024 夢見る貪食はそのときを待つ
きのこ園を作った次の日、俺はギルドの空き部屋に机と椅子を運び込み、でぶちんと話していた。
でぶちんの育成の方向性を考えるためだ。
そう、大罪のコントロールのために、まずは大罪の理屈を理解させてみることから始めるのだ。
(別に、育成方針を変えんのは華に言われたからじゃねぇが……)
とはいえ、筋肉をつけて強い意思をもたせるのは俺もちょっと短絡だったかなぁと今では思っている。
「だからでぶちんよぉ。重要なのは方向性なんだよ。方向性。別に強い意思を持てとか、食欲抑えろって話はしてねーんだよ」
椅子に座るでぶちんを俺が机に腰掛けて見下ろせば、でぶちんは情けない顔で俺を見上げてくる。
「で、でもボキ、お腹空くんだよ。い、今だって新井くんが耐性をくれないと……うぅぅ……」
「だから別にそれはいいんだよ。腹が減る。食う。それはいい。そこまではいい。大罪は抑えつけるもんじゃねぇんだからよ」
「よくわからないよぉ」
俺は髪の先端をつまんで枝毛を探しながら、めんどくせぇ、と内心のみで呟いた。
そもそも俺の耐性は俺自身が強く意思を高めているから得られているものだ。
あの朱雀の養鶏場での日々。俺は華の欲望に飲み込まれないよう自己を制御した。
孔雀王ルシファーに蹂躙される中、過去に持っていた傲慢を取り戻すことを強く望んだ。
俺が強い俺でいることを望んでいる。その結果が傲慢。そして大罪耐性だ。
さらに言えば俺の『エピソード1【決意】』と『エピソード2【傲慢の大罪】』はただ得ただけじゃない。
維持が大変なのだ。
決意が薄れないように、俺は常に強くジューゴを意識している。
傲慢の大罪が俺に牙を剥かないように、『傲慢に飲み込まれないために、傲慢に振る舞うこと』を自らに課している。
その理屈で言えば、例えば出部藤吉という同級生が耐性を得たとして、それをずっと維持できるだろうか?
――無理だろうな……。
どうしてか俺に嫌われることを恐れているでぶちんを見ながら思う。
自身のうちから湧き出る大罪に飲み込まれるのは楽だろう。衝動のままに振舞うのは楽だろう。
俺とてそうだ。耐性を持っていても、傲慢に飲み込まれ、何もかも好き勝手に踏みにじることを無意識に望んでいる自分がいることは理解している。
それを抑えているのが決意であり、傲慢なのだが……。
(でぶちんと違って俺の大罪スキルがそれほど強力でないのはそれが原因か)
でぶちんの大罪スキルは強力だ。特殊ステータス『過食衝動』には限界値がない。
だからこいつが意識的にそれを使えるならば、極論、億を超えるHPを蓄え、それを用いて一人で大罪魔王を殺すこともできるだろう。
(まぁ実際やれば状態異常で嵌められて嬲り殺しにされるだけだろうが……それでも、それをできる可能性があるというだけで強い)
俺が持つ大罪スキルは多彩と言えば多彩だが、やはりぱっとしない。
『オートカウンター』は孔雀王から奪った権能でしかないし、『攻撃力低下』に至っては発動に装飾品が必要だ。
俺が自分で得た傲慢の権能はパーティーメンバーへの微量なHPとATKの付与や大罪耐性付与、嫉妬に至っては発動に前準備が必要な使い勝手の悪いスキル封印。
俺の中の嫉妬の大罪が疼いた。でぶちんを羨ましいと思う心がある。その嫉妬を抑えず、朝姫のスキルを抑えている『妬心怪鬼』に焚べる。
「新井くん? 怒ってる?」
「いや、呆れてるだけだ。ったく、方向性ってわかるか? 方向性だよ」
「わかんないよぉ」
「例えば俺の大罪は、傲慢の大罪に嫉妬の大罪だが、そいつは――」
説明をしながら思う。これではダメだと。
根本からして、俺とでぶちんは違う。
俺は望んで得たもので、でぶちんは望まず得てしまった。
(望まずに……?)
――本当にそうか?
疑問はある。だけれどまずは説明を行おう。
俺はでぶちんと根気強く話し、でぶちんでも理解できるようにできる限り理屈を噛み砕いて――。
「――と、いうことだ。わかったか?」
「あぅあぅ、わかんないよぉ」
「はぁ、やる気だせやる気」
「うぅ、出してるよぉ」
でぶちんの腹からぐぅぅ、という音が鳴る。
俺が見ている前ででぶちんが顕現したパンを口に咥え、一口で飲み干した。
パン一つでは足りないのだろう。物足りない表情でアイテムボックスを開くでぶちん。
「……なんか、食いたいもんがあんのかでぶちんは」
「え、っと?」
「つーかお前、たくさん食いたいだけじゃないよな」
思い出すのは出部藤吉と会ったときのことだ。
朝姫や華がそうなんだが、狂気に染まっていようと思考力が落ちるわけではない。
華は理性的に殺人を犯すし、朝姫もその気になればとても狡猾で厄介な殺人鬼となれる。
(じゃあでぶちんはどうなんだ? 暴食はどんな大罪だ?)
――あのとき、なんでこいつは自分を食ってた?
