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グルメ・イン・ア・ラビリンス  作者: 綾部 響
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疾走する若さ

シャルの更なる質問に、私はグリンの了承を得て答える事にしました。

「……これは、私とグリンだけの秘密だったんだけど……」


 私はグリンと目配せをして、彼の承諾を受けてそう切り出しました。

 秘密は知る人が増えれば、それだけ洩れ広がるリスクが上がります。

 例え信用に足る人物だったとしても、その秘密を知る者が増えれば、それだけ秘匿性が薄れると言えます。

 その上で、グリンはシャルへの説明を了承しました。


「……通常一人一つしか顕現しないタレンドが、彼には二つ顕現しているの。多分それが彼に新しいレシピを思いつかせてるんだろうし、同じ食事でもより高い効果になる理由だと思うの」


 これは多分、間違いのない事実だと思います。

 グリンが高い料理の腕前を持っているとは言え、それが食事の効果を底上げする決定的な理由にはならないからです。


「ふーん……その様な理由があったのですねー……」


 だけどシャルから返ってきた言葉は、随分と淡泊なものでした。

 考えてみれば、彼女はタレンドなんて顕現していないのにあれだけの力を発揮出来るのです。

 タレンドの効果で一喜一憂している私達を、どこか冷めた目で見ているのも分からないでは無いですね。


 ……あれ? ……でも……。


 ……もし……もし彼女に「タレンド」が顕現したら……。


 ……一体……どれ程の力を得るんだろう……?


 彼女との話で、今まで考えもつかなかった事が浮かび上がりました。

 魔女であるシャルやアイネさんは、タレンドの能力を駆使しなくても魔法が使えるんです。

 そんな彼女達が、タレンドの恩恵を受けて魔法を使用したら、どうなるのかなんて想像もつきません。


「グリンとメルの話は概ね理解致しましたわ。今後私も、グリンの食事やタレンドについては一切秘密を洩らさないと誓います。そしてもしエルビン達がここへ来たら、丁重に引き取ってもらうとしましょう」


 シャルの言葉にグリンは頷きました。

 多分シャルは、タレンドと言うものに余り興味がないのでしょうね。

 そう言った意味で、彼女から秘密が洩れ広がると言う事は考え難く、グリンも多分そう考えたのでしょう。





「す……すみませんっ! グリンさん、メルさん、シャルさんッ、おられますかっ!?」


 翌日深夜。

 その日の営業も終了して夜の食事も一段落したタイミングを見計らったかのように、入り口の方から扉を叩く音と叫ぶ様な声が聞こえてきました。

 切羽詰まっているのが分かるその声には聞き覚えがあります。

 私達は即座に席を立って入口へと駈け出しました!

 扉を開けた先に居たのは、やはり昨日ここに来たティア=セルブレートです。


「どうしたんだい、こんなに遅く?」


 膝に手を置いて肩で息をするティアに、グリンが優しく話しかけました。


「エッ……エルッ……エルビンがっ……!」


 何とか事情を説明しようとするティアですが、呼吸が整っていないのでちゃんとした話が出来ません。


「兎に角中に入って。ここじゃあ、ちゃんとした話も出来ないわ」


 私が彼女の背中を押して中へと誘導すると同時に、グリンは厨房へと向かって行きました。

 多分、何か飲み物を取りに行ったのでしょう。

 促されるままに店の中へと入ったティアに、とりあえず椅子を進めて落ち着かせます。

 グリンが持ってきた飲み物を飲んで、それでようやくティアも話すまでに落ち着きを取り戻しました。

 グリン特製の飲み物の中には気分を高揚させたり、逆に落ち着かせる効果の物があります。

 恐らく彼は、彼女を落ち着かせる飲み物を与えたんでしょうね。


「こんなに遅くすみません……。でも……でも私、居てもたってもいられなくて……」


 激しく動揺しているティアに、グリンは殊更落ち着いた口調で話しかけました。


「ゆっくりでいいから話してごらん? 僕らで力になる事なら手を貸すから」


 彼の顔を見たティアは、ユックリと目を瞑って呼吸を整えるかの様に小さく深呼吸しました。

 不思議とグリンの笑顔には、気持ちを落ち着かせる作用があるのよねー……。


「……昨日こちらへお邪魔して、グリンさんに食事の件で断られたんですけど……」


 落ち着きを取り戻したティアが、頭の中で言葉を纏めながら話し出しました。


「エルビンはグリンさんの話に納得がいかなかった様で、『強さが必要なら、すぐに強くなってやる』って飛び出して行ったんですっ!」


 若さゆえの暴走……なんでしょうね……。

 私達も決して歳を取っているとか経験豊富って訳じゃないけれど、それでも彼の暴走をそう思わずにはいられませんでした。


「……私達は止めたんですけど彼、話を聞いてくれなくって……。それでこの間のラビリンスよりも強い所へ行くって……。流石にもう彼には付いて行けないって、他の仲間は彼に賛成しなかったんです。そしたら一人でも行くって……」


「それで一人でラビリンスへ向かったのか……」


「……多分……。昨日も……そして今日もこの時間になっても戻って来なかったので、この街を探し回ったんですがどこにも居なくて……」


 無謀と言うには余りにも愚かとしか言いようのない行為です。

 先日もラビリンス上層の怪物に手こずっていたのに、更にレベルの高いラビリンスに、それも一人で行くなんて自殺行為以外考えられないわね。


「それで、どこのラビリンスへ向かったんだい?」


「多分……『レベル5 ラビリンス』へ……この周辺で一番レベルの高いラビリンスですし……」


 ティアの言葉を聞いて、グリンが私に意見を求める視線を向けてきました。

 そして私は頷いてそれに答えたのです。


 レベル5 ラビリンスなら、まだ何とか私一人でも戦えます。

 それに今はシャルもいるから、問題なければ中層まではいけるはずです。


「今から親衛軍に救援を求める事は無理かな?」


 それでも私は、より安全な方法を提案しました。

「レベル5 ラビリンス」はこの街の北に広がる、ネテロ平原の北西に位置します。

 そして平原を越えた更に北には、この大陸を治める王城とその城下町からなる「王都ヘイナード」があり、ラビリンスの位置は丁度ネルサの街と王都ヘイナードの中間に位置していたのです。


「……彼の力量を考えれば、救援を待っていたら間に合わないだろうね……」


 エルビンがどれくらいラビリンスを進んでいるかにもよりますが、もし中層以降まで進んでいたら多分間に合わないかも知れません。

 今からでもそんな状態なんだから、王都に向かって救援を要請し、それからラビリンスに向かっていては彼を救出するのは不可能でしょう。


「じゃあ仕方ないわね! 私達で彼を助けに行きましょうか!」


 私の出した結論にグリンは申し訳ない様な笑顔を、ティアは目に涙を浮かべた笑顔を向けてきました。


「あ……ありがとうございますっ!」


 ティアは椅子から立ち上がって、深々と頭を下げました。

 エルビンも自分の為にここまでしてくれる人が近くにいるんだって気付けば、今回の様な無茶もしなくなるんだろうけどな……。


「それじゃあ、早速出発しよう。事態は一刻を争うからね」


 彼の言葉で、私達は早速ラビリンスへと向かう準備を始めました。



無謀……と言うには、余りにも無茶です。

今から追いかけてエルビンに追いつくかどうか分からないけど……私達は行動を開始しました。

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