逃げてよ
こ、これで……大丈夫?なの、かな?
ほっと息を吐き出し、さっきまで煙に覆われていて見えなかった教室の前に目を向ける。
20人ほどの人が机に突っ伏したり床に倒れたりして意識を失っている。
「い……いきてる……よね?」
煙羅の毒煙って、どれくらいの毒なの?すぐに意識を失うほどの強い毒……一酸化中毒という単語が頭に浮かんだ。火事になったら煙を吸い込んではいけない……という言葉も。
怖い。もし、息をしていなかったら……。
怖い、けど、確認しなくちゃ。1分1秒が生死を分けることだってあるんだ。
震える手足を必死に動かし、武田先輩たちが倒れているところへ向かって歩き出す。
「結梨っ!」
乱暴に後ろのドアが開く音と、私を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると私の元に走り寄る和樹の姿。
そして……。
「き、来ちゃダメ!」
うそでしょう。
豚の香炉に吸い込んだはずの煙羅がまた、外にあふれてきている。
スマホで見た香炉の画像を思い出す。蓋……蓋が付いてた。蚊取り線香の豚の形をした香炉は蓋がない……だから、閉じ込められないってこと?
煙が見えているのは私だけ。
後ろのドアから入ってきた和樹は、私に向かって走ってくる。
私と、和樹の線状に豚が……。
「煙羅がそこにっ!和樹も毒の煙に巻き込まれちゃうっ!」
見えていない和樹は、そのままこっちに向かってくる。
「だめ!そこに……!」
和樹を守ろうと、豚の香炉に向かって走り出す。もう、人の2人や3人飲み込むことができそうなほど煙が大きくなってきている。
煙の中に手を伸ばして豚の香炉をつかんだ。
「危ないから、和樹は外に……!今、ゆきちゃんが香炉を買いに……」
出てこないで!これ以上煙よ、出てこないで!
豚のお尻の部分の大きな穴を体に押し当て、鼻の部分の穴を両手でふさぐ。
まずい。毒の煙を吸い込んでしまった。煙は見えているから吸い込まないように顔を背けていたのに……!。
「和樹、逃げ……て」
大丈夫だ、まだ和樹は煙に飲み込まれていない。
息が、苦しい。
だけど、和樹の無事な姿に心は……苦しくない。
「結梨!くそっ!」
和樹は足を止めて近くの机を拳でたたいた。
「なんでだよ!どうして、結梨が……【鑑定】そこか。煙羅……!許さない」
「和樹……逃げて、力が……入らなくなる前に……」
体と両手で押さえているから、煙はそれ以上出てこず広がっていかないけれど。
毒煙を吸ってしまって、体から徐々に力が抜けていく。
大量に吸ったわけじゃないから、他の人のようにすぐに倒れるわけじゃないけど……いつまでもつか……。
和樹がポケットから魔石を取り出すのが見える。
取り出した魔石を口に入れた。奥歯でガリリと噛んでいる?まるで苦い薬を飲んだ時のように顔をゆがめた。
何をしてるの。そんなことよりも早く逃げて……!
うわ!
和樹がぼんやりと白く光を放っている。
何、あれ?




