漆黒の姫君に最強の幸福を
クドルア惑星連合間で和平が結ばれてから三年。
何処にも属さない傭兵組織『Alice』に一つの依頼が。依頼はテロリストから。金を積めば親でも殺すと囁かれている『Alice』は、とある銀河系の惑星から出土した特殊金属の名称でもあり、彼らはそれと融合した者達だ。
そして今回の依頼を受けた少女は、かつては一国の姫君。だが三年前に終戦した惑星間の大戦によって瀕死の傷を負わされた。しかし特殊金属『Alice』と融合する事によって九死に一生を得た彼女は、命の恩人である黒い男と共に依頼を熟す日々を送っていた。
そんな中テロリストから齎された依頼へと赴く少女。
そこで少女はかつての家臣と再会する。
幼い頃から恋心を抱いていた相手。
だがもう自分は、かつての自分では無い。
『Alice』として手を汚してきた自分に、あの人の胸に飛び込む資格など無いのだ。
雲の中はひたすら無音だった。
一人の少女が飛竜に跨り、雲の中を駆けている。
白銀の髪と、羽織るポンチョを揺らしながら。
両腕と両足には白い装甲が装備されている。腕の装甲はオープンフィンガー型の小手のようで、足はブーツを履いているような姿。その装甲の一部分には、小さく『Alice』と刻印が。そして背には弓のような武器。サソリのような尾も生えている。尾も装甲に覆われ、その先端は光束兵器、要はビームなどを射出する銃口のようになっている。
肘から上、膝から上は白い肌が露出しており、履いている短パンが少女を幼く見せるが、これでも成人している。とはいっても少女の惑星での平均寿命は五百歳前後。それに加えて少女に過去の記憶は希薄だった。もはや自分が何歳なのかなど、どうでもいい問題。体が動けばそれでいい。
雲を抜け、一気に視界が開けた。恒星レグナの光に一瞬視界を奪われ、それが回復すると同時に現れる都市。巨大軍事都市アルトレア。惑星連合本部が在籍する都市であり、今回の作戦地。
少女は身を屈め、飛竜の影に隠れるように都市の上空を旋回する。今、アルトレアは和平三周年の記念セレモニーの真最中。当然ながら厳戒態勢だ。飛竜をわざわざ調達したのも、戦闘機などで近づけば一発でバレる為。この飛竜はこの惑星由来の生物。加えて聖獣として崇められており、間違っても撃墜される事は無い。
少女には天性の才能とも言うべきか、それともただ単に動物に好かれるだけなのか、どんな獰猛な生物も彼女の前では大人しくなるという特性を持っていた。傭兵業に役に立つかどうかはさておき、こういう時は便利である。少女はこの特性は、確実に自分の強みだと確信していた。
旋回しながら街の様子を伺う。記念セレモニーには幾百の兵器がパレードで行進していた。あれら全てが敵に回れば脅威だが、そのほとんどは実弾を装填していないだろう。パレードの途中で何かの拍子に暴発されても厄介だ。加えて、軍事都市の人間は誰も思っていまい。こんな厳戒態勢で事を起こそうとする輩が居るなどと。
その時、街へ蜘蛛の巣のように張り巡らされた高速道路の一部が滑落した。爆弾か何かで柱が破壊されたのだ。それと同時に少女は一度だけ飛竜の背中を撫で上げ、そのまま零れ落ちるように飛び降りる。
爆発は合図。依頼主であるテロリストからの。
奴隷同然に扱われている同胞を救う、そんな正義を盾にした無法者の。
少女は落下しながら狙う。
パレードで行進する兵器群の中で、最も大きな陸上制圧型を。無数の足を生やした、蜘蛛のような巨大な兵器。
「……気持ち悪い」
そう嘆きながら、自分はサソリの尾の先端から一発の光束弾を放った。
※
一方、アルトレアの警備総長は暇を持て余していた。一応、総長が居る階下には、この惑星の代表格であらせられる女王も控えている。しかしだから何なのだ。自分の姫君はたった一人。過去に助ける事が出来なかった、あの姫君のみ。
総長はただ輝かしいパレードを、ビルの一室から眺めている。だが次の瞬間、その様子が一変した。
「……爆発?」
爆発音と共に滑落する高速道路の一部。ちょうどその上を通過していた歩行型兵器も一緒に滑り落ちる様が、窓のモニターに映し出される。
しかし総長は落ち着いた態度で、冷静に状況を分析せよと同室にいる部下へと言い放った。壮年の風貌通りの対応。部下からはイケオジやら、パパ総長やら好き勝手に呼ばれている彼だが、元々はこの惑星出身ではない。かつては敵としてこの惑星に攻め込んだ。だが技術力の壁に阻まれ、辛酸を舐めさせられた一人。その腰には時代錯誤な長剣が。
「パ……総長、爆発の原因はタイマー式の爆弾だと思われ……テロの可能性が……」
女性の部下からパパ総長と呼ばれそうになるも、繭一つ動かさない。テロの可能性と聞いても表情は何一つ変わらない。
「警護隊に実弾の発砲許可を。セレモニー用の空砲と間違えるなと念を押しておけ。多発テロの可能性を考慮し、これより警戒レベルを……」
その時、一瞬眩い光が放たれた。その光を目にしたとき、それまで冷静沈着だった総長の顔が歪む。
「今のビームは何だ。誰が撃った」
