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21.お化け弐号さんを捕まえます (6)

今宵は部分月食でしたねぇ〜

(※本文にそんな記載は1ミリもありません)

「ところで殿下でんか。なぜこんな場所で立ち話を?」

「ああ、それは」

「……た、田崎さん、ちが、違うんです」

「ちょっとした手違いがあって、まだ軍警察が到着していないんですよ」

「ああ、なるほど」


 小首をかしげた田崎氏に、殿下が少しだけ眉をハの字にしながら答える。


「軍警でしたら、もう門のところにいましたから、すぐに此方へも来るでしょう」

「おや、それは朗報ですね」

「で、殿下、田崎さん、話をっ!」


 田崎氏の言葉を受け、殿下がニコリと笑う。

 その笑顔はあくまでも社交上の笑顔だということなど、長い付き合いである田崎氏が気が付かないわけがなく。

 田崎氏が、すっ、と目を細めたあと、藤井氏を見やる。

 その視線が動くのと同時に、本当にごくごく自然に、藤井氏が立ち位置を変える。


「お願いです、話を……!!」

「いま、ワタシは嘉一かいち殿下と話をしているのです。あなたはそれすらも分からないのですか?」


 血の気の引いた顔で懇願する栄一氏を、田崎氏が鋭い目つきを向けながら問いかける。

 そんな田崎氏の様子に、栄一氏の血の気は一層ひき、土色にも近くなっているかのように見える。


「ちがっ、違うんです、お願いです。話を」

「話はあちらのかたがたにお聞かせなさい」

「そ、そんなっ」


 冷ややかな表情を浮かべたまま淡々と話す田崎氏を、栄一氏が大粒の汗をかきながら必死に声をかける。


「いくら殿下の護衛とはいえ、あなたのご子息は、有澤ありさわ家のお嬢様に随分と不躾な行動を取っていましたね」

「ち、ちが、あれはっ」

「何が違うのです? 他所のお子様のこめかみに、拳銃をつきつけておいて」

「やっぱりあの気配はあんた達のかぁ。嘉一が反応したのに、何もしねぇから」

「……吉広よしひろ


 呆れた様子で栄一氏に言う田崎氏の発言に、しばらく黙っていた吉広が、ぽんっ、と手を打ちながら声をこぼす。

 その吉広の声に、長太郎ちょうたろうが諌めるように彼の名前を呼び、「あ、やべ」と小さく呟いたあと、吉広が慌てて口を手で塞ぐ。


 そんな吉広と長太郎のやり取りに、田崎氏は数回の瞬きのあと、クスと静かに笑い、長太郎は、まったく、と大きなため息をはいた。


「あ、わる、じゃないや、すんません」

「いや、気にすることはない。……強いて言うならば、殿下」

「……何でしょう」

「いい護衛を持ったようですね」


 栄一氏に向ける視線とはまるきり反対の、穏やかな視線を殿下に向け、田崎氏がほんの少しだけ笑う。

 その視線を受け、殿下は一瞬おどろいた顔をしたものの、すぐに吉広と長太郎、それから私を見て、にこやかな笑顔を浮かべ口を開く。


「もちろん。それに、彼らは俺の最高の友です」


 にこり、と笑いながら言った殿下の言葉は、

 最高に嬉しい言葉のはずなのに。


 どうしてか、胸の奥のほうが、キシ、と静かな音を立てた。



 それからは、もう目の前で演劇でも繰り広げられているかの如く。

 田崎氏が、指先を綺麗にそろえた片手をあげると同時に、複数の足音を鳴らして軍警察官が遠藤さん親子を、するすると縛り上げた。


「やめっ、やめろ!! 離せ!! 違うと言っているだろ!! おれは何もしていない!! 連れて行くならその愚息だけだろう!!」

「なっ、父さん!! それを言うなら父さんだって!!!」


 捕縛用の縄で縛られながら、お互いを罵倒しあう親子の様子に思わず、眉間に皺を寄せていれば、ぽす、と頭に重みが降ってくる。


壱華いちか、聞きたくなきゃ耳塞いでたっていいんだぞ?」


 少しだけ心配するときの顔をしながら、人の頭に手を置いた吉広よしひろの言葉に、ふるふる、と頭を左右にふる。


「大丈夫ですよ、これくらい、ヘッチャラです」

「そうか? あんまそうは見えねぇけど」


 ポスポス、と人の頭を軽く叩きながら言う吉広の、不器用な優しさに、思わずフフ、と小さく笑みが溢れる。


 いつの間にか殿下でんか長太郎ちょうたろうよりも、身長の伸びた吉広を見上げ、もう一度「大丈夫です」と告げれば、吉広が声に出さずに笑う。


「ま、元気そうなら」

