明日からではなく
勢いで書いた作品ですので矛盾があるかもしれません。
教師という職業を辞めた。
始めから自分に合っているなんて思っちゃいなかった。
やっていけば教師らしくなっていくんじゃないかと思っていた。
無理だった。
いじめ(生徒だけじゃなく、教師も)、モンスターペアレント、ボイコット、学級崩壊……。
最後には担当したクラスで死者が出た。
学校の屋上から飛び降りた。
いじめを受けていた訳じゃないし、いじめていた子でもなかった。
数学のノートの最後のページ。
「ただ見ているだけで、助けることも出来ない自分が、嫌になりました」
もう何て言ったら良いのかも分からない。
そんなこんなで27才にしてニートになりました。
町で懐かしい顔に会った。
少し明るめの赤い髪。
遺伝子の異常かなんかで生れつきらしい。
蒼天女子学園の異端。
木橋…冴子……。
まぁ、異端って言ってたのは俺だけだったけどな。
ほら、生徒は皆さん平等だから。
教員免許取って初めて勤めた学校で、学年担任と言う名の雑用係(担任らしい仕事はクラス担任がするのだ)を任されていた時の教え子だ。
こいつは俺がもう教師でないことは知らないだろう。
ならばこいつに落ちた姿を見せる訳にはいかないだろう。
少しは「先生」のように威厳あるようにしないといけないかな。
僕は心なしか堂々とした風に歩いて片手を挙げた。流行に乗るならば「トゥース!」と言ってしまいそうな勢いだったと今なら思ってしまう。
「よぅ、モス。久しぶりだな」
「おや、その声は私が高校2年生の時まで学年担任だった馬鹿山茄子太郎、おっと、陰で皆が言っていたあだ名の方を言ってしまった。中山蓮太郎先生だな」
公共の場でで思わず崩れてしまった。
なんだその先制パンチ……。
俺そんな名前で呼ばれてたのかよ。
威厳とか教師だった時から無かったんじゃん。
ってか蓮太郎は「はすたろう」じゃなくて「れんたろう」だし。
茄子太郎って中学時代にいじめっ子から呼ばれてたあだ名だし。
古傷を弄びやがる。
「久しぶりだな、先生。立派にニートしてるか?」
「なんでお前がその事知ってんだよっ!!」
「おや、ジョークのつもりだったのだが……」
「!!くっ……!!」
我が愛すべき生徒の罠に嵌まるなんて……!
大人げ無いが、反撃だ。
「…も、モス、お前こそ、ここで何やってんだよ」
「私か?私は仕事の真っ最中だ」
「仕事……?」
あぁ、そうだった。
こいつ、将来
「旅人」
になりたいって言ってたな。
…旅人って仕事か?
「……ってここ地元じゃん」
「そうだ。おかげで私はこの街で知らない所はないぞ。
それと余談だがな、先生。モスっていう呼び名はもう古い。」
「は??お前気に入ってたじゃん。冴子だからサイコーでモーストでモスなんだろ?」
いやに説明的になってしまった。
「うむ、それが古いというのだ。もう最高であることに飽きたのだ。今は明楽と呼ばれている。」
「明楽ぁ??そこまでいったら偽名の部類だろ?」
「いやいや、そうとも言えないさ。
例えば明らかに色白で坊主な日本人の少年がボブと呼ばれていても偽名とは思われないだろう。」
「う……んー……。
……分かったよ、明楽って呼べば良いんだろ??」
なんとなく説得力ある言い方で困る。
ってか、それはボブ君が名前負けしているだけだろう。
「よし。それじゃ、先生も教師じゃないし、街中で先生って呼ばれるに相応しい風体じゃないし、呼び名を変えよう。」
「……今あきらかに悪口が聞こえたが」
「おい、茄子。」
「元教え子にスルーされた上にいじめられてる!!」
「お、なかなか良い反応だな。よし、茄子で決まりだ」
「確定したよ!俺の反応見て確定しやがったよ!!」
ビバ☆俺の人望
「よし、茄子。私は唄が歌いたい。」
「……なんだよ、このお嬢……。
……茄子って呼び名を変えてくれるならカラオ」
「カラオケか。良いな。行くぞ、茄子」
僕が言いきらないうちにスタスタと歩いて行く赤髪。
僕は隙を見て逃げれば良いものを、ため息一つその場に残しのこのことついて行った。
