西洋の敗北
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1年の空白にどのような事があったかを振り返りながら、エッセイを書いている。
世界はウクライナ戦争の評価をし始めているかもしれないが、エマニュエル・トッド氏の「西洋の敗北」を読むと、アメリカをはじめとする西洋の敗北に終わるように思えてならない。
つまり揺るがないかもしれないという価値観が破壊され、新しい価値観が生まれてくる予感を感じるが、東洋の日本にその余波がどのようにくるかは、今は予想ができない。
予想はできないが、こうした余波が「Art」にどのように影響を与えるかは、非常に興味があるところだが、唯、今は少し視点をクローズさせ、織田信長のところへ話しを戻して、エッセイを進めたい。
織田信長は、西洋から見た際、アウトサイド(アウトサイダー)における「Artの体現者」だった。
彼自身を西洋時間に属する文明人として理解するべきではないが、アウトサイドにおける日本文明社会をアップデートさせた人物であるのは間違いないだろう。
ガリレオ、織田信長という過去の二人の人物を率いに出した理由を、何とはなしに感覚的に理解をされたなら、きっと「Art」の存在について、感覚的に捉えていただけるのでは無いかと思う。
では現代ではどうだろうか?




