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グルメ・イン・ア・ラビリンス  作者: 綾部 響
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試練の洞窟へ

アイネさんから、シャルが私達と同行する提案が齎されました!

この突然すぎる提案に、私達は勿論、当のシャルも当惑気味です。

「……へ……? ……な……何……? ちょ……母様(ははさま)っ!? いきなり何を言い出すのですかっ!? わ……(わたくし)はこの森から離れる気なんてありませんからっ!」


 アイネさんの浮かべる満面の笑みに対して、想像もしていなかった提案を向けられたシャルは動揺を隠しきれていませんでした。


「……あらあらまぁまぁ……。でもねぇ、シャル。貴女ももう16だし、今まで外の世界を知らなかったと言うのは遅すぎる位なんですよ? グリンさん達がここへ訪れたのは、良いタイミングだったと言わざるを得ません」


 シャルの猛反論に、それでもアイネさんは表情を崩す事無くそう説明しました。

 でもシャルの考えは兎も角、アイネさんの言う事にも一理あります。

 この森もこの世界の一部なんだから、今後全く接点を持たずに生きていく事は出来ないでしょう。

 それなら出来るだけ早い段階で知る努力はするべきです。


「……で……でも、私は外の世界にきょ……興味ありませんからっ! それにお忘れなのですか? 私は……私には魔法を使う事が……」


 シャルの反論には、その言葉ほど力が込められていません。

 全く興味が無いと言う事では無いのかもしれないわね。

 私達……特にグリンにしてみれば、貴重な魔法を使える人物が近くに居れば、今後新しく思いつくレシピを試すのにこれ以上ない人材なのは言うまでも無いんだけど……。

 でも結局実験台なのよねー……。

 もっともシャルの話し方では、どうも彼女は魔法を使えないようね……。


「……そうですね……。シャル、貴女は魔法の知識こそ高く、(わたくし)から見ても非常に優秀な魔女の卵です。でも、だからこそ貴女の魔法は簡単に使えてはいけなかったのです。それ故に私は貴女の魔法を封じました。……シャル、貴女は魔法が使えないのではなくて、使えない様に封印されているだけなのです」


 シャルでさえも知らなかった事実に、アイネさん以外の全員が動きを止めて言葉も出せずにいました。

 シャルは、アイネさんに魔法を封じられて使う事が出来なかった。

 だから、初めて会った時も魔法を使う素振りすら見せなかったのね。


「そ……それでは母様っ! 私も母様と同じ様に魔法を使う事が出来るのですねっ!? 私は、母様の名に恥じぬ魔女になれるのですねっ!?」


 普段は感じさせなかったんだろうけれど、きっとシャルにとって魔法が使えない事は、彼女の心に劣等感を生じさせていたのでしょうね。

 今の彼女は嬉しくて仕方ないとでもいうかのように、泣くほどの笑顔を湛えています。


「勿論です、シャル。本当は後2年も修行をすれば、封印を解く儀式について話そうと思っていました。ですが、今がそのタイミングだと判断しました。……シャル。貴女は外の世界へと赴き、その見聞を広め、さらなる成長を果たす時が来たのです」


 アイネさんの言葉に、シャルは感無量と言った表情を浮かべています。


「……ですがその為にはシャル、貴女には『魔女の試練』を受ける必要があります」


 でも次の言葉でシャルも、そして私達にも緊張が走りました。

「魔女の試練」がどんな物かは分からないけど、試練と言うからには一筋縄では行かないと思ったからです。


「……母様……『魔女の試練』とは一体……」


 さっきとは打って変わった表情のシャルは、少し顔を蒼ざめさせてアイネさんにそう問い返しました。


「ウフフ……そんなに緊張する事じゃあありませんよ? 北にある小さな洞窟の奥に、貴女の封印を解くための魔導球が安置されています。それに触れれば、貴女に施されている封印を解く事が出来るのです。猛獣や怪物の類は出て来ませんから、貴女一人でも大丈夫でしょうが……グリンさん、メリファ―さんも、もし良ければ同行してあげて貰えませんか?」


