スーアクおっさん恋愛リアリティショーに特別出演する
主に女性に大人気、恋愛リアリティショー。
主に少年に大人気、ヒーローショー。
そんなふたつをかけ合わせたクソみたいな企画が今、始まる。
その名も新番組「新感覚恋愛リアリティショー! 恋愛ヒーローラブバトラーの奮闘!」。
市川美乃莉は24歳。小さな番組製作会社のAD。
クソ番組の担当を任された彼女は、スーツアクターが幼い頃から見てきた特撮番組に出ていた呉山一郎であることだけを心の拠所に番組に取り組む。
一方、妻と死別したことをきっかけに、遺された子供のため、危険なスーツアクターの仕事の一線から退いた呉山は、慣れない『恋愛リアリティショー』に戸惑いながらも、ひたむきな美乃莉の姿に心動かされ、やる気を出す。
読モ、舞台女優、元子役、若手俳優、モデル、アイドルの卵。一癖も二癖もある若手タレント6人を相手に、番組を盛り上げるための2人の奮闘が今、始まる。
「新番組……恋愛リアリティーショー×ヒーローショー?」
「うん」
「恋愛リアリティショーって、あれですよね。複数の男女を集め、恋愛寄りのイベントをこなさせ、最終的にカップル成立するかしないか!? を楽しむ主に女性層に人気のやつ」
「うん」
「ヒーローショーって、あれですよね。遊園地とかでやってる特撮ヒーローが怪人と戦うのをハラハラドキドキしながら楽しむ主に少年層がターゲットのやつ」
「うん」
「それらふたつを掛け合わせる?」
「うん」
「控えめに言ってクソ企画では?」
「うん」
「うん、じゃないですよ、プロデューサー」
「もうこれ受けるのは決まったから! 美乃莉ちゃんには現場でインタビュアーやってもらうから!」
「うええ……」
市川美乃莉、24歳。ちっちゃな番組制作会社のADですが、新しいお仕事が早くも地雷臭がします。
美乃莉は小さい背丈を丸めながら、ジトッとした目で企画書を睨みつけた。
対面の高谷浩文Pはシワの刻まれた顔にニコニコと真意の読めない笑顔を作りながら、いっしょに企画書をめくっていた。
会社の会議室とは名ばかりの、資料が所狭しと押し込められた会議室兼倉庫で、美乃莉は企画書を仕方なくめくる。
「あ……スーツアクターさんは、呉山一郎さんなんですね……」
スーツアクターとは着ぐるみを着た状態で、殺陣やアクションを行う専門の役者である。
いわゆる特撮ヒーローの中の人だ。
「お、呉山さん知ってるの、美乃莉ちゃん? 業界のレジェンドではあるけど、女の子では珍しいね」
「兄が特撮好きで大学入学で実家出て行くまで一緒に見てたので……」
「なるほどね。ま、がんばってね、美乃莉ちゃん」
「はあい……」
高谷Pがこういう感じの時って、一切の反論が許されないんだよな。
それを知っていた美乃莉はおとなしくうなずいた。
数日後、同会議室。
「ごめん……おじさん、まずこういう企画がわっかんねえ……」
呉山一郎が企画書を前に頭を抱えていた。
無精ひげの目立つ40歳になるこの男、界隈では有名なスーツアクターである。
「恋愛リアリティショー……様々な立場の男女3人ずつが集まり共同生活……何この……あれか? フィーリングカップル的なの?」
「呉山さん、フィーリングカップルなんて今の子には通じませんよ」
「あ、はい……むしろ市川ちゃん分かるの? いくつ?」
「年齢を聞くのはセクハラですよ、24歳です」
「セクハラなんだね!? でも答えてくれるんだね!? なんかごめんね!? ……で、恋愛リアリティーショーにプラスしてヒーローショー……? ごめん、ターゲットどこ? 迷走してない?」
「そんなこと下っ端の私に言われても……」
「そうだよね……」
呉山はため息をついて、企画書をめくる。
「……もうあれじゃない? 若い男女6人集めた時点でそれでヒーローものかなんか作った方が良くない? 恋愛要素は諦めよう?」
自分にそんなこと言われてもな……。それに諦めるならヒーロー要素のほうが手っ取り早い気がする。
美乃莉は呉山のぼやきに心中で反論しながら、企画書を持ち上げた。
「えー、それではこの企画の趣旨を説明させていただきます」
「仕事するんだね。偉いね」
「恋愛リアリティショー部分は男女3人ずつ、あわせて6名。新人俳優やモデルさんなどですね。それにスタジオMCにはメインとして男性アイドルの桑島章くん」
「おー、章!」
「ご存知でしたか」
「15年くらい前? 特撮映画の主題歌を彼らが歌ってくれてさー」
「15年……」
美乃莉、9歳。見ていた可能性はある。
「当時まだ中学生くらいかな、章。エキストラ役で現場に来てて、わーわーはしゃいでるから、おじさんつい一喝しちゃってさー。当時まだ25歳のペーペーアクターのくせに売れっ子アイドル叱りつけちゃったんだよね」
「へー、業界的に死にました?」
