召喚勇者は巨大ロボ~騎乗の九龍はいろいろ台無しにする~
貧乏学生の武藤が古本屋で手にした不思議なボードゲーム『アーグルフェルトの救世主』には、異世界への介入能力が宿っていた。
しかし、顔の濃い自ユニットフィギュアが気に入らずにロボット物のフィギュアを使った事から、異世界には全長18mの鋼の巨神が召喚されてしまう。
ゲームが好きすぎて色々と勿体ない残念美人のジョー先輩に誘われるままに、さまざまなボードゲームで遊ぶ武藤。
先輩と一緒に遊ぶためのテストプレイとして『アーグルフェルトの救世主』のソロプレイをするたびに異世界では巨大な英雄が暴れまわる。
機体乗り換え、合体、変形、必殺技を備えた召喚勇者を中心としたギャップ物コメディ。
姫「あの方こそがこそが伝説に伝わる英雄巨人!」
兵士「知っておられるのですか、姫様!?」
姫「建国4000年の歴史が記された未明の書によれば……大柄な方だったと伝えられて!」
兵士(姫様ぽんこつなんじゃないかな)
立ち並ぶ本棚。薄暗い店内。狭い通路。
その中で日がな一日立ち読みする俺は武藤恵一郎。大学2年生。
大学生活も2年目になると、いろいろダレて来ます。そんな頃に悪い仲間に麻雀など教えられると、まんまとカモにされ、毎日モヤシで食いつなぐ金欠状態に陥るわけです。
金欠状態から抜け出すためにパチンコに手を出し、気が付けば競馬に競艇でキャッシングに手を出し、さらには単位も落としたよ。
両親にこっぴどく叱られ借金を立て替えて貰った物の……。自業自得とはいえ情けない。なんとか一発逆転したいものだ。
「お、『九龍攻具DIY』の資料集だ! フィギュア付き! 買おう!」
九龍攻具DIYとは、ロボットが身近になった近未来を舞台にしたSFアニメだ。スポンサーが玩具メーカーで、日曜大工の工具をモチーフにしたロボット物。ホームセンターから出撃する。
日曜大工のDIYは本来「Do It Yourself」だが、作中では「Doragon in yourself」とされている。
敵とのバトルだけでなく、本棚を作ったりする日常回や、橋を破壊する作戦などで工具らしさも発揮する異色の作品だった。後半打ち切りだったが。俺はこの無茶な設定が好きでプラモデルも持っている。
「これは必要……モヤシなんて贅沢品は控えてパンの耳と畳のケバを主食にしよう」
もっと無いかと棚を物色していると、誰かに脇をつつかれた。
「おい、君は武藤君だったか。今日暇ならうちに来れないか?」
そこに居たのは長い髪を雑に高めで一纏めにした、ちびっこい女性。
城ノ内華蓮さん。サークルではジョー先輩と呼ばれている。
「手ぶらで良いから四時間ほど付き合え。明日は何か予定あるか? なんなら泊まっていってもいいぞ」
この人は俺の居る映研の先輩なのだが、ほとんど幽霊部員。
ただ、他にも色々サークルに首だけ突っ込んで居るらしい。暇なのかな。
あちこちで外見詐欺と言われるこの先輩は、化粧っけは無いし着ている服はウニクロに男性用のコートという勿体ない人だけど、なにしろ巨乳。そしてゲームキチガイ。家に来いなんて、つい変な期待をしてしまうが、絶対エロいお誘いじゃないだろ。
「どうなんだ。予定あるなら無理にとは言わないが暇なら遊ぼう」
「え、いや、そんな急に」
「飲み物はコーヒーとうどんしか無いから、他は自分で買ってきてくれ。冷蔵庫の中のうどんは好きなだけ飲んでいいぞ」
「行きます空腹です予定無いです」
飯に釣られたわけではないが、独特のペースに流されてジョー先輩の家に持ち帰られた。
そこには既に二人の男が居て、ちゃぶ台に何か並べている。ほーら、エロいお誘いじゃ無かった。
「麻雀ならやりませんよ。あれはもうやらないって約束させられたんです」
「私も賭け事はしないよ。それに麻雀よりずっと面白いものだ。君は好きな色あるかな。緑でいいな、緑の服着てるから」
鎧を着たおっさんのカードを渡された。
「なんですか、これ」
「今、説明する。まずはこの駒が規定数あるか確認してくれ」
説明を先にしてほしい。途方に暮れる俺に隣に座った細い男性が説明をしてくれる。
「俺、瀬戸っていいます。ゲーム屋で声かけられて遊ぶようになった感じです。
あ、この駒は城が5個、砦が2個、細かい家の駒が14個あるの確認して下さい」
「あ、はい。俺は武藤です」
「俺はフグって呼んでください。城之内さん紹介とかしないから困っちゃうよね」
もう一人の小太りの男が駒を並べるのを手伝ってくれる間、ジョー先輩は黙々と六角形のパネルを並べている。なんだ、なにが始まるんだ?
