3. ビッグカップルは美男美女なのです。
「おや、田崎嬢、それは……」
そう言った殿下の視線が、田崎様の髪へと留まる。
「ええ。今朝、汐崎さまのお傍つきの方から届けていただいたものを。変、でしょうか?」
さらり、と首を動かした田崎様の髪の上で、淡い藤紫色のリボンと、藤の花が揺れる。
ほんのりと染まった彼女の頬と、花の色がとても似合っている。
ほんの少し、視線をさげたあと、殿下を見た田崎様の視線に、「いや、とてもよく似合っているよ」と殿下は爽やかな笑顔を浮かべて答える。
その殿下の言葉を受け、嬉しそうに微笑んだ田崎様に、彼女の傍つきの青年が何やら耳打ちをしたあと、田崎様は「分かりました」と頷いたあと、じい、と殿下を見つめ口を開く。
「殿下、あの」
「見つめられると照れてしまうね」
「まあ、そんな事を言って」
「本当だよ。いつまで経っても君の視線には慣れないね」
「ふふふ」
殿下と田崎様、二人の会話に、両方の護衛、傍つき人の皆さんが、にこにこと笑顔を浮かべている。
毎朝のことながら、この二人のこのやりとりの時間は、甘い。甘すぎる。
顔面を中央に寄せてくしゃ、という顔をしそうになるくらいに、甘い。
そう言えば、この前、同級生が「二人の関係は糖蜜のようね」と例えていたけれど、なるほど。言い得て妙だ。すごくうまいことを彼女たちは言ったものだ。
この学院は、朝の講義開始がわりと早い。選択した講義内容によっては夕方遅い時間まで、朝からみっちりと講義で埋まる、なんてことはよく起こる。
全寮制で、親元から離れ、羽を伸ばせる。全力で四年間を楽しむ。
そう考える生徒が半数以上を占める。いや、同年代なのであれば、それが普通なのかもしれない。
けれど、この四年間を使って、自身の将来のための礎を築くと決めた生徒にとっては、少しでも空いた時間を有効に使いたい。
そう考える者も多く、殿下や田崎様もそのうちの一人だ。と同時に、その礎造りのために利用される側の一人でもある。
「殿下。申し訳ありません。少し所用ができましたので、先に失礼しても?」
「ああ、構わないよ。相手を待たせては失礼にあたるからね」
ほんの少し頭を下げ、断りの言葉を口にした田崎様に、殿下がニッコリ、と妙にいい笑顔を向けながら、校舎をちらり、と見やる。
そんな殿下の様子に、田崎様が一瞬だけ眉をひそめたあと、殿下と同じような笑顔をうかべて、殿下を見やる。
「……貴方は……相変わらず察しの良い人ですね」
「お褒めに預かり光栄です」
うやうやしく頭をさげた殿下に、はあ、と田崎様は小さくため息をついたあと、「では、お礼は改めてのちほどに」と綺麗な笑顔を向け、足早に歩いていく。
そんな彼女の背を、殿下がしばらくの間、じい、と名残惜しそうに見つめている。
殿下に、田崎様。
ふたりが並ぶと美男美女、という言葉がぴったりなほど、顔が良い。
殿下の性格はたまにちょっとアレだけれど、田崎様は女神と称されるほどお優しいと聞く。
実際、殿下の護衛の最中に何度か会話をしたけれど、そのときの彼女は、とても可愛いらしくて、とても健気で、とても優しくて。
むしろ殿下には勿体ないのでは、と私と長太郎と吉広は真剣に話し合うほどだった。
そんな彼女との朝の逢瀬が、いつもより随分と短い。
珍しい。
そう思うものの、殿下の婚約者ともなると、面通しなども多く色々と忙しいのだろう。
実際、殿下自身にも、後ろ盾が欲しい親に言われ、近づいてくる人間も少なくはない。
家柄、両親と自分の出世、権力。
どれもこれも我が家の場合は、自分も、自分の親もどれもに興味がないから、想像でしかすぎないのだけれど。
そういえば、忍が殿下に声をかけた時もそんなしがらみがあったっけ。
少し懐かしい出来事を、一人思い出していれば、「あー疲れた!」と場の空気を一変する声があたりに響く。
「嘉一ぃ? あれで良かったんでしょ?」
聞こえた声に視線を戻せば、ふああ、と欠伸をしながら一人の女子学生が、大きく伸びをしている。
「十分だよ。すまなかったな」
「ほんとよ、全く。あんたはいっつも急なんだから」
殿下の言葉に、ぷんぷんと口にしながら殿下の肩をべし、と叩く彼は、殿下の5人目の護衛、梶原忍。
「忍、今日は女子の服なんだな」
そんな彼の行動を咎めることなく、真っ先に服装について問いかけた殿下に、「この袴とブーツ、可愛いでしょ」と自身の頬と腰に手添えながら言った彼に、殿下が楽しそうに笑った。
「それにしても、居ないと思ったらお遣いだったのですね、忍」
「そうなの! ほんと、うちのご主人ってば人使い荒いわあ。今朝になって言い出すんだもん」
「え、突然だったのですか?」
「そうよ?」
「そうなんですか……お疲れ様です」
教室に着き、教室の一番後ろの列に腰をおろす。
殿下の両隣に、長太郎と彩夏、彩夏の隣に吉広が座り、そんな彼らの前列に私と忍が並んで座る。
受ける授業が同じ時や、ホームルームなどは、いつの間にかこの席順で座ることがすっかりと定着しており、今日も寸分違わずその配置で席についている。
「ホントよ、まったく」と隣の忍がため息がてらに呟いたのを横目に、そういえば、と今朝、自分の執事、迎花に「疲れた時に食べてくださいね」と小さな袋を渡されたことを思い出し、カバンを手に取る。
「どうしたの壱華」
「いえ、そういえば、今朝……あ、ありました」
忍の問いかけに答えながら、カバンの中にあった目当てのものを取り出す。
小さな袋には、朱色の紐が巻きつけてあり、とても軽く、なにやらゴツゴツとした手触りがある。
「なあに、それ?」
「今朝、迎花からもらったのですが。なんでしょう」
忍の問いかけに答えながら、机の上におき、袋の口をしばっている朱色の紐をしゅるりと解く。
「金平糖、ですね」
覗き込んだ袋の中には、少しだけ艶を抱えた色とりどりの金平糖が入っている。
「ホントだ。赤色の金平糖なんて、珍しいわね。あ、緑色もあるわ」
「それに透明なものもありますね」
もっとたくさんの色があるものを想像していたけれど、珍しい色合いのものを詰めたらしい。
私が好きな、朱色の紐に、濃淡はあるけれど、赤と緑色の金平糖。
なんというか、これは。
「鬼灯みたいだな」
私の好きな鬼灯の色合いに似ている。そう思った瞬間、金平糖を見ていないはずの殿下が私を見ながら言う。
そんな殿下の言葉に、「はい」と迎花の心遣いに嬉しくなりながら頷けば、殿下の目元が少し緩む。
「忍、金平糖食べますか?」
「食べたい!」
「僕も」
「え、は、い?」
斜め後ろに座っている殿下が、ぬ、と手のひらを出しながら言う。
甘いものをそこまで好んで食べない殿下の珍しい行動に、思わず首を傾げれば、「たまには、だ」と殿下が頬杖をつきながら言った。
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