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フクと呼ぶ女と暮らしている (中)

 Ⅵ


 フクがたんぽぽロードと名付けた用水路沿いの未舗装の道がある。季節になってもたんぽぽの黄色い花をその道沿いに一輪も見止めたことがなく、僕は、何故フクがこの道がたんぽぽロードと呼ぶのかさっぱり分からなかった。ただ、フクなりの理由があるのだろうと何も聞かなかったら、フクの方が我慢できずに教えてくれた。たんぽぽが咲いていたら最も似合う道だからたんぽぽロードなんだと言うので、フクの中ではそうなのだろうなと思って、そうなんだと気のない返事を返したら、三村のそういうところが嫌なのだと怒られた。



 フクから飲んでいるスナックまで迎えに来て欲しいと頼まれたのは、持ち回りでやっている学会の開催がフクの所属する大学の順番で、その最終日に名のあるゲストを迎えた懇親会があるらしく、「初日の食事会キャンセルしちゃったから申し訳なくてね。ホスト側として顔だけでも出してくるわ。」と言われた日であった。「全国から哲学者が集まっているのか?。」とシュールな集合写真をイメージして聞いたら、「うーん。」と唸り始め、「その皮肉はキツイね。」と勝手に解釈されてしまった。「哲学者と呼んでも良さそうな人はいるのだろうけど、一般には評論家やら思想家として評されているし、まぁ、ほとんどは哲学研究者というか、過去世界の哲学者のテクストを解釈している翻訳家の集まりだよ。」と言い、「私もね。」と付け加えた。「皆さん長老の解釈を傾聴しましょうってさ、典型的な村社会だよ。」。僕が拝聴して楽しい話ではなさそうだった。夜の十時過ぎにフクから電話があり、「三村、飲んでないよね。」と確認され、「素面(しらふ)だ。」と答えると、住んでいる都市一番の繁華街と呼ばれる通りの名を言われ、「ミスド知ってるよね、その横に通りがあるから、五十メートルぐらい入るとアルファベットでMIMURAというスナックの看板があるから。今そこで飲んでいるから迎えに来て。」と言われた。「素敵な名前の店だな。」と言うと、「素敵だよ、店もマスターも素敵。」とかなり出来上がっているようだった。タクシーにしてくれと頼んだらエンドレスで飲むなと思い、「わかった、三十分ぐらいで行けると思う。」と伝えた。

 ミスドに一番近いコインパーキングに車を入れて、五分も歩くと飲み屋が多く入った雑居ビルの二階の白く照らしたボードにMIMURAの文字を見つけた。外付けの階段を上り、重厚だがよくあるタイプの木製のドアを押すと、馴染みのあるドアベルの後に女性ボーカルのボサノバが聞こえ、「いらっしゃい。」とカウンターの中から白いシャツを着たマスターが出迎えた。客は一人で、入り口に近いカウンター席にフクが座ってマスターと何かの話をしている最中だった。かなりの数の洋酒の瓶がカウンターの上部と背面のシェルフに奇麗に並べられており、一目見て、ここはスナックではなくショットバーと呼ばれるタイプの店だなと思った。客ではなく迎えにきましたと告げる前に、フクが振り返って嬉しそうに、「来た来た。座って、座って。」と隣のスタンドチェアを後ろに引くので、誘われるままに座ると、フクが、「この男が私の初恋の人。」とマスターに多分僕のことを紹介した。「お噂さは伺ってました。」とにこやかに言うマスターは僕らより幾分年上の、仕事柄なのかもともとそういう人なのか落ち着いた雰囲気を醸す人だった。「何か飲みますか。」と聞くので、「これなんで。」とハンドルを回すジェスチャーをすると、「ノンアルコールビールがありますよ。」と言うので、「じゃぁそれで。」と頼むと、フクが、「なんだ付き合い悪いな。」と飲んでないよねと運転手を命じたことなど忘れた素振りで言った。マスターが僕に白く冷えたグラスとボトルを出すと、「それでね。」とフクは待ちきれないように僕の到着で中断されたらしい話の続きをマスターに始めた。「下を見るとね、ちょうど真下が断層の境目なんだ、そこまではサンゴがいっぱいあってね、熱帯魚も沢山いて、とてもカラフルなのにその先から暗くて深くて静かに何処までも落ち込んでいるんだ。浮かんでいるから関係ないと思っていてもその境を超えてしまうと足がじんじんして、不安で、もう戻れないような気持になって、怖いんだけど暗い海の底から視線が外せないんだ。あれってなんなのだろうね。」。どうやら先々週に行ったセブ島でやったシュノーケリングの話をしているようだ。「海の透明度が高いとサンゴが綺麗でしょうね。ダイビングはやらなかったの?。」とマスターが琥珀色の液体に満たされたグラスを僕にサーブしながら聞くと。「無理、無理。初心者でも半日講習を受けたらインストラクターが一緒に潜ってくれるらしいけど、そんな暇はないもの。」。嘘である。フクはセブ島に滞在したほとんどの時間をヴィラの部屋で寝て飲んで過ごしていた。

 フクから、旅行に行こうと誘われたのは突然であった。学会での発表準備に追われていたフクは、その夜ブリブリ怒りながら帰ってきて、「冗談じゃないよ。やってられないよ。三村、旅行に行こう。」と意味の繋がらない語句を並べた。聞くと、学会の重鎮からフクの大学の教授に電話があり、すでに学会のアジェンダに入っていたフクの発表について、発表は構わないが中身は君がよく精査してからにしてくれよ。という話だったらしく、これは、止めろという重鎮のシグナルと読んだ教授から、済まないが今回の発表は見送ってくれないか、と頼まれたということだった。「ということで、予定していた作業が全てなくなったから溜まった年休の消化に努めることにした。」とフクは理由を言った。「気持ちは分かるけど、不満や怒りを態度で示してしまうことは、それが正論であっても将来的には絶対にマイナスになる。それが組織というものだ。」と数少ない経験も踏まえて諭すと、「いいんだよ。実はそれ以外にも私、色々と追い込まれていてね。メンタル的にちょっとやばいんだ。」とフクは呟いた。そういうことなら僕は大賛成だった。嫌なことはやらない。それはそれで賢い生き方である。我慢が足りないとか、もっと辛抱が必要だとか、機会を待つべきだとか小さな成功を収めた年配者達が自慢げに言う。彼らみたいに何の才能もない人は耐えることで浮き上がるしか手段がなかったのかも知れないが、自分の才能を信じて勝負できる人は自分を我慢させる必要はないのである。「三村がこれまで見た中で一番きれいな海を見せてよ。」とフクは主張した。いつから何日間休めるのかと期間を確認し、僕の作業進捗と旅程を素早く重ね、さも一番の海を推薦するように日本から直行便のあるセブ島に決めた。諸島であれば好みの別はあっても世界の海は等しくきれいで魅力的なのである。

 適当に価格で選んだヴィラは格式はなくとも清潔で各棟に熱帯植物で目隠しされたプライベートプールも付いており、「旅慣れた人はさすがに違うね。」とフクは褒めてくれたが、庭続きでビーチに出られるロケーションにもかかわらず、フクは着いたその日からベッドの上でビールを飲みながら持ち込んだ本ばかり読んでいた。「ビーチに出よう。」と誘うと、「紫外線が怖いから遠慮する。」とごねる。「あのね、ソバカスは年取ると染みになるんだよ。母親を見ているから分かるんだ。」と解説された。シュノーケリングはこのままだとセブまで来た意味がないし、絶対に後悔させないからと説得し、実現したデイ・トリップであった。僕はフクに着せようと密かに通販でTバック水着を購入しており、ビーチで意味もなく寝そべっているであろう欧米人に大和撫子のすべすべした綺麗な尻を鑑賞させてやろうと楽しみにしていたのだが、フクは、「絶対に嫌だ。」と文句を言った。「隠すべきところはちゃんと隠しているじゃないか。」と言うと、「そんなのじゃなくて、Tバックは腰の位置が高くてプリッとしたお尻のためにあるもので、私みたいな小さい垂れたお尻ではみっともなくて嫌だ。」と言う。どんなに頼んでもフクは頑として拒否し、持参したフィットネスタイプの水着を着込んだ。「僕の望むことは何でもするって言ったよね。」と最後の札を切ると、「人としてやれることは何でもやってあげるけど、これは限度を超えている。」と一蹴された。フクの限度の基準が分からなくなった。ただ無人島でのバーベキュー昼食付シュノーケリングツアーには(いた)く満足していた。


「南の島に行っていた割には日焼けしていませんね。」とマスターが至極まともなことを聞き、「そうかな、これでも焼けたほうだよ。」とフクが二の腕を晒し変な見栄を張って、そろそろ連れて帰るかと腰を上げようとした時にドアベルが鳴って、「ああ、居る、居る。」と賑やかな声がし、三人の中年男がどかどかと入ってきた。「ほら、言ったとおりやろう、今日あたりマーちゃん来ているのじゃないかと思ったんだ。」と太った丸顔の男が言った。マスターの顔に一瞬だが不味いなという戸惑いが浮かび、「残念でしたもうお帰りですよ。」とフクが何か言う前に口を挟むと、先頭になって入ってきた派手な開襟シャツを着た小柄な男が、「何言うてんの。やっとマーちゃんに会えたのにつれない事を言うなよ。」と(わめ)くと、「よーし、今日は貸し切りや。マスター、ヘネシーボトルで出して。これで文句はないやろう。」と続けた。フクが、「うるさいなぁ、静かに飲んでいたのに、ホントにもう帰るとこなんだって。」と振り返ると開襟シャツは、「へッ、じゃあヘネシーはなし。」とマスターに(とぼ)け、「マーちゃん冷たいことを言うなよ。じゃあ、こうしよう。ヘネシー、プラス迷惑料でお客五人分これでどうだ。」と言って、「お前らもそれでいいよな。」と残りの二人に声を掛けると、丸顔の男が、「お前、高い酒ヘネシーしか知らねえな。」と笑った。どうやら、マーちゃんとはフクのことで、フクと男たちはこの店での知り合いのようであった。フクはキャハと笑って、「マスターどうする?。」と聞くと、マスターは、「それはウチは有難いですけど。」と僕を見て、良いのかという表情で言った。「仕方ないなぁ、じゃあ、しばらく付き合うよ。」とフクが言うと、開襟シャツは、パンと手を叩いて、「それでこそ菩薩のマーちゃんだ。マスター、良かったな。閉めて、閉めて、店閉めて。」と催促した。マスターがカウンターから外にでると、開襟シャツはやっと僕の存在に気を止めてくれて、「兄ちゃんはマーちゃんのお連れさん?。」と聞いてきた。どう返すか迷ったが、店がMIMURAという名だったのでちょうど良いやと思って、「マスターの従弟です。飲みに来いと言われて来ているだけですので気を使わないでください。」と棒読みのセリフで言ったら、男はもうかなり酔っているらしく、「そうなの。そういえばなんとなく似てるな。身内なら帰れとは言えんか。いいや、兄ちゃんも一緒に飲もう。」と誘ってもらえた。フクはキャハと笑い。スタンド看板を仕舞い込んだマスターが複雑な顔を見せた。

 男たちはフクを取り囲むように勝手にスタンドチェアーを移動して座った。大柄な男が何処に座ろうかと戸惑っている(ふう)だったので、僕は、「どうぞ。」とひとつ席を空けてカウンターのL字の短い方に移動した。男は長い顔をペコリと下げて、もごもごと多分、「ありがとう。」と言った。マスターは人数分のグラスを用意して、ご丁寧に僕の前にも置いてくれたので、車は明日取りにくれば良いかと遠慮なく高い酒をいただくことにした。マスターは、「すみません。」と小声で謝ってくれたが、フクが付き合うと言ったのだからマスターが謝る話でもなかった。開襟シャツが大きな声で、「再会を祝って乾杯。」と音頭を取ると、フクは「ハイハイ。」と面倒そうにグラスを上げた。太った男が、「マーちゃんが来てんじゃないかと思って、最近は飲みに出たら必ず最後にMIMURAに寄るようになったのよ。マスター売上が増えたやろ。」と恩着せがましくと言うと、マスターは苦笑して、「おかげさまで。」と頭を下げた。「マーちゃんはちょくちょく来てるの?。」。「ううん。ポツ、ポツって感じかなぁ。おっちゃん達みたいに毎晩飲み歩ける結構な身分ではないよ。」とフクは太った男に言って、「ねっ。」とマスターに向き直った。「えぇ、ポツ、ポツという感じで、お忙しそうですね。」とマスターは言葉そのままに同意する。飲み屋のマスターとはなかなかに(さば)きが難しそうな仕事だ。それからは男たちの下ネタ連発で、フクは大口を開けて笑って聞いており、際どい話にもノリノリで応えていた。「女房が、あんたまだオナニーやってるの?って聞くのよ。やべぇ、ひょっとして見られたかと焦ったら、男は何歳になってもやる行為だって女性何とかという週刊誌が知恵付けたらしく、変なものを使わないでね、やるなら協力するから遠慮しないで。ってビヤ樽の腹をクネるんだ、俺の(ひそ)やかな楽しみを邪魔するんじゃないよ。」と太った男が言うと、開襟シャツが、「まだマシだって。俺のとこなんか、(うち)はレスだ。とか言い出して、解消のためには夫婦のスキンシップが大切なのよ。って手とか握ってくるんだ。俺、ビビッてダッシュで逃げたら、何ハズがってるのよ。と笑いながら追いかけてくるんだぜ。まじゾンビ映画を思い出して恐怖で死ぬかと思ったぜ。」と訴え、皆で大笑いした。フクはあからさまには言わないが、実は同性を(けな)す話が嫌いではない。フェニミズムにも辛辣で、男にかまってもらえない女が騒いでいるだけだと切り捨てる。イケメンがやったらサプライズと喜び、ブサイクがやったらストーカーと通報し、中年男がやったらセクハラと泣く。女はホントに厄介だと切り捨てる。フクは、「自分で(しご)くぐらいならたまには奥さんを抱いてやれよ。」とひとしきり笑った後、「ウマちゃん()はどうなの。」と大柄な男に話を振ると、ウマちゃんと呼ばれた男は狼狽(ろうばい)して、「オレ?。オレは、なんだな。」と言葉に詰まり、開襟シャツの男が、「ウマはひとりもんだよ。」と話を引き取った。フクが、「へー、ウマちゃん独身なんだ。」と言うと、マスターが、「皆さんは地元中学の同級生で街の旦那衆ですよ。」と多分僕に教えるために言った。自分に言われたのかと思ったフクは、「知ってるよ。この前紹介してもらったもの。」と開襟シャツの男を見て、「ヤスさんが建具屋でしょう、ハジメさんが工務店でウマちゃんがお風呂屋さん。」と言うと、ヤスが、「ウマは窯焚きだよ。」と言い、ウマは、「ボイラーマンと言って欲しいな。」と控えめに訂正し、ハジメが、「ウマのとこは兄貴がやってるからな。ウマはいいように安くで使われているのよ。」と付け加えた。「でも俺それしかできないからな。」とウマは笑った。「嫁どころかウマはこの歳になっても素人童貞だよ。」とヤスが突っ込むと、ウマは、「マーちゃんの前で変な事を言うなよ、女はいるよ。」とムキになったが、フクが、「それはどっちでも良いよ。」と右手を振って気のない返事をすると、ムニョムニョと言って後の言葉を濁した。ハジメが、「ヒロ子のことか?。」と言い、「ありゃパンスケだろう、抜くのに金払ってたら彼女じゃねえよ。」とからかうと、フクは、「なんて言いぐさだろうね、ウマちゃん可哀そう。」。よしよしと隣の席のウマの長い顔を抱えて胸に抱いた。ヤスが僕を見て、「マーちゃんはね、こう見えても学校の先生なんだよ。」と言うので、僕が、「そうなんですか。」とフクを見ると。「こう見えてもは余計だろう。」とフクがヤスに異を唱えた。ウマが自慢そうに、「中学校の先生なんだな。」とフクが出まかせに言ったであろう話を教えてくれた。「こんなに優しくて、楽しい先生がいたら俺はグレたりしなかったのにな。」とヤスが昔を語ると、「お前は勉強に付いていけなくて不登校になっただけじゃないか。」とハジメが暴露して、ウマが、「そうだった。」と笑った。「インテリな先生がこんなに気さくでエロいなんて、マーちゃんのギャップに燃えるんだよ。」と更にヤスがフクを持ち上げる。「普通な、学校の先生がこんなむさいおっさん達の酒の相手しないよ。」。どうもヤスは聖職としての女先生への思い込みが深いようだ。「菩薩様みたいに慈悲深い。」とハジメが続ける。「そうそう、もっと言って。」とフクがキャハ、キャハと喜ぶ。「観音様もきれいだ。」とウマが言うと皆が黙り込んだ。そういうことね。フクはヘネシーをゴクと飲んで、「む・か・し・の・こ・と。」と口の形を作った。マスターが素早くコクコクと首を縦に振った。

「マーちゃん、なぜこいつがウマなのか分るかい。」とハジメが聞いた。「名前じゃないの、馬之助とか、ぴったりじゃない。」とフクが自分の答えがツボに入ったのか大笑いした。ハジメはフクが喜んだので嬉しそうに、「惜しい。」と言って、「こいつのあそこがね馬並みだから昔からウマって呼ばれてるんだよ。」と男性器の名称を言った。フクが、「またまた。」と言って、「すぐにエロい話にしようとするんだから駄目だよ。」と続けると、ヤスが、「嘘じゃないって、吃驚するから、マーちゃんも見たいだろう。」と(はや)した。フクは、「見たい、見たい。」と言って、「ウマちゃん、見せて、見せて。」とせがんだ。ウマは、「駄目だよ、嫌だよ、無茶を言うなよ。」と真顔になった。途中で気が付いたが、ウマは少し魯鈍(ろどん)(たち)らしくフクもさりげなく気を使っている(ふう)だった。他の二人の男もそうしたウマを弄りながらも多分三十有余年付き合ってきたのだろう、男達には男達の歴史とルールがあるのだ。「嘘、嘘、ウマちゃん、冗談だよ。」とフクが優しく言うと、ヤスが、「ウマ、いつも誰がお前の飲み代を払ってやってるんだ。」と脅した。ハジメが、「自分だけマーちゃんの観音様を拝ませてもらってお前は見せないってそりゃ酷くないか。」と責めたので、僕は口に含んだヘネシーを気管に入れて激しくせき込んだ。フクが、ヒッと漏らして、「ちょっ、ちょっと。」と呻き、マスターが手を滑らせてタンブラーを床に落としてガラン、ギャランと盛大な音が鳴った。ウマは困った様子で、なんとなく一物を出すしかない状況だと覚悟を決めたらしく、「分かったよ。出すから、もう怒るなよ。」と言って、ベルトを外し作業ズボンとパンツをまとめて下すと、ダランとした長い性器が垂れた。確かに交配時の牡馬ってこんな感じだったなとフクを見たら、「キャーァ。」とは叫んで目を両手の指で隠していたが、指の間はしっかりと開いて、真ん丸になった眼でウマの股間の垂れたものを観察していた。

