8. 生徒会長さんが登場するようです。
「それで……願いが叶った、ということですか?」
「ええ、そうなの! あの池にお願いをしてすぐに、先輩とお話することが出来たのっ……!」
「へぇぇ、良かったじゃない」
クラスメイトの伊藤さんが、本当に嬉しそうな表情で話しかけてきた内容に、思わず固まっていれば、忍がさらり、と私のかわりに返事を返してくれる。
「でもそれって伊藤ちゃんが頑張ってきたからじゃないのかしら?」
「でも忍さん、頑張ってもどうしようもないことだってあるじゃない。……でもあの池は」
「んー、でも伊藤ちゃん、ずっと頑張ってきたんだし、最近、すっごく綺麗になったじゃん。ね、壱華」
「はい。伊藤さん、すごいキラキラしてます」
「や、やだ……もうそうやって、ふたりともお世辞上手いんだから!」
「……いえ、あの、お世辞ではないのですが……」
「聞いてないわね」
「そのようです。それよりも、忍。少し気になることが……その、偶々なのでは……ないでしょうか」
「ま、たしかにそれだけだと偶然じゃない? って普通は思うわよねぇ」
「……はい」
伊藤さんは池のお化けさんにお願いをしたから、先輩さんと話しができた、と喜んではいるけれども、それは単純に、偶然が重なっただけでは無いだろうか。
そう言おうとした私の言葉に、忍は、「恋する乙女は猪突猛進なのよ」と笑った。
「……大丈夫ですか? 殿下」
「……ああ」
グッタリとした表情で部屋に入ってきた殿下に駆け寄りながら問いかければ、「壱華は?」と問いかけられ、思わず首を傾げる。
「私は? というのは……」
どういう意味でしょう、と問いかけた私に、殿下は「何もなかったんなら、良いんだよ」と目元を緩め、私の頭を撫でながら笑う。
そんな私たちのすぐ傍で、先に部屋に居た彩夏が、殿下と長太郎、それから吉広の姿を見て、不思議そうな、けれども呆れたような表情を浮かべて口を開く。
「どうしたんです? 殿下といい、舘林といい、グッタリした表情をして」
「オレもだろ?!」
「文堂はそれくらいで丁度いいわ」
「おいいい?!」
「とりあえず、一休みしたい……」
「僕も」
「長太郎? 殿下?」
フラフラとソファへ近づき、どさっ、と座り込んだ殿下と長太郎を見て、私と彩夏は顔を見合わせて、首を傾げた。
「なるほど。それにしても……みんな大人気ですね」
「……そのせいで僕はぐったりだけどね」
「……お疲れ様です」
冷えたタオルを三人に渡し、飲み物とお茶菓子をテーブルに用意する。
グッタリとしていた三人の話しを聞いてみると、どうやら今日はやけに女性たちからのアプローチが凄かったらしく、講義の休憩時間の度に、大勢の人に囲まれていたらしい。
「良かったわ、今日は壱華が殿下と一緒じゃなくて。壱華までもみくちゃにされてしまうところだったわ」
私の手をきゅう、と握りしめながら微笑む彩夏に、「いや、でも彩夏、そこは護衛として」と答えれば、ひら、とおでこからタオルをとり、上半身を起こした殿下が口を開く。
「いや、本当だよ。せめてもの救いは壱華が彩夏と居てくれたことだったよ」
その殿下の言葉に、思わず、むう、と頬が膨らむ。
「私、そんなに頼りないですか?」
そう問いかけた私に、殿下は、ほんの一瞬おどろいた表情を浮かべるものの、なぜだかまた目元を緩めながら笑う。
「違うよ、壱華。僕は壱華を危険な目にあわせたくないだけだよ」
そう言って、柔らかな表情を浮かべて笑った殿下に、思わず、膨らませた頬から息が抜ける。
「……またそういう事を言って」
甘やかされている。
時々、兄様みたいな顔をして、そういうことを言う殿下に、胸の奥のほうがざわつく。
けれど。
