諦めるつもりはない
「また立会人かよ……これで最後にしてくれよ。それで敗者はオフィーリア嬢に近寄らない・関わらない・話しかけない。でいいのか?」
教師はカルメル嬢と呼んでいたのにいつの間にか名前呼びになっていた。オフィーリアが先日なぜか剣術の先生に大変だね。と声をかけられた。と言っていた。意味がわからん。
「そうですね。僕が負けたら婚約破棄、彼が負けたら条件はいつもの通りで」
「いつもの通りか……噂は本当だったんだな」
「噂ですか? 敗者にはこの件について口外しないように約束しているのにどこから漏れたんだろうか……」
では何故グレイヴス子息の耳に入ったか、それは僕が仕向けたから。近いうちに勝負を仕掛けてくると思った。
「お互い決め事はそれでいいのか? 怪我だけはしないでくれよ。ルールは、」
「あ、なしで!」
いつも通りのルールだと面白くない。卑怯な手を使ってでも勝ちにこいよ? 力の差を見せつけてやるから。
「「はぁ?」」
子息と先生の声が重なった。
「なんでもありでいきましょう。その代わり立っていられなくなったり、危険だと思った場合は潔く負けを認めるという事で良いですか?」
「構わない」
子息が上着を脱いだところで始まった勝負なのだが、グレイヴス子息はそこそこ強いし、身軽ではある。足も長いし僕の足を払ってこようともするし、全体的に周りが見られるタイプなのかもしれない。しかし脇が甘い。腕を軽く払うと持っていた木刀はカランカランと音を立て地面に落ちた。いつもならここで試合終了だが、今回は特別ルール。
さぁ、どうする? グレイヴス子息は木刀を失ったが拾わずこちらに向かってくる。木刀とはいえ剣を持った相手に向かってくるとは中々出来ないことなのにな。さっと木刀を振ると軽やかに流して腕を取り投げてこようとしたが、そのまま押さえつけて絞めた。
そろそろ息が苦しくなるだろう。顔色も悪く汗が出てきていた。早く降参しろよ? さらに力を込めた。
「ストップ、ストップ! 殺す気か! 終わりだやめろ!」
教師からストップがかかり試合は終了。グレイヴス子息はゴホゴホと咳をしていた。……加減したとはいえそうなるだろう。
「やりすぎだぞ!」
「力は抑えたつもりですけどね?」
教師がグレイヴス子息を連れてきた。
「勝負あり。ロワール子息が勝者だ。よって勝者の言い分を聞くように! 以上だ。これ以上騒ぎを起こすなよ。勝負は着いたんだからな! 二人とも男らしく潔く相手を讃えろ!」
と言って教師は戻って行った。なんだかんだと面倒見がいい教師だ。
「そういう訳でグレイヴス子息はオフィーリアに今後一切関わらないで貰います」
「……分かってる」
「そこそこ強かったですね。木刀を落としてからは驚くほどの瞬発力もありました。剣術は誰に習ったのですか?」
「自己流だ」
……あぁ。なるほどね。
「それは勿体無いですね。今からでも遅くないですよ、騎士団に入団してみては? 人気の高い職業ですから強くなればなるほど収入も高くなりモテますよ」
「騎士団か……どうせうちくらいの家だと出世はできないだろ」
「近衛に入団すればいいんですよ。顔はいいんだからそれを武器にすればいい」
近衛は国の顔みたいなもの。王族の周辺を警護するのは花形だろ? それに顔面偏差値も高い。
「うちは子爵家だ!」
「子爵家でも男爵家でも、顔が良くて強くて実力があれば誰も何も言いませんよ。高位貴族で強くないけれど近衛にいるだけの人間もいますからね。もし本気で考えているのなら口を利いてあげても良いです。今の生活を正し、己の評判を正す良いチャンスですよ。このままだと先は思いやられますよ」
そもそも人の力を借りて悪い評判を消そうなんて、自分でなんとかしろ。
「……そう、だ、な」
「来月試験があるので、行ってみれば? 負け癖はつくものですから期待はしていませんけどね」
それだけ言って僕はオフィーリアの元へと戻る。確かテラスでスザンナ嬢とお茶をして待っていると言っていたな。来月の試験にあいつは必ず来るだろう。
もうあとはないもんな……それに鍛えたらそこそこ? 使えそうだし、顔だけは良いから近衛の制服が似合いそうだ。
どの隊に入るかで全く違うのだが、受かったらまずは厳しい隊に入れて欲しい。とだけ頼んでおこう。使えるものはなんでも使わないと。王太子としては将来恐らく有能な部下が出来るのだから、喜んで話を付けてくれるだろう。一件落着だな。
「オフィーリア、待たせたね」
「ううん。気にしないで」
「そう? スザンナ嬢も付き合って貰ったみたいで悪かった。婚約者殿は良いの?」
オフィーリアの婚約者として笑顔でスザンナ嬢に言う。
「図書館で本を読んでいるそうなので、そちらで待ち合わせしていますからお気になさらずに」
オフィーリアとスザンナ嬢を図書館に送ってから一緒に馬車に乗った。オフィーリアの家に着き伯爵の帰りを待ち、今日のことを報告した。
「恐ろしいね、君は……でもハリーのためでもあるからそこは目を瞑ろう」
「オフィーリアには内緒にしてくださいね。僕としては負けるつもりはないのですが、オフィーリアにバレた時のことを思うと胸が痛いのですよ」
伯爵は苦笑いをしていた。こっちも一件落着だな。