死んでも私は憑き続ける
前原江良には幽霊が見える。彼女はそのことを隠して高校生活を送っている。
ある日、高校のマドンナとも呼ばれる弥生先輩に幽霊が見えていることがバレてしまう。その確認が取れると、弥生は「付き合って」と告白してきた。江良はその状況に追い付けず困惑しながらも付き合わないと断ると、弥生はどこかへ去って行った。
次の日。弥生は死んだ。
これは、弥生が死んで始まる最悪物語。
私――前原江良は、塾の帰り道だった。
月と星々が輝く時間帯。塾と家の距離は多少あるけれど、自転車に乗っているので、そこまで時間はかからない。
涼しい風を感じながら、いつも通りショートカットするために、廃れた商店街に入る。
鼻歌交じりで廃れた商店街を進んでいたからか、突如死角から現れた相手に気が付くのに遅れた。
「――!?」
突然の状況に慌てたけれど、急ブレーキ、ハンドルを操作してその人とぶつからずにすんだ。
「あっぶな……」
ギリギリ回避できた。一歩間違えれば相手を轢き、最悪殺してしまったかもしれない。
私は混乱しながらも相手に何か怪我あったら困ると思い、自転車から降り、相手を見て――呆然としてしまった。
相手は、私の高校のマドンナ――神田弥生先輩だった。
彼女は、友達がいない私でも知っている有名人だ。クールビューティな美少女で、学業においても優秀で、性格に難がない。そんな人が、夜、廃れた商店街で私の目の前に飛び出してきたのだ。
彼女は轢かれかけたはずなのに、笑みを浮かべていた。
私はゾッとする。そんな感情お構いなしと彼女は歩みを進め、目の前で止まる。
「こんばんは、前原江良さん」
「……こんばんは」
どうして轢かれかけたのにもかかわらず、挨拶してきたのか、よく分からない――いや、待て待て。今なんて言った「こんばんは、前原江良さん」だって? 私の名前を知っているのか? そんなのありえない。
私は高校二年生、彼女は高校三年生で先輩。同じ高校という共通点はあるけれど、それだけだ。全校生徒は千人を超えるから、ある程度の関係がないと名前を覚えられない。つまり間柄他人の相手同然だ。
そんな相手に名前を知られている事実に背筋が凍る。
「なんで私の名前を知っているのか――そう思ったのよね?」
「――!?」
「そんな驚かなくてもいいわよ。それより、私たち、友達にならない? いい友達関係になれると思うの。どうかな?」
……何を言っているのかしら、そう返答できればよかったけれど、そんな度胸はない。轢かれかけて平然といるどころか、いきなり友達になろうとする狂人だ。恐ろしくて何も言えない。
「返答がないのは一番つらいなぁ」
轢かれたときは笑っていたのに、今は心底悲しそうな表情をしていた。……どうしてそんな顔をするんだ。
「……いいよ。友達になっても」
私は意味不明な罪悪感を持ってしまい、思わずそう言ってしまった。
「え? いいの!? ありがと!」
彼女はその場でジャンプしながら全力で喜び、地面の音、声の音が暗闇の中で反響した。
優等生、クールビューティ、それらの印象が一気に剥がれ落ちる。友達に対してはこの態度のまま話す感じなのだろうか? よくわからない。
「じゃあ友達になったついでなんだけど、付き合ってくれないかな?」
「………………え!?」
突飛すぎる内容に驚嘆してしまう。
女子同士で付き合うのは置いておくことにしても、いきなり友達になったと思ったら、付き合ってほしいだって? パーソナルスペースって概念がないのか?
