表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/23

アフリカ単一起源説

(6)



――古き小さなヨーロッパ



 それについては自然人類学の学説である「アフリカ単一起源説」を述べた方が良いかもしれない。


 何故ならこの説から「Art(アート)」の源流(オリジン)である古き小さなヨーロッパの存在を認めないといけないからだ。


 この説は地球上のヒト(ホモ・サピエンス・サピエンス)の祖先はアフリカで誕生し、その後世界中に伝播していったとする、自然人類学の学説である。


 これは仮説として19世紀に進化論で有名なチャールズ・ダーウィンが主張もしており、アフリカで誕生したホモ・サピエンスの先祖がやがて現生人類ホモ・サピエンス)として世界中に伝播していったとしている。


 ではそれが古き小さなヨーロッパとどう関係があるのか?


 アフリカを出たホモ・サピエンスはアラビア半島沿岸部を伝って現在のイラン付近に至り、そこから3ルートに別れた。

 それらはそれぞれインドから東南アジア、オセアニア方面にむかう「南ルート」、中央アジアを経由してアルタイ山脈、東アジア、北アジア方面に向かう「北ルート」、中東からヨーロッパに向かう「西ルート」の3方向である。


 そして「西ルート」に向かって移動した集団が、後の古き小さなヨーロッパを作り出すホモ・サピエンスの先祖である。


 結論を言えば此処で別れ残りの二つのルートを辿り、各地で文明を起こしたホモ・サピエンスの子孫達は、やがて「Art(アート)」の外世界、――つまり「外輪郭世界(アウトサイダー)」となり、ここに前述した「ボビンと糸」の基礎が出来るのである。


 その為にここでは自然人類学の学説である「アフリカ単一起源説」を引用させてもらった。


 その古き小さなヨーロッパこそ、「Art(アート)」の源流(オリジン)であり、そこで幾時代に渡って血潮が流されてゆき、やがて巨大な「Art(アート)」の源流(オリジン)というボビンになってゆくのである。

 

 これを歴史的な区分として「原始的Art(プリミティブアート)」と、この随筆家(エッセイスト)は恐れ多くもそう定義している。



 そう定義して話を進めたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