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エッセイの心地よさ

(10)


――サピエンス科学(サイエンス)


 ボビンと糸


 外輪郭世界(アウトサイダー)

 


 幾つかの言葉を置き去りにしている事は十分承知している。

 これらの言葉はこれから先でこの随筆家(エッセイスト)の持論として回収するので、是非お待ちいただきたい。


 然しながら思うのは随筆(エッセイ)とは何と心地よく、冒頭にも述べた様に知の麻薬的役割を持っている事か。随筆家(エッセイスト)自身、何よりも書いているのがこの上なく心地よい。それは五月夜の薫風に肌を撫でられているような、そんな心地良さだ。


 そんな心地よさの中、少し本題から横道に逸れたい。

 逸れて何を書きたいというのか?


 それは日本語の持つ言葉の豊かさと言うのは随想、随筆に非常に適していると随筆家(エッセイスト)自身が常に感じているということだ。


 これはヨーロッパ語圏に比べても日本語の一人称だけで一体どれほどあるかという事を考えてもらうだけでも想像できるのではないだろうか。


 どうだろう?


 日本語は日本人が思っている以上に季節の物事やそれらを感ずる当人の心情を語る上で繊細な表現と文法的な流れを作ることができ、それが故に文学としては徒然草も然り、平安の頃の紀行文、旅日記等、以後の歴史的散文としての日本語は随想・随筆という組み合わせにおいて如何に魅力的で相性が良いかと随筆家(エッセイスト)は感じ得ている。


 今述べたことは、あくまで余談である。

 その余談の勢いで、前段に置いてきた言葉を探りたい。


 それは「近現代」という時代と「Art(アート)」、そして「外輪郭世界(アウトサイダー)」について述べるのだが、特にこの「近現代」における「外輪郭世界(アウトサイダー)」の存在は重要である。


 それはリベラルアーツとヒューマニズム(人文主義)により長い間伝統的(アカデミック)になってしまった「Art(アート)」の内面的、また外面的根本への劇薬となったからである。




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