「こら、夜なんだから静かにしなさい」
「すいません……じゃ、なくてですね。弥生先輩」
「友達になったんだから、せめて弥生って呼んでほしいな。もちろん、弥生ちゃんでもいいよ」
「……弥生。いきなり友達になるのは置いておくにしても、付き合うのは早すぎると思うのだけれど。どうして、あなたは私に執着するの?」
実際そこなのだ。
彼女が誰に対しても、いきなり飛び出てきて、そのまま友達になり、さらには付き合おうとするなんて、ありえないのだ。私に対して相当な執着心がない限り。だから何か理由があるはずなんだけれど、全く心当たりがない。
「同類だから付き合ってと話してるのよ。貴女、幽霊見えてるでしょ?」
「…………」
得心が行った。
なるほど、彼女――弥生は、幽霊が見える同類を探していた。そして同類と出会い、テンションが上がりそのテンションのまま友達になって、さらには付き合いたいと言ってきた。確かに私は幽霊が見える。……彼女がどこかで見ていたのだろうか。
私はそこまで喜ばないけれど、霊感持ちの人間は少ないから人によっては喜ぶのかもしれない。同類と付き合いたい衝動に駆られるのは流石におかしいけれど。
「その反応、やっぱり見えてるのね?」
「……そうね、見えてるわ。だけれど、付き合うかは別よ。お断りするわ」
断るのは当たり前だ。
幽霊が見える共通点だけで付き合うなんて馬鹿らしいにもほどが――
「――ダメよ。付き合うことは前提。今日はそのための挨拶。というわけで、またね江良ちゃん」
そのまま弥生は走って、私のもとを去った。
……一体何だったんだ。始めに優等生の彼女と話せたときは夢かと思ったけれど、話していくうちに怖くなっていった。あれでは、優等生じゃなくて狂人だ。
それにしても、付き合うことは前提――そう言ったにもかかわらず、それだけを告げて去るなんて、意味が分からない。付き合う以外に何か別の意図があったのかもしれない。
まあ、こんなことを考えても堂々巡りだ。とにかく家に帰ろう。そう思い、自転車に乗り直し、家に帰った。
朝。
私はいつも通り家を出て、自転車で高校へと向かう。
前日の出来事を思い出す。幽霊が見える――初めて赤の他人にそう告白してしまったけれど、同類なら仕方ない。
それよりも昨日の印象に残った一言が頭を過る。「またね江良ちゃん」という一言。昨日以前は他人だった相手だ。そこから、いきなり友達になって、さらには付き合うと言った相手に「またね」などと言われると、ストーカーに正面から襲われるような恐怖を味わってるのと変わらない。
そうこう思う内に学校の校門に着いた。
眼前では何故か生徒たちが群がっていた。
なんだ? 今日は特になんのイベントもなかったはず。教室にも行かず、生徒たちが騒いでいる。いや、騒いでいるよりも悲鳴に近い。その悲鳴が発生している場所は一階の保健室のあたり。校舎の外側だ。
あまりにも奇妙な一面。
普通の高校生活では起きない異常事態が発生した。そう考えるのが筋かもしれない。
何が起きたのか知りたいと思い、人と人の隙間から騒ぎのもととなっているソレを見た。
人がうつ伏せに倒れていた。
頭から血をこぼしながら、間違いなく、疑いようもなく絶命していた。
まさか学校でこんな出来事が起こるとは思わず、自転車に乗ったまま固まってしまった。
亡くなった人は恐らく落下死だ。上を見上げると三回の窓が開いている。
もう一度死体を視る。
彼女――制服が女性のものであり髪が長いから、女性だと断定するけれど、彼女はうつ伏せになっていた。頭が変形し、酷い状態だと遠目でもわかる。一体誰なのか――
「弥生先輩!!」
耳を疑った。
弥生……だって? 昨日、「またね」と言ったのに、死んだ?
自殺するほどに追い込まれていたにも関わらず、昨日は私に話しかけてきた? いや、昨日のあの態度からはそうは思えない。
……もしかして、付き合うことを断ったから死んだ? だとしても、私のせいじゃない。いきなり友達になろうと言い始め、挙句に付き合おうなどと言ったのだ。断って当然だ。
だから、私は悪くない。彼女を自殺に導いたのは――殺したのは私じゃない。
否定する、否定する、否定する。けれども罪悪感は全く拭えない。きっとこの罪悪感はずっと消えない。
あのあと、先生がやって来ていつもの日常に戻された。
私は彼女がどうして自殺をしたのか延々と考えていた。時間がどれだけ経とうとも、その解は分からず、ついには下校の時間になってしまう。
私は罪悪感から逃げ出すように自転車に乗り、家に帰る。
家に着き、自転車置き場に自転車を置いた。
溜息を吐く。人を殺したも同然の罪悪感にさいなまれ続け、これから私はどうやって生きていけばいいのだろうか。
足取りは重かったけれど玄関前にたどり着く。家には今、誰もいない。家族構成は私と両親のみ。両親は共働きだから、この時間帯は誰もいない。
私は家の鍵を取り出し、扉を開けた。
「おかえり、江良ちゃん」
弥生がいた。
「…………」
どうしてここに弥生がいる意味が分からない――と言いたかったけれど、意味は分かってしまった。
やはり弥生は死んだんだ。
そして、幽霊として私の前に現れた。
彼女は私を見て、私だけをじっと見て、まじまじと、じっくりと、私の瞳の奥底の深淵を覗いていると錯覚させられるほど見つめていた。
彼女の瞳が私の心を支配する。私の足を束縛し、私の手を拘束し、私の心臓を掌握し、脳を制圧する。彼女に抵抗することはできないと心から理解する。
そして同時に、どうしてここに彼女がいるのか理解した。
目の前の存在は、私に付き合うためだけに死んだのだ。
彼女は付き合うために憑く存在――幽霊になった。
その事実が悍ましく恐ろしく気持ちが悪い。呼吸ができず、目の前の視界が歪む。それでも、彼女――弥生という存在だけははっきりと見えている。彼女だけに焦点が合ってしまい、逃げることも逃避することも自殺することも――何もかもできないと錯覚させられる。
彼女は、笑みを浮かべて私にいう。
「さて江良ちゃん。私と付き合ってくれるかな?」