明楽は部屋に入ると手慣れたように電子盤を手にとった。
そういや、カラオケに来るのは随分久しぶりだ。
電子盤なんて無かったぞ。
明楽は曲を入れ、更にもう1曲入れた。
前奏が始まり、立ってマイクを構える。
ライトのせいか、高さのせいか、赤髪が映えて様になっていた。
少なくとも見蕩れる位には。
そして歌声も良かった。
こいつなら十分歌手でやっていけるだろう。
歌声に耳を傾けていたかったが、画面に出てくる歌詞に気が付いた。
就職先が無く なりたくもない教師になりました
歌が続けば続くほど鳥肌が立つようだった。
俺の事じゃないか。
明楽もこっちを見てニヤリとしたようだ。
……これを狙っていたのか……。
こいつの事だ。旅人とか言いつつ町中の情報を握っているんだろう。
明日からではなく 今日から打ち明けてみよう
皆と一緒に 学校を変えたい
……。
2番まで歌い上げ、ふぅ、と息をつき座る。
「おい、次の歌始まっているぞ」
「あぁ、良いのだ。これは語りの時間だ」
「語り?」
「あぁ。……実はな、この歌の歌い手は私にとって壁なのだ」
壁……。
明楽から珍しい言葉を聞いた。
というより、聞きたくなかった、か……。
「私はな、この街が大好きなのだ。
店は大半寂れているし、人だってよそ者を寄せ付けない態度だ。
だが大好きだ。
だから旅人と称していながらこの街から出ない、いや、出られないのかな。
私はこの街に縛られている。そう思っていた。
私を縛っていたものが私自身の手だと気づいたのは最近のことだ。
この歌い手はな、自分が生まれ育った町のこととか自分の人生のことしか歌わん。
故郷が大好きなんだな。
それでは私とこの人たちと何が違うか。
この人たちは遠くから故郷を応援している。私にはできないことだ。
……いや、違うな。……これからは考え方を改めよう。
この人たちは私にとって越えられない壁ではない。
越える必要のない壁だ。
私がこの歌い手を目標にして、ほかの町を旅してわが故郷を想い続けるのは私には不可能なことだ。
私はこの街に居続けよう。今決めた」
一息とも言えるくらいに勢いよくそこまで言うと、いきなりマイクを持ち出して間奏終わりの2番を歌い始めた。
なんなんだ、こいつは。
僕が思っていたよりもこいつは俺にとっての「壁」なんじゃないのか……?
なんだか明楽の歌を聞いていたかったが、聞こえないほどに考えてしまう。
なんだ……?
もしや、これは明楽が自分を見つめ直せって言っているのか??
明日からではなく 今日から打ち明けてみよう
みんなと一緒に 学校を変えたい
それは……もう無理だ。
教師を辞めた身。今更何も出来ない。
じゃぁ、何をするべきだ……?
分かっているだろう。
やりたい事をやれよ。
やりたい事……。
それはある。
青春時代をそれに費やした。
暗い中、1点に照明が集まり、まるで本人であるかのように言葉を吐き、動き、泣き笑う。
僕が憧れたのは……演劇の舞台だ。
多分、教師なんて職業も自分が憧れた演劇の延長だったんだろう。教師を演じた。
でも、演劇をやりたいって……。
やるって簡単に口にしていいのだろうか。
自分の可能性や年齢だって……
「27歳は何も出来ない年齢とは思えないがな」
明楽が見透かすようにそんな事を言う。
「なら……何か出来るっていうのか?」
「少なくとも学校に縛られた学生よりかはな」
明楽は間奏中に話しかけていたようで、また歌いはじめる。
学生より……か。
僕は学校で皆を縛っていたのかな。
良い教師じゃないってなら尚更だ。
生徒をこれまで縛っておいて、自分は自由に学校をやめて、ニートして、演劇の世界に足を突っ込むなんて生徒に申し訳ない……。
「安心しろ。生徒なんざ、3年もすればお前のことなんざ忘れるさ。もし、お前のことを思い出す時が来るのだとすれば、それはお前が好きな道でそれなりの成果を上げた時じゃないのか。そうなったら生徒は言うだろうね、『俺、この人が先生やってた時の教え子だったんだぜ』みたいな事をな」
明楽はエスパーか何かか?
