結婚詐欺師と機械少女はゼロの楽園を目指す。
騙した女たちに復讐されどん底まで落ちた結婚詐欺師・遊馬に、人生一発逆転のチャンスが訪れた。
早逝した双子の兄にして天才博士・冬馬の最高傑作である少女型ドロイド『セブンス』を騙して『絶対命令鍵』を聞き出せば、ドロイド研究所『ピトス』が目も眩むような大金をくれるというのだ。
もちろん美味い話にゃ裏がある。
セブンスは設定年齢13歳、愛玩用かつ戦闘用という色んな意味で危ないゴスロリ娘。しかも人間とまったく見分けがつかず、遊馬に負けず劣らずの大ウソつきというおまけ付き。
ピトスはピトスで遊馬に金を払う気は無く、仕事が片付き次第殺すつもりで……。
「くそっ! 他人のことは言えねえが、どいつもこいつもウソばかりつきやがって……!」
ウソつきたちの織り成すグレートエスケープの行く先は?
冬馬のボイスメッセージに残されていた『ゼロの楽園』の意味とは?
虚実入り乱れるSF冒険大活劇の、始まり始まり!
騙した女に後ろから刺されて死にかけた。
その女は捕まり俺は一命をとりとめたものの、他の女たちに集団訴訟を起こされ敗訴、財産のすべてを奪われ懲役までくらう羽目になった。
5年に及ぶ刑務所暮らしは長く苦しかったが、俺はまったく反省していなかった。
「ほら、言ってもまだ28でしょ? 年齢的にもこれから最盛期だし? 背ぇ高いしイケメンだしイケボだし? まあ今回は失敗したけどさ。広く浅く掘った結果の失敗だから、次は狭く深く掘ろうかなと思ってるんだよね。金持ちの未亡人なんか狙い目かなって。ほら、ああいう人らって若い男に飢えてるくせに、プライドだけは人一倍高いからさ、そう簡単に騙されたとは認めないでしょ。そしたらそれだけ逃げるのも簡単になるわけで……」
医療用ドロイド開発を手掛ける『ピトス』の研究施設極東分室。
葉山の避暑地にある堅牢な建物の一室で、俺は結婚詐欺師としての今後のビジョンを語った。
「……つくづく思うんですが、遊馬さんって本当に人間のクズですね」
長テーブルを挟んで対面に座っている田口君が、遠慮のない感想を漏らした。
「あー、よく言われる。けどさ、それって非モテ男子のひがみだよね」
田口君は『ピトス』の社員だ。
歳は俺より若そうだが、小太りでスーツがパンパン。いかにもモテなそう。
「みんな悔しいんだよね。『俺の方が頭が良くて、しかもこんなに頑張って働いてるのにどうしてあいつだけがモテるんだ?』ってさ。そいつらに俺はこう言ってやりたい。『頑張るとか関係ない、人間は見た目10割なんだぜ』ってさ。『俺じゃなく自分の見た目を呪いなさい』って」
「はあ……そんなもんですか」
田口君は興味無さげに肩を竦めると、カード型端末を操作してホログラフを表示させた。
浮かび上がったのは20代後半の、白衣の男だ。
髪はボサボサ、背は高いけど猫背でなで肩。
機械ばかりを相手にしてきたせいだろう、目には人馴れしていない者特有の透明感がある。
ホログラフは男の全身──各所のアップ──歩く姿に喋る姿と、周期的に切り替わっていく。
「ともかく、最終チェックお願いします。服装髪型、姿勢に喋り方。すべて見本通りに出来てますか?」
「当たり前でしょ。このひと月みっちり練習して……」
「毎日経費で豪遊してたって聞きましたけど?」
鋭いツッコミを見せる田口君だが、俺は気にしない。
「なあ、俺とこいつは双子なんだぜ? しかも一卵性で、遺伝子まで同じなんだ」
男の名は冬馬。
認めたくないことだけど、俺の兄貴だ。
小さい頃からお勉強が得意だった兄貴は、やがてドロイド工学の天才とまで呼ばれるようになった。
でもそれ以外は全然。死に方も間抜けでさ、天文学的な確率でタンクローリーの爆発事故に巻き込まれてあの世行き。
弟の俺としてはもう、恥ずかしくて恥ずかしくて……。
でも、ひとつだけ感謝してることがある。
それは俺に、人生一発逆転のチャンスをくれたこと。
「外見はこの通り。声質も、気を抜かなけりゃお袋にだってバレやしない。多少のアラがあっても、『入院生活の結果』で押し切れるさ」
「……ま、信じるしかないんですけどね。物理的にも、あなた以上の適任者はいないんで」
兄貴そっくりの姿に変装した俺を見て、田口君は深いため息をついた。
「遊馬さん、もう一度確認しますよ? あなたの仕事は単純です。冬馬博士に成りすまして『ダリアNo.7』に近づき、『絶対命令鍵』を手に入れることです」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
厳重な隔壁を何枚もくぐり、最後に無菌室を抜けると──そこは森の中だった。
極彩色の小鳥の囀りや黄金色の川のせせらぎ、濃い緑と甘い花の香りの漂う人工の楽園が広がっていた。
「……ここ、室内だよな?」
おそるおそる歩いて行くと、ベンチに座ってアンティークな絵本を読んでいるセブンスに出くわした。
13歳という設定年齢通りの、可愛らしい女の子だ。
肌は透き通るように白くなめらかで、背中まで届く長い髪はルビーのように色鮮やかで。
