美少女の死亡ENDを夢で見てしまったので全力で回避したいと思います。
玄野成也は高校二年生。
彼は「予知夢」を見ることができた。
実際、彼の周囲の関係者の危機を予知夢で知り、救っていたことがあったのだ。
そんなある日、彼は同じ学校に通う後輩の女子生徒、尼崎里桜の夢を見る。
夢の中で彼女は、悪性腫瘍の病状悪化により倒れ、入院を余儀なくされていたのだ。
死期を悟った尼崎は玄野に縋っていた。
明らかな尼崎のバッドENDが目の前にあった。
夢の時期は、来年の春。
半年前の秋頃に分かっていれば、手遅れにならなかっただろうと聞かされる。
夢から覚めた玄野は気付いた。
今は、ちょうどその夢の半年前なのだ。
予知夢で見たことを頼りに、尼崎を救おうとする玄野。
果たして、彼女をバッドENDから救うことができるのか?
玄野の挑戦が始まる。
「ごめんね、玄野先輩。もうちょっと、時間があると思っていたけど。もう無理みたい」
ベッドに座る少女が俺を見て言った。
ここは、医科大学病院……通称医大の病室。
長い髪に、大きな瞳。
彼女は尼崎里桜。俺の一年下の高校二年生だ。
尼崎さんはうつむく。
堪えきれない涙を隠すように。
「一体、どうして?」
「黙っていたけど、悪性腫瘍なんだって。年末くらいから足が痛いと思っていたの。湿布貼ったり、近所の病院に見てもらってたけど……結局見つかるのが遅れちゃった」
今は三月下旬。
せめて半年前、秋頃にでも見つかっていれば助かったかも、ということだった。
「俺が、もっとしっかりしていればよかったのに」
「ううん。もういいの」
「諦めたらだめだよ」
力なく微笑む尼崎さんを力づけたいと思い、俺は彼女の両肩を掴んだ。
しかし、そのあまりの薄さに、折れてしまいそうなほどの細さに絶句する。
死の香りがする彼女から身を退こうとしたのを察したのか、彼女は震える手で俺を引き寄せた。
「先輩、少しだけこうしていさせてもらえたら」
彼女は俺の胸に頭を預けた。
その温もりを覚えていたいとでも言うように。
ぽーん! ぽーん!
「夢……か」
目を開けるといつもの天井が見えた。
スマホがけたたましく鳴り、起きる時間だと告げている。
俺は飛び起きるとノートに見た夢の内容を書き写しはじめた。
スマホにメモってもいいけど、指を動かしている内に忘れてしまう。
俺は「正夢日記」と呼んでいるが、やけにリアルな夢を見たときはできるだけ記すようにしていた。
なぜなら、時々夢の出来事が現実に起き「正夢」になるからだ。
実際に俺は幼なじみのペットを、この夢で見た映像を頼りに救ったことだってある。
今まで何度か夢の内容が現実に起こり、他人の危機を回避してきていた。
夢のことを誰かに話すと、アニメの見過ぎだと言われたり中二病だと言われそうなので、誰にも言わないようにしているのだが。
正夢じゃなくて、普通の夢、というか単なる煩悩の塊のようなピンク色の夢もある。
例えば、巨乳な幼なじみに迫られるとか。
ラッキースケベな目に遭うとか。
後で活用、有効利用するために、そんな夢もノートに記すようにしている。
その結果、ノートは色んな意味で人には見せられないものになってしまっていた……。
一通り今日見た夢を書き終える頃、
「お兄様。目を覚まされましたか? 遅刻しますわよ」
コンコンとドアをノックする音と共に、妙な口調の妹の声が聞こえた。
俺はその声を無視して、夢の内容を読み返す。
病床の美少女。儚い命。
尼崎さんは親密そうに俺に縋っていた。
うーん、でも死を間近にした少女に好かれるシチュエーションって……そんなに楽しいものじゃないよなぁ。
俺は遠目から見ただけだけど、肩まで伸びるさらさらの髪に、整った顔立ちが印象的だった。
あんな美少女に縋られるのは嬉しいのだけど、そんなことより病気から救ってあげたいと思う。
バン!
大きな音がして、部屋のドアが開いた。
俺は反射的にノートを机の引き出しにしまう。
「もう! お兄ちゃん、起きているなら返事してよー! もう時間ないよ!」
「へいへい、わかったわかった」
さっきの口調を忘れたような妹に急かされ、俺はのそのそと立ち上がり着替えを始めた。
空気が思いのほか冷たい。
もう秋だ。
そういえば、秋に病気のことが分かればどうとか、夢の中の尼崎さんが言っていたっけ。
俺は、身体を少し震わせるとさっと着替え、妹が待つ一階へと向かった。
「お兄ちゃ……お兄様、寝癖がついていますわよ」
「何その言葉使い。ニセお嬢様風言葉?」
「いいえ。私は正真正銘のお嬢様ですわよ」
「お嬢様は自分でそういうこと言わない」
どうやら、中二病真っ盛りの妹は、お嬢様言葉にハマっているらしい。
高校一年だから、そういうのからは卒業して欲しいと思うんだけど。
「はい、コーヒーと……。これ、お弁当」
「おお、ありがたい」
「わ、私の特製手作りなんですわよ」
少し頬を赤らめ、そっぽを向いた妹からお弁当を受け取る。
弁当を受け取るのと同じタイミングで、インターフォンからピンポーンと音がする。
こんな時間に来客?