「どうしてそこまで俺の思っていることを当てるんだよ」
歌はとっくに終わっている。廊下で流れている流行りの音楽が部屋に漏れる。
「あぁ?当てているつもりはねぇさ。ただな、もしお前に少し教師の心が残っているなら……じゃ、ねえな。教師を演じるつもりがあるなら」
「!!」
教師を演じる……。どうして「演じる」なんて…
僕の驚いた顔に気づいたのか、話をいったん止め、大げさに嘆息してみせた。
「ばればれだよ。お前が教師になりたくなかったんだろうなって事も、教師を演じているってことも。だからこそ、教師を演じるつもりがあるなら聞いてほしい。
……自殺したあいつさ、演劇好きなんだよ」
「え……?」
「だよな。しらねえと思った。たぶんお前があいつの演劇好きな部分に気付いてやれてたらあいつはストレスを抱えずに今も生きていたと思うよ。でもおまえは教師を演じていただけだった。心から教師じゃなかった。だから生徒の気持ちなんて知らなかった。そうだろ?
だからさ、慰霊、もしくは鎮魂の意味でさ、少し、そっちの道に行ってみてはどうよ」
そう言って明楽は鞄を開ける。
「お前、甘いものは食えるか?」
知らない間にお前呼ばわりになってるし。まぁ、茄子よりかは良いか。……良いのか?
「あぁ、嫌いじゃない。ってか、好きな部類だな」
ちなみに僕が初めてやったダイエットはチョコレートダイエットだ。それも冬限定のきなこもちチョコをたらふく食うために夏の間やったダイエット。チロルチョコの大人買い。
「そうか。なら」
明楽は何かを投げた。何とかキャッチする。
それはアンパンマンチョコレートだった。
「私はそれが大好物でな。無くなると困るからストックも2つ入れてある。依存症だな」
へぇ、意外だな。
まぁ、何食ってるってイメージも無いんだけど。
「その中にはアンパンマンのキャラクターのチョコレートが入っている。
そのキャラクターは私の気持ちだ。
味方キャラなら私はお前の味方だ。敵キャラなら私はお前と敵対する」
「敵対って何故に……」
「ま、敵キャラはほとんど入ってないから安心しろ。もし出てきたら、私も演劇の道に入ってお前を蹴落としてやる」
「だから何故に!?」
「それじゃな」
そう言って明楽は鞄を肩に担ぎ部屋を出た。
チョコレート。
パッケージにはアンパンマンが載っている。
開けてみた。
「……」
なんだかよくわからないキャラクターだった。
つまり訳すと「お前のことなんてどうでもいい」って事か?
明楽が出て行った部屋のドアを見た。
出て行ったはずの明楽はこっちを覗いて笑っていた。
後日。
調べてみたところ(アンパンマンキャラクター大辞典なるものがあった。かなり重たい辞書だった)あのキャラクターはコビンちゃんというらしい。
それなりに味方。
僕はふぅとため息をつきながら雑居ビルの階段を上った。
階段の入り口に張り付けた看板
『劇団コーツ総合事務所』
教師であった頃よりか、やる気は出ていた。
演劇好きな私は多分こういう道を歩くのだろうなと思いました。
私の心の迷いをこの元教師に託し、好きな道に歩いてもらいました。
私は今年から始まった就職活動ですべての企業に落とされたらこっちの道に進みたいと思います。
どうも最後まで読んでいただきありがとうございました。
しっかし…こうやって読み返してみると、私のリスペクトしている作家先生が丸分かりな気がします(笑)