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グルメ・イン・ア・ラビリンス  作者: 綾部 響
31/32

そして再び、ホーラウンド酒店は今日も平常運転

それから……グリンやエルビン、そして私達は……。

「ごちそう様っ! メルちゃん、今日も美味しかったよっ!」


「ありがとうございましたーっ!」


「シャルちゃんっ! 今日もありがとねっ、また来るからっ!」


「うふふ、いつでもお待ちしていますわ」


 最後のお客様が帰った事を見計らって、店の外にある看板を「営業中」から「準備中」へと掛け直せば、酒家「ホーラウンド酒店」のランチタイムも終了です!

 約二週間ぶりの営業再開とあって、今日はまた一段とお客様の入りが多く、大盛況でした!





 ―――二週間前……。

 何とか「レベル5 ラビリンス」から生還した私達は、すぐにグリンとエルビン二人の治療に専念しました。

当然その間、「ホーラウンド酒店」は休業です。


エルビンの傷も深いものでしたが、それより深刻だったのはグリンの容体でした。

ですが、今の彼女の回復魔法では、二人を完全に回復させるまでには至らなかったのです……。

それに、既に魔力が底を突いていたシャルには二人を安全圏まで治癒する事も難しく、現状を維持させるだけで手一杯でした。

私とシャル、そしてティアは交代で昼夜を問わず看病し、彼等が意識を回復するまで目を離せない状態だったのです。


 事体が劇的に動いたのはこの店へと戻った2日後……ある人物の登場によってでした。


「母様っ! どうしてここにっ!?」


 その人物とは、アイネ=ウェネーフィカ。

シャルの母親であり、「オーディロンの森」に棲む伝説に謳われた魔女です。


「どうしてって、貴女とグリンさん、それにメルさんが困ってるみたいでしたから……。お邪魔だったかしら?」


 嫋やかに微笑む彼女は、疲労と焦りが渦巻くこの店の中でも異質な雰囲気を放っていました。

でもその力は私達も良く知る処で、この状況を打開するにはこれ以上ない人物だったのです。





「彼は……これで良いでしょう。一週間も経てば歩ける様になります」


 エルビンに翳したアイネさんの掌から、優しい魔法光が灯されたかと思うと、それまで苦悶の表情でうなされていたエルビンの顔から険が取れ、驚く程穏やかな寝息を立てだしたのです。


「あ……あ……有難う御座いましたっ!」


 目に一杯の涙を湛えて、ティアは深々とアイネさんにお辞儀して感謝をしました。

柔らかな笑みでそれに答えたアイネさんでしたが、隣のベッドで横たわるグリンの方を向き直ると、その美しい顔に険しい表情を浮かべました。


「さて……問題はグリンさんなのですが……」


 先程までと違う雰囲気に、知らず私達の喉が鳴りました。


「……残念ですが(わたくし)の魔法でも、彼を治癒する事は出来ないでしょう……。それ程に彼の負った負傷は肉体的、精神的……そして霊的に重いものです」


「……そんなっ……!」


「そんな、母様っ!」


 私とシャルは、絶句して言葉を出す事が出来ませんでした。

それがグリンの望んだ事とは言え、こんな結果にはとても納得出来なかったのです。


「……ですが」


 でも、アイネさんの言葉にはまだ続きがあった様です。


「グリンさんは本当に運の強いお方なのでしょうね……。彼の功績により、たった一つだけ彼を救う手立てがあるのです」


 殆ど絶望しかけていた私達は、眼を見開いてアイネさんを見て、彼女の口にする次の言葉を待ちました。


「グリンさんが私に預けた『マシュガノフ』……。これを用いる事で、彼の容体を回復させる事が出来ます」


 そう言ってアイネさんは、ウエストポーチから小さなガラス瓶を取り出しました。


 ―――それこそは、アイネさんによって「禁薬」とされた秘薬、「マシュガノフ」。


 摂取し続ける事で滋養強壮は勿論、寿命にまで影響を与える驚異の薬。

これを使う事で、グリンは一命をとりとめる事が出来ると言うのです!


