ふたりのベッド
朝を告げる声が聞こえると、私の肌を包む真っ白なシーツに心地よい温もりが残っていた。
わたしと、わたしを呼ぶ人の温もりが。
「朝が来たよ、ほら目をあけて」
──あー、うん、おはよ?
寝ぼけた状態で返事をすると、ピントの合わない瞳から見えたその人は少し微笑んだようだった。くすぐったい感覚が頬に伝わる。まどろんだ意識でいやいやと枕に顔をうずめると、今度は声の主は満足げに私の頭を撫でてきた。
「おはよう、ねぼすけラディアちゃん」
───ねぼすけ?
もう、それはもう昔のことでしょう、だれどまだまだ眠いのは確かなんだ。だからもうちょっとだけこのまま一緒に…いいよね?
私は起きようとしていた彼女の背中に手をかけたがあっさりと払い除けられてしまう。もう少しこの温かさを感じていたかったのに、私の手は無情にも重力に逆らえずシーツに落ちていった。だが彼女の身体から離れてもぬくもりを感じていられる、なんだか今はそんな気がした。
彼女はシルヴィア・パルマフロスト。パルマフロスト家の一人娘で昔はよく遊んだ仲だった。今日みたいにどちらかの家にお泊まりして一緒に座学をし一緒のベッドで眠る、そんな幼少期を共に過ごした親友だ。
「夜にもたくさん触ってきたくせに…まだ物足りないなんて欲しがりね。まったくもう」
「ごめんねルヴィ、懐かしくてついね」
ルヴィというのはシルヴィアの愛称だ。彼女は最近は忙しいようでなかなか会えなかったのだが、久しぶりに会うことができ昔のように眠ることになった。
最初は一緒のベッドで寝ることを恥ずかしがっていたものの、いざ入るととまんざらでも無さそうにしている気がした。
「ルヴィは変わらないな~。優しいし、触らせてくれるし」
言いながらお腹に抱きつく。ふにふに、なんて至福なひとときだろう。
「まぁ、いいわ。私も嫌ではなかったし、その代わりね」
ぐわっ
「ひゃう?!」
「私にもやらせなさい」
ぜ、前言撤回!ルヴィちゃんちょっと性格変わってる!
コンコン
「ラディアお嬢様、シルヴィアお嬢様、入ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、いいわよ」
た、助かった。この声はじいだ。髪も黒いしおじいさんっていうほどの年齢じゃないけれど、雰囲気から趣味までとても落ち着いたものだったので幼い頃はなんとなくそう呼んでいた。で、いつの間にか定着してしまったの。
少し悪いかな、と思い本名で呼んだ事もあったのだけど『いやはや、なんだかくすぐったいですなぁ』と言っていた、じい呼びに慣れちゃったみたい?
「おはようございます、朝食の準備はできておりますよ。本日のご予定ですが…」
毎日じいはこうやって一日の予定を教えてくれるのだが、今日は休日ということもあり二人でのんびりと休日を楽しんでね。という感じだった。
こう…いざ暇になると何したらいいのか分からなくなる、でも今日はそんなことに悩む必要もない。
窓辺から射し込んだ朝日は部屋にあるのっぽの時計を明るく照らした。天気は晴れで風もなし、暖かくなりそうだ。
「それでは、失礼いたします」
じいが出て行くと同時に、シルヴィアは目を瞑って考え事をしている素振りをみせる。
考え事をするときにこうなるのは彼女の昔からの癖だ。
こうなるとやることが無くなってしまうので、私は彼女がゆらす美しい白銀の長髪をよく眺めている。触れるとすべすべしていてシルクのような触り心地がするのだ。
小さい頃は勝手に触っていたけれど、その頃のルヴィは何も言わずにされるがままになっていた。そうしていつの間にかくしゃくしゃにしてしまったり…なつかしい思い出だ。
それよりも忘れられない記憶もある。あれは満月の夜、近くの湖に行ったときのこと。月明かりに照らされた彼女の白銀の髪は今まで見てきた何よりも美しくて。そう、たしかあの時はお兄様も…
「ラディア?」
「はいい!」
「どうしたの?早く着替えて食堂に行きましょう」
つい考え込んでしまった。昔の事は後でも考えられる、今はルヴィとの休日を楽しもう。
白を基本とした普段着に着替え、寝ぼけた顔を洗った。一方ルヴィは白と黒のワンピースを着ている。いかにもお嬢様って感じで長髪とよくマッチしているのではないだろうか。私も髪を伸ばしてみようかなんて考えながら濡れた顔をタオルで拭いた。
「あ、忘れていたわ」
「ん、忘れ物?待ってるよ」
「ええ、ありがたいわ。それでは思う存分…」
「さっきのお返しをさせてもらうわね♪」
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「うぅ、ルヴィひどいよ…」
朝食を済まし、私の靴の音だけが響く静かな廊下を歩いてゆく。くすぐられ過ぎてご飯を食べる事もままならなかった私は休憩するため書斎へ向かった、ルヴィは庭園を見てくるらしい。
父によって建てられたこの館は他の家の館より装飾は少ない。木と白く塗られた壁が長い廊下に広がっている。館は主の力と性格を象徴するものだ、きっと父の穏やかながら荘厳だった性格の表れだろう。
ルヴィは穏やかな方が落ち着くと言っていたが、彼女の館で高価な宝石を大量に使用し作られたシャンデリアを見たときは驚いた。少しくらいこの館にも欲しいかも。
書斎の扉を開けると廊下とはまた違った雰囲気が広がっている。少し埃をかぶった木製の机と椅子、そして一人では読み切れないほどの本が棚にしまってある。
私はしばしばここの本を読むのが好きだ。遠く東方の国のお話や海を渡った男性の話、昔の伝説など面白い本が揃っているから。
「何を読もうかな」
私と相性が良さそうな本を探しているうちに部屋の隅まで来てしまった。このあたりの本は正直表紙だけでは内容が全然予想できない、面白いかな?案外掘り出し物があるかもしれない。
一つだけ妙なものがあった。紐で丸く結ばれた筒状の紙だ、題名は読めず分からない。これは東方の巻物だろうか。
「どれどれ、あっ!」
しまった、落としてしまった。古いものだから大切にしないといけないのに。巻物は落ちた弾みで曲がり角へ転がっていき見えなくなった。私は早速拾いに向かう。
その時私は気づかなかった、背後から忍び寄る人影に。
「良かった、破けてないよね」
太陽の光が何かに遮られ違和感を覚える、誰かいるのだろうか。じいが様子を見に来たのかもしれない。そうだとしたら巻物を落としたせいで怒られてしまうだろうか?
「ごめんなさい、大切な書物を落としてしまって」
「書物に傷は」
そこにいたのは。
「ただいま、ラディア」