 ヤスとハジメは見慣れたものらしく、「なんだウマ、息子が寝んねしてるじゃないか、折角マーちゃん先生が見たいとおっしゃっているのだからもうちょっと張り切ってくれよ。」と囃した。「無理だって、もういいかい。」とウマがズボンを上げようとしたら、「待て待て、ヒロ子とやる時を思い出して見ろや。」とハジメが無茶ぶりすると、ヤスが、「それじゃ起ったものも萎むぜ。」と笑って、「マーちゃん、ちょっとで良いから手伝ってやってくれよ。」と最初からそのつもりでいただろうセリフを口にした。「マーちゃんも見たいだろう、馬並みとはどんなものか。」。「嫌だよ。見せたいなら見てあげるけど手伝いなんかしないよ。」とフクが素っ気なく返すと、ヤスは、「ウマ、喜べ、マーちゃんが見てくれるってよ。」とはしゃぎ、「じゃあ、こうしよう。マーちゃん、ちょっとパンティを脱いでくれよ。そのホカホカパンティをウマのものに巻きつけたら絶対ムクムクってなるから。新しいパンティを買う金は払うからよ。」と頼んだ。強引な話だが、フクの今履いているパンティが見知らぬ男の勃起した男性器に巻かれることを思い描くとそれなりに刺激的で、僕も野暮なことは言いたくはなかった。「俺、そう言えば昔、姉ちゃんのパンツを巻いて扱いたことがあったな。」とハジメが懐かしそうに言うと、「お前のとこのパンスケ姉ちゃんとマーちゃん先生を一緒にするんじゃないよ。」とヤスが(わめ)き、ハジメは、「てめえが姉ちゃんのパンツを盗んだの知ってんだからな。」と隣のヤスに蹴りを入れた。フクは、「お姉さんのパンツ使ったの?。あんた達、頭おかしいよ。」と苦笑した。「マーちゃん頼むよ、この前はウマのために一肌脱いでくれたじゃないか。」とヤスが言うと、フクはカミングアウトもやむなしと覚悟したらしく、「あのね、あの時は夕方にシャワーを浴びて着替えて来てたの。今日は朝から立ちっぱなしで仕事して、そのまま来ているから下着が汚れているんだよ。そんな下着を()()様に見せられると思うの?。頭がおかしいよ。」と訴えると、ヤスとハジメは、「汚れた下着。」と声を揃えた後、口々に、「見たい、見たい。何でもするよ、見せてくれよ。脱いでくれよ、頼むよ。」とフクに手を合わせ、次の展開を待って立つウマの視線はソワソワと宙を彷徨い異様な雰囲気になった。男が女性の汚れた下着に何故執着するのか明確な説明は難しい。程度の幅も大きく、その頂点に立つ猛者が下着泥棒として君臨するのだが、その衝動は多様で単なるフェチズムでは説明できない難しさがある。ただ傾向として言えることは、汚れた下着を欲しがるのは、女性にモテる男よりも女性から相手にされず悶々と性欲の塊となっている男の方が圧倒的に多いのは間違いなく、僕から見てもこのおっさん達は後者であろうということであった。散々お願いされたフクは聞こえない振りでグラスを傾けていたが、突然、僕に向かって、「お兄さん、バッグを置きたいのだけど隣良いかな。」と言いながら椅子の下に置いたトートバッグを取って立ち上がった。僕が、「どうぞ。」と言うと、「サンキュー。」と言いながら隣の席にバッグを置き、素早く左手の指で僕の股間を触った。十分に固くなっている僕の性器を確かめると、あぁーあ、とため息をついて、座っていたスタンドチェアに戻った。僕の性癖はまたフクの言い訳に使われそうだった。

 フクは席に座ると、「男ってどうしてこんなに馬鹿なのかね。」と多分僕も含めたであろう男への評価を漏らしてから、「分かったよ、脱いであげるよ。」と言うと、三人のおっさんは歓声をあげて小躍りした。「脱ぐから向こうを向いていて。」と僕を含めた全員の顔を壁側に向けさせて、ゴソゴソやって、「脱いだよ。」と言われて向き直ったヤスに、「はい、勝負下着なんだから丁寧に扱ってよ。」と言って畳んだ白色のパンティを渡した。ヤスは感極まった様子で、「マーちゃん、ありがとう。暖かいよ。」と言って、待ちきれないように手の中のパンティを見て、「マーちゃん、すごいよ、この染みは宝物だよ。」と至福の笑みだった。そのまま上着のポケットに仕舞い込みそうになったヤスの手首をハジメが飛び上がるようにグッと掴んで、「お前、何勝手に自分のものにしようとしてんだよ。」と唾を飛ばした。「皆のものやろが。」と喚いて、それでも無理やりパンティをポケットに入れようとしたヤスに掴みかかった。フクが、「私のものだよ、喧嘩するなら返して。」と言うと、二人は先生に叱られたようにシュンとなり、「マーちゃんごめんな。」と謝った。ハジメは、舌打ちしたヤスから渡されたパンティを大事そうに開いて、「本当だ。本物の染み付きパンティだ。」と鼻を近づけて、「マーちゃんのあそこの臭いってこんなんや、ツンとして良い匂いや。」とクンクンと鼻を鳴らした。「ちょっとやめてよ。」と叫ぶフクをさておき、「何やってんだよ。」とヤスがハジメから再び奪い返して、鼻を付けて、「ホントだ、あぁ、エッチな匂いだ。」と嗅いだら、後ろからウマが、「お前ら、お前ら。いい加減にしろよ。」と大きな歯を剥いた。「てめぇら、ぶっ飛ばすぞ。そのパンティはマーちゃんが俺のために脱いでくれたんだぞ。何勝手なことしてんだ。ぶっ、ぶっ殺すぞ。」。当人たちは至極まじめにやっていた。多分、フクのスイッチはこの辺りで入ったはずだ。「怒るなよ、ものには順番ってものがあるんだよ。」とヤスが訳の分からないことを言い、「ほら、汚すんじゃねえぞ。」と訳の分からないことを重ねてパンティを差し出すと、ウマは奪い取るように顔の前で広げるとパンティの染みに鼻を付けて、うぅ、と(うめ)きながらフクの股間の臭いを深く吸った。その時ウマの陰茎は如意棒のようにグッグッと伸び、蛇が威嚇するように立ち上がった。ヤスとハジメは、「ほら、起った起った。」と手を叩き、フクはキャッと驚きウマの如意棒を凝視して固まっていた。「マーちゃん、どうだいすごいだろう。」と何故かヤスが自慢すると、フクは、凝視したまま、「ヤバすぎる。」と目を丸くして生唾を飲んだ。「ウマちゃん立派だよ、凄いよ。」と上ずった声を出すと、ウマは、「マーちゃんの良い匂いがするからだよ。」と嬉しそうな顔をした。「そうなんだ。でも、汚れているでしょう、ごめんね。」とフクが言うと、ウマは長い顔をブルブルと振って、「マーちゃんは汚なくないよ。マーちゃんはいつも素敵だよ。良い匂いだよ。」と言った。フクの目が何回かしばたいて、「ウマちゃんありがとう。ウマちゃんの男も素敵だよ。」とウマの如意棒に視線を落として、「苦しくない?。出してあげようか。」と優しく言った。「ほら、これだ。マーちゃんはいつもウマにだけ優しいんだ。」とヤスがぼやくと、フクは、「そうだよ。私は単純で純粋な男が好きなんだ。」と立ち上がった。「仕方ねぇよ、マーちゃんは菩薩様なんだから。」とハジメが言うと、ヤスが、「本当にそうやなぁ。」と呟いた。「ヤスさんもハジメさんもそれなりに好きだよ。ほら。」とフクはスカートをめくって白い太ももをチラリと二人に見せた。

「こんなに長いと、どこをどうすれば良いのか分からないな。」とフクがウマの如意棒を前に扱いを迷う素振りを見せると、ウマは、「マーちゃん、いいよ、いいよ。後で自分でやるから。」と焦って辞退した。「そうだ、ハジメさんが昔やったみたいに、パンティで扱いてあげようか。」とフクが楽しそうに提案すると、ヤスとハジメは、「止めてくれよ、折角のパンティが汚れて使えなくなるじゃないか。」と文句を言った。「やだ、何に使うつもりなのよ。」とフクはウマの手からパンティを取り上げて、「返してもらうね。」と言って器用に右手首にクルクルと巻いた。ヤスとハジメが、「そりゃないよ、マーちゃん。」と抗議するのを無視して、「グロいけど可愛いね、ウマちゃん先っぽからお汁を出してる。」と言うと、フクはウマの如意棒を両手で持っていきなり蛇頭を大口を開けて咥えた。ウマが、「マーちゃん、汚いよ。」と驚くと、「ふうの、ふうの。」とフクは唸った。多分、いいの、いいの、と言ったつもりのようだった。フクは一生懸命奥まで入れようとしていたが、それでもウマの如意棒の三分の一ぐらいを飲み込むのが精いっぱいのようだった。残りの二人のおっさんは茫然とフクの如意棒への奉仕を見ていた。マスターはカウンターの中で手を止めていたが、僕と目が合うと慌てて視線を床に落としてそのまま固まった。讃美歌の代わりにボサノバが流れてはいたが、ウマの如意棒の前にひざまずいて奉仕するフクの姿は店内のライトを浴びて、教会で祈りを捧げる修道女のようにも見えた。しばらくして、ウマが、「俺、口でしてもらったの初めてだよ。マーちゃん、ごめん、ありがとう。」と言うと、ヤスが突然、ウッウッと口を押えて、「マーちゃん、ありがとう。ありがとう。ウマよかったな、生きててよかった。大好きなマーちゃんに咥えてもらって。」と泣いた。フクは咥えたまま、「ふがんふがん。」と(うめ)いたが、これは僕にも何を言っているのか分からなった。想像するに、泣くの程のことかい。と言いたかったに違いない。ヤスはズズッと鼻水をすすると急に狡猾な交渉人の目になり、「マーちゃん、ウマは素人童貞なんだ、その、なんだな、ついでといったらなんだが、そっちのほうの面倒も見てもらえんだろうか。」と巧妙にハードルを上げてきた。フクが再び、「ふがんふがん。」と返したところで、マスターが我に返ったように何か言いたそうに動いたので、僕は右手を小さく上げてマスターの口出しを止めた。後はフクが決めることだ。

 フクが喉奥を突かれて何度かえずき、心配したウマが腰を引いて蛇頭をフクの口から抜いて、「マーちゃん、ありがとう、気持ちよかったよ。もう十分だよ。」と涙目のフクに言った。フクは首を振って、「大丈夫だよ。」と言って、「ヤスさんからも頼まれたし、最後まで面倒見てあげる。」とスカートのホックを外して脱ぎ落し、裸の下半身を出した。フクは口淫性交を始めた時点で、ウマの如意棒を受け入れる覚悟はあったのだろう、垣根を飛び越えたフクは止まることなくのめり込んでいく。「裸の方が嬉しいよね。」とウマの希望を先取りしてブラウスを脱ぎ、ブラジャーも外して全裸になった。白い裸身を晒して滑らかな曲線の中心に控えめな陰りを見せるフクの裸体は綺麗で、照明をフクの斜め後ろから見る位置に座るヤスとハジメにとっては幻想的にすら映ったはずだ。ヤスとハジメはフクが脱衣するのを黙って凝視していたが、フクがライトの下で一糸まとわぬ姿で(たたず)むと、ヤスは堪らずに「綺麗や。」と感動を漏らし、ハジメは、「菩薩様だ。」と何度目かの言葉を呟いた。フクは四つん這いになると、尻をウマに向けて、「ウマちゃん、もう準備できてるから入ってきて。でも、ゆっくり、優しく入れてね。慣れたら大丈夫だと思うけど、最初は怖いから。」と諭すように頼んだ。ウマは、もう何も言わずに如意棒の先を持つとフクの女性器の中に、本当に少しずつゆっくりと押し込んで行った。フクも深い呼吸だけを繰り返していた。ウマの如意棒が半分ほど埋まったところでフクの奥に届いたらしい。フクが、「入ったね。」と嬉しそうに言った時、ウマは泣いていた。ウマは声を出して泣いた。ウマの嗚咽が不規則に何度か店の中に響いた。「ウマちゃん、男が泣いてどうするんだ。男が女を泣かせるんだ。私をあんたの男で泣かせてみなよ。」。フクの叱咤(しった)がウマの嗚咽に重なった。ウマの涙で皆が奇妙な感動に包まれていた。もっとも、インチキな宗教画を見せられているような気もしないではなかったが。

 ウマはゆっくりと腰を動かして如意棒を出し入れ始めた。フクは控えめにウンとアンの声で悦びを表現していた。性に奔放で時には性器の俗称を叫びながら昇っていくこともあるフクにしては珍しいことだったが僕にはその理由が分かっていた。フクはおっさん達から菩薩と呼ばれることを心地良く意識していた。菩薩様がセックスをしたかどうかは置いといて、菩薩様が、凄い、大きい、突いて、と騒ぎながら如意棒を求めてはいけないのである。慎ましく受け入れて、無償の歓びを与えてこその菩薩である。ただ、その覚悟の崩壊が時間の問題であることも確かであった。ウマの如意棒の出し入れが早くなり、更に奥を付き始めると、宗教の時間は終わったらしくフクは、「アアン、イイ、イイ、堪らない。」と慎みを忘れて尻を振り始めた。ウマは腰を振りながら着ているシャツをはぎ取って全裸になった。肉体労働者らしい盛り上がった筋肉を晒した。征服者としてのオスの本能に目覚めたように内側から生じる狂暴性を押さえきらないような唸り声を出し始めた。挿入したままフクを仰向けに返し、正常位から如意棒を突き上げるとフクは堪らず奇声を上げた。フクの両足を肩に担ぐと体を折りたたむようにして、如意棒を更に奥に差し込みながら、「マーちゃん、気持ち良いか。」と何度も聞いた。フクは、「気持ちいいよう。」と繰り返し、「もっとやって、私を壊して。」と女性器の俗称をやっぱり叫んだ。「ああ、壊してやるよ。」とウマは叫び、「マーちゃん、俺の女になれ。」と腰を振った。フクは、「なる、なる。ウマちゃんの女になるからもっとやって。」と如意棒をせがんだ。ウマは、挿入したままフクの足の下に手を入れて、フクの体を楽々と浮かせて立ち上がった。すごい力だ。ヤスとハジメが、「おおっ。」と呻き、這うように近づいて、結合部を覗き込み、「こりゃスゲーや丸見えだ。」とヤスが喜んでフクの尻に手を伸ばすと、ウマは、「俺の女に触るんじゃねえ。」と大声で吠えてヤスを蹴り飛ばした。ヤスは後ろ向きに吹っ飛んでハジメを巻き込んで二人は床に転がった。フクはウマの首に縋りついて、「ウマちゃん、邪魔されないところでやって。」とウマの耳朶を噛んだ。ウマは、「そうだな。」と言って、「てめえら、覗くんじゃねえぞ。ぶっ殺すぞ。」と怒鳴って、フクを如意棒で串刺しにしたままに抱えて、ノシノシと歩いてトイレに消えた。二人が消えた空間にボサノバが空しく響いていた。

 取り残されたヤスとハジメは茫然と床に座っていたが、やがてのろのろと椅子に戻って、気が付いたように目の前のカウンターに置かれた酒を口に含んだ。「いやはや、なんだろうね。」とヤスが言い。ハジメが、「あんなウマはじめて見たな。」と言った。トイレからフクの嬌声が聞こえた。「いやはや、なんだろうね。」とヤスが再び言い。ハジメが、「マーちゃんもまるで売女(ばいた)やな。」とため息を漏らした。フクが指示したこととはいえ、ウマがフクを連れ去って僕の目の届かないところでフクの体を貪っているかと思うと、僕は少し動揺していた。冷静さこそが自分を支えていると信じてきた僕の立ち位置をフクが挑発して試しているような気がして、少しイライラした。昔に止めた煙草が急に吸いたくなり、マスターに、「煙草ある。」と聞いたら、ヤスとハジメがギョッとして存在を忘れていた僕を見た。マスターが、「メビウスしか置いてないですけど。」と不愛想に言って、僕の前にマッチを添えて乱暴に置いた。久しぶりの煙草は上手かった。「兄ちゃんはマスターの親戚やと言うとったね。」とヤスが僕に聞くと、僕が答える前にマスターが、「マーちゃんの彼氏さんですよ。」と不機嫌そうに言った。ヤスとハジメは絶句して僕を見ていたが、ヤスが、「どうりで親戚のくせにあんまり似てないなと思ったんや。」と笑わせてくれたので、僕は自分を少し取り戻せたような気がした。ハジメが、「良いんかい。」とトイレを顔で指した。想定問の一番目に設けられるだろう質問に対して僕は不覚にも何の回答も用意していなかった。「どうなんでしょうか。僕にもよく分からないんです。」と正直に答えた。「兄ちゃんは、あれか。何だ、寝取られってやつか。」とヤスが遠慮なく聞いてくる。そうだよな、まっとうな質問だよなと思う。マスターの遠慮のない非難を込めた視線が痛い。「否定はしませんけど、彼女が持つ資質の全てが好きなんです。お互いに間違えて、許して、望んだら、今日はこうなったというのが一番近いですかね。もっとも彼女に言わせたら僕に合わせているんだと主張すると思いますけど。」。「インテリの言うことはさっばり分からん。」とヤスは文句を言った。「でも、僕は彼女とウマさんのセックスを見て興奮するのかというと、実はそうでもないんです。それより合間に見せる彼女の感情の揺らめきや仕草に興奮するんです。例えば、さっきお二人が彼女の股間を下から覗き込みましたよね。ウマさんは怒りましたけど。彼女はその時にこころもち尻を上げてお二人に見え易くしたんです。無意識なものでしょうけど、僕はそうした彼女のメスの(さが)の揺らめきに堪らなく興奮し、彼女を愛しく思うんです。」。「なんや兄ちゃんほんまもんの変態やな。」とヤスは笑って、「おかげでマーちゃんのきれいな尻穴まで見せてもろうたわ、眼福、眼福。」と満足そうだった。「そんなところが、マーちゃんが菩薩様に見えるところなんやろな。キモイおっさん達に慈悲を与えてくれてる。今夜でウマは生まれ変わるやろう。マーちゃんのおかげや。ほんまもんの菩薩様やで。」とハジメがしみじみと言葉を継いだ。「菩薩ですか。そんな彼女を邪鬼と呼んだ男もいましたよ。」と言うと、「邪鬼か、分かるような気もする。ウマを抱き寄せたマーちゃんは菩薩に見えたけど、心の中に邪鬼がおるからウマの男であんな売女みたいに変わるのかも知れんな。」とハジメが(うめ)いた。「いやいや、マーちゃんだけやない。すべての女がある時は菩薩になり、ある時は邪鬼になる。自由自在や。恐ろしいもんや。」とヤスが言って、「俺たちも(いえ)の菩薩様をもっと大事にせんと邪鬼に変えてしまうかもしれんな。もっとも、もう菩薩には見えんが。」と皆を笑わせて話を締めくくった。

