第三話 紅玉のように真っ赤な髪の幼女
周囲の視線を浴びながら、オーガスト殿下が神力を操作なさいます。
私には感知出来ないはずなのに、オーガスト殿下が指輪に触れると指輪の中の神力が蠢き始めたのがわかりました。
指輪をお作りになった龍王神様の神力自体は心地良いものでした。ですが、それが縺れて私の指を縛り付けていたようです。オーガスト殿下によって解かれて、なんだか指だけでなく体全体が楽になっていくような気がします。
「……はい、出来た」
しばらくして、オーガスト殿下がおっしゃいました。
彼の手には私の指から外れた指輪があります。
カフェテラスで注視していた人々が感嘆の息を漏らします。オーガスト殿下の見事な操作と指輪から溢れて煌めく神力に魅せられたのでしょう。フェイリュア様もうっとりとした顔をなさっているせいか、アルバート殿下の眉間に皺が寄っていました。
「異母兄上、その指輪は私にいただけますか。フェイリュアの指に嵌めてやります。もうその女ではなく、フェイリュアこそが私の婚約者なのですから」
「そんな大切なこと、父上やお前の母君に相談なく決めてもいいのかい?」
「いいのです。私は王太子。異母兄上と違って未来の国王になる身なのですから」
「わかったわかった。疑うのはやめてくれないか。僕には王位への野心なんかない」
アルバート殿下に歩み寄って指輪を渡したオーガスト殿下が、ところで、と話し始めました。
「知っているかい? その指輪は婚約指輪なんかじゃないんだよ」
「……王太子の婚約者に与えていたのだから婚約指輪でしょう?」
「覚えていないのかい、アルバート。セシリア嬢はお前と婚約した日、その指輪をつけて王宮へ来ただろう?」
「なにが言いたいのです、異母兄上。婚約指輪でなければなんなのですか!」
『龍神の加護を受けた子どもが人間の理を知るまで、龍神とのつながりを切り離しておくための指輪じゃよ』
アルバート殿下の問いに答えたのは、紅玉のように真っ赤な髪の幼女でした。口調こそ大人びているものの、十歳を超えているようには見えません。
この学園に通っているのは十五歳から十八歳の男女、主に貴族で一割ほど裕福な平民の子女がいます。教師や職員は大人で、この年ごろの子どもがいることもあるかもしれませんが、学園に連れてくることはまずないはずです。
幼女は瞳も真っ赤でした。なぜでしょう。彼女がとても懐かしく感じられます。
『寿命の違う龍神と人間は理も違う。まだ人間の理を弁えていない子どもに強請られて龍神が神力を振るうのを防ぐためのもの……じゃが』
幼女の赤い髪が燃えがる炎のように蠢きました。
よく見れば、彼女は宙に浮いています。
『わらわの親友セシリアは幼くとも人間の理を弁えた娘じゃった。わらわもセシリアに望まれたからと暴れ回るような莫迦ではない』
私の頭の中に不思議な記憶が流れ込んできました。
指輪が外されたときから、徐々に蘇って来ていたのです。
黄金の髪で青い瞳の少年と真っ赤な髪で真っ赤な瞳の少女と遊んでいた記憶。私の大切な思い出。初恋の相手と一番の親友──
「……ガーネット、様?」
『思い出したのか、セシリア!』
抱き着いてきたガーネット様を抱き締めます。
「はい! 思い出しました、ガーネット様。あの日、アルバート殿下のお母君に無理矢理指輪を嵌められて体調を崩して、それからずっとあなたのことを忘れていたんです」
『わらわもじゃ。いきなりそなたの記憶が消えた。オーガストに存在を教えてもらっても、龍王神の鱗で出来た指輪のせいで認識出来なんだ。先ほどオーガストがそなたの指輪を外したとき、一気に記憶が戻って来たのじゃ!』