さんぽ
「なんで?どうして?幼児返りしてんの?」
私の手を握って横を歩く和樹の顔を見る。
「はぁ?大学で彼女してくれるんでしょ?手くらいつなぐでしょ?」
そうだよね。大人の姉弟で手はつながないもんね。つないでれば特別な関係かな?って思わせることができるよね……。
「って、なんで家からつなぐ必要なくない?」
和樹が車道側を歩きながら駅の方向をまっすぐ見ながら答える。
「じゃ、どこから?駅から?電車の中?どこで同じ大学の人間が見てるか分からないよ?大学の門をくぐってから突然手をつなぐの?」
う。確かに?
でも、この辺りは小学校の同級生もいるし……。
赤信号で止まると、和樹が私を見た。
「どこから、線引きするの?」
「線引き……」
和樹が握っている手に力を込めた。
「俺は、そんなに器用じゃない。今は彼女で、今は姉なんて器用に使い分けられない」
「私は……」
首をかしげる。
「何だよ、結梨はそんなに器用に使い分けられるのかよ」
「あはは、ごめん、逆に、ずっと姉かも。彼女って何が違うの?いつも和樹のこと好きだし、和樹と手をつないで歩くのだって昔に戻ったみたいでちょっと楽しいし。あ、そうだ、さんぽの歌を歌ってあげようか?好きだったでしょ?」
和樹が乱暴に繋いでいる手を外した。
「いいよっ!調子っぱずれの歌なんて聞きたくない!」
「え?好きだよね?好きだったよね?もしかして無理して聞いてた?」
調子っぱずれ?嘘。誰がうたっても外れるような歌じゃなくない?うわぁ、恥ずかしい。いや、でも子供のころの話だし?
「す……だよ」
「え?」
「好きだよ。好きだ、好き、好き。なんだって好きだよ。結梨の歌声っ。外れてたってなんだってっ」
ぷいっと和樹が顔を反らした。
どうしよう、なんかかわいい。笑い出しそうなのをこらえて前を見ると、変なものが目に映った。
道路の向こう側で信号待ちをしているスーツ姿のサラリーマン。
「ねぇ、和樹、あれ見て。排気ガスがもくもくしてるのともたばこの煙とも違うよね?」
和樹の服の袖を引っ張る。
「何?」
「だから、あの、スーツの人の足元に、なんかゴムを燃やしたみたいな煙が……って、あれ、靴のゴムとかまさか燃えてる?」
和樹が道の向こう側で信号待ちをしている人に視線を向ける。
垂れこ込めた濃い雲のような黒い煙が、まるで男の人の足元にまとわりつくようにして現れている。
本人も他の人も気が付いていないの?
「は?どのスーツの人?」
道の向こうには駅に向かう通勤途中スーツ姿の人は確かに多いけど。でも、あんなにはっきり足元が煙に包まれていたらすぐに気が付くでしょ?
「だから、向こうで信号を待ってる真ん中くらいにいるスーツの……足元を見て。燃えてるとしたら教えてあげなくちゃ」
信号が変われば歩き出す。歩き出したら気が付くだろうか?
「何を言って……って、まさか見えてるのか?聖女の目……」
「危ないっ!」
随分前なので、忘れている人もいるかもしれませんので。
「弟」表記ですが「義弟」です。主人公はあえて「弟」と言ってます。母親の方は義母なのですが「お母さん」です。あえてです。本当の家族でありたいと強く思っているので。主人公は義の文字を使いたくないんです。