 フクの嬌声が止んでしばらくして、ウマがぐったりしたフクを横抱にしてトイレから出て来て、裸のフクをスタンドチェアにそっと降ろした。射精を済ませたのだろう、如意棒は垂れさがり太ももに当たって揺れた。フクが、「脚がつっちゃった、イタタ。」と顔をしかめてカウンターに突っ伏して滑らかなうなじと背中を見せた後、顔を上げて、「お水ちょうだい。」とマスターに頼んだ。フクは今更取り繕っても仕方ないということか、「煙草吸っているんだ一本もらうね。」と裸のまま煙草を咥えた。ヤスとハジメはチラチラとフクの裸体を覗き見していたが、煙草の火を揉み消したフクから、「どうする?。」と聞かれると葛藤で狼狽した。ハジメがちらりと僕を見て、勢いを付けて残った酒を飲み干すと、「マーちゃん、今日は引き上げるわ。今夜は無理を言って済まんかった。」と頭を下げた。フクは、「ああっ。」と大きな声を出して、「三村、何か言ったね。」と叫んだ。マスターが自分のことかと慌てて首を横に振ったが、僕のことだと分かると不思議そうな顔をした。「変なことは何も、俺の女だとは言ったかな。」と言うと、フクは声を落として、「あぁっ。」と今度は語尾を下げて、「そういうことね。了解。私この男の女に戻るから。こちらこそお世話さま、じゃあバイ、バイ。」と頭の上で手を振った。ウマがズボンを穿きながら慌てて、「マーちゃんは俺の女だろう。」と(わめ)くと、ハジメが、「馬鹿やろう、身分が違うんだよ。」と頭を(はた)いて、騒ぐウマを強引にドアに引っ張った。「あのね、ウマちゃんセックス下手すぎ、ヒロ子に教わって出直しておいで。」とフクがウマの背中に声を掛けると、ハジメが、「こりゃとんでもない菩薩様だ。」と洩らした。締まったドアの外から、「やっぱりあいつマスターの親戚じゃねえか、どうりで似ていると思ったんだ。」というヤスの声が聞こえた後、鉄骨階段を降りる乱れた足音が響いてやがて静かになった。カチャンとマスターが鍵を閉めた音が今夜のちょっとした騒ぎに終わりを告げた。

「ねぇ、ねぇ、ネトラレさん。自分の女が人前で逝かされて興奮できた?。」とフクが探るような目で聞いてきた。「逝かされたのは菩薩様だろう。」とフクの力量不足を皮肉ってから、「興奮はしたよ、でも一番興奮させられているのは今だよ。」と答えると、フクは「どういうこと。」と首を傾げた。説明は難しい。「そうだな、今夜のプロセスはなかったことにして、この状況だけを絵画で切り取ると、バーという社交的オープンスペースで着衣した男達の中に混じって何故か俺の彼女が全裸で座っているという興奮かな。」と説明すると、フクは、「そのモチーフってマネの草上の昼食でしょう。」と聞くので、「バレたか。」と正直に言って、「日常生活の中であり得ない姿の君を他人に見せるという崩れたバランスの興奮。」と解説すると、「それって自分の性的興奮のために私に露出しろっていうこと?。そう言えば、人前でTバックの水着を履けと強要したんだよ、この男。」とマスターに訴えた。マスターは無理に笑ってから、「でも、彼氏さん。三村さんでしたね。三村さんの言わんとする意味はなんとなく分かりますよ。男は女性の瑕疵のないバランスの美しさに美は感じても、痺れるようなエロティシズムは得られないかもしれませんね。ハジメさんはマーちゃんのことを菩薩様と言っていましたけど、怒らないでくださいね。私は汚れた花だと感じていました。泥水の中に花が落ちてしまって、悔しくて残念なのだけど、泥水の中だからこそ余計に美しく妖しく見せる花もあるのかなって。言葉にするのは難しいですけど、男にとって美とエロティシズムは必ずしも同義語ではないんです。」と言ってから、やっとフクに目を向けて、「一杯奢りますから、少しの時間、私に汚れた花を観賞させてくれませんか。下ばかり向いていたので良く見ていないんです。」と申し訳なさそうに言った。「要は、男のフェチズムを満足させるためにしばらく裸のままで静かにしてろということね。男って難しすぎるよ。」とフクは不満顔だった。

「それで汚れた花にマスターは勃起したの。」とフクが新たにサーブされた酒を口に含みながら聞いた。マスターは、「もちろん、今でも興奮していますよ。」とズボンの股間を指した。「可哀そう。何なら抱いてもいいよ。」とフクが茶化すと、「えぇ、正直に言うと、昔から抱きたいと思っていました。でも、今晩は家内を抱こうと決めているのです。」と格好良くキメてくれた。フクは、「フーン。」と漏らしてから、「()い男だね。でもつまらない男だ。」と立ち上がり、「帰るわ。」と脱ぎ捨てた服を拾いながら、「バッグの中に財布あるから飲み代を払っておいてくれる。」と僕に頼んだ。「ヤスさんから頂いていますよ。」とマスターが言うと、「冗談じゃない。自分の飲み(しろ)は自分で払うよ。」と言い捨てて、裸のフクはトイレに消えた。


 店を出た後タクシーを止めるまで会話はなかったが、フクが怒っているのは分かっていた。そして、怒りの理由も僕には分かっていた。フクの女のプライドは踏みにじられていた。状況はどうであれ、裸になった自分に男たちが手を伸ばさなかった現実が辛くないはずがない。人生初の経験だろうなと思うと、菩薩と呼ばれてちょっといい気になって羽目を外したフクに相応の罰が当たったようで少し痛快な気もしていた。タクシー運転手の饒舌な不景気話が止んで、一時(いっとき)して、「男は勘違いしている。」とフクはボソッと言った。「男は単純に自分に惚れてるから女は股を開くと思っているのだろうけど、惚れる価値がある男なんて滅多にいない。女は自分の為に勃起した男に申し訳ないから股を開くんだ。甲斐性もない、将来もない、あるのは貧祖なチンコだけの男が一人前にでかい顔できるのは誰のおかげだと思っているんだ。」と怒りを込めた低い声で呻いた。暫く沈黙が続いたが、運転手が、「彼女さん怒ってるね。何かあったの。俺も勃起したら股を開いてくれるの。」と笑った瞬間、フクの体がシートに仰向けに沈み、「てめえは黙って運転してろっ。」と叫んで、足を伸ばして運転手の頭を蹴り飛ばした。僕と運転手は同時に、「ウォオオーー。」と叫んで、運転手は急ブレーキを踏んだ。その反動で体はシートに後ろ向きにすごい力で圧迫されて、瞬時に反動で前方に飛ばされた。足を伸ばしたままのフクの体がそのままの格好で前に飛ばされ、「何を。」と振り返った運転手の顔面にフクの蹴りが見事なカウンターで入ったのが見えた。一瞬で三人が団子状にもみくゃになった車内は一瞬静寂に包まれたが、首が曲がった運転手が、「このアマ何やってんだ。」と怒声を上げて振り返り、「殺す気か。警察へ行くからな。」と怒鳴った。ひっくり返ったまま、素早く運転手の名前をプレートで確認すると生気の無い顔写真の横に三村真一とあった。何て日だ。「三村さん。」と運転手の名前を叫んで、「いいですよ、警察に行きましょう。会社にも報告しないといけないですよね、会社にも一緒に行きますよ。あなたが女性を性的に侮蔑(ぶべつ)したことを抗議させてもらいます。」と僕も早口に大声で(しゃべ)った。運転手が、「このアマ、ブッ飛ばすぞ。」とフクに歯を()くとフクが、「上等じゃないか。」と更に運転手を蹴ろうとするので足を掴んで、「三村さん、さぁ、会社に連れて行ってください。」と怒鳴ると、運転手はドアを開けて、「降りろ。出ていけ酔っ払い。このブス。消え失せろ。」と叫んだ。


 急発進したタクシーのテールランプが見えなくなると、フクは座り込み、「気持ち悪いや。」と呻くとのろのろと道路脇の生垣ににじり寄って嘔吐し始めた。吐かせるだけ吐かせた後、近くの自販機で買った水を渡すと、フクは歩道に座ったまま何度かうがいした後に水が入ったペットボトルを僕に投げつけて、「三村、私はブスなのか。」と(わめ)いた。転がったペットボトルを拾いながら、今、この時にその問いですか、と無性におかしくなって笑った。刹那、僕は思い出した。そうだ、ずっと、ずっと昔に僕はフクからその問いかけを投げられたことがある。『私はブスなのか。』。放課後の教室だったっけ、秘密の場所だったっけ。そしてその時僕は何と返したのだっけ。

『時々、ハッとするくらい綺麗に見える。』。素っ気なくも僕はそう答えた。そしてその時の答えは僕の本心で、今でもその見立は変わっていない。「その答えは昔に言ったよ。」。

「三村、私もう歩けない。おんぶして。」。酔っ払いのフクは泣いた。





 Ⅶ


 フクは物事に対して好き嫌いをはっきりと言う。ただフクらしいなと思うのは生理的に駄目といった諷に漠然としたものではなく、何故嫌いなのかという明確なフクなりの理由があることである。花の中ではという条件は付けるが、秋桜は嫌いだとフクは言う。群れて咲くからだろう?と、フクの気質を思い計って理由を推察すると、フクは首を横に振って、我がままで負けん気が強すぎるからだと言う。そうかなぁ、僕には可憐な花にしか見えないけれどと感想を述べると、三村は計算高い女にとってありがたい男だとため息を付かれた。



 時間は前後するが、フクとの旅行はセブ島から更にバンコクに足を伸ばして日本に帰るという周回ルートを使った。海外に行くのはなかなか億劫なので、「出たついでにバンコクにある国際機関に行ってひとつ仕事を済ませたいのだけど。」とフクに相談したら、「バンコクには行ったことがないから是非行ってみたい。」と一も二もなく賛成してくれた。到着したスワンナプーム空港は相変わらずの混雑で入国までにたっぷり一時間以上掛かり、疲れ果てたフクは、「信じられない。」と文句を繰り返したが、この空港の機能マヒは日常のことである。更にバンコクは朝夕のラッシュ時に雨でも降ろうものなら一時間以上車がピクリとも動かない都市交通機能停止状態に陥り、時は金なりの日本人的感覚では時間のロスによる経済的損失はいかほどになるのかと要らぬ心配をするのだが、ある意味都市活力の裏返しでもあり、雑踏に多様な人種が溢れ、皆生きていくのに必死で、明らかな犯罪行為以外は何をしてもフリーな東南アジアの都市の活力を僕は嫌いではない。日本で不眠症に苦しんでいた時に、長期出張で訪れたこの街の安ホテルで人ごみに紛れる安心感からか久しぶりに熟睡できたこともあった。時間的にタクシーでダウンタウンに入るルートは自殺行為であり、空港からはエアポートライナーを使って地下鉄に乗り換えて予約したホテルに辿りついた時には既に夜になっていたが、バンコクのグルメ友人が推薦してくれたレストランの激辛タイ料理と香り米、プラス、シンハービールでフクの機嫌はいっぺんに良くなった。「このビール、最高じゃない。」とフクは絶賛したが、タイでシンハービールを飲むから美味しいのであり、ラオスで飲む時はラオビールが美味しく感じる。そういえばアジアの友人が、日本で飲むアサヒビールは世界一だと言っていた。その場所の雰囲気なのかなと思っていたが最近は料理の違いじゃないかと感じている。タイ料理の深くてクセのある香辛料の味にはシンハービールが間違いなく合う。翌朝、ホテルにフクを残して僕は訪問先に行った。フクには市内の見どころのメモを渡して、「観光タクシーの手配を頼んでおくから、フロントに部屋番号だけ伝えれば良いから。」と伝えていたのだが、帰ってきたらフクは酔っ払って寝ていた。聞いたら、「ホテルの近所を散歩しようとブラブラしていたら暑くて熱くて、開いていたレストランで涼もうと思ったらシンハービールがあったのでお代りしていたら酔っ払ってしまった。」と申し訳なさそうに言い訳したが、旅行の楽しみ方は人それぞれである。日がとっぷりと暮れるとバンコクは灼熱の街から別の顔を見せ始める。乾季に入れば夜は湿度の関係からか日本の夏よりも過ごしやすいぐらいだ。日中は強烈な太陽光を避けて姿を消していた人々も夕涼みがてら外へ出て群集となり、その人達を目当てに食事や雑貨の屋台が通りに沿って並ぶ。フクは、「折角だから夜は屋台で食べたい。」と言った。東南アジアの料理は冷蔵設備普及の関係もあり、食材の鮮度からいうと日本と比べようもないが、パームやココナツのオイルを使った揚げものをベースとした料理が多く、火の通し方もディープなので牡蠣とか川蟹に手を出さなければ日本人でも腹を下すことは滅多にない。ただ、車の量が半端なく、渋滞だらけなので排気ガスで大気の状態は劣悪である。毎日吸う空気に匂いと味が付いているなんて日本に住んでいると信じられないが、バンコクの淀んだ大気は排気ガスと食用油の匂いに混じって、ほのかに香辛料の香りと味がする。この匂いと見た目の不衛生に我慢できない人は、東南アジアの街が駄目だということになる。適当に座った屋台飯の感想をフクに聞いたら、「味は良いのだけど食器の汚れが気になって微妙だな。」という感想であったが、たらふく食べてビールを飲んで日本円で三百円以下という値段には驚いて、「今人生を捨ててもこの街で暮らしていけそう。」と感動していた。確かにこの街には母国での人生を捨てたかなりの数の年老いた男が漂いながら暮らしている。ただ彼らの陰鬱な顔を見る限りは幸せそうには見えない。全ての国を回った訳ではないが、アジアの国々は女性のパワーで成り立っていると感じることが多い。朝市で野菜を売り、昼は農作業をして、夜は屋台を引張って家計を支える。亭主たちは一日中木陰でゴロゴロしているか、集まってケチな賭け事をしている。そんな亭主は浮気ばかりしているとタイの知り合いの女性が嘆いていた。日本の男は仕事をちゃんとやるし、奥さんを大事にするから立派だ、と本気で褒めてくれる。日本のフェミニストの方々にも聞いて欲しい限りである。バンコクの夜の活力も女性たちが作っている。彼女たちのほとんどは東北部の貧しい農村から都会に出稼ぎに来ている女性たちである。田舎の家族は彼女たちの稼ぎに依存しているから、彼女たちも必死なのだが、中学校卒業レベルの学歴では中華資本の工場の女工に就くのがせいぜいであり、やがてその多くは高収入を求めて夜の世界の担い手になっていく。ただ彼女たちに悲壮感はない。男に騙されようが、シングルマザーになろうが、金がなかろうが、明日はきっと良くなると信じて食べて笑って、そして嘘を付く。成長している国は、明日を信じる活力を誰にでも与えてくれる。金や仕事はあってもクレームや仲間外れを恐れて他人と目を合さず声を潜めて暮らす日本とは経済力では測れない社会の活力が違う。というような話を二件目のオープンテラスの飲み屋で鶏焼きを片手にボトルのシンハービールを飲むフクに話をしていたら、「夜の女性たちを見てみたいからお店に連れていってくれないか。」と頼まれた。「エステも安いよ。」と勧めたが、「夜のお店の方が面白そう。」と主張する。連れて行くのは構わないのだが、俗に夜の店と呼ばれる風俗店はいくつかのパターンに分かれる。世界語となったカラオケは主に在留日本人ビジネスマン目当ての風俗店であるが、別に酒を飲んでカラオケだけ歌って帰っても金さえ払えば店は文句を言わない。多分8割ぐらいの客は日本で言うところのキャバクラ感覚で利用している。女の子の連れ出しはオプションとして勧められるが、店としては客と女の子の自由恋愛であり売春ではないというスタンスである。フクを連れて行っても問題はない。ただ、女の子たちも日本人の好みに合わせて洗練されているので、フクが面白く感じるかといえばそうではないだろう。マッサージパーラーも金さえ払えば女性の入店も不可能ではないだろうが、交渉が面倒だし、具体的に何をするのか、させるのかの明確な意思と目的がないと単に行っただけとなるだろう。売春目的の女性たちが集まる店やラウンジもあるが、フクを連れて行くと冷やかしと思われてトラブルになる可能性もある。ということで俗に言うゴーゴーバーに連れて行くことにした。

 バンコクのゴーゴーバーのあるエリアはいくつかに分かれるが、近場と言う理由もあったが、もっとも日本人に馴染みの薄いマイナーなエリアを選んだ。ゴーゴーバーは最も安価な風俗で、入店してお姉さんの踊りを見るだけならボトルビール一本の料金で済む。もっとも日本で言うところの遣り手婆みたいな仕切りおばさんがいて、あれやこれやと言ってくるが無視していれば何も言われなくなる。フクは、「へぇー。」とステンレスのポールが何本も立った小さな舞台を囲むようにカウンターが配置された店内を興味津々で見渡し、大音量の音楽の中、ミニスカートで踊っている何人かのお姉さんを見て、「だからゴーゴーバーと呼ぶのだ。」と感心した。フクを連れて行った時間はゴーゴーバーにとっては宵の口で、客もまばらで常連らしい欧米人の年寄りが所在なさげに隅に座ってビールを舐めているだけだった。踊るお姉さん達も本気にはなっていない。男達が今夜の相手を探すようなギラギラした目で舞台を取り囲まないとお姉さんも肌を晒す価値もないし、チップも入らないのである。それでもフクは楽しそうで音楽に合わせて体を動かし、曲が終わると舞台に向かって拍手をした。ゴーゴーバーにも格があり、他のエリアになるが大使館御用達と言われる有名なゴーゴーバーは女の子も若く人数も多いが、このクラスになるとお姉さん達の年齢も上がり、容姿もまちまちである。その代わりサービスや趣向も過激になるのだが、それはまだ先の時間帯のことだった。フクがカウンターに座ったままノリノリで楽しそうにしていると、リーダーらしい年長のお姉さんがフクに、舞台に上がれ、と手招きをした。フクが、ダメダメ、と顔を横に振って笑うと、構わない、と指のジェスチャーで伝えて手を引っ張った。フクが、「大丈夫なの?。」と僕に聞くので、「大丈夫とは思うけど、トラブルにならないようにマネジャーに聞いてみるよ。」とお姉さんに、ちょっと待って、とサインを出し、仕切りのおばさんを呼び止めてチップを渡し、マネジャーに合わせて、と頼むと暗幕で仕切られただけの事務室に案内してくれた。古い事務机に座って携帯で話をしていたマネジャーと呼ばれた男は、最初はクレームかと身構えていたが、「連れの女を舞台に上げて良いか。」と聞くと、「客が舞台に上がるのは駄目だ。」と笑った。「最近はポリスがうるさくなってショーは見せるだけにしろと指導されている。」と建前を言った。「他に客もいないし、短時間ならいいじゃないか。」とタイで最も高額な紙幣を一枚出すと、マネジャーは暗幕を少しだけ捲ってフクの容姿を確認し、「最近自分の女を舞台に上げたがる男が多い。」と言った後、「折角ならダンサーとして客の前で舞台に立たせないか?。」と紙幣をポケットにしまいながら提案してきた。「しばらくするとポリスが巡回するが、その後なら大丈夫だ。二時間後ぐらいに裏から入ってくれ、衣装も用意しよう。待ってるよ。」と肩を叩かれた。意外な展開に驚いたが、まぁ、フク次第だな、と思って、「気が向いたらそうするよ。」と答えてから少し心配になって、「彼女は全くの素人だがいきなり舞台に上がって大丈夫なのか。」と聞いたら、「あいつらがプロに見えるか。」と多分ゴーゴーガール達のことを言って大笑いした。

