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4. 皇太子殿下とはいえ、講義は大切です。

「じゃあまた後で」

「また一時間後」

「ボクは少し寝てくる。ふああぁ」


 そう言って欠伸をしたあと、ひらひら、と手を振りながらしのぶが別棟に向かって歩いていく。

 そんな忍の背に、「全く」と小さくため息をついたあと、室内の時計を見やり、彩夏さやかが「じゃあ、あとでね」と講義の道具を持ってツカツカと颯爽と歩いていく。


 二人を見送った私たちは、みんな同じ講座を受けるため、次の教室のある上の階に向かおうと階段を昇り始める。


「次の講義は、歴史学だったか」

「そ。今日も前回よりもさらに遡った時代の講義の予定」

「そうか。今回も楽しめそうだ」

「宮廷では学べないことばかりだしね」

「ああ」

「学ぶことを楽しいと思えることはいいことだよ、殿下」

 ああ、と楽しそうに頷く殿下に、長太郎ちょうたろうが頷きながら答える。

 長太郎が言うように、新しい知識を得ることを楽しく思えるのは、本当にすごいことだと思う。


「宮廷での座学の時間はどう先生から逃げるかばかり考えていましたからね」

「あの教授の座学は、本に書いてあることを伝えるだけで、事実めちゃくちゃつまらなかったんだから仕方がない」

殿下でんかは一度か二度を目を通せば、だいたい覚えてしまいますしね」

「本を読んで得られる知識なら、わざわざ時間を割く必要などないだろう?」

「そんな殿下が、講義を楽しみにしている、と」

「本当に、ボクは感動すら覚えている」


 殿下と私のやりとり最後に、そう言った長太郎に、ふふ、と笑えば、殿下が「随分な言われ放題だね、僕は」と苦笑いを浮かべる。


「でも、良かったですね、殿下」

「何がだい?」


 そう言った私に、不思議そうな顔をして首を傾げた殿下に、「良い先生に出会えて」と伝えれば、「ああ」と殿下は静かに頷く。



 歴史を学ぶ。

 その意味を、一番始めの講義で先生が伝えた時、殿下が小さく息をのんだことを覚えている。


『この国の将来を生きる君たちだからこそ、自国や他国に、過去に何があったかを学ばなければならない。過去を知ることは未来を見ることへの手がかりになるのです。本や資料には載らない、残らない。そんな生の声を、君たちは知っていくべきだ』


