第一話
第一話
――ハッ、ハッ
今僕は森の中を走っている。何故走っているか?追われているからだ。
――バシュッバシュッ、バキバキバキッ
何に追われているか?かわいいわんこだ。わんこといったが、大型犬だ。まさに狼といった感じの。
――メキメキッ、チュドーンッ!!
ただポイントなのが普通の狼じゃないってこと。見た目がもうすごい。全身緑色、いや植物で身体が出来ている。ところどころピンクの綺麗な花が咲いていて……あ、黄色の花もある……じゃなくてッ
もう一つ普通じゃないところ、それは……。
「なんで樹の根っこを操ったり種を飛ばして攻撃してくるんですかね!?」
背後から凄い勢いの弾が飛んできて、目の前の樹に当たる。その樹はまるで命を得たようにウネウネと動きだしその根で……うわッ危なッ!!死、死ぬ!!
「なんでぇ!!なんでこうなった!!」
別になんてことないいつもの一日だったのに――
――ピピピッ、ピピピッ、ピッ……
『やかましいッ』
布団の中から爆速で手を伸ばし、煩わしい音を鎮め、重い瞼を無理やりに開く。
二度寝を決め込みたい衝動に抗い、芋虫のようにのそのそと布団から這い出る。
「んぅっしょっ……うおっ」
グッとひと伸びし、立ち上がろうとして、すぐそばにいた弟を踏みつけそうになっていたことに気づく。
「相変わらず寝相わるいなぁ……」
思いっきり布団を蹴って、いびきをかいているのに微笑しつつ、押しのけられた布団をかけてあげる。
他にも雑魚寝しているちびっ子たちを起こさないよう、身体の隙間を縫うようにして足を運び、ゆっくりと畳部屋から出る。
「おはよ、カガリん」
部屋の障子を閉めきると同時に、背後から声をかけられる。
振り返ると、頭ボッサボサの新が寝巻き姿で椅子に腰掛け、テーブルに突っ伏していた。
「ん、おはよ。新が早起きなんてめずらしいね……今日は雨かな……」
「こら」
軽口を叩きながらキッチンへと向かい、鍋に火をかける。
「ねー今日のご飯なに?」
「昨日の余り物。温めておくからよそって食べな。それと手が空いてるなら朝食の準備手伝って」
「……はーい」
新は渋々といった様子で食器をテーブルににならべだす。二人で朝食の準備を進めていくと、匂いに誘われたちびっ子たちが徐々に目覚めだし、それぞれがいつも座っている自分の席を埋めていく。
最後の一人が起きてきたところで、もうそろそろ学校に出発する時間が近づいてくる。
「今日の洗い物当番は!?」
「「俺!(私!)」」
「タケルとアンナか!十二時にはハル兄ちゃん来るからそれまでに終わらしといて!今日も皆いいこでね!」
だんだん賑やかになってきたリビングで、昨日の余り物を口に掻き込むちびっ子たちに話しかける。
僕、新、ちびっ子たちで住んでいるこの家、児童養護施設には普段、大人がいない。詳しく話すと複雑なのだが、この施設は施設出身の人たちによって成り立っている。
施設出身で生活を支えてくれている人たちのことを、僕らは「センパイ」と呼び、その代表例がハル兄ちゃんだ。
ハル兄ちゃんは少し前に社会に出てからも、度々この施設に顔を出してくれている。
センパイの中では比較的面倒見の良いハル兄ちゃんも、毎日来てくれるわけではなく、来れる曜日が決まっており、これない曜日は家政婦さんがいてくれる。
センパイや家政婦さんが来るのは決まってお昼からだから、その時間まではこの施設には七歳以下のちびっ子たちが六人だけだ。
まぁうちの子たちはしっかりしているからそれくらいは大丈夫なのだ。それよりも大丈夫ではないのは……。
「新!!ねぇお願い遅刻するから!!」
朝食を済ませた途端に二度寝をかましているコイツだ。新と僕は十六歳で、施設から自転車で十五分ほどの高校に通っている。
自転車は一台しかなく、いつも二人乗りで登校しているから、置いていきたくても置いていくことが出来ない。
「もぉ、先いってていいよ?」
「いやそしたら新が遅刻するじゃん」
「あ、自転車は私が使うから走りでいって――って分かった、分かったからそんな顔しないで」
ようやく急ぎだした新を横目に、既に支度を終えていた僕は、先に外に出ていることにした。鞄を持って玄関に向かう僕を、ちびっ子たちは「「行ってらっしゃい!!」」と元気よく送り出してくれる。
「行ってきまーす」
靴を履いて玄関の扉を開くと、知らない女性が郵便受けの側に立っていた。長い黒髪で白いワンピースを着ていて、何故だか懐かしいような、会ったことがあるような感じがした。昔施設でお世話になったセンパイだろうか?