そうだよ。腹が減ったとして、こいつはなぜ戦闘エリアに侵入しなかった? デイリーをこなせばパンの一つも手に入るし、白虎の密林のモンスターたちは先制スキルを持っているわけではない。
華が朱雀の養鶏場で詰んでたときとは状況が違う。
こいつには大罪スキルがある。他の生徒と違うんだ。システムを無視して敵を喰らうことができる。喰らって腹を満たせる。たとえボコられようと、たとえ死のうと、戦闘エリアに突っ込めばいい。そうすればいくらでも食料が出現するのだから。
――出部藤吉は自分を喰う必要などないのに、自分を喰っていた?
「ボ、ボキは……」
「あー? 人を、食いたい、とかか?」
「ひッ、ひぃッ!?」
俺の言葉にビビったでぶちんが椅子から転がり落ちた。
「いやそんなビビんなよ。適当に言っただけだって、いや、マジでそんな顔すんなよ。怯えるなよ。ジョークだよジョーク」
無理やり微笑みを作った俺がでぶちんに落ち着くように言ってやれば、過呼吸気味にぜぇぜぇと息を乱したでぶちんが「あ、新井くん。し、心臓に悪いよぉ」と気弱に笑った。
「ああ、そうだな。ったく、で、何食いたいんだ?」
「え、えっと。なんだろ。ボキにはよくわかんないや」
「ったく、まぁいい。今日はこの辺りにするぞ。耐性獲得はゆっくりやっていこうぜ」
一時間以上もでぶちんと話しこめば疲れちまうよ。
慣れない頭を使ったと思いながら俺はでぶちんの肩に腕を回し、「あ、新井くん、ちょ、重い重い」と慌てるでぶちんを部屋から連れ出すのだった。
――人、人ね。まさかな……。
そうだよ、転移直後のエリア1でもあるまいに。
◇◆◇◆◇
『エピソード1【楽園を目指す肉塊】』
効果:『■■■■』の■を食べたい。とても。とても食べたい。
あの、とても美しく、柔らかく、口の中で滴る血を。肉を。
ああ、君の心臓を食べられたら、ボキはどんなに――。
『エピソード2【悪食豚】』
効果:貴方は『過食衝動』を取得する。
どうしてボキにパンをくれないんですか? ボキはお腹が減っているのに。
とても減っているのに。ねぇ、どうしてなんですか?
新井忠次の講義は三日ほど行われ、出部藤吉はその中で大罪とはなんなのかを学んだ。
あくまでも、新井忠次の視点からであったが。
忠次の講義は一貫している。大罪とは便利に使うべきものだということ。
けして飲み込まれないように、制御ができなくとも、比較的安全な方向を決めてその方向に暴走させるもの……。
だけれど出部藤吉にそれは理解できなかった。どう教えられても、出部にはその理屈はおかしく聞こえるからだ。
「新井くん。そうじゃないんだよ」
宛てがわれたギルドハウスの自室に一人、出部はいた。ベッドの縁に腰掛け、ブツブツと呟いている。
新井忠次の認識は的外れだ。
大罪とは快楽だ。
楽しむべきものであって嫌うものではない。
大罪とは目的だ。
耽溺するためのものであって都合よく利用するものではない。
大罪とは自分だ。
自分なんだから、全部を受け入れてあげなくてはならない。
「でも新井くんのおかげでボキにもわかったよ」
新井忠次は、出部藤吉にとってはヒーローだった。
剣崎重吾という有名生徒の幼馴染で、出部と同い年だというのに、出部と違って校内の有名人たちと気軽に交流し、頼り、頼られ、様々なイベントごとに関わっていた。
掲示板で皆は忠次を剣崎重吾の金魚のフンだのなんだのと馬鹿にしたが、出部にとっての忠次は間違いなく住む世界の違う芸能人のような存在だった。
そんな忠次が自分のような人間と深く関わってくれることが出部はとても嬉しくて、誇らしくて、申し訳なくて……。
だから忠次の言うことを理解しようと、力になれるならなりたいと考えて考えて考えて。
――人を、食いたい、とかか?
自らが暴食の閾値を超える切っ掛け、あの転移直後の争いの中、口にした肉片のことを思い出した。
忘れようと思っていたことだった。いけないいけないと思い、思い悩み、そうして忘れたはずのこと。
でもエリア3に連れてこられ、難度が上がってパンを手に入れるのも苦労して、そうして思い出して、完全に閾値を超えて。
そうして大罪を得た出部は条件をクリアしてエリア3の隠しエリアへと到達したのだ。
「ボキの――」
忠次は耐性を得たあと、それを維持するモチベーションを作らなければならないと言った。
そうでなければ耐性を維持できないと。
「ボキのモチベーションは」
あの肉を食べること。
あの肉を食べるために、忠次に協力するのだ。
忠次はあの懐かしい学園生活のなかでたくさんの有名人とともにいた。彼らに頼り、頼られ交流していた。
ならば忠次に頼られたなら、ここにいられたなら。
いずれ■■■■もやってくるだろう。
そう、だから自分は、出部藤吉はそのときのために……。
『出部藤吉はエピソード4【夢見る貪食はそのときを待つ】を取得しました』
『エピソード4【夢見る貪食はそのときを待つ】』
効果:貴方は『大罪耐性(中)』を得る。
それは期間限定の決意と理性。




