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私と藤村は小松さんを誘って鍋を食べることがあった。そのために一回り大きな鍋を買った私は、そのしまいどころに戸惑った。結局鍋は台所の片隅に居場所を見つけて、しかし私はそれを邪魔とも思わず大切に扱った。放っておけば有形の残像ともども風解することを私は知っていたのだ。夜七時をまわると藤村が現れて、それに続いて小松さんが私の下宿を訪れた。彼女は私の隣に座り、鍋の具材をお椀に分けた。私はこのひと時が何より幸せであった。
毎日でも鍋を食べたい私であったが、ロフトのバイトがそれを許さず、次第に私は梅田での仕事を疎ましく思った。しかしバイトを辞めてはお金を得られぬことを知っている私は、苦渋の思いで通い続けた。暦は十二月であったので、フロアの賑わいが尋常ではなく、休日祝日はレジに並ぶのに長蛇の列ができるほどであった。
フロアごとにいる係長の計らいで、クリスマスに見合った衣装を身に付けた私たちは、ことのほか気分が高揚し、仕事のやる気に繋がった。私は上司のこういう計らいが好きであった。彼の齢は三四で私より一回り以上離れていたが、彼はお笑いを語る時以外は実に気さくで、社員やパートやアルバイトの隔てなく、ほとんどの人に好かれていた。もちろん私も彼のことが好きであった。
クリスマスが終わると、まだ一月だというのにバレンタインデーの商品が軒並み搬入されて、それに伴いフロアの商品配置も変えねばならなかった。残業届けに印を押した私たちは、閉店前から作業に取り掛かった。ロイズの看板を立ち上げるよう命じられた私であったが、その日はなぜだか体調がすぐれず、その原因がわからぬゆえに、期末試験前のストレスだろうと高を括った。そして、台に被せる牡丹色の布地を上司に手渡した時それは起こった。
私は最初何が起きたのかわからなかった。周りから向けられる同情の眼差しが、私を一人孤立させた。客のいない店内は、広い代わりに私の焦点を混乱させて、私は意味もなく焦りを覚えた。顕微鏡をのぞくように光を絞った私の虹彩が激昂する上司をとらえると、私はようやく今ある状況を理解することができた。どうやら私は上司の怒りに触れたらしかった。
上司が怒っているのは、私が牡丹色の布地を小さく折りたたんで持ってきたがためだった。彼は布地に折り目が付くことを嫌がったのである。私はそのことを気にしていなかった。後で聞いた話によると、台に被せる布地を運ぶ時は、折り目が付かぬよう広げたまま運ぶのが、会社の決まりであったのだ。私はそのことを誰からも教えてもらっていなかった。上司は下劣な侮辱を私に浴びせ、私は押し黙ったままそれに耐えた。あまりに卑しい言葉の並びに私の意識は朦朧とした。帰りの夜道に雨が降り、私の髪は黒く濡れた。翌日私は熱を出した。
ベージュのカーテンを背に差し出された林檎と蜜柑は大小に丸く、細くなった私の目の中で、輪郭を朧に色彩を滲ませた。境界を失った色の氾濫が有限の空間に無尽蔵で、私はその成り行きを見守る以外にするべきことがわからなかった。わかったところでどうせ体は動かない。だから私はベッドに横たわるまま少女の声を聞くよりなかった。幸いなことに、彼女の声は澄明で、私の室内は透き通るような明りに満ちた。
「どっちがいい?」 と話しかける小松さんに向かって、「林檎」 と答えた私は身体のだるさに目を閉じた。彼女のことを思って私はマスクで顔を覆っていた。小松さんは部屋に上がるなり「加湿器がないね」 と言って、黄色いタオルを濡らしてハンガーに掛けた。それから私と少し話して、汗と脂とがないまぜになった私の額に手を当てた彼女は、おもむろに立ち上がり、夕飯を作ると言って狭い台所と向き合ったが、朝から何も食べていないという私を気遣ってか、途中で立ち寄ったのであろうスーパーの袋を雑に開いて、二種類の果物を私に差し出した。これが今までの過程である。