「この施設出身の方ですか?何かご用でしたら、お昼頃にもう一度来ていただいたら年長の者がいますので」
施設出身のセンパイがここを訪れに来るのはそう珍しいことではない。特に怪しがることなく、いつものように話しかけたのだが、その人の様子がおかしい事に気づく。
「……ッ!……ッ!……ッッ~~」
自身を抱き締めプルプルと震えているのだ。俯いていて表情は読めないがただごとではない様子だ。
「ごめんおまたせ!……ってその人誰?なんか具合悪そうだけど」
「あ、新。この人多分センパ――」
バタバタ準備してきたのだろう。制服がぐちゃっとしていてだらしない新が髪を結びながら駆け寄ってくる。
そんな新に意識を向けた瞬間、何かが僕の頬を撫でた。新ではない、新は今髪を結んでいる。だとすれば頬を撫でたのは――
「――やっと、見つけた。私の愛しい人……!」
気づけばその人は僕のすぐ目の前にいて、両手を僕の頬に添えていた。底知れぬ恐怖を本能的に感じ、僕はその手を振り払おうとすると、その場に強い風が吹いた。思わず目を瞑るほどの強い風だ。
風が止むと、頬に触れる両手の感触はなくなっていた。急に触れないでください、そう文句を言おうと目を開くと、
「え?ここ……どこ?」
「ねぇ、カガリん。私たち夢でも見てるのかな?」
僕らは森の中にいた。さっきまで家の前の玄関にいたというのに。
一度冷静になって辺りを見渡してみる。周囲には木、木、木―――見渡す限り見えるのは大きな木だけ。空を見上げれば、枝葉が風で揺れ、木漏れ日がチラチラと眩しい。
『一体何が起きたっていうんだ……』
隣を見れば、新が自身の身に起きた超常現象を受け止めきれずポカンとして……
「ねぇカガリん!!これって神隠し!?凄い凄いっ、さっきまで家の前にいたのに、ワープしちゃった!!」
いなかった……。それどころ意気揚々としていて、子供みたいに目を輝かせている。
「いや、さすがに神隠しとかじゃないんじゃ……多分さっきの女の人が僕らに何かしたんだ」
「やっぱそうだよね!?じゃああの綺麗な人は魔法使いとか!?リアル魔女!!」
『あはは……絶対に普段はありえないことが起きたっていうのに元気だなぁ』
ハイテンションな新を見て、先程まで回らなかった頭が、呆れで段々冷静さを取り戻してきた。
「新、ここにいたってなにも状況は変わらないし、移動したいんだけどどうかな?」
「賛成!」
賛成といいながら既に歩きだす新に苦笑しつつ、僕はその背中を追う―――
「――そしてしばらく歩いてたら、あのわんこが何処からともなく現れ今に至るとッ!!」
あらゆる角度から鞭のようにして迫ってくる枝や蔓を、木々を盾にしながら躱しつつ、ここまで逃げてきたがもう限界だ。
「カガリん!?ヘバッてたら死ぬよ!頑張れ!」
「木を盾に戦法」を考案し今尚実践し続けている新。僕の体力が限界に近づいてきたから、今では交互にわんこの注意を引き、堪え忍んでいる。
「新!!交代いいよ………ッ!!」
額の汗を拭いながら、わんこの注意を引くために木の影から出る。その時、疲れからか足元に意識が向かず、つまずいて盛大に転んでしまう。
「カガリん!!危ない!!」
立ち上がろうと前を向くと、わんこは既に僕を攻撃できる距離にいた。
『あっ、終わった』
顔前へと迫る根っこがやけにゆっくりに見える。遠くにいる新の姿もだ。新は必死に手を伸ばすが、絶対に無駄なことを本人もわかっているはずだ。
「やめろ!!殺しちゃダメだ!!」
僕が死を覚悟した瞬間何者かが叫び、その声に従うように、根っこは僕の目の前でピタリと止まる。
助かったことを理解するよりも先に、声の主は急ぎ足で近づいてくる。
「人間がここで何をしている!!」