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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第三章 ―神を包む繭―
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028 繭玉の会


「好きです。好き。大好き。好き。好き。大好きです」

 俺の胸板に顔を埋めた白陶繭良が、ありえない言葉を繰り返していた。

「ふふ、嬉しい。嬉しいなぁ」

 繭良は俺を強く抱きしめてくる。

 ぎゅうぎゅうと押し付けられる胸の感触。

 常人ならば蠱惑され、堕落しかねない匂い(フェロモン)

 権能によって肉体と精神を乖離させている俺は、その背に手を当てながら、冷静に周囲を見た。

 エリア3の一画にある少し大きな廃屋の傍で、俺と繭良を中心に、数十人の生徒が地に伏せていた。

 悔しげに呻く者も、諦めたように何もしない者も、何が起こっているのかわからないままに泣いている者も、皆が何もできていない。

「俺は!」

 俺は叫んだ。胸の中の繭良がびっくりとした顔で俺を見あげる。

 そして俺と繭良を見ていたグズどもの目が俺だけへ向く。

「俺は、帰る。繭良を連れて帰る。そうする(・・・・)。それでいいな?」

 反論は出てこない。繭良からも出てこない。ただ、俺を抱きしめる腕に力が入るだけだ。

「……連れて行って欲しい奴はいるか? こいつを――」

 繭良を示しながら、彼らに問う。

「ここに、この白陶繭良を、助けてやろうっていう奴はいないのか?」

 俺の権能に逆らってでも、傲慢の重圧に耐えてでも、この白陶繭良という少女に、与えられたものをなんでもいいから返そうって奴は……。

 俺は、地に伏せている奴らを見る。

 待つ。待つ。待っている。

 静かだった。繭良も何も言わなかった。

 一分か、二分か、時間は経っていく。

 誰も立たな――いや、一人が立った。

 権能の出力は下げていない。だが一人目に勇気づけられたのか二人目も立つ。

 三人目が、四人目が、五人目が、六人目が……――立つ。

「……助け……助け、ますよ!!」

「白陶先輩は、俺たちを助けてくれたんだから!!」

「先輩も助けて欲しいってんなら、言ってくださいよ!!」

「おおおおおおおおおおおお! おおおおおおおおおおおおお!!」

 叫ぶ生徒たち。男子も女子もいる。ここに転がっている人数からすればそれは多くない。

 気合を入れる奴もいれば、静かに立つ奴。俺を睨む奴。泣いている奴。

 それでも、合計10人の生徒が立ち上がっていた。

「……みん、な……」

 感動したような繭良の声。俺もほっとしたように胸を撫で下ろした。


 ――今なら、まだ大丈夫かもしれない。


 この女を、俺から引き離すのだ。

「なぁ、見ろよ。お前を助けようって奴がこれだけいる。誰も助けてくれないってのは、どうやら勘違いだったみたいだな」

 俺はふッ、と口角を釣り上げ、繭良の背を叩き、俺の身体から離させ――離れない(・・・・)

 繭良の手には万力のように力が籠められ、俺の服を握っていた。

 俺は繭良の指を引き剥がすべく、繭良の指を掴んだ指に力を込め……涙ぐんだ繭良が「ありがとう。ありがとう皆。嬉しい。嬉しいです」と俺の服をしっかりと力強く掴んだまま微笑んだ。

 何も言えねぇ。わかんねぇ。畜生。クソ。白陶繭良、こいつ、こいつも遺伝子を改良されてやがんのか……。

 力が弱いと思っていたが……こいつ、あのときは全然本気(・・)じゃなかったんだな……。

 華や朝姫と同じだ。普段は人間のように振舞いながらも、一線を越えると本性を曝け出す。

 ぐ、うぬぬぬ。思考を切り替える。

 いや、いい。こうなってしまった以上、長く滞在するのも危険だ。とにかく立ち上がった連中を連れ、繭良と共に移動しようと考えたところで。

「う、うぉ……え、あ? なんだこりゃ大罪(・・)か?」

 背後に数人の生徒を連れた、暴力的な気配を漂わせた男子生徒が現れた。

「誰だ……?」

(やとい)兵助(へいすけ)くん、です。私の護衛の……それと今はパーティーの引率をしてくれている」

 未だ俺の胸板に縋り付く繭良が男子生徒の名前と役割を俺へと教える。

 (やとい)? 俺が知らない生徒だ。つまり有名ではない生徒。

 だが、未知の脅威に対するあの姿勢。たいしたことがなさそうな奴には見えない。

 あの手慣れた様子、この世界に来てから覚醒したってわけでもなさそうだ。


 ――神園や留学生みたいな奴か……?


「あー? この、あたりか?」

 この短時間で俺の権能の範囲を見極めたのか。傲慢の圧力が弱いギリギリの縁に傭は立った。

「おぉい! 御神体様ァ!! どうなってんだァこりゃ!!」

 弓を片手に顕現し、俺に向かって構える傭。

 そして、繭良に向かって……御神体?

