28.得手不得手というものがあるのです。
第二幕スタートです。
「なんだか落ち着きます」
「わたしとしては、あちらの衣装を着て欲しかったのだけれど」
「あれは……ちょっと……私には似合わないでしょうし」
「あら、そんなことないわ。可愛らしいじゃない。さっきもとても似合っていたし、わたしは好きよ?」
「でも、ちょっと、ひらひらとしたところが多くて、その……」
普段、着る機会がなさすぎる服です、と呟けば、彩夏はふふと笑う。
「それにしても、壱華、絵本に出てくる王子様のようね」
そう言って、彩夏が楽しそうに微笑んだ時。
「ワタシの目に、狂いはなかったようですね」
微笑む彩夏の後ろから、針山を腕に巻きつけた一人のクラスメートが、両手を腰にあてながら満足そうに言った。
ことの始まりは、今から少しだけ時間を遡ること数十分。
「ボクもあっちの衣装が着たい!」
各々で学院祭で着る衣装を合わせていた時、用意されたタキシードを着こなした忍が、教卓に立っていた実行員に抗議の声をあげる。
「いや、一応、梶原は戸籍上は男子だし」
ひらひらのフリルがふんだんにあしらわれたの服を指差しながら言う忍に、実行委員長の男子は困った表情を浮かべながら答える。
そんな実行委員長の発言に、抗議の声をあげたのは、裾にフリルのついた可愛らしい衣装を手にした女子生徒たちだ。
「ええー! でも忍くんは可愛いのだし、こっちの衣装でも良いんじゃないかしら?」
「うんうん!」
「いや、でもだね」
「せっかくの学院祭なのだし、ちょっとくらいいいじゃない!」
「ちょっとくらいとは言っても、両親も見に来たりするのだし」
「むー。あ、わたくし、良いことを思いつきましたわ!」
「嫌な予感しかしないが」
「男女逆転の服装はいかがかしら!」
ぽんっ、と両手を叩きながら満面の笑みで言ったクラスメートに、「え」と実行委員長が言葉を零す。
「本来であれば、ドレスを女子生徒が、タキシードを男子生徒を着るでしょう? それを逆にしてみるの!」
「いや、ボクたち男のドレス姿なんて見られたものじゃないだろうよ」
「そんなこと無いですわ! その人その人に合わせて仕立てれば絶対に可愛いらしくも格好よくも仕上がると思うの!」
「まあ! なんだか楽しそう! わたくし賛成ですわ!」
「わたくしも!」
「え、ちょ、待っ」
「え、待て待て待て!」
「まあ! それでしたら、わたくし皆さんに着てほしいと思っていた服があるのですけれど!」
「あら、ワタクシもですわ!」
きゃあきゃあ、と楽しげに盛り上がり始めた女子生徒たちには、実行委員長や、男子生徒たちの戸惑いの声は一切届いていないらしい。
「有澤さんは可愛いけれど格好よくもあるでしょう? ですから、こちらの系統の衣装も似合うと思うのだけど!」
「え、私?」
「素敵ですわ」
「あら、有澤さんもその系統でいくのなら、殿下はこちらの感じでどうかしら?」
「……ちょ、お」
「それを言うなら!」
「いや、そこは!!」
忍の一言をきっかけに、教室の中にぎゃんときゃん、あーだこーだ、とクラスメートたちの言い合う声が広がっていく。
「おい忍」
「……あらあら」
明らかな巻き込まれ事故にあった殿下が、低い声で忍を呼べば、忍は楽しげに笑っている。
「まあまあ、いいじゃない。せっかくの学院祭なんだしさ!」
そう言って、自分の後ろに座っている殿下の手を、ポンッ、と忍が叩いた時、「よし決めた!!!」と一際大きな声が、室内に響いた。
「それにしても……」
「なあに? どうかした?」
「いえ、彩夏もそうですが……裁縫部の皆さんが生き生きとしているなぁと」
「そりゃあそうですよ壱華さん!」
「小湊さん、すごく楽しそうです」
ぶんっ、っという効果音でも付きそうな勢いで顔をあげたのは、いま、私の衣装の調整をしてくださっているクラスメートで裁縫部所属の小湊さんだ。
「洋装和装どちらも着こなしてくれそうな人材が目の前にいるにも関わらず、願望を叶えられずに丸2年! 3年目にしてやっと、その願望が叶うだなんて、こんな素晴らしい奇跡はめったにありません!」
瞳をキラキラに輝かせながら言う小湊さんに、「そんなに」と驚きながら呟けば、「そんなにです!」と元気な声が返ってくる。
「叶うことならば殿下の衣装も手掛けてみたいところではありますが……壱華さんと彩夏さんの衣装を作れる。それだけでもワタシは天にでも召されそうです」
「め、召されないでくださいっ」
「ふふっ」
いきなり物騒なことを言い始めた小湊さんに慌てて振り返れば、「動いちゃだめです」と身体の動きを止められる。
「本来であれば私もお手伝いしたいところなのですが……すみません……どうしても裁縫は苦手で……」
「いえ! むしろワタシの楽しみを取らないでくださり有難うございます!」
「え? えと、どういたしまして??」
本当ならば出来る限り自分で衣装を作るべきなのだが、いかんせん、どうにもこうにも裁縫全般が苦手な私に代わって、小湊さんが作ってくださる、とのことなのだが。
なぜだか、その小湊さんに逆にお礼を言われ、私は首をかしげる。
そんな私たちを見て、彩夏は、ふふふ、と静かに笑ったあと、スケッチブックにペンを走らせる。
「皆さん、得意なことがあって羨ましい限りです……」
彩夏は絵が、小湊さんは裁縫が得意。得意分野がある二人に囲まれる私には、誇れるものが何もない。その事実に、喉のあたりにモヤモヤとしたものが広がっていく。
思わず、そんなことを呟いた私に、「ですが」と小湊さんの声が聞こえる。
「ワタシは、壱華さんも羨ましい限りですよ?」
「私ですか? でも私は得意なことが……」
見つからないのです。
そう呟いた私に、私の手首を図りながら、小湊さんが笑う。
「いやいやいや。壱華さんのように、自分以外の誰かのために強くあろうとすることも、誰かのために、必死になること。それはとても難しいことで、とても素晴らしいことです。誰でもが簡単に出来ることじゃありません。誇れることです。胸を張っていいことですって」
「胸を張って……いいこと」
「それに、壱華さん、剣道も強いじゃないですか」
「それは……」
「ワタシからしてみれば、それだって十分すぎる特技だと思います!」
しゅる、と私の手首に巻きつけた巻き尺を外し、数字を紙に書き写しながら言った小湊さんの言葉に、思わず瞬きを繰り返す。
ふいに視線を動かせば、私を見ていた彩夏が、とても柔らかな笑顔で、私を見ていて。
言葉には、していないけれど。
良かったね、と彩夏が呟いたような、そんな気がした。
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