 店内に戻るとダンサーのお姉さんと話をしているフクの肩を突いて、出よう、と出口を指し、お姉さんにチップを渡してから大音量の店内から解放された。外に出ると、フクは、「お子さんが二人いるらしいけど、夜は友人が面倒見てくれているのだって。子供の父親は違うのだって笑い飛ばしていたよ。すごいバイタリティ―だわ。」と話をしていたお姉さんとの会話を教えてくれた。「客が舞台に上がるのは禁止だと言われた。」と伝えると、「うっかり上がって怒られなくて良かったね。」とフクは言い、「でもあういう店には初めて入ったよ、知らなかった世界だよ。」と満足そうに言った。「客は駄目だけど、遅い時間にダンサーに化けてしまえば大丈夫らしいよ。」と店のマネジャーからの提案を告げ、「どうする?。」と尋ねると、「へぇー。何でもありだね。」と感心してから、「面白そうだけど、他の踊り子さんたちに迷惑になりそうだよね。」と消極的に辞退した。「実は取りあえずオッケイをしちゃったのだよね。裏口から入ってくれと言われたから、楽屋を覗くだけでも覗いたら?。その時に断っても良いし。」と勧めたら、「そうだね、たいしてお客さんもいないし、仕事の邪魔にならないなら一生に一度の踊り子体験としてやってみようかな。なんだかドキドキするよ。」とやる気になってくれた。「時間があるなら一度ホテルに帰ってシャワーを浴びて酔いも醒ますよ。」。その時間には店の様子が一変するだろうことは黙っていた。

 アジアの夜の街をうろつくと、不思議なことに気が付く。欧米人が連れて歩いている現地の女性がさっぱり可愛くないのである。女性の好みは人それぞれなのだろうが、マジョリティの意見として、日本人の男性は目のパッチリした鼻と口が小さめなバランスの取れた顔立ちの女性を美人として評価する傾向があると思う。欧米人は真逆で、一重の切れ長の目でパーツも大きな作りの女性を好む。目がパッチリとした美女は欧米には腐る程にいて、一重の目をミステリアスな美と感じるからだという話を聞いたことがあるが真偽のほどは分からない。ただ、東南アジアの夜の店において欧米人と日本人の男たちの女性選択の住み分けが成立していることは事実だ。フクは一重ではないがまぶたが腫れぼったく、口が大きめでお世辞にも日本で俗に言う美人の部類ではないが、化粧をしたら欧米人が好むようなミステリアスな雰囲気は出そうだ。店のマネジャーもフクをチラリと見ただけで悪くないと思ってくれたのかもしれない。乳液などの基礎化粧品は使っているのだろうが、僕はフクのちゃんとしたメイクを拝ませてもらったことはない。どんなダンサーが誕生するのだろうかと僕も楽しみだった。時間になって店の裏口に行くと、フクと話をしていたお姉さんが大喜びで出迎えてくれて、こっちこっち、とフクを引っ張った。フクに、「店に居るから。」と声を掛けると、「えっえっ。」と不安そうに、「大丈夫かな。」と振り返ったが、お姉さんが、「大丈夫だよ。」とクリアな日本語の発音で喋ったのには驚かされた。夜の世界で生きる女性たちの際立った特技として語学があるが、必要は最大の教師である。マネジャーが居れば、あまり無理はさせるなと釘を刺しておこうと中を覗いたが、事務室には誰もおらず、僕は表に回って客のひとりとして入店した。予想したとおり店の中は欧米人で混んでいた。皆が思うほど一般の欧米人は金持ちではなく、気前も良くない。ビール一本の料金で粘れるゴーゴーバーは彼らにとって好都合の遊び場であり、たまり場でもある。興味本位に来店してくる観光客は比較的まともだろうが、バンコクに住み着いている連中は何で生計を立てているのか不明な者が多いし、ジャンキーも少なくなかった。酔っ払いやジャンキーに対しては無関心に距離を取ることが肝心で、距離を取るアジア人に対して彼らが狂暴性を示すことはまれであることも経験として知っていた。要は相手にされないだけの話なのだが。僕は舞台から一番遠い席を確保して、ボトルビールを注文して店に日本人が来ていないか確認した。この時間帯に日本人観光客がこのエリアのゴーゴーバーに来ることは稀だが、若者が騒ぐためにグループで来ている可能性はあった。その場合は、フクを舞台に立たせることは止めるつもりだった。身バレとかの心配ではなく、何かのアクシデントでフクが嫌な思いをする可能性も考えられるからだ。なるべくリスク無しにフクに楽しんでもらうのが僕の役目であり、非日常な楽しみをフクと共有することが僕の喜びだった。幸いにも東アジア系の客は見る限り僕だけで、ほとんどが欧米人でその連れとおぼしき現地の女性もちらほら居た。舞台では数人のダンサーがシースルーのベビードールの衣装でポールにつかまって体を動かしていた。下着は付けておらず陰毛を処理して剥き出しになった恥部の縦筋がチラチラ見えていた。ベビードールには番号札が付いており、客が気に入った嬢がいれば店の中をウロウロする仕切りのおばさんにその番号を告げて、ペイパーと呼ばれる連れ出し料を払えば嬢を外に連れ出すことができるし、もっと安く済ませたいのであれば店の上にある部屋でセックスすることも可能なシステムらしいが、僕自身嬢たちを買ったこともないし、買われる場面に出くわしたことすらない。店のグレードによるのかもしれないが、このレベルの店だとゴーゴーバーで働く嬢たちは既に別の風俗店を経て来た嬢、いわばベテランが多い。性病検査もきちんと定期的にやっているのかどうか怪しく、ゴーゴーバーで済ませようという男はかなりの強者ではなかろうか。ゴーゴーバーとは妖しい雰囲気を楽しみながら安い金で騒げる場所というポジションにある。面白いのは注文した酒を運ぶウェイトレスが衣装に番号を付けている時があり、その娘を気に入れば同様のサービスを受けることができる。周りの女性が全員裸だと着衣しているウェイトレスの方が妙にセクシーに見えるのも不思議である。曲調がアップテンポなものに変わり、ダンサー達が両手を上にあげて頭上で手を叩いて盛り上げ始めると、舞台を背にして話に夢中だった男たちもやっとショー本番が始まるとばかりに舞台に向かって拳を揚げダンサーたちに指笛を鳴らし始めた。照明が絞られスポットライトが回り出すと、踊り子たちは曲に乗ってベビードールをはぎ取り全裸になった。ダンサーの女の子が若いとトップレスまでの店が主流だが、この店は嬢たちが全裸で踊るのが売りらしく、厳密に言うと法令違反だとは思うのだが、どのエリアにも数店は過激な演出を売りにする店があった。ポールダンサーといっても嬢たちの踊りはポールにつかまって曲に合わせて体を揺らしている時間がほとんどで、後は各自の勝手にオリジナリティを加えているだけである。年齢も体型もまちまちのダンサーで踊りの技量を上げる必要もなさそうだった。肌の色もまちまちで、東南アジアの女性は浅黒い肌を連想しがちだが中国系の血が混じっているとおぼしき女性の肌は結構白い。また、色白というのが流行りの美の基準らしく、日本ブランドの美白化粧品も人気である。舞台袖の男たちは斜め下から見上げるようにダンサーの裸体を鑑賞し、バストや恥部の形状を見比べる。気に入った嬢がいれば舞台の袖に呼んでチップを渡せば股を開いて陰唇を見せてくれるし、乳房を触らせたりもしてくれるが、ゴーゴーバーでは店内はあくまでも見物の場所という暗黙の了解が客とダンサーの間にあるようで、見るからに怪しく騒々しい場所ではあっても客と店の間のトラブルは少ないと聞いている。もっともバンコクのマフィアも世のマフィアと同じく恐ろしいらしく、結構安い金で殺人まで引き受けるらしいという都市伝説を聞かせられると屈強な欧米人もなかなか無茶はできないのかもしれない。

 再び曲が変わると、それを合図に踊っていたダンサー達は各々自分が脱いだ衣装を拾って舞台を降りて尻を振りながら暗幕で仕切られた裏手に消えっていった。僕が入店してから30分ぐらいは経っただろうか、次のグループにフクが出てくるのではないかと思うと興奮と緊張で喉が渇きビールをもう一本注文した。仕切りのおばさんがビールを持ってきてくれたが、どうやら僕が連れの女を舞台に立たせる変態男というのは聞かされているらしく、「ネクスト、ネクスト。」と意味ありげな笑いを向けて、「サービス。」と言って金を取らずにビールを置いていった。しばらくすると次のグループのダンサー達がトップレスのシースルーのミニスカートの格好で騒ぎながら暗幕の向こうから現れ、順に舞台に上がった。フクもその一団の中にいて、最後尾のお姉さんに背中を押されるように舞台への階段を昇ったが、予想もしない多い客に腰が引けたらしく一番奥のポールを掴んで動かなくなった。僕の姿を探すようにあたりを見回したが、舞台に向けられた強力なライトのせいで舞台袖の男たちの顔は確認できるものの奥の少し高くなったテーブル席の客は見えないらしく、お姉さんに促されるままに諦めたように後列のポジションに動いた。一見して本当にフクなのかと疑うぐらい濃い化粧をしており、アイシャドウを入れたフクは初めて見たが、ほぅ、と感心するぐらい青いシャドウが真っ赤な口紅と似合って妖しい夜の踊り子に変身していた。もしこの化粧のままのフクと夜道ですれ違ったら、綺麗な娼婦として振り返るだろう程に煽情的であった。フクは時折自分のことをブスだと評して拗ねる。テレビに出てくる女優達を美の基準とするのは日本のマジョリティかもしれないが、フクのように洗練されていないアンバランスな美しさを評価する国も多い。少なくともバンコクの場末のゴーゴーバーの舞台に立つ今のフクは官能的で美しかった。フクはトップレスで小振りだが形の良い白い乳房を見せてシースルーの黒のミニスカートを履いていた。色が邪魔をしてその中の様子は僕の席からは確認できないが、前列の踊り子の白いスカートからは透けた恥部の縦筋の存在を確認できることから、フクも下着を付けていないことは確かで、舞台袖から見上げる男達からはフクの性器が覗けるはずだった。背丈やサイズ感は他のダンサーたちと似たり寄ったりで、フクが混じっても舞台に違和感はなかったが、フクは色白なので褐色の肌色が多いダンサー達の中では目立つ存在になっていた。フクは年齢の割には皮下脂肪が薄く、良く言えばスリムな、逆に言うと凹凸が目ただない体形なのだが、東南アジアでは年齢が若く巨乳という女性にはあまりお目にかからない。その一方で年齢とともに皮下脂肪が付き、その結果巨乳になったという女性は多い。フクはそのスリムな体形でかなり若く見られているはずだった。最初はガチガチで動きの少なかったフクも、隣のお姉さんが笑いながら話しかけ、時々ふざけるように肘で突かれたりしているうちに緊張も解けてきたようで、前のダンサーの動きを真似るように体を動かし始めた。頃合い良しと見たのか、フクの隣のお姉さんがダンサーたちに声を掛けると、前列のダンサーたちは後列に下がり、フクは促されて前列に出てポールを握った。舞台の下にはダンサーの股間を覗き込む数人の欧米人の男達が待ち構えており、フクが前列に立つと早速スカートの中を覗きんだが、オッ、という表情を見せて隣の男に耳打ちしながらフクの股間を指さした。ダンサーの陰毛は普通全て処理されているか、あっても上部に申し訳程度にアクセントとして残している程度である。この女、毛があるぜ、というような無遠慮な会話を多分しているのだろうと想像すると、僕だけが見ることが許されて来たフクの秘密の場所が、場末の売春婦の安っぽい性器として無教養な欧米人の目に晒らされていることに呼吸が苦しくなるほどの不安と陶酔を覚えた。フクのスカートに8の番号札が付いているのが見えた。単に借りたスカートに付いたままだった番号札かもしれないが、意図されたものかもしれない。フクは知らないだろうが、客から番号を呼ばれれば数千円で性を処理をする娼婦として扱われることになる。もっとも、ジャンキーの連中は何らかの感染症を保有しているリスクが高く、間違ってもフクがそうしたことに巻き込まれないように僕が控えているのだが、共に暮らすフクが娼婦としてリストアップされている現実に僕の下半身は痺れた。フクは時折笑顔を見せるぐらいに舞台の雰囲気に慣れてきたらしく、隣のダンサーを真似て話しかける男に手を振ったり、ポールに沿って体を絡ませたりして、なんとなくポールダンサーらしい仕草を身に付けつつあった。もっともフクだけがヒールではなく自前のサンダルを履いていたが、多分慣れないハイヒールを準備しても高さのある舞台の上では転倒の危険性もあるので正しい選択であった。

 その後フクが後列に下がっている時に、一瞬スポットライトが落ちて、それを合図に曲調がズンズンズンとベースとドラムのロックの前奏に替わった。ダンサー達は一斉にダンスを止めて、巻きスカートの作りだったらしいミニスカートを外して全裸になった、フクはエッと戸惑ったが隣のお姉さんから早く脱いでみたいなジェスチャーで促されると、躊躇しつつも黒のミニスカートを外して全裸になった。一人だけ陰毛を生やしたフクの白い裸体は嫌でも目立ち、それまで関心なさそうに話に夢中になっていた客たちの視線も一斉にフクの裸体に向けられたのが分かった。フクは最初は片手で股間を隠すような仕草をしたが、フクが舞台に慣れていないことに気が付いた客の女のひとりがフクの股間の手を外すようにジェスチャー入りの声援を送り、周りのダンサーたちが堂々と股間を晒して踊り始めると、覚悟を決めたらしく陰毛を店の客の前に披露すると客たちは拍手と指笛を鳴らしてこの夜一番の盛り上がりとなった。周りのダンサーも盛り上がりを後押しするように、後列にいたフクを前列中央に押し出し、フクは客たちの目前に陰毛を生やした恥部を晒すこととなった。裸が何故にエロティックなのかというと生殖行為のためには性器を露出させなければならないという本能の部分は別として、人は着衣の状態を正常と認識しているために、裸体を他人の前に晒すことを異常な行為と捉えてしまうからではないだろうか。今のフクのように着衣の客の男女の前で全裸になっている状態は、明らかに他人との関係においてバランスを崩していることになる。その状況に対する羞恥心が誘因してフクの仕草はエロティックな雰囲気を醸し出していた。僕がフクに対して執着するのは、フクの物事に対する判断が他人にまったく依存しておらず自分を信じて決めてしまう魅力にある。フクの性欲は強いが、これは他人と比べてフクの性欲が異常だからではなく、自分を抑制する線の引き方が他人とは違うからだ。人が持つ色欲の潜在意識に大きな違いはないはずである。普通の女性なら世間体とか羞恥心から踏み込めない世界にフクは自分の判断基準を信じて平気で踏み込んでくる。そこには興味や性欲に対して取り繕っても仕方ないという強い主張がある。世間的に正しいかどうかではなく、自分はこうなのだから仕方ないというずうずうしさがあり、そんな私をどう受け止めるのか、と僕にも正面から喧嘩を売ってくるような激しさがある。僕なりに僕の歪んだ性癖でフクの図々しさを受け止めているのだが、フクは踏み込んでしまった分、後悔したり苦しんだりして気持ちが揺らめく。僕にとっては、そんなフクの揺らめきが本当に愛らしくて仕方がない。

