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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第三章 ―神を包む繭―
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025 裸の語らい


 目が覚めた。寝入れば何があろうと起きない俺だが、寝起きの頭ははっきりしているほうだ。

 そんな俺は自室のベッドに横たわったまま布団を持ち上げ、中を覗き込む。

「おはようございます。忠次様(かみさま)

「……おはよう……」

 いたのは全裸の華だ。俺が寝間着代わりに着ているジャージ越しに俺を抱きしめている。

 胸が当たっているが起きた瞬間に傲慢の権能を軽く使い、意識を肉体から乖離させているので特に性欲は感じない。

(栞に悪いからな)


 ――別に栞は知っても気にしないだろうが。


 俺の純情の問題である。

 さて、華がいない三日間はジャージを着た朝姫が忍び込んでいたが、やはり力関係は華のほうが強く、華が戻ってからは毎日忍び込んでいるのは華だ。

(お、刀傷発見)

 とはいえ朝姫も抗おうとしているらしく、朝起きれば室内に戦闘(・・)の痕跡を見つけることもある。

 今日はベッドの端に四凶獄刀で斬ったらしい傷痕を見つけた。昨日はなかった傷なので夜にこの馬鹿どもが殺し合ってできた傷だろう。

「あとで直しておきますね」

「いや、面白いから残しとけ」

 いつか帰れるときにこのベッドが残っていれば面白いと思う。

 立ち上がり、身体を軽く動かす。

 華がベッドに横になったまま艶めかしい目で俺を見ていた。

「朝からお風呂ですか」

「この世界での楽しみは風呂と飯ぐらいだぜ?」

 軽く朝風呂に入り寝汗を流す。そのあとは軽くランニング。そのあとにまた風呂に入って汗を流して朝食が最近の朝のルーチンワークだ。

「よろしければわたしも忠次様と一緒に入りたいのですが」

「この時間なら千潮くんとアンドリューが高確率でいるぞ」

 ランニングは奴らも参加するからな。ちなみに出部は朝食の時間までは寝ている。

「そうですか。ではおとなしく女湯に入ろうと思います。でも」

 お部屋のお風呂は使わないんですね、と問うてくる華。

「せっかくでかい風呂があるんだからでかい風呂に入るぞ俺は」

 オプションで設定できたから作ったが、部屋風呂を使ったことはないし、これからも使わないだろう。

 特に残念でもなさそうに華はベッドに横たわったまま、そうですか、と穏やかに微笑んだ。

「ああ、忠次様、朝食のメニューは何にしましょうか?」

 問いを発し、俺が先程まで頭を乗せていた枕に華は顔を(うず)めた。

「そうだな。昨日は和食だったし、ベーコンエッグとパンを用意してくれ。ベーコン多めでな」

 目だけは俺を見ている華が、顔の半分を枕に埋めたまま、くぐもった声で、はい、と言葉を返してくる。


                ◇◆◇◆◇


「意外に新井って真面目だよな。毎朝ちゃんと起きてて驚くぜ。遅刻常習だったくせによ」

 俺が洗い場で身体を軽めに洗っていれば、俺よりも早くに来ていた千潮くんが大浴場の湯船に浸かりながら茶化してくる。

「うっせ、ギルマス様だぞ。敬えや」

 言い訳をするなら、遅刻常習だったのはジューゴで、俺と栞はギリギリで間に合っていた。だから遅刻常習ではないのだ。

「ギルマス様もよー。俺らと一緒にきのことクワガタ育てようぜ」

 千潮くんは一見不満そうにも見えたが、新しいことができるのが楽しいのか。声には愉快そうな色が見え隠れしている。

 それに千潮くんたちとて一日中きのこ園に張り付いているわけではない。

 いくらか与えてある自由時間に千潮くんはトレーニングルームで運動していたりする。

 それに、アンドリューや逢糸、風斬を誘ってバトルエリアへの侵入も行っているようだ。

「俺もやれとかなぁ、却下だよ却下。でぶちんがやっと耐性とれたからな。今日は勧誘に行くんだよ」

 俺の言葉に「とれたのか」と千潮くんが声に信じられないような色を混ぜて呟いた。

「ああ、とれた。よくわからんがとれた」

 ただ、俺の講義が大罪耐性取得の役に立ったと思えないのが不安だった。

 わからないと連呼して頭を抱えていた出部藤吉(でぶちん)は、翌日急にとれたと言った。

 そして実際に耐性は存在していた。

「まぁよかったじゃねぇか。これであのクソデブにかかりきりにならなくて済むんだろ」

「ああ……ただ耐性がエピソードなんだよな……」

 俺の返答に千潮くんは首を横に傾げた。

「なぁ新井。そのあたり俺にはよくわかんねぇが、エピソードってのはなんかまずいのか?」

 身体を覆うボディソープの泡をシャワーで流し、俺も湯に浸かった。

 身体が芯から温まる。深く息を吐き、湯船の縁に首を乗せ、千潮くんの疑問に答えた。

「あー、エピソードは関係性なんだよ。特殊ステータスと違って自分だけで完結しない。一方通行か双方向かわからないが、その先に誰かがいる」

 その誰かが問題で、聞いてもでぶちんはわからないと繰り返すだけだった。

(疑いたくねぇが、ありゃ知ってる否定だった)