真っ赤な皮を器用に落として八つに分けられた林檎を、白く質素な皿に乗せた彼女は、折りたたみ式の小さなテーブルの傍らに膝をつき、「食べられる?」 とフォークを見せた。自分一人で林檎を食べるくらいわけもない私であったが、熱の苦しみ、あるいはあやふやに溶解した不届きな理性が私を大胆にして、彼女と私は無言のひと時をただひたすらに見つめ合うばかりに過ごしあった。
小松さんは私の隣に寄り添って、水分を豊富に含んだ林檎の果実を食べさせた。それを小さく口に含んだ私は、すり潰すように細かく噛んで、喉の隙間にのみ込んだ。果実の甘さが唾液と混じって私の脆弱な味覚を勘違いに誘った。恥ずべきことに、私は興奮を感じていた。それも、性的な興奮である。卑怯な私は病人である立場を利用して、再び台所に戻ろうとする彼女の行き場を私の隣に押し止めた。
心配なのか、同情なのか、友情なのか、愛情なのか、定かではないが、小松さんは私の隣にいることを嫌がらず、例えば今日大学であったことだとか、妹とはこんな話をするだとか、そういう日常の話を私に聞かせて、私が頷くのを楽しんでいる風に見えた。私が高校生活のことについて訊ねると、彼女はまず始めに文化祭のことを語り、次に部活のことを語った。恋の話は最後であった。
小松さんは、「これは内緒ね」 と前置きしたうえで、「うち、二年の時に藤村君に告白されたの」 とつぶやいた。「付き合ってたの?」 と私が訊ねると、彼女は静かに首を振った。このことを知った私の善良な悪意はたちまち膨張して不潔に嗤った。私の影には体温を上回る熱烈な焔が灯ってまとまり、目眩ましのように不実を薄めた。しかし代わりに炙り出された過去の様々が弱く激しく揺らめいて、私の決意を左右に揺らした。
自然と言葉を少なくした私のもとを軽々と離れた小松さんは、台所に立ち、お粥を作った。自分の力でそれを食べ終えた私は、言葉少なに時間を過ごした。食器を洗う水の音だけが室内に響いて私の無力を増幅させた。腕捲りをした華奢な彼女を背後から抱き締めることができたのなら、どれだけの幸福が味わえるだろうかと私は私に問い続け、その実行を要求し続けた。しかし私は何もできなかった。重すぎる私の身体は、これほどまでに近い幸福をただ呆然と見つめるばかりで動こうともしないのだ。私はほとんどあきれていたが、諦めようとは思わなかった。下腹部ばかりに集まる血脈が、身体の端々まで散らばるのを私はひたすらに待ち続けることで、いつか理想は花開くのだと私は信じた。
夜九時を過ぎても小松さんは私の部屋にいた。ある時刻になれば帰るつもりなのか、それとも泊まっていくつもりなのか、聞けば回答を得るのは容易いであろう。しかし私にはそれができなかった。聞いてしまえば彼女は帰宅を残酷に告げ、聞かなければこの場に延々居続けてくれるような気がしたからである。
小松さんは暇を埋めるのが得意なようで、部屋の片隅に置かれたコピー用紙を引き抜いては、色鉛筆で絵を描いて時間を過ごした。その姿は園児のように幼く見えたが、幼稚というには彼女の指は繊細すぎた。彼女が切り取った記憶の景色は、現実とほとんど変わらぬ質感で白紙に写し取られて、それはまさしく絵画と呼ぶにふさわしく、私は思わず、「イチョウを描いてよ」 と口走っていた。
この発言を不覚と切り捨てることは誰にもできない。私の発言はむしろ確信に満ち溢れていたのだから。彼女の指先でイチョウの老木が写し取られた時、かの老木は抵抗敵わず絵画の趣へと風化するであろうと私は目論んだのだ。しかし少女は私の意図するところと異なるイチョウを描き上げた。理想と現実の相違というよりは、私の余力の貧しさで、少女の命の豊かさであった。
小松さんが描き上げたイチョウは青々と緑を茂らせていた。その生き生きとした風貌に、私は私の幼少を見た。私の身体は不思議と満たされた。もはやそれだけで十分だった。私は彼女の肩に触れ、私の思いを真っすぐに伝えた。彼女は黙って頷いて、薄い化粧をそっと落とした。




