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グルメ・イン・ア・ラビリンス  作者: 綾部 響
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レベル2 ラビリンスにて

私とグリンは、早速「針ヤマネコの銀髭」を求めて「レベル2 ラビリンス」へと向かいました。

「はあぁ―――っ!」


 気合い一閃!

 私は、襲い掛かって来た針ヤマネコを左側へ回り込む事で躱して、そのまま持っていた片手剣を振り下ろしました! 

 硬い針にその身体を覆われた針ヤマネコだけど、私のタレンド「神懸り」で加速された剣閃はそれを苦にする事も無く、針ヤマネコを切り裂き絶命に至らしめたのでした!


 ここは、世界で二番目に地上へと出現したラビリンス。通称「レベル2 ラビリンス」、その中層階です。


 地下迷宮(ラビリンス)……と言うだけあって、その構造は地下へと続く迷路状の洞窟と言ったイメージです。

 僅か50年前に出現したと言うのに、その中には苔やら得体の知れない蔦やらが壁にはこびり付いていて、おどろおどろしい雰囲気を醸し出していました。

 そんな迷宮に「針ヤマネコの銀髭」を求めて、全4階層からなるこのラビリンスの地下3階に私達はいました。


「ふー……終了っと。……でも出なかったね……銀髭」


 息絶えた針ヤマネコを見下ろして、私はそうグリンに話し掛けました。

 やや後方に構えていたグリンも私の元へと合流して、今は倒した針ヤマネコから食材になる部位を切り分けています。

 新しいレシピが目的であっても、料理人として彼の矜持が食材となる獣をそのままにしておく事を許さないんでしょうね。

 その他にも爪や牙、時には毛皮なんかも大事な収入源になるのです。


「うーん……結構倒したのに出ないってのは……他に考えられるとすれば……」


「……だね……」


 グリンが全部言い終わらなくても、私には彼が何を言おうとしているのか察しがつきました。

 結構な数の針ヤマネコを倒しても目的の「銀髭」が出ないという事は、この(・・)怪物を何匹倒しても出ないという事。それはつまり……。


「……やっぱり“希少種”の出現を待つしかないわねー……」


 私は小さく溜息を吐いてそう呟きました。


 同じ「針ヤマネコ」であっても、その種類は大きく二種に分けられます。

 今まで倒して来た針ヤマネコは、普通に出現が確認されている所謂「ノーマルタイプ」。

 そして時折出現する、「希少種」と呼ばれるレアな種類が各怪物にはそれぞれ確認されていました。

 恐らく目的の「銀髭」は、その希少種(レア)がドロップする物ではないかと考えたのでした。


 でもその「希少種」は、そう言われている通り出会いたくて出会える様な代物ではないのです。


 このラビリンスでは決して怪物が居なくなる事は無く、1匹倒せばどこかで1匹誕生する事を繰り返しています。

 その過程で時折「希少種」が出現するのですが……。

 つまり出現するまで怪物を倒し続けなければならないって事なのよねー……。


「……ごめんねー……メル……。こんな面倒事に付き合わせちゃってさ……」


 私のついた溜息に何かを感じ取ったのか、グリンが申し訳なさそうにそう言いました。


「なーに言ってんのよっ! これも任務の内なんだから気にしなくて良いよー!」


 私はそう明るく言い放って、彼の背中に平手打ちをしました。


「ゴホッ、ゴホッ! メル、痛いって」


 咳き込んで抗議の言葉を溢した彼だけど、その表情はさっきよりも明るくなってました。

 ただでさえ陰気なラビリンスの中では、すぐに陰鬱な気持ちが心を染めてしまうのです。

 でもグリンにしてみれば、それだけが心に蟠っている訳ではないみたい。

 ここでの戦闘は全部私に任せっきりだと言う事にも、少なくない心苦しさを感じているに違いないんだから……。

