『速記耳頭巾』
おじいさんがいました。
おばあさんは、登場しないので、いるんだかいないんだかわかりません。まあ、おじいさんがいたら、常におばあさんがいると限ったものでもないので、おばあさんのことは忘れましょう。はい、おばあさん、いません。
ある日、おじいさんが、山でいろいろ収集していますと、子ギツネが、わなにかかっていました。
痛そうなやつです。ハエトリソウみたいな、…パックンフラワーからフラワー要素を抜いて、金属にした感じの。
おじいさんは、子ギツネを助けてやりました。猟師には恨まれるでしょうが、そんなに食べるところもなさそうですし、ばれても、二、三発殴られるくらいで済むでしょう。ばれませんでしたし。
子ギツネは、何度も何度もおじぎをして、おじいさんを見送ってくれました。おじいさんは、子ギツネに手を振りましたが、子ギツネは、お稲荷さんのキツネのようにかしこまったままでした。ま、そりゃそうでしょう。
何日か後、おじいさんが、山に、いつものように収集に行きますと、…たきぎとか山菜ですからね。情報とかじゃないです。あ、するとですね、子ギツネが待っているのです。で、こっちへおいでなさい、ついておいでなさい、というような仕草をするのです。どんな仕草か?そんなもの、文字で表現できますか。ゆっくり歩き出して、ちょいちょい振り返って、しっぽぱたぱた、みたいな感じです。いいですか?はい、じゃ、次行きます。
どうやら、子ギツネが案内したかったのは、巣穴のようです。狭いところですが、ずずいと中までどうぞ的な仕草で、おじいさんを中に招きます。仕草は説明しません。
巣穴の中には、母ギツネとおぼしき狐が、まっすぐ座って待っていて、おじいさんに向かって丁寧におじぎをしました。
このたびは、うちの愚息が命を助けていただいたそうで、きちんとお礼を申し上げたいと思いまして、御足労いただきました。大したお礼もできませんが、こちらをお持ちください、というような感じで、よくできたキツネだなと、おじいさんも感心します。
目の前には、頭巾がありますが、頭巾じゃないかもしれません。どうしたものかと思っていると、母ギツネは、ささ、どうぞかぶってみてごらんなさい、きっと、いい意味で、期待を裏切られますよ、という仕草で、頭巾を勧めてきます。
おじいさんが、頭巾をかぶってみますと、どうですか、私の言うことがわかるようになったでしょう、という、母ギツネの声が聞こえます。
え?キツネの声?頭がおかしくなったのでしょうか。
それは聞き耳頭巾と言いまして、動物や植物の声が聞こえる頭巾なのです。私の言うことがわかるようになったでしょう?…いや、仕草で会話が通じていましたから、さっきまでと変わりませんけど。
ともかく、おじいさんは、すばらしいものを手に入れました。今までは、速記をしようと思っても、朗読してくれる人がいないということがあったのですが、聞き耳頭巾があれば、鳥のさえずりも、木々の葉ずれも、全部が朗読になるのです。おじいさんは、毎日毎日山に入って、速記三昧の生活を送りました。たまに、油揚げを買ってきて、キツネの巣穴の前に置いてやりました。
そんなある日のことです。おじいさんが、カラスの会話を速記していると、その内容がきな臭いのです。
何でも、長者の一人娘、十六になるべっぴんさんだったそうですが、病の床についてからは、見る影もなくやせてしまい、このままでは、婿をとることもかなわず、長者の家は絶えてしまう。それというのも、去年建てた長者の家の新しい蔵が、楠の根を踏んでいて、楠としては痛くてかなわん。そこで、楠は、長者の娘にねらいを定めて、のろいをかけているのだが、人間には楠の言葉がわからないので、来月には、あの世行きだ云々。
おじいさん、大変です。とんでもない文章を速記してしまいました。これは、何とかしたいところです。
おじいさんは、とりあえず、長者様のお屋敷に急ぎました。きょうの収集対象こそ、情報です。
長者様のお屋敷は、はやお葬式のような空気に包まれていました。半月ほど前までは、百両の礼金を目当てに、医者やら祈祷師やら管理栄養士や占い師やらが列をなしていたそうですが、なすすべもなく、引き下がったそうです。数日前からは、娘の病を治してくれた者は、娘の婿とし、身代を譲るという条件に変わり、初日、二日目は、それなりに列ができたものの、おじいさんが、長者様のお屋敷に着いたときには、誰もいませんでした。病の難しさを物語っています。
おじいさんは、座敷へ通され、名前や住まい、特技などの質問を受けました。おじいさんは、特技が速記であるということ以外、余計なことを言わず、昨年あたり普請をされませんでしたかとだけ尋ねて、蔵で一晩過ごす許しを得ました。ちなみに、医者や占い師を名乗る者は何人もいたそうですが、速記者を名乗った者は初めてだと言われました。もっともな話です。
真夜中を過ぎたころ、楠に話しかける者がありました。隣に生えている椎の木のようです。椎の木は、楠に、踏まれた根が痛むかを尋ね、楠は蔵の中ほどのところにある根が踏まれて痛くてかなわないという会話を交わしました。ここまで聞ければ十分です。ちゃんと速記もしました。便利ですよね、速記。
翌朝、おじいさんは、長者様に、蔵の中ほどを一部壊すことを勧めました。人足が集められ、昼には蔵は更地になりました。一部って言ったのに。
おじいさんは、長者様に呼ばれ、これで娘の病が治らなければ、命をもって償ってもらうと言い渡されました。だから一部って言ったのに。
でも、心配は要りませんでした。この日を境に、長者様の娘はみるみる回復し、三月もすると、床上げできるまでになったのです。
おじいさんは、この期間、山となく川となく海となく、毎日通って、若返りの秘法を動物や木々草花や魚から聞き、どこから見ても、青年に戻っていました。
青年に戻ったおじいさんは、長者の娘の婿となって、仲よく速記をして過ごしましたとさ。
教訓:この長者様は、速記なんかしないのに、プレスマンを何万本も収集していたという。こういうやからがいるから、値上げされちゃうんですよね。