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第一話 外れない指輪

 初恋は実らない、そんな言葉をよく聞きます。

 確かにそうかもしれません。置かれた環境、状況、お互いの気持ち──民に責任を持つ貴族の家に生まれたものならなおのこと、自分の感情だけで人生をともに過ごす相手を決めることは出来ません。

 でもだからこそ、初恋が実るという奇跡があるのなら応援したいではないですか。私の初恋と引き換えにアルバート殿下の初恋が実るというのなら、喜んで婚約解消を受け入れましょう。


「そうか、セシリア。おとなしく身を引いてくれるのだな」


 頷いた私に、アルバート殿下は喜色満面になりました。

 殿下は国王陛下の愛妾を母に持つ第二王子殿下です。私の実家である公爵家の多大な支援を受けて王太子に選ばれました。私との婚約を解消した後の宮廷の勢力図がどうなるかはわかりません。

 けれど殿下は王太子の座を捨ててでも初恋の人、男爵令嬢のフェイリュア様をお選びになると決めたのでしょう。


「ありがとうございます、セシリア様。ほらアルバート、龍神様もアタシ達の未来を祝福してくださっているわ」

「そうだね。君の赤い髪と同じ龍神様の紅玉の鱗が陽光を浴びて煌めいていらっしゃる」


 人間の王国は龍神様によって守護されています。

 遠い昔、龍神様の一族が創造神様に逆らってか弱い人間を奴隷にし、世界を滅ぼしかけたことへの償いなのだそうです。

 我が王国を護るのは龍王神様の愛娘である真っ赤な姫龍神様なのですが、私はかの方のお姿を見ることもお力をお借りすることも出来ません。そんな出来損ないの私はアルバート殿下との婚約があったからこそ公爵令嬢として生きることを許されていました。その代償が公爵家が第二王子派になることでしたので、婚約を解消されてもアルバート殿下は王太子のままでいらっしゃるかもしれません。


 でも、私は……


 殿下とフェイリュア様の視線を追って見上げても、私の視界に広がるのは真っ青な空だけです。

 私の初恋の人──幼いころ、王宮の中庭で花を摘んで作った指輪を贈ってくださった少年の瞳と同じ青い色。

 殿下の瞳も広がる空も美しいのに泣きたくなります。私には空を泳ぐ龍神様のお姿は見えません。第二王子殿下との婚約という支えを失った出来損ないの私は、これからどうなってしまうのでしょうか。


「それでは失礼いたしますね」


 そう言って、私は椅子から立ち上がりました。

 ここは学園の中庭にあるカフェテラス、今は昼休みです。

 卒業式も近づいてきた今日の日、学園に入学してからずっとフェイリュア様と昼食を摂っていらしたアルバート殿下に誘われて、のこのこやって来た私は婚約解消を告げられたのでした。周囲からは好奇心に満ちた視線が投げかけられています。


 婚約解消に対しての否という言葉は飲み込みました。

 婚約した初日から殿下はおっしゃっていたのですもの。

 ──自分には好きな相手がいる、こんな老婆のような白髪ではなく龍神様の紅玉の鱗のように美しい赤い髪の少女だ、と。花の指輪のことも覚えていらっしゃいませんでした。


 私の初恋の相手は黄金の髪に青い瞳の少年でした。

 婚約が結ばれる前に体調を崩して寝込み、そのせいか以前の記憶があやふやになっていたりもしましたが、彼のことだけは忘れていませんでした。

 大切な初恋の相手だからこそ、殿下の初恋が実ることを祝福しなくてはいけません。学園に入学してフェイリュア様と再会なさってからの殿下は、それはもう幸せそうなお顔で毎日を過ごされていらっしゃったのですもの。


「待って!」

「フェイリュア様?」

「アルバートとの婚約を解消したんだから、その指輪は置いていきなさいよ」

「指輪……」


 私は自分の手に嵌められた指輪に視線を落としました。

 アルバート殿下との婚約指輪です。

 龍王神様が各国の王家に授けられたものだと聞いています。そのせいか、私の成長に合わせて大きさが変化していました。ただ……体調不良による記憶の混乱が原因だとは思いますが、婚約する前から私の指にあったような気がしていました。


「そう、ですね。すぐ……あら?」


 どうしたことでしょう。

 指輪が指から抜けません。思い返してみれば、これまで抜こうと考えたことがありませんでした。

 普通の金属の指輪と違い、龍王神様の鱗から出来ているというこの指輪は、水に濡れて錆びることも汚れて曇ることもなかったのです。


「なぁに? 婚約解消を受け入れておきながら、指輪は返さないつもりなの?」

「見苦しいぞ、セシリア」

「いえ、違います。抜けないのです。申し訳ありません、アルバート殿下」


 周囲から嘲笑が聞こえます。

 婚約を解消された私が、最後に悪あがきをしているのだと思われているようです。

 違います、そうではないのです。なぜか指輪が抜けないのです。羞恥と焦りで顔が熱くなっていきます。ああ、こうなったら、いっそ……

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