「連れて行く前に、一つ、いいかな」

「殿下」

「仕事を増やしてすまない」


 吉広が何かをいいかけた時、手首に手錠をかけ、遠藤さん親子の両脇を抱える軍警察官に、殿下が声をかける。


「拘束はとくことは出来ませんがよろしいですか?」

「ああ。それは構わない。手短に済ますよ」


 そう言って、遠藤さん親子と少し距離を取りながら、殿下が彼らの前へ立つ。


「遠藤」


 短く、そう名前を呼び、栄一氏ではなく、同級の遠藤さんの前へと殿下が動く。


「な、なんっ」

「歯を食いしばれ」


 ぐっ、と殿下が拳を握る。

 と同時にスッ、と引かれた腕が、次の瞬間には、遠藤さんの頬へと真っ直ぐに伸びた。


 バチッ、という音とともに、遠藤さんの身体がグラつく。

 倒れ込まなかったのは、両脇を軍警察官に抱えられていたからだ。


「かはっ」


 頬を殴られた衝撃が強かったのだろう。

 遠藤さんは、殿下に殴られたままの格好で動きが止まっている。


 とはいえ。

 人は、予測のつかない生き物で、一秒先ですら、何が起こるか分からない世の中なのだと、口癖のように言う、私の兄の言葉が頭をよぎる。


 遠藤さんにそんな力が残っているとは思えないけれど、万が一の可能性を考えた瞬間に視線を動かせば、私と同じことを考えた人間が、あともう一人。


「長太郎」


 ぼそり、と呟いた声が聞こえたのか、一瞬だけ、反応をしめしたあと、長太郎の動きが止まった。


「藤井氏に、一つ聞いておきたいのだが」

「なんでしょう、殿下」


 そんな長太郎に気がつくことなく、田崎氏とこの場に現れて以降、ひたすらに、補助役に徹していた当事者の一人、藤井さんの名を、殿下が呼ぶ。


「この親子は、貴方に殴られても文句が言えないことをしてきたのだが、貴方は一発、お見舞いしておかなくていいのかな?」


 藤井さんの目を真っ直ぐに見ながら問いかけた殿下に、藤井さんは、少し驚いた顔をしたあとに、「殿下」と目元をさげながら口を開く。


「殿下のことです。その一発には、有澤ありさわのお嬢様の分と、ワタシたち親子の分も、含めてくださったのでしょう?」


 殿下を見やる藤井さんの眼差しは、まるで、私のお父様のようにも見える。


「……かも、しれない」


 少しだけ困ったように眉尻をさげた殿下に、藤井さんが「光栄の極みです」と深く頭をさげて言う。


「ですが殿下」


 そう言って、頭をあげた藤井さんの言葉に、殿下の頬がぴくりと動く。


 あの顔は、いわゆる「やってしまった」という時の表情で。

 殿下とともに、藤井さんの表情を見た長太郎も、殿下ほどに表情には出していないものの、口元が若干ひきつっている。


「ええと、藤井さ」

「殿下。年長者として、一つ進言いたします。今後は、自ら、手を出すことはお控え願えますか?」


 にこり、と端正な笑顔を浮かべて言う藤井さんに、殿下の頬に一筋の汗が流れる。


「………肝に命じておく」

「是非そうしてください。でないと、殿下の周りの人間が、いまにも倒れてしまうかもしれませんよ?」


 ちら、と視線の動いた藤井さんに続き、殿下が長太郎を見やる。

 我が子を叱るような表情の藤井さんとは違い、殿下は長太郎を見て、満足そうな表情を浮かべる。


「心臓何年分だ?」

「そんなに肝を冷やすわけがないでしょう?

 ですが、いつも龍太郎さんも言っているじゃないですか。火事場の馬鹿力は、本当に侮れないって」

「……ああ、そうだな」

「それに、おれだけじゃないですからね。心配していたのは」

「……?」


 照れを隠すように言った長太郎の視線が、こちらへと動く。

 それを受けて、私を見た殿下が、一瞬、目元を緩める。



「……何故だ」


 柔らかな空気が、ボソリ、と溢れ聞こえた声でピシャリ、と硬いものに変わる。

 それと同時に、殿下の目つきが鋭いものに変わる。


「どこまでわたしの邪魔をすれば気が済むのだ、父上……」


 殴られた息子を、目に映る全てをぼんやりと眺めながら、栄一氏が呟く。


「あなたのお父上は、本当に優秀な人でしたね」


 そう話し始めたのは、殿下ではなく、栄一氏に振り回され続けたであろう藤井さんだった。









お読みいただきありがとうございます。

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