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イチョウの木  作者: マナブハジメ
高校時代
13/21

13

 高校に入ると学校生活は思いのほか順調で、私は初日にして机を合わせながら弁当を広げることのできる学友を見つけた。しかし出席番号順の机列が散らばり、クジによる席順になると、その友人との会話は徐々に減っていき、次第に気の合う仲間とつるむようになっていた。バレー大会が開かれる頃になると、それら島別れの団結は明瞭に分断され、特に女子の間では、各々がどの島に属するのかという、ある種陣取り合戦にも似た不毛な精神の争いが、水面下で覇権を争い、男子生徒の知らぬところで苦労の精力を塵のように細やかに削っているらしかった。

 私は己の誓いに従順になるべきであったが、やはり惰性の引力は生活のどこかしこに潜んでいるようで、一年の間はほとんどの時間を部活と交友とに費やした。夜の暗さがサドルの鼠色と混じった時に感じる底のない不安と焦りだけが、先細りする私の決意を惨めな姿で支え続けた。しかし私はこの時代に経験した途方もない絶望の果てに、自身の進路が一つしかないことを知るのである。


 纏まった雨を経ぬまま迎えた夏の日差しは砂粒の鋭角を直進で輝かせ、真新しい部室の滑らかなコンクリに光と影を与えて高低の気温を明瞭に区別した。部活が終わった私はいつものように暗闇に帰宅し、その日はたまたま父親と同時に家に着いた。ガレージに車を止めた父は、左足を引き摺りながら下車して力強くドアを閉めた。

 父は生来運動を好み、それはまさしく私が身体を動かすことに幸福を覚えることと直結していたのだが、動を常とする父親の身体は疲労の蓄積に鈍感で、おそらく父はその筋肉の柔軟や収縮を、若かれし頃より一切衰えていないものと勘違いしていた。あるいは、そう自分に言い聞かせることで、鏡に映る己の老いを隠していたのかもしれない。その老いに気付いていないのは父親ただ一人だけであるというのに。

 母はそんな父の無自覚を補うように、老いに対して極めて敏感で、夫の疲労を案じていたが、当の本人は目に見える怪我でもせぬ限り、そのようなことに興味を示すことはなかった。しかし私が高校に合格すると、それが父にとっての一区切りにもなったらしく、左足が痛いということを容易に吐露するようになった。母はまるで自分の身を案ずるかのような険しさで、「病院で診てもらった方がいいわ」 と父を説得し、一か月ほどの期間をあけてもまだ痛みが引かぬことにようやく恐怖を覚えたのか、やっとのことで父は市民病院へと赴いたのである。

 母に聞いた話では、白衣の医者は父の左足よりまず先に、首の付け根にできた不自然で緩やかな瘤に目を留めたらしい。「痛いですか」 と問われた父は、「足の方が痛いです」 と答えたが、医者は精密な検査を父に求めた。後日に精密検査を受けた父は、そこからさらに間を経て、検査結果を聞くに及んだ。父とさして年の変わらぬ健康そうな医者の唇は、現実の歪曲を潔く切り捨てて、脂ぎった皮膚により老いを精神の外側へと追いやる父の理想に癌という途方もない宣告を突き付けた。

 医者が面と向かって癌を宣告したのにはわけがあった。それは治る見込みが多分にあるからそうしたわけではなく、治る見込みがほとんどないが故にそうしたのであった。リンパ腺により体のどこかしこに運ばれた癌の悪意は、痛みを残さず父の中身に寿命を刻みつけていたのだ。父は己の死期を受け入れるより前に、家族の未来を案じなければならなかった。


 父がどのような精神にあったのか、息子である私にはわからない。私は父の命が極めて有限であることを伝えられながら、高校という日常の日々を欠席することなく過ごさねばならなかった。父も等しく会社に通ったが、手術が近付くとさすがに入院せねばならず、そのことが父と目に見えて化粧をおろそかにした母とをひどく不安に脅かし、私の弁当箱はたちまちにして食の彩りを放棄するかと思われたが、それでも母は私の健康だけには細心の注意を払ってくれた。どうやら母は夫の癌を己の責任と感じているらしかった。

 甘めに焼かれた黄色の卵焼きや、しなびた緑のレタスを食べることに躊躇いを感じない私であったが、白い米の中央に一粒だけ置かれている赤い梅干しを食べることだけはできなかった。それは母が防腐のために入れたのであろうが、そのふやけた皺だとか、塩を含んだ酸味だとか、そういう梅の一々が私の食欲を奪っていった。何より食べ終えた後に残るあの味気ない種を見ることが嫌だった。果肉の脱落は、さもありありと無味乾燥を残して、頼りない楕円の膨らみに幾許かの苦味を丸め込み、その曲線の緩やかに本当の苦渋を隠しているように私には思えた。


 手術後の父は癌と無縁の生活を送っているように見えた。例えば日曜の昼に陽を浴びながら車を洗う時の汗の滲み方だとか、コーヒーを飲みながら新聞を読む時の椅子の軋み具合だとか、そういう行為の一つ一つには、日常の輝きしか付帯せず、しかし日常が輝くというこの非日常の色味はやがて、寝室の暗闇の果てに灰白色を閃かせ、次第にそれは病室の潔白と交わりを見せるのであった。

 通院を繰り返すたびに父は痩せ衰えた。病院とは人を健康に戻して帰すところだと信じていた私にとって、時々刻々と変化する父の容姿は私を酷く不安にさせた。父の病状はまるで自分が癌であると気付いたがために悪化を見せているようにしか私には思えず、そのことは癌の宣告を躊躇なく行った医師に対する憎悪へと誤解されることでひとまず落ち着いた。

 私が父の死を恐れるのは、愛だとかそういう熱情のほとばしる人間らしい、あるいは親子らしい何かがあったからではなく、ただ単純に、大学へ行くためのお金が用意できなくなるのではないかという、ごく利己的な感情に由来するものであった。もはや私は私の未来しか見ることができなくなっていたのである。

 このような私の心の内を非難するのは容易いが、否定することは難しい。空白の号泣は常に私の内にあって、おそらくみな平等に、涙腺の源は不確かな未来に端を発しているのだから。父がいなくなることは、私の今日の連続の否定であり、それは私の中では大学と結びつき、母の中では夫の空白と結びつく。ただそれだけのことなのだ。

 あまりにも落ち着きすぎた私の景色の寸前で、青と銀朱の炎が所在なく揺らめいた。父は手持無沙汰にライターに火を灯し、遅すぎる禁煙と共に、太く醜い指の間から零れ落ちた、煙草だとか、酒だとか、仕事だとか、家族の団欒だとか、孫のいる日常だとか、そういう一つ一つの名残惜しさに、ただ呆然と別れを告げているのであった。そうして父はとうとう無力と等しくなった。


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