 先生は、おおげさな身振り手振りで言うでもなく、威圧的な声色で言うでもなく。

 ただ静かに、けれど確実に、そこにいた生徒一人ひとりの顔を見ながらそう告げた。


 先生のその姿勢が胸に響いた人間も、響かなかった人間も、もちろんどちらもいたけれど。

 殿下の胸には、確実に深く響いていたと、その時わたしたちは実感していた。


 そうして、その出会いをきっかけに殿下は真面目に講義に取り組むようになった。

 元々、宮廷で一通りの授業内容は習っているうえ、殿下は記憶力も、要領もいい。現在に至るまでも、非常に良い成績を残し続けてはいる。


 けれど。


「……ただ、それにしても課題が多い」

「そうですね」

「他のやつに聞いてみたらこんなに課題を出されているのは僕ぐらいだというじゃないか」

「あー……まあ……そうですね」

「解せぬ……」


 毎講義ごとに、殿下に課される課題は、一般生徒よりも確かに少し多い。

 宮廷から届けられる書類の確認、署名などの皇太子殿下としての公務もこなしながら課題も終わらせる。

 傍から見ても大変だ、とは思うけれど、まあ何というか、そこはやっぱり、やるしかないわけで。


 眉間に皺をよせながら言う殿下に、「まあ、でも」と口を開きかければ、「オレなら無理だなあ」とのんびりとした声が後ろから聞こえる。


「だって凄くないか?」


 そう言った吉広よしひろが、トントントンッ、と階段を駆け上がり、殿下の前にいる長太郎ちょうたろうと並ぶ。


「長太郎もそうだけどさ。今年に入ってまた公務増えたってのに、ふたりとも成績落ちないし。オレついていくのやっと、って時もあるのに」

「それは吉広が講義中に寝てばかりいるからだろ?」


 隣に並んだ吉広に、長太郎が軽く目を細めながら諌めるように言えば、「あー、アレだよ、アレ」と吉広が左上のほうを見ながら口を開く。


「教科書を開くとなぁんか眠くなっちまうんだよなあ」

「先月は教室に入ると眠くなるって言ってなかったか? 吉広」

「あ、やべ。間違えた」


 しまった、という顔をしながら言った吉広に、長太郎が「少し、今後についての話し合いをしましょうか、文堂(ぶんどう)吉広(よしひろ)くん」とすごくいい笑顔をうかべて、吉広を見やる。


「ま、間に合ってます、長太郎ちゃん」


 焦りながら、片手をぶんぶんと自身の顔の前で左右に振りながら言った吉広の言葉に、長太郎の口元がヒクリ、と動く。


 そんな長太郎の様子をバッチリ見ていた私と殿下は、示し合わせたかのように「あーあ」と同じ言葉を呟く。


 そして、吉広は、というと。


「ちゃん付けはするなと何度言えば理解するんだ貴様は」

「うわ、やっべ、怒らせた?!」


 自身の発言により怒らせた長太郎から逃げ出そうとダッ、と階段を駆け上っていき、長太郎はというと「待てこら!」と吉広の背を追いかけていく。


 そんな二人を見て、クツクツと楽しそうに笑いながら殿下がのんびりとあとを追いかける。


「吉広はいつも一言が多いんですよ、まったく」


 はあ、と軽くため息をつきつつ、私もまた彼らを追って歩き出す。


 ぐるり、と大きく角度をかえる階段を、吉広と長太郎、それから殿下がそれぞれの速度で曲がって昇っていく。

 ただ階段を昇っているだけなのに、やけに様になる時がある。

 先を見上げながらそんな事を考えていれば、彼らとすれ違った少女たちが小さな声できゃあきゃあ、と嬉しそうな声を出して早足で降りてくる。


 その様子に、やっぱり三人とも、いや、彩夏さやかしのぶもだから五人とも格好いいし、可愛いのか、とぼんやりと考えていた時。


真壁まかべさん、危ない!」

壱華いちか!」

「え、きゃあ?!」


 階段をおりてきていた一人の少女の身体がガクン、と大きく揺れる。


「真壁さん?!」

沙織さおりさん?!」


 近くにいたクラスメイトが彼女の異変に気づき悲鳴をあげる。


「おっ、と」

「きゃああ?!」


 ダッ、と数段を駆け上がった私と、少女の身体が階段の途中でぶつかる。

 腕の中でぎゅっ、と目を瞑った彼女に、「大丈夫ですか?」と声をかければ、そろそろと彼女が目を開く。


「あ……れ……? 痛くない……? え、あ、あれ?」

「怪我は、なさそうですね」


 よいしょ、と彼女を少し上の階段に立たせ、様子を伺えば、瞳が落ちてしまうのではないか、と思うほど、目を見開いた彼女と目があう。


「あ、あのっ」

「真壁さんっ?!」


 なにかを言いたそうな表情の彼女のもとに、一緒にいたクラスメイト達が、わっ、と彼女のもとへと駆け寄ってくる。

 その様子に、小さく安堵の息を吐き、「足元、お気をつけて」と彼女に小さく笑いかけて、彼女たちのもとを離れる。


「怪我は?」

「無いようです」

「そうか」


 そう答えた私に、殿下が小さく息を吐く。


「お待たせしてすみません」


 たた、と駆け足で少し先に立つ彼のもとへと急げば、彼が静かに笑った。











お読みいただきありがとうございます。

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