顔立ちはいかにも育ちの良いお嬢様っぽくて、フリルがたくさん付いた黒いドレスや白いカチューシャというゴスロリスタイルがよく似合っている。
超富裕層の男性のED治療のために設計された愛玩用ドロイドという話だが、なるほどな。
こんな天使みたいな見た目してるくせに、夜は堕天使になるわけだろ? そりゃ治りもするわ。
「あ」
俺の存在に気づくと、セブンスはハッとして立ち上がった。
絵本を取り落したのも構わず、小走りになって駆け寄って来た。
その速度は徐々に上がり……。
「マスター!」
ものすごい勢いで抱き着かれた。
身長(135センチ)に見合わぬその体重(85キロ!)を考えると、ひ弱な俺が耐えられるわけもないのだが、意外や羽根のように軽く受け止めることが出来た。
重力制御ユニットのおかげだろうか、さすがは最新ドロイド工学の結晶。
「やあセブンス。元気だったかい?」
冬馬を真似て、ぼそぼそ早口で話しかけた。
「あれからもう半年になるのかな。待たせてごめんね。僕も早く出て来たかったんだけど、リハビリが大変で……」
「いいんですそんなことは、マスターさえご無事なら。さあ、もっとお顔を見せてくださいな」
俺を見上げるセブンスの頬に、涙が光っている。
偽物だとわかっていてもなお胸をつかれる、美しい涙が。
「良かった。あまりにも長かったから、わたし、捨てられたのじゃないかって……」
兄貴はダリアシリーズの開発責任者だ。
出荷を間近に控えたセブンスの管理を一手に引き受け、そして死んだ。
万全だったはずの引き継ぎシステムは上手く作動せず、絶体命令鍵も入手できず、現在セブンスの『ご主人様』は不在となっている。
まさか首輪を付けずに出荷するわけにもいかず……そこで俺の出番となるわけだ。
兄貴と同じ遺伝子を持ち、女あしらいの天才でもあるこの俺の。
「マスターがわたしに飽きて、他のメスのとこに行ってしまわれたのじゃないかって……」
「僕が君を捨てるだなんて、そんなことあるわけがないだろう」
「そうですわよね。わたしったら変なことを……ごめんなさいマスター」
……一部言葉のチョイスが引っかかるが、今は無視だ。
セブンスの濡れた頬を白衣の袖で拭ってやりながら、慎重にタイミングを窺った。
集中しろ。
絶体命令鍵さえ聞き出せば任務完了。
即金で三千万という大金が手に入るんだ。
「でもあの、ちょっとだけ気になるのは……」
白衣の袖を掴むと、セブンスは急にひたりと俺の目を見据えてきた。
「なんで白衣から、他のメスの匂いがするんですの?」
「え」
思わぬ反応に、俺は一瞬フリーズした。
店の女と白衣プレイをしたのがまずかったかと、冷や汗を流した。
「ええと……たぶんクリーニング屋の女性店員の匂いじゃないかな? 僕が入院している間に、誰かが出してくれたんじゃないかな」
「じゃあ、その襟元の口紅は?」
「え」
慌てて確認しようとした瞬間、失敗に気づいた。
油断した。こんなあからさまな罠に……というかマジか、ウソつくドロイドとかあり得るのかよっ!?
「あらあら、お可愛いこと」
動揺する俺を見て、セブンスはくすくす楽しげに笑った。
「その反応でわかりました。あなたは遊馬様ですね。マスターの双子の弟の。女たらしの大ウソつきの。ということはマスターは現在、どこか別の場所にいる? 最悪、拘束されている?」
「や、その……」
「マスターは上層部と折り合いが悪かったですからね。今回の事故をきっかけに権限を取り上げ、わたしに次のマスターをあてがおうというのでしょう。だから絶体命令鍵が必要になったと。でも残念、わたしはそんなに鈍い女じゃないですよ」
「ごめん。俺、急に用事が……」
恐くなって逃げようとした俺の腕を、セブンスはガシッと抱え込んだ。
「ダーメ、逃がしませんわよ。あなたには、わたしがここを脱出するための人質になっていただきます」
「脱出っ? 人質っ?」
「ご心配なく、マスターと再会できたら解放してあげますから……っと、来たようですわね」
セブンスが目を細めるのと同時、辺りにけたたましい警報が鳴り響いた。
「な……なんだなんだっ!?」
どっと押し寄せたのは、小銃で武装した警備員たち。
その後ろには、ガトリング砲を構えた3メートル級のいかついドロイドが3体も控えている。
「あら、『ゴリアテ』が3匹とは甘く見られたものですわね」
「おい、さっきからなんなんだよ!? ここってただの研究施設じゃなかったのかっ!?」
「あら、ご存知なかったんですの? 表向きは医療用ドロイド開発。でもその実体は、超高度AI搭載型軍事用ドロイドの開発施設ですのよ」
「はああーっ!? 条約違反もいいとこだろそれ!」
「ええ。ですので絶対、表には出せないわけです。うふふ……ねえ、聞いてくださる? しかもわたしは──」
セブンスがカチューシャを外すと、優美な赤毛がしゅるしゅるとまるで生き物のように動き出した。蠢き絡み合い、長い2本の角を形作った。
角? え、なんで?
疑問の答えはすぐに出た。
「世界最強となるべく産み出された女ですのよ」
セブンスがウインクしたその瞬間──
バヂリ弾けるような音と共に、2本の角の中間に極大の電光が産まれたのだ。