 フクの前に何人かの男がチップを置いた。フクは驚いて隣のダンサーに何事かと顔を向けると、ダンサーはこうするのと教えるようにポールを掴んだまま、腰を落として股間を大きく開き客に向かって突き出した。片手をポールから離して、陰唇を指で開き、そのまま少しの時間腰を動かした後、チップの紙幣を一枚取って立ち上がった。チップを出した男が、お前じゃない、と文句を言ったが、教えてやってるんだ、みたいなことを大きな声で言い返した。フクに向かって、さぁ、やってみろ、と肘で突くと、フクは最初は、出来ない出来ない、と顔をこわばらせて手をブルブル振ったが、最初にチップを出した男が、さぁ、これでどうだ、と言わんばかりにもう一枚紙幣を舞台に叩きつけると、周りで歓声が上がり、女性客たちの黄色い声援が掛かった。フクは声援に押されるように腰を落としたが屈みこむのが精いっぱいのようでポールを両足で挟んでしまった。隣のダンサーは笑って両手でフクの股をグイっと開いて、右手をフクの股間に差し込んで客に向かって何か言った。僕の位置からはフクの股間までは見えなかったが、多分陰唇を指で開いて中を見せたのだろう、チップを出した男達が順番にフクの股間を覗き込んでいた。手を伸ばした男もいたが、ダンサーから手を叩かれて叱られていた。続いて声援を送っていた女性客の何人かが覗いて、興味深そうにフクの恥部を指してダンサーと話をしたがタイ語だったので内容は分からなかった。その間フクは目を閉じてじっとしていたが、やがて、ダンサーがフクの肩を叩いて腕を取って立たせると客の間で拍手と指笛が鳴り、フクも緊張から解放されたようでホッとしたような笑顔が出た。隣のダンサーから何枚かのチップ紙幣を渡されると扱いに困ったらしく、そのまま金をダンサーに返すと、ダンサーは喜んでフクに抱きついて頬にキスをした。一度股間を客に晒してしまうと、フクは裸で舞台にいることの抵抗が薄れたようで他のダンサー達と楽しそうに尻を振って踊った。天井のミラーボールが回り始めると、次のグループのダンサー達がピンポン玉の入った篭の販売を始めた。僕もひと篭買わされたが、前の男に渡すと、いいのか?と嬉しそうに舞台袖に移動した。籠を売り終わったダンサー達も舞台に上がり、狭い舞台は裸のダンサー達で密集した。何と呼ぶゲームかは知らないが、客がピンポン玉を舞台に投げ込んでダンサー達がそれを奪い合うゲームで、取った数に応じてダンサーはキャッシュが貰えるらしく、結構真剣な奪い合いが裸で行われる。それを客が見て楽しむという品のないゲームなのだが、フクもキャアキャア騒ぎながら四つん這いになって尻を振りながらピンポン玉を楽しそうに奪い合っていた。ゲームも終わり、フクのグループが暗幕の後ろに消えたので、そろそろ頃合いかなと思い、席を起とうとすると何処から現れたのかマネジャーが僕の隣に座って、僕を引っ張って席に座らせた。マネジャーは持ってきたビールを僕に渡しながら、「彼女はいい。」と煙草臭い息を吐きながら言った。「肌が白いし、美人だ。」。フクを褒められて悪い気はしないので、「ありがとう。」とは答えた。「アンダーヘアーがあんなに人気があるのは意外だった。ダンサーの半分はヘアーを処理しないように変えたい。」。どうでも良いことを言い出したので、「今日はありがとう、そろそろ引き上げるよ。」と告げると、まぁまぁ、と両手でジェスチャーをして、「実は、何人かの客から彼女をペイパーをしたいと言われた。俺の方で断ったけど、店のシステムと違うじゃないかと散々嫌みを言われたよ。」と恩着せがましく言って、「明日の夜も来てくれるのか。」と聞いてきた。翌日の夜便で帰る予定ではあったが、彼に我々の予定を伝える必要もないことから、「気が向いたら。」と返すと、頷いて、「是非来てくれ。何なら車で迎えに行くから、ホテルは何処だ。」と聞くので、「彼女と相談しなければいけないから。」と断った。更に、マネジャーはあれやこれやと僕に話掛けてきて、適当に相づちを打っていたら、流れる曲が女性ボーカルのバラードに替わり、奥の暗幕が開いて、フクがフクと親しくしていたダンサーに手を引かれながら出て来た。それを確認するとマネジャーは、「じゃあ、楽しんでいってくれ。」と僕の肩を叩くと引き上げて行った。なんのことはない、フクを次のステージに上げるための時間稼ぎをされただけだった。これからフクが何をやらされるのかは予想が付いたが、この状況でフクが舞台に上がるのを止めるにはさすがに無理があり、マネジャーに言われた通り僕も覚悟を決めて楽しむしかないみたいだった。

 フクはシースルーの白いベビードールを着せられ、ダンサーのお姉さんに手を引かれて舞台に上がると、今から何が始まるのかと不安そうな顔をした。舞台中央に座るように指示され、膝を崩して横座りに座った。照明の色が変わりライトがフクにあてられると眩しそうに手でライトを手で遮る仕草が愛らしかった。ダンサーがフクの後ろに回り、フクの乳房を揉み始めた。フクが、エッと驚いてダンサーの手を外そうと身を(よじ)るとダンサーは後ろからフクを抱きしめて耳元で何か呟いた。そして前の観客たちに向かって静かにしろと口の前で指を立てた。フクが観念したように静かになると、ダンサーはベビードールを下からまくってフクを全裸にすると、時間を掛けてフクの乳首を後ろから弄った。フクの目が閉じられ、乳首が立ちあがったのを確認するとダンサーも衣装を脱ぎ捨てフクに密着し、フクの背中ら自分の乳房を押し当てて、両足をM字に開脚させて右手を後ろから回してフクの恥部への愛撫を始めた。2、3人の男が舞台袖から顔を突き出すように性器が弄られるのを熱心に見ていたが、しばらくして後ろの客から場所を代われと肩を叩かれ、体はずらしたものの顔の場所を動かさない熱心さには苦笑するしかなかった。ダンサーの中指が挿入されて徐々に指の動きが激しくなるとフクの眉間が歪み、口から声が漏れ始めた。フクの体が斜め後ろに硬直して、両足が一度固く閉じられて、「アー、嫌っー。」っと声を出した後、フクは顔を下に向けて動かなくなった。フクの体の力が抜けると、ダンサーはフクの膣液で濡れた指を勝ち誇ったように客に見せた。客の何人かが拍手をすると、四つん這いなるようにフクの腰を後ろから引き揚げ、フクの尻を客の方に強引に押した。フクはダンサーの指示するまま、尻を客達に向け、これも指示されるままに、足を開き舞台袖で見上げる男たちの前に恥部とアナルを晒し、スポットライトは四つん這いになったフクの股間に充てられた。フクが完全に尻を客に向ける体勢になったのを確認してから、僕は席を離れて舞台前に移動したが、最前列はガタイの良い欧米人達に占拠されていたため、何とか男達の隙間からフクの股間が確認できるポジションを確保するのが精いっぱいだった。多分、この時点ではフクは自分がどういう状況に置かれているのか正確には分かっていなかったと思う。背中を丸くして四つん這いになっていたが、横に居るダンサーがフクの尻をピシャリと叩き、尻を突き出せるために背中を押さえると、ハッ、と正気に戻ったように周りを確認し、「え、何。」と日本語で叫んで体の向きを変えようと動くと、ダンサーは大きな声でフクを叱責し、力任せにフクの尻をパシッ、パシッっと続けさまに叩いた。剣幕に驚いてフクが大人しくなると、優しくフクの尻を撫ぜて、太ももと尻と背中に指を這わせながら、フクの尻が客からもっとも見え易いようにフクの四つん這いのポーズを修正していった。ダンサーはフクの尻に手を回し抱えるようにして、フクの双丘を両手で割って、舞台袖の客にフクの股間を後ろから開いて見せた。フクの恥部の陰唇がパックリと開くと膣液で濡れた内部がスポットライトで悲しく光った。ダンサーは覗き込んでいた男達にジェスチャーで下れ、と手を振り、持参した篭の中から小さ目のディルドを出すとコンドームを付けながら、チップの額を言った。ひとりの男が前に出て札を渡すと篭の中に放り込んでディルドを渡した。男がフクの恥部に後ろからディルドを出し入れ始めると最初は耐えていたフクだったが、暫くすると堪らず尻を動かし始めた。女性客のひとりがダンサーに何か非難めいたことを言ったが、ダンサーは首を横に振って言い返していた。しばらく出し入れさせると、ダンサーは男の手をどかして、周りを見渡し、またチップの額を言った。別の男が近づきチップを渡してフクの恥部に刺さったままのディルドを出し入れ始めたが、途中でフクのアナルを指さして、「ここに入れて良いか。」と聞いたら、ダンサーは首を振って、「駄目だ。」と言い、2倍の額を言った。客の男は苦笑して、ポケットから札を出すとディルドを抜いてフクのアナルに入れようとしたが、ダンサーは制止して、後ろに並んでいた男に新しいディルドを渡した。先に恥部にディルドを入れさせた後、ダンサーがフクの尻にオイルを垂らし両手で引っ張ってアナルを広げ、指で円を書くようにアナルを愛撫してから最初の男に入れろと指示をした。男達の太い二本の腕がフクの尻の前で交錯し、アナルにディルドが押し込まれた瞬間フクの悲鳴と客達の歓声と笑い声が店内に響き、しばらくしてフクの嬌声が続いた。


 汗と涙でシャドウが滲んだままのフクと店からホテルまでの道を歩いた。歩き始めは腰がフラついて僕に縋って歩いていたフクだが、大通りに出る頃にはやっと体に力が入るようになったらしく、一人で歩き始めた。深夜を過ぎたにも係わらず大通りは車が一杯で相変わらず渋滞して排気ガスの匂いが充満していた。「疲れた。」とフクが呟いたので、「そうだね。」と労わると、「どうだった?。」と聞かれた。何を聞かれているのかは十分理解していたが、先ずは、一番言いたかったこと、「舞台に立ったフクがあまりにも綺麗でビックリした。」と素直な感想を述べた。フクは、「ありがとう、私も鏡を見たら別人が居たのでビックリしたよ。意外と捨てたものじゃないね。」と言った後、「それじゃなくて、三村は嫌じゃなかった?。」と改めて聞いてきた。「最初は恥ずかしかったけど楽しめたのだよ。あんなに男達のギラギラした視線を集めたのも初めての経験だったし、悪い気はしなかった。でも、それから後のことは、ライトの熱と周りの喧騒でで何だかボーっとしちゃって。そのうち、どうしようもなくなっちゃって。」と申し訳なさそうに言った。「嫌じゃなかった?。」。何と返事するかはこれからの僕とフクにとって、ささやかながら意味のあることだった。「ホテルに帰ったら勃起を見せるから、それで判断してくれよ。」と言うと、フクは、「そうか。それなら良かったよ。」と呟いて暫く無言で歩いたが、突然、「旅の恥はかき捨てだな。」と小さな声で呟き。それから、僕に向かって、「まぁ、旅の恥はかき捨てだよね。」と声を張った。フクは愛らしく強い。僕は嬉しくなって、フクを抱きしめ、「俺、恐ろしいくらい勃起しているのだけど。」とフクに耳打ちすると、フクは安心したように、「馬鹿。」と笑って、「明日は何時まで寝ていられるの?。」と嬉しそうに聞いた。





 Ⅷ


 フクと散歩に行く道筋に小さな田んぼがある。多分自分たちが食べるだけの米を作っている田んぼだと思う。昔ながらに蓮華(れんげ)を植えてくれていて、耕起する前の初春に無数の薄紫の花を見せてくれる。小さな子供がいる家族が田んぼに入って蓮華を摘んだり、水路を虫網で掬っている。フクは、怒られないよねと何故か僕に確認してから、畦道に腰を下して蓮華を摘んで、丸く編んで蓮華の冠を作る。昔はね、良く作ったのだよと自慢そうに言って、頭に乗せて、どう?と聞く。蓮華の冠だねと感心すると、そこじゃないよとフクは怒る。



 研究論文になるのか学術論文になるのか部外者の僕は知る由もないが、フクの論文執筆時の集中力は凄まじいものがある。食事も摂らなくなるので欠食が続くと僕も本気で怒って、力ずくで食卓に座らせると、「あぁ、本当だね、ちゃんと食べないと体に悪いよね。大丈夫、食べるからそんなに心配しないで。」と言ってから、「お腹すいたよ。」とやっと食べ始めるのだけど口を動かしながらも視線は心持ち上向きになっている。壁を見るともなしに見ているという状況でフクの視覚は停止した状態であり、頭の中で書き進めた文字列を推敲している。多分味覚も停止している。フクは、半分以上残した皿を前にして「ありがとう。美味しかったよ。」とごちそうさまを言い、「後片づけしなくてごめんね。今ちょっとテンパっていて。」とすまなそうに告げてから、そそくさと自分の部屋に戻る。そうした時も大学での授業やその他の雑務は通常のスケジュールでフクを束縛しているらしく、「給料分は働かないといけないから。」と朝には出勤していくから、いつ寝ているのだろうかと別の心配もしなくてはいけなくなる。フクと暮らし始めてしばらく経つと、フクの口数が少なくなると論文の準備に入ったなと僕も分かるようになり、論文執筆中に繰り返されるフクのハイテンションとローテンションの波に必要以上に振り回されないコツも掴んできた。要は放っておくのがフクにとっては最もありがたいのだが、一緒に暮らすパートナーとしては、フクが利用するかどうかは別として、必要最低限の食事と睡眠だけは確保できる生活環境は準備してあげたかった。

 出版社から雑誌への論文寄稿の依頼があった時は、フクは、「超嬉しい。」と哲学者らしからぬ喜びの舞を披露した後、ハイテンションで過去に書き溜めた論文をひっくり返し始めた。僕も、「良かったね。」と喜んだが、学会誌ではない哲学の一般誌が存在することに驚いた。世間の一般人がまず手に取ることがないだろう雑誌を定期出版して、どこをどういじれば採算ベースに乗るのか他人事ながら心配した。脱稿までの約一か月間フクの力み度合いは常の論文執筆時に比べてもはるかに異常、異質で、食欲、睡眠欲、性欲といった人としての煩悩を全てを放棄し、時に奇声を発し、時に僕に当たり散らし、時に打ちひしがれメソメソ泣いた。深夜の散歩と称する徘徊は日常となり、僕も心配で道連れとなるのだが、フクはブツブツと呟きながら自分の歩数をカウントしていた。

「送ったよ。」と昼食にインスタントラーメンを食べている僕の前に座ったフクは精魂尽き果たした様子で目の下にクマを作っていた。これまでの脱稿時のようなテンションと異なり、「疲れた。」と指で両目を広げて僕に目の充血具合を見せた後に、「私の分は。」とスープだけになった丼に目を向けた。「作ろうか?。」と聞くと、「いいや。食欲ないし。眠い。」と告げた後、思い直したのか、「半分だけ食べる。」と注文してくれた。「終わったの?」とキッチンから聞くと、「出版社に原稿は送ったのだけど、これから編集者から色々と注文が付くし、掲載前に何人かに審査してもらうことになるとその対応もしなきゃいけなくなるかな。」と答え、「掲載されるまでには半年ぐらいは掛かるのじゃない。」と教えてくれた。「でもね、推敲で論文の完成度を高めていく作業はそんなに嫌じゃないんだ。生みの苦しみに比べたら特に頭も使わないし、人の指摘も素直に聞けるのは不思議だね。当面はこの論文のケアだけすることとして、しばらくはのんびりとやることにするよ。」と宣言した。フクの気弱な様子は珍しかったが、この一カ月間ギリギリで持ちこたえていたのだろう、フクの精神と身を削った激闘を見てきた僕は、「まずは体を休めて、体調が戻ったらは好きな事をやれば良いさ。」とフクのプチ休養宣言に一も二もなく賛成した。それからの数か月間フクは本当にはじけた。


 フクから相談を受けた時は正直驚いたが、フクのロジックらしいというか、フクが中学生の時に、下着が汚れるのはあたりまえだし恥ずかしい事ではないと主張したように、フクは自分が生きていく上で付いてまわる生理的なものを羞恥心や見栄で隠す必要はないと割り切っている。無理に押さえ込んで自分の精神バランスが崩れる方にリスクを置いている。だから、フクが『私はこうしたい。』という望みを素直に口に出すことはごく自然な事なのだが、変に隠さない分受け止める方もそれなりの覚悟は必要となる。

 フクの肉体を貪り、馴染んだ膣の中に射精して正常位の体位から離れて横に転がってしばらくして、フクが、「あのね。」と切り出した。「うん?」と返すと、「私、昼も夜も無しに原稿を書いていたじゃない。」。「うん。」。「今回ばっかりは何度途中で投げ出そうかと精神的に追い込まれていたんだ。」。「うん。」。「でね、この苦しい時間が過ぎたら、嫌になるまでセックスできるからってモチベーションを上げて乗り切ったの。」と妙に真剣な顔で訴えた。「そうなんだ。俺も禁欲生活が続いていたからな。でも、出したばかりだからちょっと待って。」とペットボトルの水に手を伸ばしたら、フクは、「違うの。」と上目遣いに僕の顔を見て、「実は、知らない男達とセックスすることを妄想していたの。この仕事が終わったら、満足するまで色々なおちんぽで犯してもらおうって。でも、途中でペンを放り投げたらこの楽しみは諦めるしかないのだって自分にプレッシャーを掛けたの。もちろん、それは目の前の仕事を放りだしそうになる弱い自分の前に人参をぶら下げて鼓舞するためのもので、無事に終わったのだからその目的は果たしたのだけど。でもね、私、何故そんな恥ずかしい妄想をモチベーションにしたのだろうと考えていたら、私は昔から際限なく男から犯されることを夢想してきた女だったのだって認めざるを得なかったの。」と言って、続けて、「私、頭がおかしいよね。」とひっそりと笑った。これは凄い話始めたなと内心驚いたが、多分、フクの話を聞きながら僕の表情は微塵なりとも変化しなかったはずだ。それぐらいの鍛錬は出来ている。フクは冗談はまず言わない。後、基本自分のことしか考えないので僕を試すようなまわりくどい話もしない。フクがやりたいと言うからには、純粋にやりたいのだろう。ただ、ものぐさなフクは自分の快楽のためであろうと自ら行動するという覚悟もない。フクは僕が何と返すか待っていた。「うーん。」と唸りながら、面倒だから途中のプロセスを飛ばそうと決めた。「良いよ。」。「えっ、何が良いの?」。「知らない男達とのセックス。」。「それ、飛躍しすぎじゃない?。三村はそれで良いの?。私にセックスさせたいの?。」。「うん。」。「おかしくない。」。「そうかなぁ。」。「頭がおかしいよ。」。いつの間にか僕が望んだ話になっている。「そう言えば、作業員のおじさんも、お前ら頭が狂ってるよって言っていたな。」と言うと、「そうだったね。」と呟いてから、「私たち頭が狂っているよ。」とフクは笑った。「ただ、アイデアゼロなんだ、どうするかはちょっと考えさせて。」と頼むと、「なるようになった時で良いよ。」とすまして言う。「俺も楽しみたいからさ。」ともう一押ししてあげると、「三村は完全な病気だね。」と告げて、「おちんちんは正直だ。」と嬉しそうに僕の極限まで勃起したペニスに手を伸ばして扱いた。

 性の満足のために知らない男達に犯されるというフクの妄想は僕の性癖を満足させるものであり、その実現性を想像するだけで僕は勃起した。ただ、当然のことながらフクと僕が望む行為であっても、他者の存在を前提とする話であり、実現の可能性はほとんどないだろうなというのが正直なところであった。AVでそうしたシチュエーションは見るが、あくまでもエンターテインメントの話である。ホストなどのプロを使うというやり方はあるのかもしれないが、まずフクは嫌うだろうし、僕の性癖にも合わなかった。フクの言う、なるようになった時、というのが一番しっくりくるアプローチなのだろうがピロートークで終わらせるにはあまりにも刺激的なフクの告白であった。