「私は!! この人に! 忠次くんについていきます!!」

「ああ!? ついていくぅ!? 御神体様よぉ! なんでだ!! 理由を言えよ!!」

「私が、私の幸せのために!!」

 傭と繭良の距離が離れてるがための大声。

 繭良、こいつ。先程、泣き言を言っていた、俺に助けを求めていた人物とは思えない意思の強さ、声の大きさ。

 ……もう連れて行くしかないが、いや、わかっている。ここまで意思の強い人間を振り払うことは難しい。


 ――俺が甘かったのだ。


 この強さは以前俺に立ちふさがった時よりも強固だ。嫌だ怖い。恐怖を傲慢がねじ伏せるも、ああ、嫌だ。嫌だ。

 震えながらも強い意思で叫ぶ繭良の背に手を当てる。柔らかい背の肉の感触。温度。心臓の鼓動。白陶繭良、可愛らしい先輩で、華と違うものの、良い香りのする美人だ。

 だが、ものすごく厄介な気配を漂わせる女。

 そして、嫌そうな俺など気にもせず、二人は声を上げている。

「繭玉の会を裏切るのか! 御神体様!!」

「私は! 私を助けてくれる人がいるなら!! そっちに行きたい!!」

 ちッ、と兵助が俺を睨む。俺がただ黙って睨んでやれば奴は静かに弓を下ろした。

 殺したところで蘇生する以上、暴力はなんの解決にもならない。

 むしろ殺してしまえば蘇生地点へと転移されて逃亡を助けてしまうことになる。

「新井忠次!!」

 だから兵助は俺を口撃する。

 自己紹介した覚えはないんだが、まぁ、俺も顔だけは広いからな……。

 俺は諦めながら傭の言葉に耳を傾ける。

「元の世界に戻ったなら! 全世界に散らばる繭玉の傭兵がお前を殺しにいくぞ! そいつはな! お前ごときが扱っていいものじゃねぇんだ!! 繭玉の秘儀! 超人のための贄! おい! 警告だ! 今後も陽の光が当たる地で生きたいのならば!! 連れて行くな!!」

「そういうのはお前らでやれよ……」

「ああ!? 聞こえねぇ!! はっきり喋れボケカスクソがッ!! ぶっ殺すぞクソガキが! 繭玉の傭兵舐めてんじゃねぇぞ!!」

 話にならない。俺は権能を強めた。範囲が広がる。先ほど立ち上がった生徒たちが膝をついた。

 傭兵助の身体が崩れ落ちる。

「おお、立ち、上がれねぇ……!!」

 悪態すらつけなくなる。

「俺に言うな馬鹿野郎」

 兵助には聞こえないとわかっていても、俺は口にする。

 もういい。なんとかする(・・・・・・)

 そうだよ、やり方は知らねぇが、なんとかしなきゃならねぇなら、なんとかするしかねぇんじゃねぇか。

「忠次くん。あの、ご迷惑を」

「ああ? そうだな。助けてほしいんだっけか」

 割とヤケ気味に、不安そうに俺を見てくる繭良の頭を優しく撫でてやれば、嬉しそうに顔を綻ばせる繭良。

「行こうぜ。きっとなんとかする。お前も助けてやる」

 その結果がきっと。


 ――ジューゴに勝つために必要なんだろう。


 そう思わなくてはやっていられないほどに、のしかかる困難は増えていく。


『新井忠次はエピソード9【うんざりとした決意】を取得しました』

『白陶繭良はエピソード3【幸福の絹衣】を取得しました』


                ◇◆◇◆◇


 『エピソード9【うんざりとした決意】』

 美点を見つけよう。

 そうすればきっと、大事に思えてくる。


 『エピソード3【幸福の絹衣】』

 効果:『白陶繭良』はその戦闘中のマナ使用の際のマナを-1軽減する。

 幸福であるということはそういうことだ。


                ◇◆◇◆◇


 リスポーンポイントまで戻った俺は、新メンバーを連れて転移、そして華を連れて隠しエリアの攻略を繰り返した。

 ただ、難度の上がった隠しエリア攻略に華が必要な以上、朝姫をアイテム化しても連れていけるのは2人まで。

 茶道部の件や傭とエリア3で問題を作りすぎた。俺は急いで転移を繰り返し、そして10人を隠しエリアへと送り届けた。

 そして、最後の転移。

 残ったのは繭良だ。

 真っ先に連れて行くべきかとも思ったが、繭良自身が最後でいいと言い、残っていた。

「……しかし、人がいねぇな。不気味だぜ」

 蘇生地点には人がいない。華の凶行で人が逃げたんだろうか?