「警護隊の物では……。っ! スパイダーが破壊されました! 一発で……」
「警報を鳴らせ! 敵勢力を確認しだい各個撃破!」
「りょ、了解!」
総長はモニターへと映し出されるスパイダーと呼ばれる兵器を凝視する。その破壊跡から、明らかに戦艦に搭載されるレベルのビーム兵器。しかし当然ながら上空に戦艦など存在しない。
「衛星からの攻撃を考慮、防護フィールドを展開」
総長は舌打ちする。だから最初から空へ防壁を張って置けと言ったのだ。しかしセレモニーの担当大臣から、空が美しく見えなくなる、との理由で却下された。同じ理由で航空警備隊も陸に降りている。
すぐさま都市を覆うようにドーム型の防壁が展開される。だが立て続けに光が数発放たれた。そして次々と破壊されていく兵器。どれも大型の物ばかり狙っている。
「何故敵が見えない……まさか……」
総長は撃破された兵器達を狙える位置に絞って監視モニターを表示させる。するとその一つに、ビル群の間を一瞬だけ人影が写った。そして再び光が放たれる。
「G2! ビルの影から打ってくるぞ!」
付近の警護隊へと指示を送る。だが敵の動きが早すぎる。ビルの壁面から壁面へと飛び、瞬く間に移動している。そして敵はだんだんとこちらへ近づいてくるのが分かった。
「まさか……女王陛下を……! ビルの防壁を最大にして展開しろ! 私は出る!」
「は?! ちょ、パパ総長! 指揮官消えるとかマジであり得ないんですけど!」
総長は事もあろうにビルの窓を開け放ち、そこから飛び降りた。高さは優に数百メートル。だが壁面の凹凸に踵をひっかけるように衝撃を殺しながら、まるで階段を駆け下りるように。
彼は確信していた。戦艦に搭載されるレベルのビーム兵器に、あの展開の速い動き。そして何より、この厳戒態勢の中へ襲撃してくる輩。
「……アリス!」
こちらも警備の為に数人雇っていた筈だ、と総長は通信を試みる。
※
軍事都市、アルトレアは輝かしいセレモニーから一気に戦場へと様変わりしていた。大型の兵器群が次々と破壊されていく中、現場は混乱に包まれている。そんな中、銀髪の少女は優々と女王陛下が居るビルの前の高速道路上へと降り立っていた。周りの警備はその少女の姿を確認しても、咄嗟の判断が出来ない。まさかあれが事態の原因などとは誰も思わない。
少女は落ち着いた動きで背にある弓を手にする。すると弓は傘のように展開。その表面には、大小無数の突起物が。
「おい、アレ……」
それを見て、ようやく周りの警備は少女に違和感を覚えた。その手にする武器、いや兵器を目にして。
そしてこの男は更に危機感を露にする。
防壁が展開されたビルから飛び降りてきた総長。その少女が持つ武器を見て、顔を真っ青に。
「シャンデリア……⁉︎」
その形状からそう呼ばれる兵器。敵味方関係なく、周囲数キロに渡って破壊し尽くす広域多弾ロケット射出装置。その威力と性質から、惑星連合内で禁止された兵器の一つ。
少女はサソリの尾を、傘の裏側へと差す。そしてエネルギーを注入する。それを見た総長は周りの警備へと声を荒げた。
「何してる! 撃て!」
総長の一声で銃口を少女へと向ける警備。総長も腰の長剣を抜き突進する。
少女にとって、その総長の存在は予想外だったのか、咄嗟にシャンデリアを上空へと放り、腕の装甲からブレードを出し構えた。シャンデリアを打っている最中に仕留められる、と悟ったからだ。
それは一瞬の攻防。警備は少女に狙いを付け発砲。その瞬間に駆け出す少女。行き先は勿論、総長。その胸の中へと滑り込むように入り込むと、そのまま首を掻き切らんとブレードを走らせる。だが総長はそれをスレスレで避けつつ、長剣で横に薙ぎ払うように少女へ。
少女はその長剣をもう一方の腕の装甲で受け止めると、そのまま体を回転させるように総長の長剣を流し、その動きのまま総長を斬りつけた。だがいとも簡単に受け止められる。
驚愕する少女。だが驚愕しているのは総長も同じ。
馬鹿な、何故……と、見覚えのある太刀筋に一瞬動揺する。それが少女に伝わったのか、一気に距離を詰められた。唇が触れ合う程の距離、そして見入った。その目に。
深い碧の瞳。インストールされたデバイスの影響か、時折眼球の中に走る閃光。目の色、形、その姿、何もかもが違う筈なのに、何故かあの姫君と重なる。かつて救えなかった姫君と。
次の瞬間、総長の腹に少女のサソリの尾が叩きこまれた。薙ぎ払うように、野球のホームランのよう飛ばされた総長は、そのまま防護壁が張られたビルに突っ込む。防護壁に突っ込めば、生身なら一瞬で蒸発する。しかし寸での所で総長は受け止められた。黒い細身の甲冑に身を包んだ男に。
突然現れた黒い男。
頭から足のつま先まで黒い装甲で覆われたその姿は、悪魔を彷彿とさせる。
だがその所作は丁寧だ。受け止めた総長を地面へとゆっくり下ろしつつ、少女を見据える。そして総長を守るように少女の前へと立ちはだかった。
「さて……お互いアリスだ。無駄な詮索は無しで行こう」
アルトレア側に雇われたアリス。
穏やかな初老の男の声。
しかしその殺気は、少女の胸へと深く突き刺さった。





