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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第三章 ―神を包む繭―
93/99

026 VS『茶道部』


 エリア3の早朝。

 生徒会によって割り当てられたとある廃屋、そこに茶道部副部長、友近(ともちか)瑠美香(るみか)がいた。

「うぅ……華……華ぁ……」

「瑠美香、そろそろ切り替えなよ」

「だってぇ……だってぇ……」

 茶道部副部長の瑠美香は茶道部に所属する同級生に慰められ、ぐしぐしと目頭を手の甲で拭いながら起き上がった。

 床に敷いていた寝袋は『アイテムボックス』に仕舞う。ここは茶道部が生徒会から割り当てられた廃屋だが、それでも誰もいないタイミングに入り込んで茶道部部員の私物を盗もうとする人間もいるからだ。

 クエスト機能で女子生徒の私物を売っている生徒がいるらしい、というのは掲示板で調べた結果だ。

 生徒会は対処していない。おそらく手が足りないのだろう。業界(・・)の関係者だけでも数が多いのだ。さすがの忍者でも一般の生徒の軽犯罪に関わる余裕がないのかもしれない。

 瑠美香は、息を吐いた。同級生が沸かしていたお湯を鍋からカップに注いで瑠美香に手渡した。

「白湯しかないけど」

 ありがとう、と礼を言って、瑠美香はふぅふぅと息を吹きかけてカップに口をつける。

 ただの熱いお湯だが眠気覚ましにはちょうどいい。

 他に生徒はいない。今この廃屋にいるのは瑠美香と同級生の二人だけだ。

「本当はね。わかってたんだ」

「はぁ? いきなり自分語り? そういうのは壁とか机とかにしなさいよ」

「聞いてよぉ……」

 ぐずぐずと泣く瑠美香に同級生がしゃーないな、と諦めた顔をする。

「ほら言いなさいよ。何がわかってたって?」

「華が、私たちのこと、どうでもいいって思ってたこと……」

「ああ、まぁ、商品(・・)だもんね、あの子」

「うん……」

 神園華の監視。現在の茶道部はそのために存在していた。

 華は部長だったが実際の差配を行っていたのは瑠美香だ。

 もちろん独断ではない。神園の分家の娘である瑠美香が神園の本家より任じられた任務だった。

 その事実を華は知らない。

 監視は花守五島(はなもりごしま)だけだと華は教えられていた。

 周囲に絶望し、完全な性能を発揮できていなかった華が、取るに(・・・)足らなすぎて(・・・・・・)監視役でないと見落とした。

 それが友近瑠美香という少女だった。

「……いいんじゃない? 情を移すと別れが辛くなるっていうじゃん」

「でも、私はヤダな……」

「ま、別に私らは宵闇じゃないから、そういう訓練は受けてないけどさ」

「うん。友達になれたらって……いざとなったら、私が華を連れて逃げてって思ってて……」

「いや、瑠美香、それは……」

 同級生が目を剥く。危険な考えだ。如何(いか)に友近瑠美香が神園が表向きにしていない神園の分家であろうともそれは許されない。

 この場に花守五島がいれば懲罰として拷問を受けてもおかしくない発言だった。

「……わかってるよ。危険だって、家族も罰を受けるだろうし、私も殺されるかも知れない。でも……」

 でも、と瑠美香は涙を拭う。

「私は華が好きだから」

 友近瑠美香は、あの学園に入り、神園の商品たる神園華の監視をしろ、と両親に命じられたときは何も思わなかった。

 実際に会い、共に過ごし、それでも何も思わなかった。

 だけれどいつかの放課後。

 窓際で校庭を寂しげに眺める華を見て、どうしてかこの娘を守らなければと思ったのだ。

(それで……友達になれたらな……って……)