「死んでたらここにいないよ? で、その後、謝罪とお礼に来てくれたんだよなー、章。それ以来、結構仲良しよ」
「師弟再会ですね」
「え、再会すんの?」
「呉山さんには恋愛リアリティショーの現場とスタジオ、どちらにも出てもらいます」
「どの面下げて俺は章と再会すれば……?」
「大丈夫です。この恋愛ヒーローラブバトラーのスーツを着ていただきますから」
美乃莉は企画書の中の絵図を示した。
まだラフ状態のヒーロースーツがそこには描かれていた。
全身赤を基調としたスーツ。胸元に大きなハートがあるのが特徴的で、そのハートの真ん中にはギザギザが走っている。
「ごめん名前なんて?」
「恋愛ヒーローラブバトラー」
「ネーミングセンスがあまりにも並べただけすぎない? あとバトラーにバトルする者の意味はないからね。執事って意味だからね」
「あはは……」
「乾いてる。市川ちゃん、笑顔が乾いてるよ、大丈夫か?」
「あはは……」
「うん、大丈夫じゃないね、これ」
呉山はため息をついた。
「企画の説明を続けまーす」
「はーい」
「章くんの他のMCは今売り出し中の女性お笑い芸人ムーリンさん」
「あー、動画サイトの広告収入で高収入! ってやってる子だね。テレビで見たことあるよ」
「ええ、まさにイマドキって感じの芸人さんですねー」
「動画サイトかあ……」
呉山は別世界だなあという顔をした。
「えーっとMCはあと若手女性アイドルがもうひとり、こちらは各所と調整中で未定。スタジオはそんな感じです」
「その中に俺……恋愛ヒーローラブバトラーか……浮かない?」
「そこはベテランの風格でなんとかしてください」
「無茶ぶりだね」
「恋愛リアリティショー側の出演者は、男性陣がモデル、新人俳優、アイドルの卵。全員20代」
「アイドルにもこういう仕事来るんだ。時代だねえ」
「女性陣が読者モデル、元子役、舞台女優。こちらも全員20代です」
「ふむふむ。子役以外は全員、駆け出しって感じの子達だね」
「そしてそこに恋愛ヒーローラブバトラー」
「何をするの? その3対3のお見合いパーティーみたいな中で俺はヒーロースーツを着て何をすれば良いの?」
「恋愛ヒーローラブバトラーには男性陣側のインタビュアーをまずやってもらいます」
「なるほど! 男の子達、可哀想だね」
「女性陣側のインタビュアーは私がやります。画面には映りません」
「うんうん」
「他には恋愛お助けチャンス! というイベントが挟まれます」
「なるほど?」
「相手の異性の好感度を恋愛ヒーローラブバトラーが教えてくれる大チャンスです」
「なんかギャルゲーのイベントみたいだね」
「……呉山さんもギャルゲーとかご存知なんですね」
「まあまあ直撃世代だよ、俺」
「あとまあ要所要所のイベントに登場して進行してもらいます。無言で」
「無言かあ……」
「基本恋愛ヒーローラブバトラーは無言です。後からのアテレコとかもないので、しゃべらないでくださいね」
「はい……しゃべらずインタビュアーするんだ、俺……」
「ちなみにこの恋愛ヒーローラブバトラーの胸元のハートは可動式になっていまして、破局イベント発生の際は割れます」
美乃莉は再び、ラフイラストを取り出した。
「悲しいね……すごく悲しい設定だ……」
「そして最後にラブポイントが溜まりきった人は!」
「ラブポイント」
「恋愛ヒーローラブバトラーに変身できます!」
「変身」
「さて、呉山さん、何か質問は?」
「…………これ、面白いの?」
「さあ……」
重苦しい沈黙が会議室に垂れ込めた。
「……プロデューサーの高谷さんにあいさつしときたいんだけど……」
「本日は所用で外出中です」
「そっかあ」
「……あの、私からもひとつ質問、よろしいですか?」
「なんだい?」
「……どうして、やめちゃったんですか? ヒーロー番組のスーツアクター」
呉山一郎はヒーロー番組のレジェンドだ。
20年以上もの間、ヒーロー番組で主役級のスーツアクターを務めてきた。
美乃莉の見てきたヒーローのほとんどに彼が入っていた。
しかし彼は半年前に終わった『激闘! カチコミファイター』への出演を最後にヒーロー番組のスーツアクターから引退してしまった。
40歳。確かに世間から見ればいい年齢だろうが、スーツアクターの中では別にまだ引退しなければいけない年ではない。
怪我をしたのだ、という噂も囁かれていたが、今回出会ってみればそんな様子は一切なかった。
「……それは、そうだね、家族のため、かな」
そう言って、呉山は左手の薬指にはめた指輪を撫でた。
その顔はとても寂しげだった。
「ああ、そうだ。聞き忘れてたよ、この番組、タイトルは?」
「『新感覚恋愛リアリティショー! 恋愛ヒーローラブバトラーの奮闘!』です」
「……とっちらかってない?」
かくして、恋愛ヒーローラブバトラーの戦いは、都内の小さな会社の狭い会議室で幕を開けたのであった。