兄様に甘やかさている時とは、違う気がする。
どう違うのかと聞かれても、答えられないのだけれども。
「何なのでしょう……」
「壱華?」
私の答えの出ない呟きに、殿下が不思議そうな顔をし、私の名前を呼んだ時。
「明日もこんなんだったらどうすんだよぉー!」
吉広の悲痛な声に、ぱちり、と瞬きをしたあと、私たちは小さく吹き出して笑った。
それから約一週間。
吉広の悲痛な叫び声は、ほぼほぼ毎日続き、終いには「葉山を呼ぶか……いや、それなら講義に出ずに朝からここに引きこもったほうがマシか」などと殿下まで言い始める事態にまで発展している。
初日以降、いつもどおり殿下とともに行動をしていて分かったことは大きく分けて三つ。
ひとつめは、普段は遠巻きに殿下たちを見ていた女子学生たちが、やけに、というか妙に殿下たちに声をかけてきていること。
二つ目は、朝の登下校以外のすべての隙時間にそれが起こっていること。
三つ目、今日はお手洗いに行くのも一苦労だったこと。まぁ、お手洗いにはついていかないので、私は教室で待機していたけれども。
今日も今日とて、よく人に囲まれている、と午前中までを振り返ってみて思う。
殿下に危害を加えたり、その周りにいる子たち同士で喧嘩が起きたりなどが今のところは起きてはいないのが、不幸中の幸いとでもいうべきか。
けれど、流石に連日の過剰対応に、殿下の疲労も色濃くではじめていて、執務にも影響が出始めている。
そんな状況もあり、忍と彩夏は、「ちょっと調べてくるわ」と言い、数日前からこの部屋に顔を出していない。
「忍も、彩夏も、大丈夫でしょうか」
殿下たち曰く、自室以外に唯一休める場所のここだけらしく、ここ数日は、講義の受講数も減らし、お昼ごはんも食堂ではなく、この部屋で食べている。
単独行動を控えるように、と殿下たちに言われ、私もともにこの部屋にいる時間が増えたけれど、やはり忍と彩夏が気になる。
ふたりとも今回の件の調べ物をしているのだ、と長太郎は言っていたけれど…私もなにか手伝えないのだろうか。
そう考えるものの、二人のように情報収集能力に長けているわけでもない私に出来ることなど、ほとんど無いに等しく、最近はもっぱら、部屋でみんなの心配をしてばかりだった。
「はぁい! お待たせ!」
「っ?! 痛ってえ?!」
バタンッ、と大きな音をたて部屋に入ってきた忍に、寝ていた吉広が驚いてソファから転げ落ちる。
「煩いわよ、吉広」
「お前に言われたくねぇよ?!」
呆れたように言った忍に、バッ、素早く体勢を立て直した吉広が彼を見やるものの、忍の後ろに立つ人物に気が付き、「あ?」と不思議そうな声をこぼす。
「……生徒会長?」
「やあ、生徒会長。やっと動く気になってくれたかな?」
「え……?」
にっこり、と笑顔を浮かべ入り口に立つ生徒会長さんに明るい声でそう言った殿下に、生徒会長さんは「お待たせしたようだね、殿下」と苦笑いを浮かべた。
「なるほど。君が動けなかった理由はよく分かったよ」
「本当に面目ない」
「まぁ、氷の生徒会と言われる諸君も、人の子、年頃の子だった、という話だろう?」
くつくつ、と笑いながら言う殿下に対し、生徒会長さんは「そうは言うけれどね」と苦虫を噛み潰したような顔で答えている。
「それにしても……君はお願いごとはなかったのかい?」
「そんなものに願ったところで何になるというのだ。願いは自身で叶えるものだろう?」
「ははっ、君らしいね」
殿下の問いかけにハッキリ、きっぱりと答えた生徒会長さんに、殿下はくつくつと静かに笑った。
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