 もはや、叶わぬ夢かもしれないけれど。それでも――

「副部長ーーーーーーーー!!」

 どしん、と壁が崩れ、人の群れが屋内へと入ってくる。

「な、な、ななななななな」

 茶道部部員たちだった。朝の散歩と称し、運動不足にならないようにエリア3を歩き回っているはずの彼女たちがどうして、と瑠美香はあわあわと慌てながら考えた。

「か、感動しました」

「わ、私も神園先輩のこと好きですし!」

「わたしも! わたしも!!」

 かしましい少女たちの喧騒に、先程まで一緒にいた瑠美香の同級生が「後輩ども、うるさーい!」と声を上げる。

 この少女たちも監視役だ。宵闇レベルではないが、華の行動を逐一瑠美香に報告する少女たちだ。

 それでも神園華のこの三年間は無駄ではなかったのだと、あの儚くも寂しい一輪の華を守りたいと思った少女たちがこれだけいたのだと。

 瑠美香は嬉しく思って「みんな、ありがとう」と精一杯の笑顔をみせた。


                ◇◆◇◆◇


「は、華、お、おまえ、なんで殺し……」

 忠次が動揺していた。声は震え、呆然と周囲を見ていた。

「いえ、まだ殺していません」

 綺麗に切断された人間の(・・・)部品が転がっている。

「あ、あ、あ……う、あ……」

 茶道部部員(・・・・・)の部品がエリア3の蘇生地点に散らばっていた。

 とんでもないことをしやがった、と(おののく)く新井忠次に、別にたいしたことはしてないとばかりに平静に説明を行う神園華を見て、友近瑠美香は自分が尿を漏らしていることに気づく。

「え、えっと、は、はな? わ、わたしだよ? 華の親友の」

 疑問符を頭に浮かべた華が、首を小さく傾げた。

 華の視線は瑠美香を見ていない。どこか瑠美香を見ながら別の位置を見ていた。

(わたしの、頭の上を見ている?)

 哀れみを含んだ忠次の視線が瑠美香に向けられていた。

 その視線の意味に気づけず、瑠美香は忠次に向かって怒鳴りつける。

「あ、新井忠次! あ、あんたが! あんたが華を」

「黙ってください。瑠美香さん」

 水の魔法が瑠美香の額を撃ち抜いた。脳を一撃で破壊された瑠美香は自分が死んだことに――

「ッ……!?」

 復活した瑠美香は周囲を見て、新井忠次が隣にいることに気づき、声をあげようとして、自分の首に刃を押し当てられていることに気づいた。

 隣にいるのは忠次たちが移動したわけではなく、転移直後の忠次たちを茶道部全員で囲んだからだ。だから彼らは移動していなかった。だから蘇生するなら忠次たちの隣になってしまうのだ。

 赤い髪の可愛らしい少女が刀を手に瑠美香に警告する。噂は聞いたことがある。赤鐘の麒麟児、朝姫。

 剣術の大家、赤鐘の次期当主候補だった少女。

「神園華を排除してくれるならと静観してましたけど、センパイを襲うなら容赦しませんし、そもそもセンパイを襲撃したところで、神園華は戻ってきませんよ?」

 赤鐘朝姫は、新井忠次によって誘拐されていた。

 その朝姫が忠次を守る? 信じられない現実に瑠美香の頭は混乱する。

(この子も……? まさか新井忠次は洗脳とかそういう……?)

 恐怖を含んだ視線を忠次に向ける瑠美香。

「どうにかしていいならどうにでもできますが、どうしますか忠次様」

「いや、華、やめてやれ。可哀想だろ普通に」

「その普通というのはちょっとよくわかりませんが、わかりました」

 (おぞ)ましい会話だ。華もそうだが新井忠次の当事者であるのに他人事のような素振り。

 それに、まるでこの行為に手慣れているかのような二人の会話。

 そこで瑠美香は気づく。自分以外の茶道部部員が蘇って(・・・)こないことに。

「……バラバラに、されたのに?」

 死体は残っている。残っている(・・・・・)

