無事?無事じゃない?
「白の大賢者を敵に回して生きて帰れると思うなっ!煙の妖怪だ?初めて見る相手だ?それがどうしたっ!」
ものすごい速度で、和樹の前に光の魔法陣が組みあがっていく。
「経度、緯度を計算して位置特定、特定一から東西南北天地1m四方に結界点設置、属性土、耐性強化火、風――」
何かをつぶやきながら、雪の結晶のような美しい魔法陣を和樹が作り上げる。
綺麗……。
ああ、だめ、もう力が入らない。
「和樹……逃……げ……」
ゆるっと手が離れ、抑えていた煙がぶわりと吹き出そうとしているのが見えた。
「【結界展開】」
和樹の言葉に、魔法陣が黄色く輝きを放つ。
正八面体のような形の半透明のものが浮き上がり、煙羅を取り囲んだ。
ああ、もう、大丈夫……。
そう思った瞬間、力が抜けて、手から豚の香炉が落ちた。ガシャンと音を立てる。
割れてたらどうしようと思いながら意識が遠くなっていく。
「結梨、結梨、結梨っ」
喉が切れそうなほどの声で叫ぶ和樹の声が最後に聞こえた。
これはとある世界に語り継がれる物語である。
白の大賢者と呼ばれし者がいた。
世界のすべては彼の思うままにできるほどの偉大な魔術師だった。
だが、その彼には一つだけどうしても手に入れられないものがあった。
心美しき白の人。
世界を救うためにその身をささげた聖女である。
「んー……ん?」
異世界の童話?白の大賢者だって。
和樹が前世だって言ってたのだよね?その影響で見た夢かな?
なんて思いながら目を覚ます。
「あ、知らない天井……」
言ってみたかったから言ってみたけど。簡単に想像はつく。
腕から伸びているらしい細い管。それにつながる透明のパック。
周りを取り囲む淡い色のカーテン。
点滴と大部屋にあるカーテンだね。病院だ。ここ。
私、どうしたんだっけ?
カーテンが開いて、ゆきちゃんが姿を現した。
「あ、目が覚めたのね!よかったぁ」
ベッドの横に置いてあった椅子に、ゆきちゃんが腰かけた。
「あれから大変だったんだよ」
ゆきちゃんの話では、防毒マスクに防護服に身を包んだ人がやってきて大学は大騒ぎだったらしい。
「教室からさ、結梨と和樹くんが救急車に乗せられるの見て、生きた心地しなかったよ!」
え?
勢いよく上半身を起こしてゆきちゃんに尋ねる。
「和樹も運ばれたの?嘘!大丈夫なの?」
どうして?
だって、和樹は煙羅に包まれなかった。毒煙を吸っていないはずなのに……!
「んー、なんか他の運ばれた人間とちがって、和樹君は過労だって。点滴打ってるはず」
「過労?」
どくんと心臓が締め付けられる。
夢の中の白の大賢者と呼ばれていた人は……。
世界を変える力を持つ……それはつまり、世界を守る力を持つ魔導士に他ならなかった。
世界を守るために彼は魔法を使った。幾度となく倒れながらも魔法を使い続けた。そんな彼を、白の人は助けたかったのだ。
少しでも力になりたい。そのための力が欲しい。
そうして、聖女の力を手にし、世界を救った。彼が少しでも楽になるように……。
夢の中の話なのに、どうにも和樹が白の大賢者と同じように無理したように思えて仕方がない。




