卒業式
「和樹、昨日さゆきちゃんが言ってたんだけど、隷属の首輪って結局しつけ用の首輪みたいなものなの?」
1週間のうちに1回は異世界の話をするのが普通になった。
「あ?なに、しつけ用の首輪って?」
「知らない?無駄吠えをする犬につけたりするやつ。吠えると電気がピリッとするとかそういうので、まぁ、虐待じゃないのって問題もあったりするあれだけど……」
和樹がへーっと感心したような表情を見せる。
……とても中2の表情には見えないなぁ。
そういえば、すっかり声変わりも終わったし、身長もずいぶん伸びたなぁ。あと2年もしないうちに、身長も抜かされそうだなぁ。そっか。
成長期だもんなぁ。表情だって変わってくるよね。
「どこの世界も似たようなもんだなぁ。そうそう、そんな感じ。逆らうとひどい目に合うから逆らうなってのが基本。まぁ、電気ショックじゃなくて、魔法的なところが違いかな。電池じゃなくて、魔素をためた魔石を使うんだよ」
「ああ、そうなんだ。魔石は電池みたいなものなんだ。そっか、だから和樹は、魔素の代わりに電気で何とかならないかと思ったんだね?で、どうなの?研究成果は」
和樹が首を横に振った。
「魔法陣は作動しなかった。残念ながら。そう簡単にはいかないみたいだ」
そんな会話をしながら、和樹が中二、私が高二の時間は過ぎていった。
中三と高三の時間は、進路を決めたり、受験勉強をしたりと忙しく過ぎていった。
和樹の予言というか呪いというか、単に私がモテないせいか、高校卒業まで色恋の話題はなかった。
「卒業おめでとう、和樹!」
和樹の卒業式には父母と私、家族全員で見に行った。
大学受験は、私立のすべり止めはすでに合格もらっているし、ほかは合格発表を待っているだけなので。
「あー、和樹!」
校門で出迎えた和樹の学生服のボタンが見事にない。
えええーっ!
「モテモテじゃんっ!和樹すごい!さすが私の自慢の弟!」
思わず顔がによによしてしまう。
和樹の良さを分かってくれてるのが私以外にもいるっていうのが単純にうれしい。
「姉ちゃん……はい」
へ?
手を出すとボタンが一つころん。
「母さん、これ」
母さんが手を出すと、母さんの手にもボタンが複数ころりん。
「えー、なんで、母さんのほうが多いの?」
「和樹、父さんにはないのか?」
和樹が頭を押さえた。
「いや、ボタン持ってかれてもさ、まだ高校受験残ってるから、制服必要だろ?だからもう試験残ってないやつにボタンもらってきた。母さん縫い付けてもらえる?」
母さんが和樹の頭をなでた。
「いいよ。もちろん。和樹は頭が回るね。母さん助かったわ。ボタンをくれた子にお礼しないといけないわね?」
おお、そうだ。ボタンくださいってシステム……。まだ卒業式にも制服使うんだから困ったものだよね。
でも、欲しい女子はたくさんいるし、断れない男子もたくさんいる。
SNSで見たことあるよ。「息子の制服のボタンがない!」悲喜こもごもの書き込みを。あ、ボタンがあるっていう悲喜こもごもも見たなぁ……。
「いいよ。嬉しそうにボタンくれたよ。全部もらわれたって家族に自慢できるとか言ってたぞ」
あああ、ご家族の皆さん……まさか、女子ではなくモテ男子にもらわれていったとは思わないでしょうね。
いや、これが腐界の住人に知られたら、新たなる火種に……。げふげふう。
「えーっと、じゃぁ、私のこれは何かな?」
母さんに渡された複数のボタンの謎は分かった。
もらいすぎて余った?
余ったボタンをもらっても、私も使い道がないのですが……。
「姉ちゃん、中学も高校も、誰のボタンももらえなかったんだろう?だから、やる」
へ?
いや、うん、確かに、私の人生、制服のボタンとは無縁の生活をしておりましたが……。
「も、もらえなかったんじゃなくて、もらおうと思ったことがなかっただけだよっ!」
ぷんすか。
「じゃぁ、これが、唯一の制服のボタンな。大事にしろよ。あ、何なら高校の卒業式の時もやろうか?」
にやっと和樹が笑う。
「もちろん、和樹の大切な卒業式の思い出の品だから、大切にするけど、けど、」
モテないことを弟に同情される姉ってどうなんだろう。
情けない。
これは、大学デビューして、彼氏を作って和樹を安心させてあげなくてはいけないのでは……。
あぐぐ。ハードル高いな。
 