「母様っ! それじゃあっ!?」


「ええ……。勿論これを使う事を許可しますよ。蓄積したダメージを考えれば、この薬を以てしても回復させるだけで精一杯でしょうが、グリンさんもメルさんも、延寿を望んではいないでしょう?」


 まるで冗談事でも話す様に、柔らかく微笑んでアイネさんはそう言いました。

勿論、私もグリンもそんな事なんて考えた事もありません。


「……ですが……一つ条件があります」


 でもアイネさんが発した次の言葉で、私達の間に再び緊張が走りました。


「……アイネさん……条件って……?」


 どんな条件でも受けるつもりでした。

でも、絶対に達成出来ない様な無理難題であったなら、流石に空約束なんて出来ません。

そして、魔女であるアイネさんがどんな要望を示すのか、私達には想像もつかないのです。


「うふふ……そんなに固くならないで。簡単な事ですよ? 今回の事でこの『マシュガノフ』は無くなってしまうので、近いうちに必ず新しい『マシュガノフ』を作りに来て下さる事……。それが条件です」


 ウインクをして、まるで悪戯が成功した様な笑顔を浮かべたアイネさんが印象的でした。





 あれ程重篤だったにもかかわらず、アイネさんの言葉通りエルビンは僅か一週間後に、そしてグリンもなんと10日後には動ける様になったのです! 

特にグリンは生命力の低下は勿論、全身隈なく骨折し筋肉断裂多数、正直な所完治にどれほど掛かるか分からない程だったのです。

それがたったの10日で快癒なんて、あの場に居た誰が想像出来たでしょう!


 その後エルビンとティアは、何度かグリンのお見舞いへとやって来ました。

あれ程頑なだったエルビンも嘘の様に角が取れ、今は再起に向けて前向きに一からトレーニングに励んでいる様です。

その事を、こっそりと教えてくれたティアの笑顔が今も忘れられません。





「メルー、シャルー。お昼の準備が出来てるから、そっちが終わったら昼食にしよう」


 厨房の奥から、元気になったグリンがいつもの様に笑顔でそう声を掛けてきました。


「うんっ、わか……」


「分かりましたですわっ! すぐに終わらせますのでって……わわっ!」


 ―――ガラガラガッシャーンッ


 グリンに返答しようとした私でしたが、それよりも先に勢いよくクルリと回って答えたシャルに先を越されてしまいました。

でもその拍子に、彼女の着た丈が短いメイド服のスカートは裾が翻って、慌てた彼女は咄嗟にスカートの前を抑えました。

そしてやっぱり、持っていた食器を床へとばら撒いてしまったのです!

今回は不幸な事に、ガラス製のグラスや陶器のお皿も含まれていて、割れた破片が辺り一帯に飛び散ってしまいました!


「シャル!? 大丈夫かい!?」


「ちょっとシャルッ!? 危ないから動いちゃダメよ!」


「あ……あはは……ゴメンなさいー……。すぐに片付けますー……」


 グリンと私が、同時に心配した声をシャルに投げ掛け、彼女はバツの悪そうな声を出してシュンとしてしまいました。

 でもまぁ、それは誰でも通る道……。

怪我が無かっただけでも良しとしなくちゃね。


「ホウキを持ってくるから、動かないでね」


 私はそう言って、店の裏手へと足を進めようとしました。


 ―――あら……? 確かこの後って……。


「わ……私も、すぐに片付けますです!」


 動転して顔が真っ赤なシャルは、そう言ってストンとその場にしゃがみ込みました!


「ちょっと、シャルッ! 座るならスカートの裾を……」


 でも裾の短いメイド服だと、無防備にその場へとしゃがみこんでしまっては、スカートの中が丸見えになるんです! 

特に、真正面に立っているグリンには!

私の注意も間に合わず、彼女の正面には手で顔を覆ったグリンの姿が……!


「きっ……きゃーっ!」


「ご……ごめんっ!」


 シャルの悲鳴と、グリンの謝罪は殆ど同時でした。

彼女がその謝罪を受け取ったかどうかは……次の行動で明らかとなったのです!


