危機一髪?
大講義室のある棟の外には騒ぎを聞きつけたものすごい数の学生が集まっていた。
大学の職員が右往左往して学生たちに近づかないように指示している。警備員も駆けつけていた。
「一体何があったんだ?」
「人が次々倒れたって」
「えー、なんで?死んだの?」
「分からない。助けようと近づいた人も倒れたからみんな逃げてきた」
「怖っ。ってか、ここにいて大丈夫かな?」
「死んでたらさ、もうあの教室使うのやだよね」
ばくんと、心臓が跳ねる。
死……。
目が合って笑った武田先輩の顔を思い出す。
やだ。やだよ。
ぐっと、部室から持ち出した香炉……豚の陶器を胸元で強く抱きしめる。
それから、人の間をすり抜けて走り出した。
「待ちなさい、危険だ!入ってはいけない!」
警備員に声をかけられたけれど、無視してそのまま建物の中へと入っていく。
「待ちなさい!」
声は小さくなっていく。後を追ってまで止められなくてよかったとホッとする。
警備員も中に入るのが怖いのかもしれない。
廊下を歩いて、講義室のドアの前に来る。ドアはびっちりと閉められている。
のぞき窓から中をのぞいたけれど、黒っぽい煙が見えるだけで、倒れた人たちがどうなっているのか全然分からない。
ぶるるとポケットの中でスマホが音を立てる。
何度も、何度も。
きっとメッセージアプリの通知だ。ゆきちゃんか、和樹か……。
豚の陶器……。蚊取り線香を入れる……香炉。
スマホで香炉と出てきた。煙羅に効果がある香炉とは違うかもしれない。
ごくりと唾を飲み込む。
大丈夫。煙がのある場所に足を踏み入れなければ……。
教室の後ろのドアへ移動し、のぞき窓から中を見る。煙は見えない。
大丈夫。……自分をそう励ましながら、ドアを開いて中に入る。
「あっ」
教室はいつの間にか半分くらい煙に覆われていた。
前半分は真っ黒な煙で何も見えない。
このまま煙が広がって行ったら、どうなるの?何とかしなくちゃ。
他の人に見えないのなら、見えてる私が!
煙に近づいていく。ギリギリまで近づき、手に持っていた豚の陶器、蚊取り線香を入れる香炉を煙の中へと突っ込んだ。
煙の中に入った手がひやりとした。炎から出る煙なら熱いはずなのに、何度か冷たい。
しばらく、何の変化も見えないと思っていたら、勢いよく煙がこちらに向かって流れてくる。
襲われる!
恐怖で固まったところ、こちらに向かってきた煙は、みるみる香炉に吸い込まれていった。
あんなに広がっていた煙が、ものの数秒で全部香炉に吸い込まれてしまった。
震える手で、突き出していた香炉を机の上に置く。
中をのぞくと、煙の塊が見える。
ちょうど、女性の肩に乗っていたぬいぐるみのようなサイズだ。
ご覧いただきありがとうございます。
蚊遣り豚……と、いうそうです。蚊取り線香を入れる豚の陶器のモノ。
蚊取り線香を入れるものを「蚊遣り器」と呼ぶらしい。……主人公は名前を知らないのでそのままです。