 僕がMIMURAのマスターにこの話をしたのはフクの告白から数日が経った夜であった。僕はフク抜きでMIMURAで酒を飲むようになっていた。フクがウマさんを相手に店で痴態を(さら)した次の日、店で騒ぎを起こしてしまったことを謝り、口外しないよう釘を刺すために僕は一人でMIMURAを訪れた。マスターは僕の顔を見るなり、「申し訳ありませんでした。」と僕に深々と頭を下げた。「違うんです。お酒を飲む店であんな騒動を起こしてしまって、昨夜は酔っていて満足にお詫びもできなかったと思って。」と僕が言うのを遮って、「私はバーテンダーなのです。お客様が話しかけない限り口は開きません。お客様が、そうだろうと言えばハイと頷きますし、謝れと言われればスミマセンと頭を下げます。店はお客様が心地よくなるためのスペースであり、その為に一杯の酒に少なからぬお金を払っていただきます。バーテンダーは居るのだけど透明人間でなければいけないのです。お客様に説教臭い話をして自己満足するなんてあってはいけないことです。昨夜の私はバーテンダーの分を超えてしまいました。」とマスターは再度頭を下げた。マスターの話に僕が納得したのかと言うとそうではなかったが、この人の誠実そうな顔と態度は表向きのものであり、少なくとも道徳的な基準で物事の善悪を決める人ではないなという妙な安心は得られた。あの日以降、フクはMIMURAに行く素振りを見せないので、代わりに僕が顔を出すようになった。もっとも、一、二杯のバーボンを飲むだけで、挨拶以外に何を話す訳でもなかった。

 その夜は、他の客がいなくなったタイミングで、フクを見知らぬ男達に抱かせたいのだが、そうしたツールに心当たりはないかとストレートにマスターに聞いてみた。実は最初からマスターに尋ねてみようかなとは思っていた。僕に何の手立てもない以上、商売柄そうした世界により近しい人に尋ねるしかないのかなとは考えていた。マスターが頼りになるとも思わないが、話をする分にはフクの裸体を共に鑑賞した仲だから気は楽だった。マーちゃんも承知しているのですか、と当然のことを聞かれるかと思ったが、マスターは何事もないように、「私は知りませんけど、ヤスさんにお聞きになったらどうですか。」と言った。「ヤスさん?。」。「この間の旦那衆のひとりですよ。」。「あぁ。彼はその辺りの事が詳しいのでしょうか?。」。「さぁ、詳しくは知りませんけど色々と顔は利くみたいですよ。」と言ってから、「直接話をしてみますか。」と携帯を手に取った。思わぬ展開に戸惑ったが、「できれば。」と言うと、マスターは無表情に携帯を操作し、しばらくして、「三村です。」と名を告げた後、「今、マーちゃんの彼氏さんが来ていて、ヤスさんに聞きたいことがあると言っているのですが、今から来られますか。」と聞いた。ヤスの話に反応して、「いえ、お一人です。いえ、私は聞いていませんがお一人の方が良いと思います。」と言って、最後に。「はい。後ほど。」と告げて携帯を置き、「30分程で見えられるそうです。」と僕に向き直った。マスターと視線が合ったが僕の方が先に視線を下に落とした。

 カンカンカンと鉄骨の階段を昇る足音が響き、きっかり30分後に開襟シャツを着たヤスさんが顔を出した。「よう、兄ちゃん久しぶりやな。」と僕に声を掛け、「焼酎お湯割りで。」とマスターに注文して僕の隣に座った。「今日、マーちゃんは?。」と聞くので、「一人です。」と答えると、「なんや喧嘩でもしたんか?。放ったらかしたらあかんよ。」と笑った。ヤスさんは、「今日は冷えるな。」と出された焼酎を啜った後、「どうした。リホームの相談か。知らん仲でもないし勉強するで。」と僕の話を催促した。覚悟を決めてマスターに言った言葉そのままに、フクを見知らぬ男達に抱かせたいのだと僕が言うと、ヤスさんは驚いた顔をしたが、「なんや、リフォームをしたいと言うお客さんから呼ばれたんじゃ、と母ちゃんに言って出て来たんぞ。そんな話かいな。」となんとも言えない顔をして、しばらく黙って焼酎を啜り、思い出したように、「マスター、目刺し、焼いて。」と頼み、マスターは、「すみません。目刺しは置いていません。」と返した。ヤスさんは、「そうかぁ。」と呟き、「で、マーちゃんはこの話知ってんの。」と聞いてきた。ここで取り繕っても仕方ないと思い、「彼女から頼まれた話です。」と答えると、驚いたのだろう、マスターの目が開いた。ヤスさんは、「そうかぁ。マーちゃんも兄ちゃんも難儀な事やなぁ。」と言ってから、「この前のことがマーちゃんを困らせとるんじゃないかね。」と聞いてきた。僕が、「えっ。」と反応すると、「マーちゃんがヤケになっているとか。」と確認してきた。「それはありません。多分彼女にとっては取るに足らないことだと認識していると思いますよ。」と苦笑すると、ヤスさんは何度目かの、「そうかぁ。」と言って、「菩薩か邪鬼か。」と呟いた。

「マーちゃんの期待に沿えるかどうか知らんが聞くだけ聞いてみようか。」とヤスさんは携帯を取り出し僕の顔を見た。僕が頷くと、どこかに電話を掛けて、相手が出ると、「儂や。」と名乗ってから、「あの話やけどな、そっちやない、そうそう、そっちの方。ちゃんとしたご夫婦を紹介したいんや、うん、俺の知り合い。一度会ってもらえるか。」とここで送話口を押えて、「三村君やったね。」と僕に確認して、「三村ご夫妻。うん、多分三十代やな。ちゃんとした方や、保証する。馬鹿、何言うてんの。ちゃうわ。うん。うん、連絡先教えておくから。うん、後は頼むわ。うん、そうやね。うん。じゃあ遅くにすまんかったね。」と電話を切ってから、マスターに、「書くもんあるか。」とメモ用紙とペンを催促し、電話番号と斎藤と書かれたメモを僕に渡して、「電話してみろや、会ってくれるそうや。ヤクザやないから安心し。普通のおっさんや、変態やけどな。」と笑った。それから店を閉めて三人で泥酔するまで飲んだ。酔っ払ったヤスさんが、「兄ちゃん、ええんか?。儂もマーちゃん抱かしてもらうで。」と聞くので、「彼女が良ければ。」と答えると、「そうもいかんのよ。」と意味深なことを言った。ヤスさんがマスターに、「なぁ。」と同意を求めると、マスターは、「何の話でしょうか。」ととぼけた。

 紹介してもらった以上、間を空けるのも失礼なので次の日早速電話をしてみた。名を告げると斎藤氏は気さくな人らしく、「あぁ、聞いてます。聞いてます。」と明るい声を出し、「ヤスさんの紹介の方ですよね。」と確認してから、「電話で話すのもなんなので、一度奥様と一緒に事務所の方に来ていただけませんか。そこで詳しい話をさせてもらいますので。なに、事務所といっても私の作業部屋みたいなところですが。話を聞いてもらってから先のことを考えていただいて結構ですよ。」と言って、事務所があるというマンションの名称、住所と部屋番号を伝え、「ええと。今週の土曜日の15時でどうでしょうか。」と聞くので、「大丈夫とは思いますが、家内の都合も確認してから。」と言うと、「都合が悪かったり、場所が分からなかったら電話してください。では、お待ちしています。」とあっさりと話が進んだ。物事とはは進む時には進むものだと感心した。フクに何と話すか迷ったが、そもそもフクが言い出した話なので苦労した僕が遠慮することもないなと思い直して、「この前の話だけど。」と切り出すと、フクはピンときたらしく、「なるようになったの?。」と偉そうに言った。ちょっとムッとして、「まだ頭がおかしいの?。」と意地悪を言うと、フクは瞬間固まって、「三村にしか話せないの。我がまま言ってごめんね。」と辛そうな顔をした。フクは苦しんでいる。何があろうと僕はフクを手放してはいけないのだと思った瞬間だった。斎藤氏の話を伝えると、「とりあえず話を聞けば良いのだね。」とあっさりとOKしてくれた。「でも、三村が何故そんな人を知っているの?。」と素直な疑問を出されたが、「細い伝手を頼ってね。」と言うと、「ふーん。」と僕の苦労には関心なさそうだった。


「私は亡くなった妻が好きで仕方なかったんです。」と斎藤氏は言った。「妻が好き過ぎて外で女遊びをする気にもならなかった。妻にしか関心がないので妻との遊びが深みにはまってしまいましてね。最愛の妻を男に抱かせる妄想に取りつかれてしまって、でも家内は嫌がるのですよね。説得のため、妻が苦痛だと感じることを解決することを熱心にやっていたら、女って不思議ですね、妻がアイデアを出すようになって今の形になったのです。妻にも楽しんでもらいましたが、そのうち参加してくれるご夫婦も徐々に増えてきて、サークルみたいな感じでワイワイやっていたのですが、妻が癌と診断されて、本当に亡くなるまではあっと言う間でした。それから何もやる気にならずにぼんやりしていたのですが、皆から励まされて、なんとなく今は同好の士の責任者みたいなことをやらされています。変な勢力は入り込んでいませんし、商売でもありません。ただ、社会的にあまり公にできることでもありませんので、ひっそりと内輪の楽しみとしてやっています。もちろん警察のお世話になったこともありません。」。自己紹介をする斎藤氏は首にスカーフを巻いた初老の紳士で、マンション名を聞いた時に思ったとおり付近に数棟立つのマンションのオーナーであった。「親が小さな町工場を営んでおりまして。土地だけ残してくれたのですが後は建設会社の言いなりです。」と笑った。「詳しい話は追々させていただきますが、奥様にまずお伝えしたいことは完全に女性主体だということです。男性の行為に対しては細かな規則があり、それを破ると退会となり、必要となれば社会的制裁も受けていただきます。ただ皆さん紳士ですのでこれまで問題が起きたことはありません。女性に安心して楽しんでいただくためにプライバシーやセキュリティには万全を期しています。また、嫌だなと思う行為を強制されることもありません。これは亡くなった妻が特に気を使ったところです。」。と斎藤氏は語った。フクは慎ましやかに顔を伏せて、小さな声で、「はい。ありがとうございます。」とだけ答えた。

「では、プレイルームから見て頂きましょうか。」と斎藤氏は立ち上がった。「実はこの一戸はプレイ専用としてリホームしています。」と言って奥のドアを開けた。50平米はあろうかという広い部屋であり一面に毛足の長いグレーのカーペットが敷き詰められていた。「四隅のスペースはチェンジングルームとシャワートイレのユニットです。小さいですが化粧台も付けています。専用となるので、ご参加いただく女性は最大でも4名ということになります。当日はカーテンで仕切られます。」と天井に複雑にセットされたカーテンレールと照明を指さした。「後でビデオで見ていただきますが、ご夫婦や女性はお見えになってから、お帰りになるまで誰にも会うことのないよう工夫されています。皆さん慣れてくると互いにご挨拶をなさったりもしていますが、最初はどうしても抵抗があるのでその為の配慮ですね。なお、プレーが終わるたびに室内清掃の業者を入れていますので衛生面は問題はありません。」と四隅のスペースの設備を見せてくれた。「行き届いていますね。」と感想を言うと、斎藤氏は、「妻の言うことを聞いていたらこうなってしまいました。私も妻の機嫌を取るのに必死でしたからね。」と苦笑した。プレイルームをぐるりと回り事務室に戻ってから、「人選も含めて高いセキュリティで運営されているなと拝見したのですが、私どものような特に面識のないものを入れて大丈夫なのでしょうか。」と気になっていたことを訊ねてみた。斎藤氏は頷いて、「ええ、確かに単にセックス目的のために水商売の女性をパートナーとして参加しようとする不届き者もたまにはいるのですが、こうした活動を続けていると自然と目が肥えてきまして、お二人を見れば本物のご夫婦かどうかはすぐ分かります。その意味で奥様にも一緒にご足労をいただいたわけです。お二人のように若いご夫婦の参加は我々にとっても嬉しいことです。それに奥様はとてもチャーミングでいらっしゃる。」。へっ、斎藤氏もフクを抱く気なのかと思わずフクを見たら、フクは、「まっ。」と恥ずかしそうな声を出して、慌てたふうに手の裏で口を押えて顔を伏せた。完全に猫を被っている。フクは何故か年配の男性に人気がある。斎藤氏の目が好色そうに緩んだ。氏の目が肥えているとは言えなさそうだった。

 プレイ時のビデオを見せてもらえた。「百聞は一見にしかずですからな。」と言って、「これは三村さんのような新しい方への紹介用として参加者の許可を得て撮ったもので、普段は記録に残すようなことはありません。」と斎藤氏の言うとおり、モザイクが大きめに掛かって個人が特定されるようなものではなかった。プレイルームは厚手のカーテンで円形に作られており、10名程の裸の男性達が映されていた。「男性には事前に別ルームでの洗体と消毒が義務付けられます。プレイルームへは身ひとつで入ってもらいます。」カメラがカーテンに近づくと女性と思われる裸体が横たわっていた。モザイクではっきりとはしないが上半身が隠れているようだった。「これって。」と口に出すと、「ええ。女性は相手する男性達に顔を出す必要がないように工夫しています。カーテンに細工をしてまして女性はカーテンの向こう側から体を出すようにしています。基本、女性は奉仕のみを受けることとなります。ごくまれに邪魔だと言われて、プレイルームの中央で楽しまれる奥様もいらっしゃいますが、ほとんどの奥様達は顔はお隠しになって楽しまれるようですね。隠す箇所が少ないほど男性達からの接触が多くなりますが、皆様気分に応じて楽しまれているようです。妻からのアドバイスもあり試行錯誤でこの形に落ち着きました。」。カメラがターンして別の裸体を映すと、なる程こちらは顔だけカーテンの向こう側に隠して裸体を仰向けにして、その裸体を二人の男が愛撫していた。更にカメラがターンすると、こちらは女性がバックの姿勢で後ろから挿入されていたが、確かに上半身はカーテンの向こう側に隠れていた。「男性には女性がプレイルームに出した箇所のみで楽しんでいただきます。例えば、女性が休みたい、シャワーを使いたいと思った時はカーテンの向こうに体を移していただけばプレーは中断しますし、そのまま途中でお帰りになっても結構です。ただ、男性は、2時間とは区切っていますが、女性が希望する限り相手をする義務があります。」。部屋の中にはいくつかワゴンが置いてあったが、カメラがワゴンの中を映すと、タオル、ミネラルウォーター、ベビーオイル、消毒液、ティッシュと一緒に大量のコンドームが乗っていた。「言うまでもありませんが、性交時はコンドーム着用が必須です。相手を変える場合はその都度交換してもらいます。なお、男性が単独で参加する場合は、事前に指定した病院で性病チェックを受けてもらいます。」と会の規則の一端を解説した。縦のカーテンの色がちぐはぐなので何か意味があるのか聞いたら、良くぞ聞いてくれましたとばかりに、「これも妻のアドバイスだったのですが、女性の希望でどこまではOKですということを色で示しています。緑は挿入できますということで、黄色は挿入なしという印です。このビデオには映っていませんが、白は鑑賞だけになります。最初は踏ん切りが付かない奥様もいらっしゃると想定して用意だけはしているのですが選ぶ方はいらっしゃらないですね。」と笑った。「準備の関係もありますので予約を入れるときに希望の色をおっしゃってください。後、赤も用意していまして、これはオールフリーという意思表示ですね。具体的に言うとアナルも使えますということですが、奥様には是非チャレンジしていただきたいですな。」と斎藤氏から振られると、フクは、顔を赤くして、いや、いや、と言うふうに顔の前で手を振った。カメラはカーテンによる仕切りを回って、プレイルームの裏側を映した。女性の上半身があり、男性が傍らに寄り添っていた。僕の、あれっという顔を確認して、斎藤氏は、「男性はご主人です。ご主人達はプレイルームでのプレーにも参加できるのですが、ほとんどのご主人は奥様の横に付きっ切りですね。実は私もそうでした。ここに来られるご主人達は奥様を深く愛していらっしゃって、このブースで奥様の体を他の男に(ゆだ)ねつつ奥様との愛を深めようとなさるようです。これは私の個人的な感想ですが、カーテンの仕切りがあるだけで随分違うものだと思いました。」。と熱を込めた。「男性達は?」とビデオに映っていた男達を意識して尋ねると、すぐに意味を理解したようで、「約半数は単独参加の男性となります。私の方で身元を確認させていただいています。三村さんはご夫婦での参加ですので参加費のみですが、単独参加の男性には結構な額のご負担をお願いすることになります。何かと経費もかかりますもので。」と聞かれもしない事まで説明し、「残りはバイトの学生ですね。女性に満足していただくためには回数も必要になりますし、ここだけの話ですが、皆さんにはなるべく平等にとお願いはしているのですが、単独男性の方はやはり好みと言うものがあって、そのあたりの調整を学生にやらせるようにしています。学生も私が面接しておりますので、これまでトラブルがあったことはありません。凡そ一人の女性に3~4人の男性を目安としています。」と話を締めくくった。ビデオが終了すると斎藤氏は、文書ケースから開催予定表と参加者の皆様へと書かれた紙を出した。「もし、参加をご希望されるのであれば希望日を選び、ご連絡ください。ただ、出席者数の関係で中止になることもありますのでその場合はご了承ください。ご夫婦で参加される方々は開始時刻の一時間半前から入室ができるようになっています。男性達は三十分前まで入室できませんので顔を合わせることはありませんのでどうぞご安心ください。説明したことも含め必要なことはこの紙に記載されていますのでご一読ください。その他、ご不明な点やリクエストなどがありましたらお電話をください。何か他にご質問はございますか。」と聞かれ、フクの顔を見たら小さく首を横に振ったので、「いえ、特にありません。今日は説明をいただき有難うございました。改めて連絡をさせていただきますので宜しくお願いします。」と立ち上がった。フクは慎ましく腰を折って、「ありがとうございました。おじゃまをいたしました。」と小さな声で言った。斎藤氏は、「三村さん、是非参加してくださいね。それから、参加する日にご主人の免許証のコピーを撮らせていただくのと、誓約書にサインを頂きますのでご了承ください。誓約書はほんの形式的なものです。」と付け加えて、マンションのドアを開けて送り出してくれた。


