13. 時々、寂しい。
「まあ、実際。藤井氏が休んでいることで事務方はまあまあ大変な目に合っているみたいですし」
「しかも残ってるのが使えないほうですから余計でしょうね」
「使えないほうとは……宇井はもっと辛口の評価を下すと聞いていたが」
「まあ、誰からでしょう?」
「あ、いや……その……」
長太郎の報告のあと、彩夏の言った辛辣な言葉に、生徒会長さんは驚きの表情を浮かべ、それに対し彩夏はにこりと綺麗な笑顔を返す。
その笑顔を受け、ひくり、と口元を少しだけ歪めた殿下を、彩夏は見逃すことなく、殿下に、ギロッ、と強めの視線を向ける。
そんな彩夏と殿下のやり取りに、すっかり慣れている様子の長太郎は、「で、ですね」と口を開いた時、「なあ」と私の隣から明るい声が室内に響く。
「オレ、よく分かんないんだけどさあ」
「何がだ」
ひさしぶりに吉広が口を開いた、と思ったら、聞こえてきた吉広の疑問を抱えた声。
「そもそも、何で藤井の家だったんだ? あそこが資産家だってことくらい、一般常識だろ? 知らない生徒のほうが少ないんじゃないのか?」
「ま、吉広ですら知っているくらいだからな」
「おい長太郎、って、おい忍、そこ笑うとこじゃないだろ」
「ふっ、やだ、笑ってないし」
「いや、たった今ふって言ったよなお前?!」
「しつこい男は嫌われるわよ吉広」
明らかに笑いを堪えながら言った忍に、吉広は、「何の話だよ?!」と声をあげる。
「ま、とりあえず吉広がモテない原因は置いておくとして、吉広が言う通り、何で藤井の家を狙ったのかっていうとねぇ」
「ただの嫉妬だ」
「ちょっと、長ちゃん、それ、ボクの台詞!」
「あ、すまん」
もー、と言いながら頬を膨らませた忍に、忍の言おうとしたことを言ってしまった長太郎が軽く謝る。
「もー、じゃあもうこのあとの説明、長ちゃんがしてよね」
「……なんでぼくが」
「いいじゃん。長ちゃんのほうが説明上手なんだから。それにボクもお菓子食べたいもん」
「菓子優先かよ……まったく」
完全に説明を続ける気をなくしたらしい忍の様子に、長太郎は仕方ない、という表情をしたあと、書類と手帳を持ち直し口を開く。
「えー、ではまずは藤井氏と遠藤氏の関係から。書類に記載している通り、年齢差は藤井氏が遠藤氏の二つ歳下。防衛局への入局も先輩だった遠藤氏のほうが先だったようですね。まあ、遠藤氏はコネ入局枠だったという噂が当時も色濃くでていたようですが」
「防衛局でコネ入局……?」
「その時にいたトップと今は違っているからな」
長太郎の説明に疑問を持った吉広の声に、長太郎が答える。
その長太郎の言葉を聞き、疑問を口にした吉広が「ふうん」と少し納得がいかなそうな表情をしながら呟く。
「とりあえず、そこは一旦、置いておいておくとして。まあ、そんな噂が流れているにも関わらず、遠藤氏は藤井氏に先輩風を吹かせまくっていたようですよ。以前、たまたま知り合った防衛局の方からもそのようなことを仰っていますし。上には弱く、下には強い。そんなことで有名だったようですね」
「ホント格好悪い。大人としてどうなのよ、それ」
眉を潜めながら言う忍に、吉広が「だな」と呟いて大きく頷く。
「忍の意見にぼくも賛同だよ。なので、くれぐれも殿下はそうならないように気をつけてくださいね」
「……おっと、まさかの僕に被弾するとは」
にっこり、と笑顔を浮かべながら言った長太郎に、気を抜いていたらしい殿下が、口をつけかけていたカップを口元から離しながら長太郎の言葉に答える。
「そんな格好悪いことをしだしたら、ぼくたちは容赦なく殿下を張り倒しますので。ね、壱華」
「……そもそも殿下はそんな風にはならないのでは……?」
「そうだとは思っているけどね」
