無事か武元」
頭を抑えて悶絶している武元に、私は情け容赦なくそう言い放つ。すると武元が涙目になりながら、私の方を見詰めて来た。
「い、今の一撃で死にそうになりました」
痛い、と唸っているがそんなわけ無いだろう。私だって一応手加減してやったぞ。
「…まあ、無防備に寝ていたお前が悪い」
「いやいや。気を失ってたんですって。しかもさっき物が降ってきて、あちこち当たって痛かったんですから」
―――そんな怪我人に追い討ちを掛ける人がいます!?
そう訴える武元の頭を、私はもう一度引っ張叩く。
「阿呆。私だって一応怪我の具合を見て加減してやったわ」
人をろくでなしみたいに言うな武元。これでも人を労る心はあるっちゅうの。
「それより武元、お前此処がどこだか分かるか?」
私の言葉に、武元はきょとんと目を瞬かせる。それから少しの間の後、ゆっくりと口を開いた。
「―――え?清水部長が、僕を此処に連れて来たんじゃなかったんですか?」
どうやら武元は、私が連れ出したと思っていたらしい。
「私じゃない」
「そんな…。僕はてっきり、清水部長が僕を背負って、安全なこの森に避難したのかと思ってました」
―――ちょっと待て。お前の脳内の“私”は、どんだけ逞しいんだよ。
お前がどんなにひょろひょろしていても、一応は男だ。男のお前を、女の私が軽々と背負えるとでも思うのか?頑張って背負ったとしても、まさかこんな森の中にまで避難出来るわけなかろうが!!
「清水部長なら、熊も背負えちゃいそうなイメージあったんで…」
どういう事だ、おい!?どんなイメージだよそれは。
「あ。いや清水部長は、実際に熊を片手で担いだんでしたっけ?」
「…待て待て待て。なんだそれは!?私は熊なんて触った事も無いっつーの」
慌ててそう口にすれば、酷く驚いた様子の武元がいて…。
「ええっ!?部内ではそういう噂が流れてましたよ。清水部長が熊を投げ飛ばしたって…」
驚愕の表情を浮かべる武元。いやいや、驚きたいのはこちらの方だ。しかも心無しか…愕然としてないか、お前?
全く…。そんなデタラメな情報を信じるなんて…全く以て理解出来ない。
「あのさ、私が熊に出逢う機会なんて…―――いや待て。もしかしてアレの事か…?」
不意に浮かんだ“アレ”。そのデタラメな噂を生み出しただろう原因を、私にはちゃんと身に覚えがあった。
「いや、しかし…アレは…」
原因は分かったが、それがどう噂になったのかが分からない。まさか誰かが故意的に流したのか…。だとしたら誰が?
難しい顔をしている私を、武元は不思議そうに私を見詰めている。
「“アレ”とは…?」
小首をかしげながら尋ねる武元の方を一瞬見る。無駄に阿呆面してやがる…。
「…いや、確かに私は“クマ”は投げ飛ばしてる」
「えっ!?やっぱり本当だったんですね」
「違う違う。私が投げ飛ばしたのは柔道部の“熊本”っていう男だ。因みにそいつ、みんなには“クマ”って愛称で呼ばれてる」
頭を抑えながら溜め息混じりにそう言うと、武元はやっと納得したように瞳を輝かせた。
「ああ、なるほど。だからそんな噂が…」
「多分、な。…ったく、本当に誰だ?そんな噂流した奴は」
また悩み事が一つ増えたじゃないか、とうなだれていると、武元はさも当然のようにこう言葉を紡ぎ出した。
「え、一条先輩ですよ?」
さらりと言った武元。私は一瞬の間の後、ハッと我に返り雄叫びを上げた。
「楓かぁぁぁあっ!!」
一条楓とは剣道部の副部長であり、私のクラスメートであり、幼なじみである女だ。
そう…。私の弱みを握る唯一の人間と言っても過言ではない女。
憎たらしいくらい端麗な顔付きをしている癖に、性格は悪魔のように恐ろしい。あいつの腹の内は真っ黒だ。一筋の光さえ灯さない。一寸先は闇だ、ブラックホールだ!!畜生!!
「くそっ楓の奴…私の不幸を面白おかしな噂にでっち上げやがったな…」
帰ったら覚えていろよ。八つ裂きにしてやる!!いや、八つ裂きと言わず微塵切りにしてやるからな、あの馬鹿娘っ!!
私は胸にしっかりと刻んだ。