 突然こちらに話を振られたけど、今後仲良く……多分仲良くして行く友達……多分友達の試練に付いて行くのは問題ありません。


「……は……はい。僕達は構いませんが、その洞窟に部外者が入っても問題ないのですか?」


 何やら大事な物が安置されてる洞窟なら、本来は極秘だとか門外不出と言うのが通説だもんね……。


「ええ、勿論問題ありません。そもそも魔女以外の者が訪れた所で、何がどうなる訳でもありませんから」


 だけどアイネさんは、とびっきりの笑顔でそう答えました。

 でも確かに、今までこの「魔女の隠れ家」さえ誰にも発見されずにいたのです。

 恐らくその洞窟にも何かの結界が張ってあって、きっと普通の人には永遠に見つける事なんて出来ないんだろうな……。


「それから、グリンさんとメリファーさんにお願いしたい事があるのです。その洞窟にしか生息していない、『マッシュの苔』を採って来て貰えるかしら?」


 予想外の要望だけど、危険のない洞窟で苔を採って来るだけなら断る理由もありません。


「私の事もメルで良いです。それでアイネさん、その『マッシュの苔』を採って来るのは良いんですけど、私達その苔の事を知らないんですが……」


 採って来る事に異論はないんだけど、私達は「マッシュの苔」なんて初めて聞く名前で、どんな苔なのか想像もつかなかったのです。


「ウフフ……メルさん、それならば問題ありませんよ? その苔は洞窟の中で蒼く仄かに光っている筈です。一目見ればすぐに分かると思いますので」


 なる程、暗闇で発光しているなら探すのもそれ程難しくないわね。

 それに、青く光る苔と言うのも恐らく初めて見る物で間違えようもないわ。


「分かりました、採ってきます。……でも何故その苔が必要なんですか?」


 アイネさんの話しぶりだと絶対に、早急に必要と言った感じは受けません。

 でも、シャルが試練で訪れるって言うのに、わざわざそれを依頼すると言う事はそれなりに必要とも考えられます。


「その苔には滋養強壮効果があるのです。この子……ガウも、もう随分と歳を取っていて最近は体調も崩しがちなのです。近いうちに私が採りに行こうと考えていましたが、これもまた良いタイミングだと思いお願いした次第です」


