魔術の翻訳家
魔術を発生させるのは仮定の集積であり、物語の流れであり、言葉だ。
魔術スクロールに書かれた文章を左手の指でなぞりながらゆっくりと読み進める。右手で辞書を捲り、単語の意味を確認する。内面で単語と単語の意味領域が重なって言葉になる。僕はそれらを別のスクロールに記述する。意味が少したわんでしまっただろうか。まぁいいか。
魔術スクロールの翻訳は僕の趣味みたいなもので、別にプロとしてやっていこうみたいな感じではないし、そこまで正確性は気にしていない。僕好みの文章に移し替えることが出来ればそれでいい。むしろ翻訳者としては最低かもしれない。翻訳者は本来ならば黒子であるべきだろう。
だから出来上がった魔動式を唱えて魔術を発生させると、原文のそれと比べてもはや別物だったりもする。それはそれで楽しいのでこれもまたよしとしている。まぁそんな態度のせいで一向に語学力は向上していない。
最後の一文を訳し終わる。心地良い疲労感がある。少し伸びをしてから、スクロールを巻き上げ、彼女のもとへ向かう。講義の終わりを知らせる鐘が丁度鳴った。