下校 ~パターンA~
僕は授業が終わり、家へ帰ろうとしていた。僕はサッカー部に所属しているのだが、今日は部活が休みだった。
今日もあの子と話すことができなかったと、少しだけ後悔しながら、僕は既に夕暮れ時になり始めている空を見上げた。
季節はもう冬で、日中夜なんて関係なく、外はひどく冷える。しかもこの日はやけに風が強かった。金木犀の香りもいつの間にかしなくなっていた。
本当は学ランの上にコートを着たいところだが、男子学生の間ではカッターシャツにカーディガン、その上に学ランというのがおしゃれだ、という風潮があった為、それができなかった。
僕は手袋をはめ、首にマフラーを巻きつける。僕は自転車通学だ。自転車に乗っていると、耳が冷えて、そのせいで頭が痛くなる。なので、登下校時には耳当てが必須だった。
自転車の鍵を外し、サドルにまたがる。鍵をしっかりかけておかないと誰かに盗まれるので、自転車通学の生徒たちはみんな鍵をかけていた。
僕も一度、学校で自転車を盗まれたことがある。すぐに見つかったが、自転車は学校の最寄りの駅に乗り捨てられていた。
いつもだったら部活がなくても友達と帰るのだが、その日はたまたま一人だった。
僕には好きな人がいた。望月 胡桃という女の子だ。
望月さんはハンドボール部に所属していたが、肌がやけに白く、背が低い女の子だった。ショートカットが良く似合い、目が少しつり上がっているところが僕の好みだった。
彼女とは違うクラスの為、あまり話したことはなかった。自分と同じクラスにいるハンド部の女の子たちとは話すことはあるのだが、それだけだ。自分と望月さんの接点はないに等しいので、わざわざ望月さんの話題を出すこともできなかった。
部活で学校を外周している時に、少しだけハンド部の練習を見ることができた。その時にたまに彼女と目が合う気がするのだが、それは間違いなく自分の勘違いだろう。
それでも僕は、ハンドボールコートの前を走るときには、綺麗なフォームで、疲れてないフリをして通り過ぎていた。
僕は自転車を押して歩きながら、校門を出た。
学校に行くには大きくて長い坂を最後に登る必要がある。行きはとても苦労するのだが、そのかわりに帰りはとても楽だ。
僕は、せっかくの部活休みだし、ということでいつもと別の道で帰ることにした。
その道は、電車通学の生徒たちが使う道で、最寄り駅まで一番近かった。なので、自転車通学の僕からしたら、普段は特に縁のない道だった。
しかし、駅前ということで、本屋や文房具店、雑貨屋など色々なお店がある。僕もたまに帰り道を変えて、駅前の本屋へ行くことがあった。
そこで僕は、好きな漫画の新刊が出ていることを思い出した。そういえば、いま読んでいる小説もそろそろ読み終わってしまう。おもしろそうな小説があったら買おうと思っていたところだった。
望月さんは、小説を読むだろうか。読むなら、どんなものを読むのだろう。漫画は、どうだろうか。弟がいるらしいから、もしかしたら読むかもしれない。彼女は、いつもどんな音楽を聴いているのだろう。
僕はそんなことを想像しながら、自転車でいつもとは違う坂道を下る。
もし、彼女と話すきっかけさえあれば、話したいことがたくさんあった。彼女と本やCDの貸し借りなんてできたら、きっと、かなり楽しいだろうな。
これは実らない恋として終わるのは、僕にも何となくわかっていた。この先も彼女と話すことはなく、もちろん告白なんてできるはずもなく、いつか彼女のことを思い出して、ちょっぴり胸が切なくなる。そんな思い出になるだろう。
――それから僕は、高校を卒業し、大学へ進学した。
高校の卒業間際で、同じクラスの子に告白され、付き合うことになった。しかし、その子とは、大学に入学から少しした頃にあっさりと別れてしまった。
そのあとも同じ大学内で彼女ができたが、就職を機にその子とも別れてしまった。
今、僕は社会人になって六年目だ。付き合って二年になる彼女がいるが、結婚についてはまだお互いに考えてはいない。
正直、自分が本当にその子のことを好きなのかどうかも、まだわからないままでいる。
この間、久しぶりに高校の同窓会があった。
当時、女子ハンド部だった同じクラスの子から、望月さんのことを聞いた。
彼女は同じ会社の男の人と結婚して、最近子どもが産まれたそうだ。子どもはとてもかわいい女の子で、彼女はとても幸せだという。
それを聞いた僕は、胸がちょっぴり切なくなって、さみしそうに、でもなぜかほっとしたように、笑った。
終
パターンBに続きます。