 優しい彼の事だから、女性である私に凶悪な怪物の相手を、如何に格下の怪物とはいえ押し付けるのは忍びないんでしょう。

 でもそれこそ、言った所で仕方のない事なのです。

 戦闘系タレンドを持たない彼に、このラビリンスに出現するモンスターの相手は荷が重過ぎるんですから。


「さぁっ! 少し休憩したら再開しましょうか」


「あ、ちょっと待って」


 立ち上がった私に、グリンがそう呼び止めました。


「何よ? いつまでもこんな所に居たくないでしょ?」


「……うん……でも随分『針ヤマネコの肉』が集まったから、ここで食事でも摂らないかい?」


 その言葉を聞いた途端に、私のお腹から「クゥー……」と言う音が鳴ったのです。

 戦闘でも起きていない限り暗く静かな洞窟内に、お腹の虫の鳴き声が響きました。


「ククク……」


 顔を真っ赤にした私の目の前で、グリンが声を殺して笑いを堪えてます。


「わ……わかったわよっ! 食事にしましょっ!」


 そう言って座り直した私は、到底彼の顔を直視出来ませんでした。


「よし! すぐに用意するからちょっと待っててね!」


 目に涙を浮かべたまま、彼はそう返事して調理を始めました。





「はぁー……美味しかったー……」


「ははは……お粗末様でした」


 心の底から出た私の感想に、彼は嬉しそうな笑顔を浮かべてそう答えました。

 こんなラビリンスの深部で、それも特にちゃんとした道具も無いのに、彼の手に掛かればちょっとした高級料理より美味しい食事が堪能出来ちゃうのです。

 それは、ただ単に彼の持つ調理系タレンド「遍く食材に祝福を」のお蔭だけでは無い筈です。

 ある程度の恩恵は受けているでしょうが、これはやはり彼の料理に対する愛情に他ならないのでしょうね。


 さっき汲んできた地下水で、使用した鍋やら皿を洗っている彼の後姿を見ながら、私は少しポーッとそんな事を考えていました。

 彼がラビリンスへと同行すれば、それは彼の夢でもある「深い地下迷宮の中でも、美味しい物を食べてその人が笑顔になれる」と言う事を叶えられるんでしょう。

 でも彼の望みは、彼が同行した先ででは無く誰でも何処ででも……なのです。

 その実現は決して簡単では無く、ひょっとしたら叶わない夢かも知れないけれど……。

 でも彼の食事をこんな場所で食べ終えた私は、今間違いなく幸せを感じているのです。

 そして彼の夢が叶えば良いと、心より願わずにはいられませんでした。


「……メルッ!」


 そんな私に突如、グリンが小さく鋭い声を掛けてきました。

 私はその声を聴いて、思わず大きな声を出しそうになりました!


 私が彼へと視線を向けると、彼は深部へと向かう方向の暗闇に視線を向けて動きを止めていました。

 私はそれを見てある程度の事を察し、傍へと置いていた剣を手繰り寄せました。

 恐らく怪物がこちらを見つけて近づいているのでしょう。


 右手に剣を掴んだ私は、ユックリとグリンの見つめる暗闇に向けて目を凝らしました。

 此方が焚いている炎に照らされて、暗闇に薄っすらと何かの影が浮かび上がります。


 ―――針ヤマネコだ……。


 僅かに見えたシルエットから、私はそう判断してゆっくりと立ち上がりました。

 グリンも作業を取りやめて立ち上がり、私の後方へと静かに移動します。


 ―――……何……? ……大きい……っ!


 でも私に見えている針ヤマネコは、今までに倒したどれよりも大きい個体でした。

 一回りか二回りは大きく、その威圧感も尋常ではありません!

 ユックリと私達の前へと歩を進める針ヤマネコがその全貌を現しました。


「……メル……」


 グリンが小さく私に語りかけ、私はそれに答えず頷いて返しました。


 ―――……間違いない……希少種だわ……。


 その姿を見れば、それが“希少種(レア)”である事は疑い様がありませんでした。


あれは……。

間違いない、希少種だわ!

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