「……もしかして長太郎、あの件、まだ怒っているのか……?」
「さあ? どうだろうね?」
「あの件?」
長太郎と殿下の会話に出てきた『あの件』という単語に、首を傾げれば、長太郎がにこりと笑顔を浮かべながら口を開く。
「怒ってはいないよ? けれどね、一人でやるのはどうかと思う、と言っているだけだよ? 殿下」
「……怒っているじゃないか」
「ぼくはただ使えるものは使うべきだと言っているだけ」
「……使えるもの…?」
長太郎の口から出てきた言葉と、長太郎の声色に反応をすれば、殿下と長太郎が一瞬動きを止めるものの、すぐに二人の会話は始まる。
「焦る気持ちはわかる。けど、今ここで焦ったらこれまでが水の泡だ。そんなことくらい嘉一なら解るだろう?」
「……ああ」
「それなら、もう少し考えて行動してくれ」
はあ、と軽いため息をついた長太郎に、殿下は「すまん」とだけ短く答える。
長太郎が殿下を嘉一と呼ぶなんて珍しい、と二人の状況に思わず二人をじい、と見やれば、はた、と目が合った長太郎が苦笑いを浮かべる。
その様子に何があったかを聞こうと思ったけれど、いまは生徒会長さんがいる。
そう思い、私は疑問を口にするのを寸の所で止めた。
時々ある、私が知らない『なにか』
きっと、殿下の皇太子としての執務管理を担っている長太郎と、殿下の間だからこそ、その『なにか』はあるのだろうけれど。
けれど、そこに、吉広も加わることがある。
どうして私だけ。
私も、殿下の護衛なのに。
そう思う疑問は、ずっと、ずっと聞けないまま。
何故だが分からないけれど、『それ』はいつも聞いてはいけないことのように、思えるのだ。
「いち」
「壱華」
「ん?」
「はい、あーん」
「あー、ん?」
もや、としたものが心の中で広がる。と同時に殿下の声がした、と思ったら、被さるように横から聞こえた彩夏の声に、首を動かす。
「あーん」と言う言葉が聞こえ、思わず口をあける。
その動作とともに、目の中に現れたのは、白くとろりとしたクリームと、赤く熟れた柘榴の実。
「?」
「ほら、壱華、あーん」
「あー」
口を開けた私に、彩夏が「ふふ」と楽しげに笑いながら、持っていたスプーンを私の口の中へと運ぶ。
そんな彩夏に、首を傾げるものの、すぐに彼女の行動の意味を理解し、彩夏を見やれば、彼女は柔らかく微笑んでいる。
「美味しい?」
「……はい」
「もう一口食べる?」
「でも彩夏の分が」
「あら、それなら、壱華のアップルパイと交換はどうかしら?」
「それなら!」
はい、とお皿を差し出した私に、彩夏は、にっこりと笑ったあと、「じゃあ、壱華、もう一回あーん」と言い、彼女に用意されたケーキを再度スプーンに掬い、私に差し出す。
「彩夏」
「ほら、壱華、クリームが落ちてしまうわ」
「あ、はい」
殿下と、出会ってからずっと一緒に過ごしているけれど。
最近は、私の知らない何かが、私だけが知らない何かが、増えている気がする。
それは時々やってきて、その時々が、ほんの少しだけ寂しい。
そんな事を思っているなんて、殿下たちには、言えないけれど。
ー 「殿下の護衛を、外されるのかも知れない」
以前、そうボヤいた私に「それは有り得ない。殿下が壱華を手放すわけがない」と彩夏は本気で言ってくれていた。
そして、いまと同じように「自分は壱華の味方だ」と言ってくれた。
それがどれだけ私にとって心強かったかなんて、彩夏は知らないだろうけれど。
それでも、時々訪れるこの不安に、立ち向かう勇気をくれたのは、他でもない唯一無二の友達、宇井彩夏の言葉と、彼女の存在だった。
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