その心の声を読んだように、ジョー先輩は俺の目をキッと見つめるとこういった。
「バロンだ」
■ ▲▲| ■
「俺のターンは、こっちの城から騎士を出します」
「おー、私の村を襲撃する気か、受けてたとう」
「そっちの戦闘民族が点の取り合いしている間に、こっちの土地は頂きますね」
「だってこの砦が邪魔でそっち行けないじゃん」
バロンというのは、ボードゲームだった。
運の要素はほとんどなく、対人プレイでありつつ協力も必要で、そしてそこには毎回違う物語が紡がれた。
楽しかった。今日はぼろぼろに負けたけど。
そしてこの日以来、俺は勝っても負けても楽しいこの遊びにすっかり夢中になった。
毎週末、ジョー先輩の家に通いつめ、大勢の人たちと無数のゲームを遊んだ。
ジョー先輩の部屋には天井まで届くスチールラックがあり、全てがボードゲームで埋まっているのだ。もちろん床にも積みあがっている。
なお、寝室にはツインファミコンやPC-FXから最新の据え置き機まで全部揃っているらしい。気がつくと、生活の中心が全てゲームな先輩に巻き込まれ、賭け事をやる暇は完全になくなった。
あるゲームでは、島を開拓して競い合うように道を整備し、街を建設した。
あるゲームでは、荘園を広げて様々な特産品を売って儲けた。
あるゲームでは、王子となって国中をトロールの引く車やドラゴンに乗って旅をしたし、またあるゲームでは、霧に包まれる森を切り拓き素材を集めに苦しんだ。
「しかしキミは引きが酷いな!」
「麻雀弱かった理由がわかった気がします」
なんとかして勝ちたいと思うのだが、どうやら俺はかなり運が弱かったらしい。
いや、たまに勝たせてはくれるのだが。先輩は手を抜くのが猛烈に下手で接待ゲームがバレバレになるのだ。
特にダイス目の絡む物ではここぞと言う所で負ける。しかし運の絡まない物は力量がはっきり出る。全然勝てない。なので、余りにも圧倒的な点差が付くと先輩が勝ちを譲ってくれるのがなおさらよくわかる。
初心者をフルボッコにしない、という先輩なりの優しさらしいが、これは結構悔しい。
そして、そんな風にゲームにハマりすぎた為か、最近奇妙な夢……夢なのかな、夢を見るようにまでなってしまった。
霧に覆われた大森林を切り拓き、モンスターを倒し、時には封印して、街と街を繋げて富国強兵する。そんな夢を。
■ ▲▲| ■
終電も終わった線路沿いの夜の道を、アスファルトの吐き出す昼間の熱気に蒸らされながら歩く。
いつも暇つぶしに覗いていた古本屋から、薄明かりが漏れているのが見える。
こんな深夜にも営業しているのだろうか。
「先輩は泊まってけとか言ってくれるけど、対戦ゲームの相手が欲しいだけなんだよなぁ」
ちょっとホロリ。
ボードゲーム会に参加した帰り道はいつもこうやって歩いて帰る。
先輩はおおらかで綺麗で楽しい人だが、ゲーム狂いという悪癖があり、遊びに行くとあの手この手で徹夜ゲーム合宿に巻きこもうとしてくる。
だからと言って泊まり込んでしまうと、無防備に寝転がって脚をパタパタさせている先輩の隣で、先輩の匂いのするクッションを抱いてエンドレス対戦ゲームとか、耐えられん。なにしろ先輩は『家主の特権』と称して深夜になると楽な格好になるのだ。
俺は一緒に遊んで、俺が作った飯を一緒に食べて、ゲームの話して、借りたゲームの進行度をメールで確かめつつネタバレされる、今の関係がいい。
この生活を失ったらきっとまた麻雀地獄に落ちる。こんなにゲーム三昧なのになぜか金欠じゃないのだ。ドンだけカモられてたんだ俺。
ゲンナリしつつ古本屋の前を通ると、どうやら本当にまだ営業中のようだ。
久しぶりに、ちょっと覗いて行こう。
「ここ、昭和からやってそうなんだよな……」
埃と紙の匂い。薄暗い電灯。古き良き古書店だ。時間も遅いので、迷惑にならないように店の片隅にあった埃を被ったボードゲームを一つだけ買って帰る。先輩の持っていないやつだ。
タイトルは『アーグルフェルトの救世主』ファンタジー物で、ソロプレイも可能なタイプだ。
家に帰って広げてみると、数枚の付属MAPがついており1ゲームがかなり長い物のようだった。
「まず、先輩誘う前に一人で遊んでみるか。ルールも把握しなきゃだし」
ルールブックを片手に、基準となる王城に置く自ユニットのフィギュアを手に取る。
「このフィギュア、顔が濃いな! そうだ、良い事考えた」
この間買った『九龍攻具DIY』のフィギュアを置く。マスからはみ出るが、まあいい。右足のある所を居場所とする。
全長18m。戦車砲の直撃にも耐える龍鋼の装甲を持ち、右手に巨大なインパクトドライバーの槍を持つ深紅の主人公機だ。
この時、ボードに仕掛けられた魔方陣が起動した。
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「姫巫女様!成功しました!」
空を貫き、光の柱が黒鉄の城に突き刺さる。
大地にそそり立つ姿は全長18m体重50㌧!
「デカい! 人では無いのか?」
こことは違う世界。異なる法則、異なる人々の暮らす小さな国。その名はアーグルフェルト。
一人の姫巫女が大いなる魔術を発動させた。
全てを差し出して、世界を越えて助力を願う魔術だ。
北から追われ逃げてきた旧王国の生き残りが最果ての地にたどり着き、現住種族である妖精族と穏やかに暮らす小さな揺り籠、アーグルフェルト王国。
しかし、勢力を拡大しつつあるマクガハン帝国により侵略が開始された。
王家の血を引く姫巫女。胎内に魔力珠を持つ妖精族。悪魔を寄生させた降魔鎧の実戦テスト。様々な理由からこの国は蹂躙されようとしていた。
もはや、成す術はなかった。
降り積もる絶望に、救いの手を求める聖女の祈りが世界の理を超えた時。
今、この地に鋼の巨大英雄が降臨した。
全ての設定と舞台を台無しにして。