 慌ててステータスを開き、パーティー画面から友人や後輩のステータスを呼び出す瑠美香。

 全員とパーティーを組むことはシステム的にできないが、現状を知るだけならメンバーである三人で事足りた。

「う……あ……」

 HPが残されていた(・・・・・・)。これだけの蛮行を受けてなお、それが致命傷ではない。

 見れば未だ胴につながっている少女たちの顔が泣きそうに歪んでいる。

「な、なん、なんで……? なんでこんなことを、華」

 動こうとして首筋の刃に触れそうになり、身を縮めながら非難の視線を華に向ける瑠美香。

 自分たちは華にこんなこと(・・・・・)をされる筋合いはないはずだ。華と茶道部は友好的だった。親しかった。

 友達ではなかったかもしれない。それでも、華は部活動でも微かに笑って、私たちはきっと友達になれるはずで。

「は、華、あ、あんたの横の、新井忠次があんたにこんなひどいことを」

「いや、俺は関係ねぇから。それより周りの連中一回殺してやったほうが――「あんたは黙ってて!!」――はいはい」

忠次様(かみさま)、殺したほうがいいですか?」

「知らねぇよ。つーかこいつらなんなんだ結局、茶道部だろ? 華の知り合いじゃねぇのか?」

「忠次様に殺意を向けてましたので。つい」

「つい、って規模じゃねぇだろ。虐殺じゃねぇかこんなの」

「いえ、虐殺ではありません。殺してませんから」

 ため息をついた忠次が瑠美香を見ながら「こいつらの勧誘は難しいか」と呟いた。

「か、勧誘!? あ、あんた! 私たちも華やこの朝姫って娘みたいに洗脳を」

「めんどくさいな」

 え? と瑠美香の視界が斜めに傾く。首に触れていた刀が、三角形の巨大な傷を瑠美香の首に作っていた。

 ドボドボと瑠美香の首から血が流れ落ちる。自分の命が失われていくことに恐怖を覚え、瑠美香が自分の首に手を当てる。それでも血は止まらない。

 泣きそうな気分で華を瑠美香は見る。助けて、と口が動く。

 だけれど声は全く出ない。ひゅうひゅうとした息だけが漏れる。

 華の唇が動く。瑠美香はそれが瑠美香に向けての優しい言葉だと信じて耳をすませ「こんなこと、別に楽しくはないのですけれど」という言葉に、どういう意味だろうと頭の働かない状態で意味を考え――華に傷口を薬草で塞がれた。

 そうして瑠美香は死ねなかった。蘇生すれば意識ははっきりしただろうに、それを封じられた。

 話し声が聞こえる。茶道部が殺された時点で皆逃げたんだろう、周囲に人はなく、だからそこにいるのは茶道部を迎撃した三人だ。

「蘇生させない気か……さすがに話し合ってもよかったんじゃないか?」

「忠次様、改めて当時の状況を思い出しましたが、茶道部は神園の走狗です。わたしに部活動の選択の自由はありませんでした。神園が決めた部活動にわたしは入りました。ならば監視は花守五島だけでなく、そこにいた部員全員が監視役のはずなのです」

「推定か。いや、800億の女だもんな。それぐらいはするか」

「もちろん今から口を割らせることもできますが。やりますか?」

「いや、いいよ。お前がこいつらのことを嫌いなことはわかった」

「ええと、嫌い、なんでしょうか?」

 その言葉だけが、妙に瑠美香の耳に残った。

「嫌いに決まってんだろ。お前、俺の指示を待たずに攻撃したじゃねぇか」

「……そう、なんでしょうか……いえ、そうかもしれません……」

「ちッ、仕方ねぇか。だがこうなっちまった以上は今回でエリア3での勧誘は終わりだ。騒ぎが沈静化するまでは裏に引きこもるしかねぇぞ。なぁ? 華」

「あ……その……すみません」

「やーい。神園華が失敗してるー。やーいやーい」

 声が遠ざかっていく。

 瑠美香は声を振り絞る。

「ま、って、ね、は、な? ま、って……?」

 だけれど、声は遠くに。気配もなくなり。

 そうして瑠美香は再び華を見失った。



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