1.ガリア王の帰還
暗くじめついた穴牢の中で、六年のあいだ俺が待望したもの……。
もう一度、青空の下に出たい。光を浴びたい。
その願いが叶いかけたのは、公開処刑の行われる日だった(※俺の処刑だ)。
「ローマに牙をむいた蛮族の王に、報いを!」
衰えた目に、敵国の空から降る陽は眩すぎた……。ローマ市民のものらしき群衆の大歓声と、真っ白い光だけが周囲にあふれる。他に何も見えずわからないまま、喉に巻かれた縄に俺は呼吸を止められた。
闇……。
……いったい、どれだけの時間をたゆたったのか?
“王……”
ふと、誰かに呼ばれた気がした。
そうして俺は、まっしろい世界の中に還ってきた。
「Coucou, mon pote! Comment ça va, aujourd'hui?」
――はぁ?
「あれ……あれっ? おーい、ウィル? どうしたよ」
妙な男の正面顔が、いきなり視界に入って来る。俺はがっくんとのけぞった!
『何だッ、貴様は!?』
「何だって、……やだなあ。イレギュラーのアップデートでも、入っちまったのかな? ついてねぇ、こんな時に」
久方ぶりに聞く人の声。久方ぶりに見る風景。久方ぶりに……
『どこだ、ここはぁっ!?』
俺は四方八方を見回す、……何と言う立派な建物の中にいるのだ!?
ローマ貴族の館の中か、……いやそれにしては殺風景が過ぎる。武器庫だろうか? 扉の上に文字が掲げられているが……珍妙な文字だ、読めんではないか! GENDARMERIE MARITIME QUIBERON、何語なのだこれは!?
「うーん……システムに異常はないんだが……。まぁとにかく行くよ? ウィル」
目の前の変な男……。頭以外の全身をまっ黒な鎧みたいなもので覆っているそいつは、ガリアでもローマでも、はたまたアフリカでもない異民族顔をしていた。こんな人種は見たことがない!
『お前は何者だ、名をなのれッ』
王たる威厳を最大限にして言ったのに、奴は全くたじろがない。
はあー、と嘆息をついただけで、笑いながら答えた。
「これもAI認識誤差のうちだねー……、仕方ない。ウィル、俺はお前の相棒のガエラン・ギレイン伍長、略してGGだ。緊急事態につき今からベル島に急行して、敵群殲滅作戦に入る」
言い終わると片手を伸ばし、俺の身体の左側……のどこかに触れた。
瞬間、手足がふわりと自由をつかむ……そこに活力が流れ、みなぎる。
立ち上がる、GGの頭を見下ろす高さに視点が上がる。
「D'accord(OK)?」
『Entendu(了解)』
俺に付属した、別の魂がしゃべる。全ての知識と西暦2034年現在の世界体系が、GGの使う言語……現代フランス語が、俺の中に流入してきて……そして理解がいった。
“王の中の王”、それが俺の名の意味するところ。
俺、ウェルキンゲトリクス王はかつて統べたガリアの地に戻ってきた。二千年の時間を越えて、鋼でできた巨人の身体という器のなかに。