 話題が話題だけに帰宅途中の会話はなかったが、家に着くとフクは、「疲れた、疲れた。」と言ってソファーにドンと座った。「どうだった?。」と二人同時に問いかけたので、そろって笑った。「ピンと来なかったな。」とフクが言った。「格好つけすぎだよ。亡くなった奥さんって、かなりの猫か、そうじゃなかったらとんでもないお嬢だね。女性主体って、セックスしたくてたまらない女を集めてジェンダーを語られても困るって。『単にセックス目的のための不届き者』だってさ。皆セックス目的だろうって話だよ。」。フクは勿体ぶった話が嫌いだ。フクの反応は予想されたものだった。「気乗りしないんだったら断ろうか?」と言うと、「三村はどうだったの?」と聞いてきた。「やっている事が事だけに、細かい規則が前面に出てくるのは仕方ないかなと思って聞いていた。後、斎藤さんの財力と人脈ありきの活動だよね。ああしたことは何処かで緩みが出て付け込まれたりするんだよ、それを抑え込んで維持しているというのはボランティアとかの気楽な話じゃないよ。」。「あのね、私は評論家の意見を聞いているのではなくて、三村は参加したいのか、したくないのかを聞いているの。」。「まぁ、待って。確かに僕はセックスして欲しいとは言ったけど、少しでもバイオレンス的なリスクがある行為に対しては良いとは言わないよ。その意味において、斎藤さんのところはしっかりリスク管理しているなという感想。」。フクは頷いた。「参加したいか、したくないのかで言うと参加したいよ。奥さんの傍を離れない旦那さん達の気持ちは良く分かる。カーテンの向こう側の行為を想像しながらフクの反応を邪魔されずまじかに見るのは堪らないだろうなという興奮がある。」。と正直に話した。「私の反応を見ることが楽しいの?。」。このあたりで確認するのはフクの定石だ。「楽しい。」。「それで興奮するの?」。「興奮する。」。「三村のことは分かっているようで、さっぱり分かっていない私がいる。」とフクは呟いた。「三村、おちんちん出してよ。」と突然に言ってフクが僕のチノパンのボタンに手を掛けた。「はぁ?。」と控えめに抗議したが、下着と共に下げられて、しっかりと勃起していた僕のペニスがさらされた。フクはしげしげと眺めて、「しかたないなぁ。参加してあげるよ。」とすました顔で言って、「嬉しい?」と上目使いで僕を見た。「嬉しい。」と答えると、ご褒美のように口で咥えた。何のことはない、フクは(はな)から参加する気満々であった。


 きっかり一時間半前に斎藤氏のマンションのロビーでモニター越しに到着を告げると、「お待ちしていましたよ。」と氏の弾んだ声が返ってきた。事務室に通されると妖艶なご婦人が居たので驚いた。「彼女は主に奥様方のお世話をするスタッフです。」と名前抜きで紹介された。「今日は4組のご夫婦が参加しますが、時に何らかのアクシデントで早々に帰られる方もいらっしゃいます。その場合、残った奥様方に過度な負担が掛からないように彼女を含めたスタッフにヘルプとして入ってもらうこともあります。」。と付け加えた。ご婦人は、「本日は宜しくお願いします。」と挨拶をして、「奥様、何かございましたら部屋に内線電話がありますので遠慮なくお申しつけください。また、事務室からの連絡も電話でさせていただきます。」とフクに笑顔を向けた。フクは、ご婦人の顔をチラと盗み見て、「宜しくお願いします。」とお辞儀を返した。参加費を払い、誓約書にサインをして渡すと斎藤氏はにこやかに、「今日はもうお会いすることはないと思いますが、どうぞリラックスしてお楽しみください。」とプレイルームへのドアを開けた。全面カーテンの部屋は壮観であった。こちらになります、とご婦人が緑色のカーテンで区切られたブースに裏側から案内してくれた。「迷路みたい。」とフクが感想を漏らすと、「私も時々迷ってしまいますのよ。」とご婦人は上品に笑った。準備されたアメニティと空調を説明してご婦人が去ると、フクは早速割り当てられたブースのチェックを始めた。「コンパクトなホテルみたいだね。必要なものは全てが揃っている。替えの下着まで置いてあるよ。」と感心し、「照明の調整はこれだね。」とブース内の照明を少し落としてから、「綺麗な人だね。」と多分ご婦人のことを言った。「斎藤さんの愛人かな。」と聞くので、「参加者の情報が洩れることは一切ありません。」と参加者の皆様へに書かれた一文を読んであげた。ブースの側面には空気清浄機と小型冷蔵庫が置かれ、中にはミネラルウォーターとジュースが入っていた。床にはカーテンを隔ててボックスシーツに覆われた薄いマットレスが置かれ、フクはその上で胡坐をかいてカーテンをチェックした。「なるほどね、良く考えられている。」と個別ブースとプレイルームを切り離す工夫を褒めた。「丈といい、細工といいこのカーテンはオーダーメイドだよ。」とカーテンに顔を突っ込んで、「こりゃ壮観だな。ここに裸をだすのは勇気がいるなぁ。」とプレイルームを見回していたが、別の夫婦が到着したのか、事務室から声が漏れると慌てて首を引っ込めた。

 家でも浴びて来たシャワーを使うともうやることもなく、フクはバスローブをだらしなく着てマットレスの上で横になって目を閉じていた。携帯の持ち込みはご遠慮くださいと書いてあったので律義に守ったが、特にチェックされることもなく、フクは、「損した気分だな。」と文句を言った。順次、参加するご夫婦たちが割り当てられたブースに入ったらしく、ひそひそ声が微かに聞こえ、僕たちは緊張で物音すら立てないように静かにしていた。突然、本当に小さい音で電話が鳴り、それだけでフクと僕は驚いて飛び上がった。電話を取ったフクが、「はい。はい。」と返事をして、受話器を置いて、「10分前だって。準備をお願いしますって。」と多分ご婦人からの指示を僕に伝えた。フクの顔が強張っていた。フクはバスローブを脱いで全裸になって、「ここだよね。」と既に確認していたカーテンの隙間に足から入れて、体をずらしながらお腹まで進めて入れて仰向けになって、「こんなものかな。」と僕に確認した。「カーテンが邪魔をするから、相手の動きを考えると首まで入れて、腕も向こうに出した方が親切だと思うよ。」と頭の中でシミュレーションした結果を告げると、「そうかな。」と素直に体を進めたが、「まずいよ。これ、かなり恥ずかしい。」とフクにしては素直に顔を赤らめた。カーテンから顔だけ(のぞ)かせたフクは僕から見たらかなりの異質な眺めで、例えるならば砂湯で顔だけ出した湯治客のような姿だったが、これは口に出してはいけないことであった。「でも確かに手が動かせる分こっちの方が楽かも。」と言うフクの顔の横に頬づえをついて僕も横たわり、「今、足はどうなっているの?」。と聞いた。「足?。足は真っすぐだよ。」と答えるフクの口に吸いついて、「広げてみて。」と頼むと、「広げるの?。」と確認して、「広げたよ。」と告げた。「どれくらい。」と聞くと、「ちょっと。」とフクははにかんだ。「30度ぐらいまでいってみようか。」。「えっ、それじゃあ丸出しだよ。」と女性器の名称を口にした。「丸出しにして欲しいんだ。」と再度フクの口を吸った。「私、欲しくてたまらない変態女だと思われるじゃない。」とフクは弱々しく抗議したが、「欲しくてたまらない女だろう。」と言ってあげると、「そうだったね。」と目を閉じたフクは認めて体を動かして足を開き、女性器を(さら)した様子だった。フクの恥ずかしい痴態が頭に映し出されてクラクラした。見えないということは辛くも興奮することだと思い知らされた。

 プレイルームのドアが開く音がした後は無音なのだが、かなりの数の男達が入室してきた圧を感じた。視覚が遮られてるので他の感覚が研ぎ澄まされた感じだ。フクは目を閉じていたが眉間をひそめて緊張で力が入っているようだった。雰囲気で何人かがフクに近づき裸体を見下ろしているようだった。誰かが、「綺麗な肌だな。」と言い、別の男が、「うん。」と同意した。「見せてくれていますね。」と若い男の声がして、フクがハッとして足を(すぼ)めたのだろう、「奥さん、そのままで、良く見せてください。」と別の声が諭した。フクの口から吐息が漏れ、緊張と興奮で唇が震えていた。フクが、「あっ。」と声を漏らしたので、我慢できずに、「どうしたの?。」と耳元で(ささや)くと、「触られてる。」と言ってから、「多すぎて、手が何本あるのか分からない。」と状況を教えてくれた。それから目を閉じたフクは時折眉をひそめる他は反応を見せなかったので、多分、女性をリラックスさせるために優しく触るという行為が続いているのだろうと思っていたら、カーテンの向こうから、「奥さん、これから始めますが、()めて欲しい時は、止めて、と遠慮なく声をだしてください。」と声を掛けられた。フクは(うなず)いたが、直ぐに今の状況に気付いたらしく、「はい。」と返事をした。多分、プレーの入り方においてはマニュアルがあって、他のブースにおいても同じ手順に沿って進められているらしく、時々空咳や(ささや)きが聞こえるぐらいで部屋の中は静かであった。フクが、「ひぃ。」っと顔を動かしたので、「どうしたの?。」とフクの言葉を待ちきれず聞くと、「胸を舐めてる。いっぺんに。」と言って、伝わり難いと思ったのか、「両方のおっぱい。別々に。」と言い直した。「なんだか病院の機械に入って悪いとこ治療してるみたい。」と変なコメントをして直ぐに、「あぅ。」と反応して、「下、下。」と囁いて、「下も舐めた。」と吃驚(びっくり)した目で訴えた。フクを抱き寄せられないのが辛い。せめてもとフクの口を舌で貪って、「どう?」と聞くと、「気持ち良いよ。」と言って、「やばい上手かも。多分舌だよ、これ。やばい、気持ち良いわ。あのね、今、膝を立てて舐めやすくしている。あっ、やばい、舌が入ってきた。ああっ、腰を動かして良いかな。もっと舐めて欲しい。」と女性器の別称を言って、もぞもぞと動いた。舌の動きに合わせて尻を浮かせたようだった。別のブースでも似たような行為が続いているらしく、静かだった部屋もだんだんとざわついてきた。その時、隣のブースから、「あっ、あっ、あっ。」と女性の声が漏れて、続けてその声のトーンが一段上がったと思うと、「あぅ、あぅ、あぅ。」といった叫びになり、「嫌、嫌、駄目、、出る、出ちゃう。」という絶叫が、男達の、「おおぅ。」という声に変わった。その瞬間を待っていたかのように、部屋の中は騒がしくなり、別の女性の甲高(かんだか)い喘ぎも聞こえ始め、男達の笑い声が被さった。フクも堰を切ったように(あえ)ぎ声を出し始めた。自分で勧めておいて失敗だったのはフクの裸体をプレイルーム側に全露出させてしまった事だった。この状況でフクを抱きしめられないのは残念だった。せめて手を繋いでフクが感じる快感を共有したくて、「手をこっちに出せないか。」と頼むと、「ごめん、両手におちんちん握らせられているの。しばらく待って。」と喘ぎ声で断られた。僕にとって我慢の時間が続きそうであった。それからすぐに、「入ったよ。」とフクに告げられた。フクの正常位での性交は30分程続いた。途中で騒いだ時間もあったが、フクにしては大人し目の反応であった。多分であるが、何人目かの男の射精が終わると、フクは、「すみません。少し休みます。」とカーテンの向こうに声を掛け、「休憩ですね。はい。分かりました。」と返事があった。「よいしょ。」と言いながらカーテンから体を抜き。「シャワー休憩。」と告げて、フクはお尻を振りながらシャワールームに消えた。

「疲れた?」。シャワーを終えたフクを抱き寄せて、渇望したフクの肉の感触を確かめながら聞くと、フクは、「全然。」と答えて、指を3本立ててニッと笑った。「数はこなしたけど、なんだかバーチャルセックスやってたみたい。」と不満を言った。「止める?。」と聞くと首を横に振って、「ちょっと思い付いたことがあって試してみたいの。そうしたら帰る。」と遊園地で、もう帰るよと親から言われた子供のような事を言った。ミネラルウォーターを一気に半分程飲んでからフクが再度カーテンに体を入れると、誰かの「オッ。」と言う声が聞こえ、何人かがブースに近寄ってくる気配がした。フクは体を反転させると今度は四つん這いになったが、上半身はブースに残していた。「ここに座って。」とフクの前で胡坐を組ませた僕の肩に両手を乗せて、振り向いて、「これで大丈夫ですか。」とカーテンの向こうに声を掛けた。「腰を落として、お尻を突きだして。そうそう。後もう少しだけ下がってもらえますか。」と声がして、二人でじりじりとルームの方に動くと、「はい。OKです。」とフクの試したい体位が完成した。フクは僕に抱きついて耳に口を付けて、「穴から穴を出しちゃった。」と面白くもない話を披露した。「弄られてる」。「1本かな、と思うけど、指、入れられた。」。「やだ、お尻の穴、触られてる。」。「絶対2本だ。」。「ヤバい、嫌だ、奥に来た。」。フクの興奮と愉悦が回した腕の力を通じて僕にダイレクトに伝わってきた。お尻を振るフクの動きが僕に伝わってくる。やっとフクと一つになれたような気がして、僕のペニスもカチカチに尖った。「イイっ。お願いもう入れて。早く入れて。」とフクがカーテンの向こうの誰かにお願いし、その瞬間、「あうっ。」とフクは全力で僕にしがみつき、「これ、これ、違う、キツイ、大きいの。」と言いながら、僕の口の中に舌を乱暴に放り込んできた。カーテンを隔ててフクを後ろから突く男の動きがフクの体を通して僕に伝わってくる。フクは、「おおぅ、うおおぅ、ううっ。」と後ろの男のペニスの突きに併せて悦びを伝えた。間を置かず、男の「うくっっ。」という(うめ)きと、フクの「あぁぁ、逝くぅぅ。」という絶叫が重なった後、フクの力が抜けて体がズルズルとマットレスに前のめりになった。僕が離れようとすると、フクは首を振って腰にしがみ付いて僕の動きを止めてペニスを口に含んだ。フクの尻に次のペニスが挿入されたらしく、突き上げられる動きに合わせてフクが僕のペニスを吸い、僕は後ろ向きに体を倒してフクの口にペニスを突きたてた。すぐに痺れるような射精感が訪れ、僕は後ろから男に犯されているフクの口の中に射精した。ほぼ同時に男も射精したらしく、男の渾身の突きに潰されるようにフクは後背位の姿勢を崩して(うつむ)きに体を伸ばして動きを止めた。

 フクは、「あー逝けたわ。」と()だるそうに言ってから、「おちんちんのサイズがさっきと違ってた。」と続けた。男性陣の主力がバイト学生になってきているのかもしれない。ティッシュを箱ごと渡すと2~3枚抜いて口の周りを拭いた。「終わる?。」と聞くと、「時間は?。」と聞かれ腕時計を見ると、そろそろ終わりかなと思われた時間はさほど進んでいなかった。閉鎖空間だと時間の感覚が狂うらしい。「さっきからお尻を舐められて催促されているの。もうちょっと良いかな。」と言うフクに頷いて、「ちょっと見てくるよ。」とカーテンの向こうを指さした。フクが犯されている様子を見てみたかった。フクは頷いて、「どんな感じだったか後で教えて。」と言って、「私、楽しようっと。」とニッと笑い、仰向けに反転してカーテンの奥に体を潜り込ませた。カーテンで作られた通路を回り込むとプレイルームに出た。ひと段落付いた後なのか、思ったよりものんびりとしていた。予想していた淫臭もたいしたことはなく、換気もきちんと機能しているようであった。十数名の男達は皆タオルを首に掛けるか、腰に巻いたりしており、サウナのような雰囲気であった。本当に三々五々という感じで各ブースの周りに集まっており、真ん中のスペースで寝転がっている男もいた。全裸で入った僕も積んであったタオルを取って首に掛けた。来ているのかなと思ってヤスさんを目で探したがいなかった。フクの裸体には3人の男が群れており、意外にもフクの足を肩に掛けてペニスを出し入れしているのは髪の薄くなった初老の男であった。最近はED治療薬の普及で年配者も臆することなくセックスできるようだ。順番待ちなのか終わった後なのか、二人の男が横からフクの裸体をまさぐっていたが、この二人はまだ若く、一人は少年のようでもあった。フクの「逝く、逝く。ああぁ。」という叫びが聞こえ、その声に反応した僕のペニスはプレイルームの真ん中で勃起した。後ろから肩を叩かれ、振り返ると全裸の斎藤氏がにこやかに立っていた。「楽しんでおられますか。」と聞かれたが、勃起を(さら)している状況で反論もできず、「はい。」と答えるしかなかった。斎藤氏はフクが犯されている様子を見やりながら、「本当に至福の時間ですな。ご主人が羨ましい。」と言って、「私も先ほど奥様を堪能させていただきました。」と僕の顔を見てニヤリと笑い、「時間があれば、再度奥様にこれで悦んでもらいましょう。」と半起ちの太い一物を持ち上げた。精神世界の快楽に呼吸が苦しくなった。斎藤氏は、「三村さん。こちらへ。」とフクのブースの真向かいにあるブースに導いた。ほっそりとした若者が裸体の上に被さって腰を振っていた。斎藤氏が、「トシ君。」と声を掛けると、呼ばれたトシ君は裸体から離れ立ち上がり、ペコリと頭を下げて隣のブースに移動した。斎藤氏は、「では、お楽しみください。」と言って事務室の方に消えた。この女性の相手をしろということかと(いぶか)って裸体を見下ろすと左の手首に見覚えのある細い金の鎖のブレスレットがあった。そういうことかと合点がいった。目の前に豊満な裸体を(さら)すこの女性は案内をしてくれた妖艶な女性だ。多分この女性も斎藤氏の声で次に相手をするのが僕であることは分かっているはずだ。この状況で僕の他の選択肢はなかった。僕は置いてあったコンドームを付けて、「失礼します。」と声を掛けると、カーテンの向こうから、「どうぞ。」と聞いたことのある声がした。女性の股間は綺麗に剃り上げられてられており、ペニスを包み込む波折りの陰唇が口を開けていた。

 ブースに戻るとフクは体位を変えたらしく後ろから、アン、アンともう何本目か分からないだろうペニスに突かれていた。フクだけでなく、隣のブースの女性も開始からずっと騒ぎっぱなしなので、女性の体力と性欲は底が知れぬものがあるなと感心した。「どう?。」と声を掛けると、「うん、もう惰性の域かな。」と(あえ)ぎながら言う。「嘘を言え、よがり声が響いていたよ。」と外の様子を教えてやると、フクは「テヘッ」っと舌を出した。

 チンチンと事務室からだろう座卓のベルが鳴ると、それが終了時間の合図なのだろう、一旦ざわざわとプレイルームが賑わい、男達が別室に移動する気配がして、その後は静かになった。フクはカーテンからノロノロと這い出してきて、「完走した自分を褒めてやりたい。」と照れ隠しなのか妙なことを言い、「疲れた。」と息を漏らしてマットレスの上に転がった。斎藤氏からは、「男性達を先に帰しますので、終わったらゆっくりしてください。少し眠られてお帰りになるご夫妻もいらっしゃいますよ」。と言われていた。「あのね。」とフクが寝転がったまま口を開き、「私、好き者って言われちゃった。」と言った。「うん?。」と反応すると、「やっている時にね、おちんちん入れている男が、多分バイトの学生だと思うのだけど、『この奥さん好き者だよな。』って別の男に言ったの。そうしたら、そいつが『かなりのものだぞ。』ってさ。」。状況は分かったが、ピンと来ずに、「失礼だって話?」と聞くと、「失礼は、失礼だけど、私って好き者なのかなって思って。」。この期に及んで何を言い出すのかと呆れた。「好き者以外の何者でもないと思うけど。」と正直に言うと。「やっばりそうかぁ。」と考え込む。「でも俺、好き者でない女はみたことないよ。」と言うと、「なる程ねぇ。三村は深いなぁ。」と変なコメントを残してフクはシャワールームに消えた。