「じゃあ、私はお友達が迎えに参りましたので、これにて失礼させて頂きます」
色々用法が間違っているような気がするが、ツッコミなど一々していられない。
やってきたのは妹の友人のようだ。
朝にわざわざ家に迎えに来る友達なんて……今までいたっけ?
俺はインターホンのディスプレイに目を向けた。
そこにあったのは、長い髪に、大きな瞳。
小さな桜色の唇に、桜が咲くような可愛らしい笑顔。
「じゃあ、先に行ってますわよ!」
「あ、ああ……」
間違い無い。
今朝夢に見た病床の少女、尼崎さんだ。
驚きのあまり、食パンの欠片が俺の口からこぼれて落ちていく。
「おはようございますですわ」
「おはようございます」
妹の明るい声と対照的な、静かで僅かに凜とした声が聞こえる。
その声に導かれるように俺は玄関まで歩いた。
どうしても予知夢の内容を伝えなくてはいけない。
今は九月。夢の中の時間は、来年の三月。
悪性の腫瘍の発見が今ならまだ間に合うのでは?
「あの、お、おはよう……」
「えっと……? 玄野さんのお兄さん、はじめまして」
俺はすかさず、考えていたことを実行に移した。
「尼崎さん、足に痛みがない? 今すぐ病院に行って欲しい。できれば医大の方に」
「びょ、病院? 医大?」
しまった。
夢の内容で頭がいっぱいだった。
尼崎さんが混乱しているのが手に取るように分かる。
「お兄ちゃん! 尼崎さんが可愛いからって、いきなり失礼じゃない? じゃないかしら? もう!」
妹が抗議の声を上げた。
まあ、当然か。
これは、一旦出直した方がいいかもな、と思った時、尼崎さんが俺の目を見つめて口を開いた。
「わかりました」
「えっ? こんなお兄ちゃんの寝言信じちゃうの!?」
「はい」
尼崎さんは真剣な眼差しで頷いたのだった。
それから数日後。
尼崎さんの姿を学校で見かけなくなっていた。
元々学年が違うので、目にすることも少ないとは思うのだけど。
それにしても、全く遭わないのは不自然だ。
妹に聞いてみようか、そう思っていたある日のこと。
俺は再び予知夢を見た。
医大近くの公園の片隅。
その公園は、桜色に染まっていた。
最初に見た夢と同じ季節だろう。
目の前には、背が少し伸びた尼崎さんが立っている。
とても顔色も良く、健康そうだ。
病気はきっと治ったのだろう。
「先輩は、四月から三年になって受験ですよね」
「うん」
「じゃあ、こうやって会えるのも、あと一年ですね」
彼女の長い髪が揺れる。
「うん。だから、残りの時間を無駄にしたくないから…………尼崎さん、好きです。付き合ってください」
ちょ、俺!
何言ってんの!
告ってんの!?
恐る恐る尼崎さんの方に目を向ける。
彼女は一瞬、驚いたような顔をして、次ににっこりとした。
頬を紅く染め、俺を見据える。
「はい。私も先輩のこと、好きですよ。大好きです!」
溢れるような笑顔で、尼崎さんはそう言った。
うおっ!
よく告った! 俺!
ついに俺に彼女ができる!
尼崎さんの未来が変わって、その結果俺と付き合んだな。
未来が楽しみになった。
「ありがとう。じゃあ、付き合って……」
「でもね、先輩。私、付き合えない」
「えっ?」
ぽーん、ぽーん。
目を開けると、いつもの天井が見えた。
夢なのは感じていたけど、なんなのあの終わり方!?
付き合えないって……いったいどうして?
今はまだ九月だ。
あと五ヶ月くらいある。それまでに付き合えない理由を解消すればいい。
まだ十分に時間はある。
そういえば、尼崎さんは最近どうしているのだろう?
心配になったので妹に聞いてみると……。
「最近学校休んでるよ。お兄ちゃんが変なこと言ったからじゃないの?」
俺は安心した。
多分、病院に行っているのだろう。
検査をしているのかもしれない。
だったら、やはりあの元気そうな尼崎さんが出来きた夢は、正夢なのだ。
「そうかもな。また見かけたら、教えてよ」
「う、うん……いいけど」
とりあえず、尼崎さんが学校に来るようになってから行動開始だ。
まだ時間はある。
十分にある。
楽勝だと、俺はそう思っていた。
しかし、その晩のこと。
俺は新たな正夢となるものを見ることになる——。
ここは……?
俺は、どこか見覚えのある大きな建物の前にいた。
その周囲の木々は桜色に染まっている。
尼崎さんとの夢と同じ時期だろう。
何人か大人の姿が見える。
皆、全身黒い服を着ている。
制服を着た学生の姿もちらほら見える。
ハンカチで涙を拭っている者もいる。
「ストーカーに襲われたそうよ……かわいそうに」
えっ?
俺は、いてもたってもいられず、建物の中に走って向かった。
そこには……。
そこには、尼崎さんの写真が飾られていた。
たくさんの花に囲まれた尼崎さんの写真が。
建物は葬儀場で、尼崎さんの告別式が執り行われようとしていたのだった——。