 でぶちんがエピソードを維持している以上、わからない、というのは難しい。

 エピソードは発生させたあとにそれを維持するだけの関係性を意識しなければならないからだ。

 俺も他人から見りゃ対象のはっきりしないエピソードを持っているが、それは他人が見ればであって、成立過程を知っている俺には『エピソード2【傲慢の大罪】』が孔雀王に(勝利したあとは俺の中に移動した奴の持っていた大罪に)対してで、『エピソード3【七罪】』は華であることがわかっている。


 ――わかっているからエピソードの維持ができている。


 だからでぶちんの『エピソード4【夢見る貪食はそのときを待つ】』が一体何に対してのエピソードなのか、奴にはわかっていないとおかしいのだ。

 俺の言った意味がわからなかった千潮くんが「だから何が問題なんだよ。ちゃんと説明しろよ」と不機嫌そうに唸った。

 その態度こそがこのボクシング馬鹿がエピソードを一つも持っていないことの証明であった。

「そいつが暴食(グラトニー)の対象ってことなんダロ。チュージ」

 ガラガラと露天方向のガラス扉を開いて留学生(アンドリュー)が入ってくる。

「……アンドリュー、いたのか」

 筋肉質な高身長の肉体。崩れた金髪をかき上げながらアンドリューが俺たちの方へと歩いてくる。

「相変わらずでけぇな、アンドリュー」

 千潮くんがごくり、とアンドリューの下半身を見て唸る。

 俺は自身の下半身に目を向け、やはりアメリカは違う、と唸るしかない。

 ふ、とアンドリューが微笑みながら堂々と下半身を晒し、ざぶざぶと浴槽に入ってきた。

「二人共、話は聞こえてたゼ。そのうえで言うガヨ。オレは出部(デイブ)を追放すべきだと思うゼ」

「……アンドリューもか」

「俺もだぜ新井。そのアメリカ野郎は気に食わねぇが、同意見だぜ。新井が大罪は必要っつーから出部を積極的に追い出そうとはしねーがよ、今の話を聞きゃ、どう考えたって出部はやべーだろ」

 二人の言葉は何一つ間違っていない。

 出部は俺に隠し事をしている。

 もちろん他人が俺に向かって全部をさらけ出すなんて考えるほど俺は馬鹿じゃない。

 だが、出部の隠し事はいずれ俺に向かって牙を剥いてくる類の隠し事だった。

(それでも大罪持ちは必要だ。それが出部である必要はないが、出部以外に現状使える奴がいねぇんだよな)

 それに出部は耐性をとれている。ジョブチェンジなりなんなりをしてスキル拡張ができるようになればきっと奴は戦力になる。

(俺に出部を制御できるか?)

 出部のやばさは華たちとは少し違う。

 華と朝姫はそのやばさを俺に隠さない。後ろめたいと思っていない。そもそもあの二人は自分たちの境遇をやばいとは思っているが、自分たち自身をやばいとは欠片も思っていない。

 だが出部は違う。奴が隠してるのは後ろめたいからだ。

 罪悪感か羞恥か、それとも禁忌か。

「……出部は残す」

「意地張るなよ新井」

「そーダヨ。チュージ、デイブは危険だゼ?」

「何度も言うが大罪は必要だ。それに」

 それに? と二人が疑問符を頭に浮かべる。

「俺なら出部を制御(コントロール)できる」

 俺は、俺が信じていないことをまるで信じているように言った。

 理由がある。『エピソード8【今度は失敗しない】』だ。

 出部の問題は、エピソードを成立させてしまった以上、もはや出部だけではなく、俺の傲慢の問題になっている。

 今度は失敗しないと誓っている以上、これが失敗すれば俺の傲慢も揺らぐことになる。最悪、そのまま『傲慢の魔王(プライド)』に心が飲まれる恐れすらも――。

 関わった以上、逃げるような真似は俺の傲慢が許さない。

 俺は全裸で湯に浸かる千潮くんとアンドリューを睨んだ。


 ――俺が出部を追放すれば、こいつらは俺が出部を制御できなかったと見るだろう。


 俺がこいつらの上に立つうえで、そう見られることは避けなければならない。見られてしまえば他の人間も俺を軽んじるようになる。

 それに、そうなったならば、きっと俺は華や朝姫に命じて――。

(よくない考えだな。妄想にしてもリアルすぎてタチが悪い)

 考えを脳から追い出した俺が「出部は追い出さない」と改めて二人に言えば「新井は甘すぎる」と千潮くんが顔を歪め、アンドリューが大きく肩を竦め、忠告するように言った。

傲慢(プライド)の見栄もホドホドにナ。チュージ」

 わかってるよ、アンドリュー。

 出部には注意する。



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