 事情を聞けばなる程、納得のいくものでした。

 苔の採集には何の危険や問題も無いんだから、本当に洞窟へと行くついでの用事なのです。


「そう言う事なら分かりました。ね、グリン?」


 私がそう言ってグリンの方を見ると、彼も笑顔で頷いて答えました。


「それでは皆さん、今夜は此方へ逗留されて、明日の朝出発されると良いでしょう。シャルもそれで良いわね?」


 アイネさんが話を纏めに入り皆にそう声を掛けると、殆ど同時に私達は頷いて答えました。





 ―――翌朝。


 朝食と出発準備を済ませた私とグリン、そして「魔女の試練」を受ける事が目的のシャルは、アイネさんより教えて貰った洞窟へと出発しました。

 今日も天気がとっても良く、木々の切れ間からは澄み渡った青空が顔を覗かせていました。

 鳥達は楽し気に聞こえる声で歌い、うっかりするとハイキングに来た雰囲気になってしまいそうです。

 そんな中で、シャルだけは出発してから緊張感が抜けずにいました。

 私達が話しかけると、いつもの様に高飛車な物言いで答えるんだけど、どうにもその言葉にはキレがありません。


「ちょと、シャル? 今からそんなに緊張してたら、いざ本番となった時に体力が持たないわよ?」


「わ……分かっていますわっ! そ……それよりも誰が緊張してるって言うのかしらっ! ば……馬鹿な事も休み休みおっしゃって下さいっ!」


 ……終始この調子なのです。

 彼女が意地を張るのも分からないではありませんが、もう少しリラックスした方が良いと思うんだけど……。

 でも彼女の性格から、いくら言っても素直に聞く訳はありません。

 結局洞窟に辿り着いても、彼女のナーバスが治まる事はありませんでした。





 快晴の屋外から一転、当たり前だけど洞窟の中は暗く陰気な雰囲気です。

 灯りが無ければ一寸先も見えない洞窟では、折角の天気も台無しね。


 ―――ポウッ……。


 ランプの用意をしていたグリンと私を柔らかい、それでも確りと周囲を照らす灯りが照らしました。


「あら? シャル、あんた魔法は使えなかったんじゃないの?」


 その灯りは、シャルの持つ杖から発していました。

 この洞窟には彼女が魔法を使えるように、彼女に施されている封印を解きに来た訳で、それまでシャルは魔法を使えない筈なのです。


「ウフフ……この杖には母様の(まじな)いが掛けられていて、魔法を使わなくても暗闇を照らす灯りとなるのよ」


 私の問いかけに、シャルは鼻高々でそう答えました。

 別に彼女を褒めた訳じゃないんだけど、シャルにとってアイネさんを褒める言葉は、全て自分の事の様に誇らしい事なんでしょうね。

 彼女が持つ杖が周囲を照らして、その姿を闇の中で浮かび上がらせます。

 洞窟……と言うからには、当然壁や天井は岩で敷き詰められているんだけど、何故か不思議な違和感を覚えました。


「……ねえ、メル……。この洞窟……妙に綺麗だよね……?」


 グリンの言った事に、私の抱いていた違和感の正体がハッキリしました。

 多分、誰の手も加えられていない、そして魔女の他には誰も訪れていない筈の洞窟なのに、まるで毎日掃除している様に足元から天井まで綺麗だったのです。

 これじゃあまるで、洞窟と言うよりも地下通路だわ……。


「それは当然よ。ここは毎日、母様が魔法で掃除しているのですから。汚れなんてある筈がないですわ」


 グリンの言葉に、シャルはさも当然の様にそう言いました。


「ええっ!? ここを毎日っ!?」


 これには驚きを隠す事なんて出来ません。

 この洞窟から魔女の隠れ家まで、決して近いとは言えない距離なのに、アイネさんは魔法を駆使してこの洞窟の汚れを一掃していると言うのです! 

 魔法が凄い力だと言う事は、見た事無くても何となく分かるけど、まさかここまで凄い事をやってのけるなんて……。


「言っておきますけれど、毎日これ程の事をアッサリとやってのけるなんて、世界広しと言えども母様の他には居ないんですからね」


 私達の驚いた様がよっぽど気分良かったのか、シャルの話し方は益々得意気となっていました。

 でも確かに、アイネさんの実力が少しでも分かった様な気がするわね……。


「……アレ……あそこ、薄っすらと光ってないかい?」


 するとグリンが、通路の先に何かを見つけたのかそちらを指してそう言いました。

 シャルの持つ灯りが僅かに届かない先に、淡く青い光が揺らめいて見えたのです。


「……これが……マッシュの苔かな……?」


「そうですわね……私も1度だけ見た事がありますわ。これは間違いなくマッシュの苔ですわね」


 近づいて確認したグリンがそう呟き、シャルもそれを肯定しました。

 グリンは仄かに青く光る苔をガラス瓶に採取しました。


 ―――その時!


 彼の右腕が僅かに光を放ったのです!


「……あっ……」


 その現象と彼の口から零れ出た呟きで、私には何が起こったのか分かりました。

 シャルは私達から少し離れた処に居たので、グリンに起こった現象には気付いていない様です。

 でも、今はその方が良かったと、少しホッとしたのでした。


 シャルが今後どれだけ私達と仲良くなって、どれくらい私達に協力してくれるか分からない以上、今彼女にグリンの能力が知れることは避けたかったのです。

 シャルの持つ光が僅かに届くかと言う薄暗い中で、グリンは視えた(・・・)材料を小声で話し、私は何とかそれを書き記しました。


「どうしたの? 苔の採集はもう終わったかしら?」


 苔を採集するだけにしては時間が掛かり過ぎてると思ったのか、シャルが遠間からそう声を掛けてきました。

 幸い彼女が此方へと振り返る前に、グリンの右腕から発していた光は消えていました。


「……ううん、何でもない。もう終わったし、先を急ぎましょうか」


 何事も無かった様に振る舞って、私はシャルにそう告げました。


アイネさんに頼まれたものを採集した途端!

グリンの「能力」が発動しました!

それはつまり……新たなレシピが生まれたと言う事です!

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