 電話が鳴ったので、帰り時間の確認かなと思って受話器を取ると、「お疲れさまでした。」と妖艶なご婦人の声がして、「瓶ビールですが、おビールをお持ちしましょうか。」と聞かれた。至れり尽くせりだなと思いつつ、フクも絶対飲むなと予想して、「厚かましくて恐縮ですが、2本お願いしてよろしいでしょうか。」と聞くと、ご婦人は楽しそうにオホホッと笑った。シャワーを終えたフクはテーブルの上のビールを見て、「ビールだぁ。飲みたかったぁ。注文してくれたの。」と喜んだ。「勝手に持ってきてくれたよ。」と言うと、「至れり尽くせりだな。」と僕と同じ感想を言った。お里が知れるってやつだ。「あの方が持ってきてくれたの?。」と聞くので、「うん。」と答えると、「絶対スタッフじゃないよな。」と愛人説に固執していた。実は、ビールを持ってきたご婦人は、テーブルにビールを置くと、振り返って僕に抱きつき激しくキスをしてきた。そして、「かずえ、と言います。」と名を告げ、紙片を僕に握らせた。今紙片は僕のズボンのポケットに入っているが、黄信号どころじゃない、リスク確定の赤信号が頭の中で点灯していた。斎藤氏の狙いの予想も付く。ただ何であれ、女を利用する男は悪党だ。今日のことには感謝するが、ここに来ることは2度とはないなと思っていた。





 Ⅸ


 フクの部屋の本棚に”町のくらし村のくらし”という古い絵本がある。学術書の中にあるので目立つし気になるので何故絵本がと聞いてみると、誕生日のプレゼントで同僚から貰ったものだと言う。画風が妙にリアルで昔の子供はこれで喜んだのかと不思議に思えるが、子供に媚びない時代の大人が教育用に子供に与える絵本はこんなものだったのかも知れない。この手の絵本はプレミアムが付いて結構な値段らしいよ、とフクは本棚にある理由を教えてくれた。田舎の子供たちが、線路沿いに咲く彼岸花の中を走る蒸気機関車に手を振る絵を見ながら、彼岸花を見た記憶はあるのだけど、何時、何処で見たのかはさっぱり思い出せない。色と名前のインパクトが強すぎて花の存在の記憶しか残らない不思議な花だとフクは言った。



 玄関を閉めると服を脱ぎながらフクの体をまさぐり、フクは僕が服を脱ぐのを手伝いながら、けん-けんして自分のショーツを脱ぎ捨てて、僕の手を掴んで自分の股間に導いた。リビングへ抱き合って移動しながらの行為で脱ぎ捨てた服や下着が点々と落ちていた。何かの映画のシーンのように僕の性衝動は爆発し、フクは僕の衝動を全身で受け止めた。フクとは、まったりとしたキスが常なのだが、見境いなく動いて口を合わせて歯がかち合った。フクと目が合った。僕はフクの頬をやり場のない感情にまかせに引っぱたきくなり、フクは叩かれることを望んでいた。フクの頬を鷲掴みにすると、フクは意味もなく「嫌だ。」と言って僕を叩いた。僕とフクはそのままもつれてソファの上に転がった。

 僕は焦っていた。斎藤氏は劇薬だった。「至福の時間ですな。」と斎藤氏は言った、それも、髪の薄くなった初老の貧祖な男のペニスにフクが逝かされた光景を見ながら迷うことなく、これが君の至福の時間だと言い当てた。僕の歪んだ性癖は、フクを男に抱かせてその嫉妬でフクを更に愛おしく思うといった生易しいものではない。愛しいフクがセックスに狂い、見境いなく男に哀願し、股間を晒し、望んで犯され、、それでも性欲を押さえられずに悶え苦しむフクを見ながら、僕は自慰行為をしたいのだ。ただ、僕は狂っていないという自負はある。まだ冷静に自分とフクをコントロールできる自信もある。これまでも上手くやってきた。これから先も大丈夫なはずだった。斎藤氏はそんな僕を見て、ええ、分かりますとも。私も同じでしたから、あなたの望みは良く分かります。お手伝いしますよ。きっとあなたが満足できる光景が目の前に広がりますよ。大丈夫、あなたの奥さんは合格です。と太い一物を自信満々で見せてくれた。”かずえ”と名乗った女は、そのための美しい水先案内人だ。理想的な女だった。良い声で鳴く女だった。斎藤氏が作り上げた女だ。斎藤氏がヒリ付きたい時にどんな惨めな行為でも喜んでやる女だろう。”かずえ”が渡した紙には彼女の携帯の番号が書いてあるはずだ。電話をすれば必ず”かずえ”は僕をセックスに誘う。とびっきり刺激的なやつだ。その後で、斎藤氏からコンタクトがある流れだ。”かずえ”は具合の良い女だったでしょう。あなたの奥さんも”かずえ”のような女にしませんか。お手伝いさせてもらいますよ。

 冗談じゃない。フクはセックスに溺れて男に尻を差し出す女だ。でも、フクは男に依存する女ではない。フクが地獄に落ちるとしたらそれはフク本人の意思だ。斎藤氏が支配して思うがままに扱って良い女ではない。男の欲望に従うことを喜びとする”かずえ”ごときの寄生女とフクが等しく思われたことが不快であった。ただ、僕が斎藤氏に感じた恐れは僕自身への恐れであった。プライドが高く、凛としたフクが斎藤氏に屈服し、氏の言うがまま股を開いて、涎を垂らして氏の太いペニスを懇願する姿を一番渇望しているのは他ならぬ僕であった。

 フクは、「見て。」と言ってソファーの上で股を開き、手を内側から回して更に広げて女性器を見せつけた。「ここにおちんぽを入れてもらったの。10本ぐらいかな、数えていたけど途中で分かんなくなっちゃった。ごめんね、色んなおちんぽで逝っちゃった。仕方ないのだよ、私はおちんぽが好きなんだ。広がっちゃったな。もう今日はおちんちんは駄目だよ。我慢して。」。女性器は熟れて落ちた柿のように赤く腫れていた。

 フクは頭の良い女だ。そして頭の良いセックスをする。自分の求める性行動を遠慮なく要求し、得た悦びは隠すことなくそのままに吐露(とろ)する。自分の持つ性欲求を取り繕って、セックスの相手に隠して何の意味があるのかと言い切る。セックスが好きだと言い、おちんぽが好きだと平然と言う。自分が性的に満足するためには、相手にも満足してもらう必要があると理解していて、セックス相手が求めているものを勘良く察知して惜しげもなく与えてくる。与えることで肉体的な快楽欲求に止まらず、精神的な堪能も満たしてあげなければならないことを理解している。フクはセックスにおいて勃起したペニスに従順に服従するが、男に服従しているわけではなく、服従してペニスを求めることが男が喜ぶ行為であることを理解して尻を振り、淫らな声を上げる。男に隷属(れいぞく)する女が男を喜ばせるための肉体の玩具であるのに対して、フクはセックスという行為がパートナーと対等に楽しむ行為だと疑っておらず、男に快楽を味わわせる分、自分も楽しませてもらうよというふてぶてしさがある。


「お尻の穴も皆に見られちゃったな。いっぺんに10人だよ。初対面の男にお尻の穴を見せちゃうってすごいよね。ちょっと待ってね、これでどうかな、お尻の穴見える?。よく見て。クンニしてくれるのは嬉しいのだけど、何人かはお尻の穴も舐めるの、足をこんなふうにしてね。尻の穴広がってるよって。ひとり熱心なやつがいてね、ずっとお尻の穴ばっかり舐めてるの。ウンチを出す穴に舌を入れてくるの、楽しいのかな。不覚にもお尻の穴で逝かされちゃったけどね。」。

「あれだけやられたのだから、逝ったし堪能はしたよ。ごちそうさまって感じ。でも受け身のセックスは私向きじゃないかな。性感が高まっていくときに体を自由に動かせないというのはわりと辛かった。後、視覚って大事だね、おじいちゃんと若者じゃ女の受け入れ方も変わってくるのだよ。おじいちゃん、無理しないで楽しみましょうね、大丈夫、気持ち良いですよって、慈愛は慈愛で性愛の悦びなんだ。小さいおちんぽだなと分かっていれば、可愛いおちんぽなりの楽しみ方があるし、大きいおちんぽを入れる時は覚悟と期待を踏まえた逝き方になるしね。視覚なしにどんどん放り込まれても上手く感覚が付いていけない。カーテンの仕切りも最初は面白いかなとは思ったのだけど、部屋の真ん中でやった奥さんの気持ちも分かるよ。」。

「やっぱり私とセックスするために大きくしてくれたおちんぽはしゃぶりたいよ。このおちんぽで犯してもらうんだって認知してからセックスしたい。おちんぽを舐めていたら、別のおちんぽが顔の前に突きだされて、このおちんぽにも奉仕しなきゃって手で扱いていたら、更におちんぽが増えて、髪を掴まれて、こっちをしゃぶるんだよって無理やり口にねじ込まれて、穴という穴を男達から犯されることを夢想していたんだ。女は、優しくしてねって言いながら、求めるセックスは違うのだよ。()めて欲しい時は、止めて、と言ってくださいねだってさ。笑っちゃた。」。


 ソファの上から床に転がった時にはフクは全裸になっていたが、フクは盛んに「嫌だ、嫌だ。」と喚いていた。気になって後で、「何が嫌だったの?。」と聞くと、「私はそんなこと言わないよ。」とキョトンとしていたので特に意識はなかったのだろうけど、フクには珍しく行為の最中に僕の肩を思いっきり噛んだりもした。その瞬間は、「うっ。」と我慢したが、歯型の痣がしっかりと残った。後日、フクはその痣を見て、「おや、三村。お楽しみだね。」と無責任なことも言った。僕の卑俗な性癖を斎藤氏が見抜いたことに僕が動揺したように、フクも群がった男達とセックスを繰り返したという現実を上手く処理できないのかもしれないなと思った。スワッピングの本質はスワッピング後に行う、夫婦のセックスで、その行為で愛を確かめ、深めるのだと書かれたものを読んだことがあるが、今、股間を広げて、「出して、早く中に出して。」と僕の射精を強要するフクと、無残に赤く腫れた性器に構わずペニスを突っ込む僕は、自分の崩れかけた感情を取り繕うためにセックスをやっていた。僕の射精が終わり、繋がったまま呼吸を整えていると、フクは、「体はボロボロで限界はとうの昔に超えているのだけど、頭の中が変に尖っているんだ。眠りたいのに、きっと眠れない。三村、責任をとってよ。」と訴えた。「次はゆっくりやるよ。眠れたら寝ていいよ。」と言ってから、僕はフクの中で再び膨らみはじめたペニスに呆れていた。タガが外れている。抱いている今のフクにではなく、男達を受け入れ続けたさっきのフクに僕は勃起していた。「そこまで神経は太くないよ。」とフクは笑って、体の上で動く僕に今日のことを取りとめもなく話をはじめた。

 再び射精を果たして、フクの腹の上にへたり込んだ僕に、フクは、「ありがとう。少し落ち着いたみたい。食欲もないや。シャワー浴びて寝ることにするよ。」とギブアップを宣言して、「三村も今日は3回出しちゃったね。」と労わってくれた。ごめん4回だわ。フクが部屋に引っ込んだ後、僕は体に鞭打って栄養ドリンクを買いに外出した。フクはそれからたっぷり15時間眠り続けた。


「ヤスさんから、今夜会えないかとの伝言があるのですが。どうなさいますか。お忙しかったら私の方からお断りしておきますが。」とMIMURAのマスターから電話があった。来たかという感じであった。何時かはクリアしなければならない場だと思っていたし、ヤスさんを頼ってしまったのは事実である。断るのは野暮ってものだ。斎藤氏からはあれから2度電話を貰っていた。きっかり一週間後に電話があり、ひとしきりフクのことを気遣った後、次回の集まりにも参加してもらえないかと誘いがあった。「実は、男性の方々からあの官能的な奥様と是非もう一度というリクエストなのです。私も淫らな奥様に魅せられた一人ですよ。」と低い声で笑った。遠慮なく(あお)ってくる。斎藤氏の半立ちの太い一物が脳裏をよぎって僕は勃起した。フクの体調があまり良くないことを告げ、またの機会にお願いすることにしますと丁寧にお断りしたが、”かずえ”と名乗る女の誘いを無視しているのだから察して欲しいな、とまだ人が好いことを考えていた。二度目は食事の誘いであった。「料理人で腕利きがいるのですが、めったに入らないクエが入ったと連絡があったのですよ。要は私から料金をふんだくってやろうという算段なのでしょうけど。折角お知り合いになったのでクエで一杯どうでしょうか。奥様の体調が戻っていたら、奥様も是非ご一緒に。」。フクに話せば、僕の心労など知らずに、クエ。クエ。行く。行く。とはしゃぐだろう。どこの体調が悪かったのかって話になってしまう。家内が外出しているので、家内の都合を確認して折り返しご連絡しますと告げ、時間を置いて、都合が悪いみたいなので残念ですがと電話すると、「では、ご主人だけでも。」と食い下がる。「私だけ行くと家内から殺されますよ。」と笑って、やっと振り切った。斎藤氏の執拗(しつよう)さに辟易(へきえき)したが、理由はどうであれ、フクが良い女であると斎藤氏は気付いているのである。僕の方からアプローチした話であり、フクが”完走”する程の痴態を晒してくれたので、図々しくも、迷惑ですと言える話ではなかった。それから斎藤氏からの連絡はしばらく途絶えていたが、ヤスさんと聞いて、このルートで来たかと感心した。

 指定された時間にMIMURAに行くと、ヤスさんは一人で飲んでいた。「あれ、お一人ですか。ハジメさんとウマさんは?。」ととぼけると、「うるさいわ。」と返された。バーボンを注文し、「先日はありがとうございました。」とお礼を言うと、「遅いわ。」と怒られた。「まずは一席設けて。お世話になりました。これこれでしたと仲介の労をとった(もん)に報告するのが筋だろう。」と怒って見せた。「じゃあ、今日の支払いは僕に任せてください。」と言うと、「そんな話やない。」と支離滅裂だ。「報告と言っても、無事に終わりましたぐらいで報告する内容もないですよ。」。「そうか。それなら良いんだ。」とヤスさんのテンションが急に下がった。「ひょっとしたらヤスさんも来られるかと思っていたのですが。」と気になっていたことを聞くと、「断られた。」と意外なことを言った。「あんたらがいつ参加するのかは教えられないし、女性のための会なのでそもそも知り合いの男の参加は認めないとよ。」と不満を垂れた。斎藤氏の運営する会のリスク管理はしっかりしているなという感触は正しかったようだ。「ヤスさんは、斎藤さんとお知り合いなのですよね。」と確認すると、「あいつの親父が工場やっててな、ウチの親父と知り合いでその関係や。親が死んだらとっとと工場を潰して上手くやってやがる。」。「そうなんですか。」。斎藤氏が伝えたままの事実であった。「そうはいっても、儂だって会員やしな。」とヤスさんは話題を戻した。「ヤスさん会員なんですか?。」と聞くと、不味いという顔をして、「何、人数合わせでたまたまな。おい、あいつらに絶対言うなよ。」と多分、ハジメさんとウマさんのことを言った。「そうはいっても。」とヤスさんは繰り返し、「儂が兄ちゃんたちを紹介したわけだろう。」と言いたいことをやっと見つけて、「儂に相談したということは、三村夫妻は儂が参加することも分かっての話やと粘ったら、『三村ご夫妻からの申し出があれば次回は考えます。』だとよ。」。思わず苦笑した。ヤスさんの身勝手な理屈は兎も角も、ヤスさんの話はほぼ僕が予想できた展開だ。斎藤氏にしては手を抜いたやり方だった。「兄ちゃん、頼むわ。あいつに儂のことを話してくれや。これでタイタイじゃろうが。」と多分自分の紹介があってのことだと言った。「彼女次第ですね。彼女がウンと言ったら僕は良いですよ。」とタイタイの責務は果たしますよとはぐらかしたら、「そんなのマーちゃんに黙っておけば良い話やないか。」とずるいことを言うので、「無理ですね、斎藤氏はかならず彼女にも確認を取りますから。その辺りは厳格ですよ。」と諭すと、「そうかぁ。そうやなぁ。」と思い当たる節もあるようだった。「それに、多分ですが彼女はもう参加しないと思いますよ。」。僕は仕上げに入った。「そうかぁ。」とヤスさんは残念そうに言って、「兄ちゃん、マーちゃんに無理させたのやろ。兄ちゃん無茶苦茶やりすぎやで。兄ちゃん達見ていると危なっかしすぎて怖いわ。」と自分のことは棚に上げて説教臭いことを言った。「いえ、彼女がもの足りなかったそうです。」と言うと、ヤスさんは飲みかけの焼酎を吹き出し、そのタイミングでマスターが腹を抱えて笑い始めた。

 マスターはしばらくヒィヒィと後ろを向いて苦しんでいたが、ウンウンと呼吸を整えてから向き直り、「申し訳ありません。決して聞いていた訳ではないのですが。」と言い訳した。ヤスさんが、「アホか。修業が足りんぞ。」と叱ると、「申し訳ありません。」と再度頭を下げた。「マーちゃんかぁ、マーちゃんね。」とヤスさんは意味もなく呟いて、「兄ちゃんも難儀な話やねぇ。」とボキャブラリーの少なさを暴露した。「そうですね、否定はしませんけど、僕は彼女が持つ資質の全てが好きなんです。」と僕も昔の説明をそのまま使わせてもらった。「彼女を抱きたかったらストレートに言うのが良いですよ。勿体ぶるのを一番嫌いますから。」。と教えてあげると、「アホか。彼氏から勧められてもなぁ。」とヤスさんはぼやいた。「そうは言っても、マーちゃんは最近ここにも顔みせんやないか。」と言うので、「論文書きも終わったので、そろそろ来るのじゃないでしょうか。」とうっかり言ってしまった。「なんや、最近の中学の先生はそんなことまでやるんかい。」。とヤスさんは腑に落ちない顔をした。不味いと思ってマスターの顔を見たら、今度は無表情に聞き流すマスターがいた。ヤスさんから斎藤氏に具体的にどう伝わるは知らないが、ネガティブな雰囲気が伝わればそれで充分だった。先のことは分からないが、僕はまだ狂っていない。まだ冷静に自分をコントロールできている。


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