「……炎神の御霊に(フロガ・ドゥシャー)申し上げる(・エルピダ)……」


 ゴゴゴゴ……と魔力を高まらせて、両眼の座ったシャルが何とも危険な呟きを開始したのです!


「わ……わわわ……」


「ちょっ、シャルッ! あんた、なんで魔法なんか唱えてんのよっ!?」


 後退るグリンを横目に、「神懸り」を発動させた私は、しゃがんだままのシャルに近づきそのまま覆い被さりました!


「は……離してっ! 離しなさい、メルッ! この様な辱め、とても耐える事等できませんっ! かくなる上は、彼もろとも……」


「じょ……冗談じゃないわよっ! いい加減にしなさい、シャルッ!」


 私の悲鳴が、「ホーラウンド酒店」に留まらず、爽やかに晴れた青空の中に吸い込まれていった……気がしました。





「ううー……。本っ当にゴメンなさいー……グリン……メル……」


「ははは……もう良いよ。よく考えたら、なんだかこんな光景にも慣れてきた気がするしね」


「まったく、シャルったら……。下手をしたら、この店は勿論、グリンや私も亡き者になってたんだからね」


 片付けも済んで、今はテーブルの上に並んだ豪華な食事を囲んでいました。

グリンは、折角完治したと言うのに、あわや再び寝たきり生活を送る羽目になる処でした。

そんな彼も、結果として何事も無かったと言う事で今は苦笑いを浮かべ、そしてシャルは借りてきた猫の様に大人しくなっています。


「それよりもシャル。近い内に『オーディロンの森』へ行こうと思うんだけど、アイネさんの都合なんかは大丈夫かな?」


 グリンは水を一口飲みながら、そうシャルに尋ねました。

落ち込んで、居心地の悪そうな彼女を思って話題を変えたんでしょう。

それが無くとも、彼はアイネさんに今回のお礼と、そして彼女の出した条件を遂行するために、「魔女の森」へ向かうつもりなのです。


「そ……そうですわねー……今晩にでも、『念話』で母様の都合を聞いておきますわ」


「シャル……『念話』って……何?」


 漸く顔を上げたシャルが、それでも申し訳なさそうな笑顔を湛えてそう答えました。

 そんな彼女に、私は初めて聞く言葉に対して疑問をぶつけました。

恐らく魔女、もしくは魔法を使う能力保有者なら当たり前の事なのかもしれませんが、一般的にそれはあまり知られていない言葉なのです。


「ああ、そうでしたわね……『念話』と言って、先日母様の持って来てくれた水晶球を使えば、その対となる水晶球を持つ者と会話が出来る様になるのですわ。詳しい話はここでしませんが、準備を整えればここからでも母様と会話出来る様になるのです」


「へー……そんな便利な事が出来るなんて、やっぱり魔法は凄いなー……」


 シャルの説明を受けたグリンが感心すると、シャルは違う意味で顔を赤くして俯きました。


「……でもグリン、そんなに店を休業してばっかりじゃあ、いつかお客さんの足が遠のいちゃうよ?」


 今日営業を再開したとはいえ、先日まで凡そ二週間も休業だったのです。

この上近日中に数日閉めるとなると、この店の営業も冗談抜きで危くなり兼ねません。


「その辺りの事も私が母様に伝えておきますわ。母様の事ですもの、きっと無理難題はおっしゃりません」


 まだ顔の紅いシャルが、大きな胸を張ってそう請け負ってくれました。


「ありがとう、シャル。それじゃあ、冷めないうちに食べようか」


 今日のメニューは鞘マグロの刺身、照り焼き、から揚げと魚尽くしです! 

絶品ながら食べる部分が少ない鞘マグロを、これほど上手に捌き、そして調理出来るなんてグリンの腕前ならではなのです!


「「「いっただっきまーすっ!」」」


 三人同時に声を出し、思い思いの料理に箸を付けました。

今が旬だと言う鞘マグロは、どの料理も絶品です!


「おいっっっしぃ―――っ!」


 そしてホーラウンド酒店は、本日も平常運転なのでした。



最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました!

本編はここで終了ですが、この後の「あとがき」も宜しければ読んでみてくださいね!

それでは、また違う作品にてお会いしましょう!

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