 改めて俺は周囲を見渡した。茶道部部員は残っていない。さすがに誰かが助けたのだろう。

「よし、いくぞ」

 華、朝姫、繭良がパーティーにいることを確認し、俺は転移を――。

「……ッ!!」

 朝姫が構える。四凶獄刀を片手に俺の前に出た。

 華が反応しないことに違和感を覚えるも、朝姫の視線の先が気になり、そちらを向く。

 二人組が近づいてくる。男と女。見覚えのあるペア。

「んん、ありゃ、生徒会長の神園次郎だな」

「違います。センパイ、囲まれてますよ。忍者だらけ……このエリアの忍者が全員、ボクたちを囲んでいます」

「……いや、え? マジで?」

「に、忍者!? よ、宵闇だよ。ちゅ、忠次くん、その、私のせいで……?」

 確かにそれもあるだろうが、繭良の精神を不安定にしても面白くない。

 俺は不安そうに俺を窺う繭良の言葉を即座に否定した。

「いや、俺だ(・・)。華がいるから」

 だが、なぜこのタイミングで? 風斬を連れていったときにも華はいた。仕掛けるならあのタイミングでもよかったはずだ。

 だが、俺の疑問に答える者は誰もいない。

(華? どうした?)

 なぜ黙っている。笑っている。

(くそ、何考えてるお前)

 転移してもよかった。だが相手の出方を知りたかった俺は、神園次郎が副会長の宵闇黒衣を連れてこちらに来るのを待ってしまう。


 ――鳥の囀りのような音が聞こえた。


 チチ、チチチと断続的な音。

 それは生徒会長から聞こえていた。何の意味があったのか。囀りは何度か繰り返されて、やがて止まる。

「やっぱりダメか……神園(うち)から逃げ出した神園(うち)の製品が、なんの対策もなしにエリア3に来るわけがないと思ってたんだ」

「あ、そ、そうか。コード……ッ! 忠次くん!? 神園華さんを――え? なんで?」

 囀りに反応した繭良が俺を見て、そして華へ視線を向け、驚愕と疑問を顔に浮かべる。

 生徒会長もだ。副会長も、他の全員が華を見るなか、朝姫だけが会長たちを睨みつけ、俺へ許可を求めてくる。

「センパイ、斬り殺していいですか?」

「まだだ。抑えてろ。つかコードってなんだよ? 聞き覚えはあるが」

「コードは神園の人形に対する絶対命令権のことです。センパイ、ボクも母にコードを使う父を見たことがあります。コードを使えば、人形になんでもいうことを聞かせられるんですよ」

 絶対命令……? なんだそのすごく便利そうなものは。知りたい。俺も華に使えるなら、これで制御が――思い出した。

「いや、華にコードはない。発生しなかった」

 俺の呟きに、え、と朝姫と繭良が俺を見た。そうだ、そんなことを華が言っていた。あの朝に、なぜか勝手にエピソードを解決した日の朝、華自身が言っていたことだ。

 そのために花守五島(はなもりごしま)を拷問する必要があったのだとも……。

「それはどういうことだい?」

 眉を上げた会長の言葉に、俺に先んじて華が返答した。

「気づいただけですよ。わたしたちの肉体に何が起こっているのかを」

 その言葉に、うんざりした顔の会長が華を睨みつけた。

「……ち3八七式甲壱号。お前は商品失格だ」

「ふふ、まさか出会い頭に自壊の勅令まで使うとは思いませんでしたが。いいのですか? 大事な商品を」

「お前にそのコードの存在を教えた覚えはないんだけどな。ちッ、ハルイドの化物め。制御できないならできないで、せめて一般人である新井くんを助けたかったんだけどな……」

「助ける? 世迷い言を。わたしがお前たちから忠次様(かみさま)をお助けするのです」

「わ、私も!! 忠次くんが私を助けてくれるから、私も」

「ボクはそういうのどうでもいいですけど。センパイの敵は全員殺すだけですよ」

 三人娘を見た神園次郎が深々とため息をつく。

「おい、黒衣。怪物が揃って同じ文句を垂れているよ。化物が衆愚化することもあるんだな」

「それより会長、本題はいいのですか?」

「そうだった。新井くん、ちょっといいかい? 二人きりで話したい」

 その言葉に俺は少し考えてから、無理だろう、と言った。

「ええと、それは話せない、ということかな?」

 少し意外そうな会長に、いや、と首を横に振る。

「そうじゃねぇよ。華は聞ける(・・・)。俺たち二人が人を遠ざけようと、こいつだけはどこからだろうと聞いている。そういうことができる」

「ああ……そうか。そうだね。じゃあいいやそこで」

 会長が打ち捨てられた民家の前を示す。リスポーンポイントに近いから誰かが置いたのだろう。椅子が何脚かあった。

「新井くん。僕はもう華の回収は諦めた。今からそういう話をする」

 その言葉に「そう、やはりわたしが神園から離れるためには、忠次様のために動くだけでよかった」と華が俺へ自慢げに言った。

 何かを確信したような笑み。自慢げに俺へ褒めてくださいとばかりに華は媚びた視線を向けてくる。

「あとでな……まずは話を聞いてからだ」

「はい。でも、ふふ、さすが忠次様ですね」


 ――また、俺は何もしていないのに。


 俺の傲慢が、俺を嘲笑っていた。



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