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ソシャゲダンジョン  作者: 止流うず
第三章 ―神を包む繭―
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023 きのこ園


 朱雀の養鶏場での昼のことだ。

 ギルドハウスからいくらか歩いた先の岩場の壁に、巨大な穴が穿たれていた。

 穴の先に広がるのはギルドハウスの追加施設『きのこ園』である。

「おい、新井! きのこ原木ってこの位置でいいのか? って、おいデブてめぇちゃんと持てや! 危ねぇだろ!」

「ぷぴぃ、ぷぴぃ、お、重いぃぃ」

 千潮くんがでぶちんと共に原木を洞窟内部に設置している。

「トーキチ! アツキ! ヘイ! ファイトだぜ!」

 そんな二人の脇を、一人で悠々と原木を担いで歩いていくアンドリュー。

 実のところ、きのこ施設の原木設置はゴールド消費でぱぱぱっとできるものの、連帯感を高めるのもいいんじゃねーかなということで自力での作業だ。

「忠次様、とりあえず初回の温度管理はレシピ通りでやりますがよろしいですか?」

「ああ、最初はレシピ通りでいいだろ」

 許可を出せばギルドのサブマスターに設定している華が『きのこ園』のステータスをポチポチと操作した。

「おーい、千潮くん! とりあえずデータとれるまでは原木は『朱雀大樹』と『神木材(赤)』を等分で頼むぜ。目視でもちゃんとわかるように原木には渡したタグちゃんとつけとけよ」

 わかってんよ! という千潮くんの返事に俺はよし、と頷いた。

 木材アイテムにもレアリティの差はあるものの、栽培に使用する原木のレアリティがきのこの生育にどう関係するかは調べておきたい。

「華、光源はどうする? デフォルト設定より『光苔(炎)』でいいか?」

 きのこ園内部の光源を、朱雀の養鶏場でいくらでもとれる『光苔(炎)』にするか問えば、華が電球のようなものをアイテムボックスより取り出してみせた。

「いえ『壊れた機械』を加工室で加工して『電灯』を作ってきました。レシピ品です。こちらの方が光苔と違い、光量を調節できるようですので」

『壊れた機械』? あー、饕餮牧場のアイスクリームメーカーのドロップ品か。あれでそんなもん作れたのか。

「それと付属のヘルプから栽培手順を確認してみましたが、実際のきのこ栽培とは若干違うみたいですね」

「きのこの栽培方法なんて知ってたのか? (おまえ)ってなんでも知ってるよな」

「そうでしょうか? 知らないことはたくさんありますが」

 例えば忠次様の好みの食べ物とか、と言われるが、華の作る料理はなんでも美味(うま)いので気になったことはない。

 俺のそんな答えに、華はありがとうございます、と柔らかく微笑む。

「それときのこ園の栽培手順ですが……木材を設置し、種菌を植えて24時間放置すればきのこの収穫が可能になるみたいですね」

「それだけでいいのか? 施設の稼働には生徒を最低三人から施設に常駐させる必要があるみたいだが、そいつらは何をするんだ?」

 付属の小屋でだらだら寝てりゃいいとかか? そりゃこれから勧誘するクソ雑魚どもにやらせるにはいい仕事かもしれねぇが、そんな仕事に三人も必要なわけがない。

 そんな俺の心配を杞憂とばかりに華は一冊の本をアイテムボックスから取り出してみせた。

「この本を読ませると良いみたいですね」

 施設付属のショップコマンドから1000ゴールドで買えました、と華から渡された本のタイトルは『初級きのこ栽培』。

 ページを開いて読んでみると奇妙な図形が並んでいた。見ていると目眩がしてくる難解さだ。

「おぇ……これ、あれか。生物の教科書で見たような奴だ」

「この施設ではショップで購入できる種菌と、栽培時に稀に発生する突然変異のきのこを用いた『品種改良』が可能のようです」

 それと、と華がギルドハウスから歩いてくる朝姫、逢糸、風斬を指さした。

「『無限の米』と木材から作ったオガクズで彼女たちに培地を作らせました。菌床栽培がこれでできます」

 よく考えるなぁ、と関心顔で華を見たら「忠次様が欲しがっている昆虫の育成はこの培地で菌糸瓶や発酵マットを作る必要があるのですけれど」と言われてしまう。

「あ、ああ、よくやったな」

 発酵マットってなんだよ? カブクワの育成ってそんな複雑なんかよ?

「ふふ、ありがとうございます。あとはですが『養鶏場』や『牧場』が稼働できれば、副産物の堆肥から堆肥栽培。きのこ園のグレードアップで林地栽培などもできるようですが――」

「あー、いいや。うん。とりあえず少しずつ始めようぜ」

 あんまりやることが多いと担当生徒も疲れちまうだろう。暇すぎても困るが忙しすぎても可哀想だ。


 ――ここに常駐させるのは白陶先輩のとこから引き取る予定のグズどもなのだから。


 グズども相手に成果は期待していない。

 うまくいけば御の字。失敗する確率の方が高く、ただただ無駄に費用を使うだけになるかもしれない。

 それでもまぁ、何もやらないよりマシなことは確かで。

 俺がジューゴに勝るにはそんなグズどもでも上手く使っていかなければならないのだ。


                ◇◆◇◆◇


 きのこ園の稼働準備が終わったので、そのまま全員でジュースだの菓子だのを食べながら、今後のギルドの予定について話し合っている。

「で、当面はあたしらがきのこ栽培やんのかよ大将」

 機嫌が悪そうな風斬が舌打ちをしながら、一仕事終えて地面に寝転がる千潮くんを見た。

 風斬は培地作りとやらに風魔法を使ったようで、ひらひらとした魔法少女姿になっている。

 反抗的に見えるものの、俺が「ああ、やれ」と強く言えば「わぁったよ。めんどくせーなー」と言いながらどっかりと椅子に座ってテーブルの上のジャーキーを口に咥えた。

 パンツ見えたぞ風斬。緑ってすげぇ色だな。

(つか外面だけ反抗的で内面はすげー素直なんだよなコイツ……)

 風斬もなにかありそうな気配もあるが、まずは素直なことを喜んでおこう。

「てか、俺もか新井。バトルはどうすんだよ」

 地面に転がったままの千潮くんがめんどくさそうに俺を見てくる。

 つか、戦闘に参加するものだと思ってたのかよ千潮くん。

「つかな、俺も当分は戦闘しないぞ。まずはでぶちんに耐性を取らせる必要があるからな」

 ああ、と納得顔で頷いた千潮くんはうつ伏せのままジュースを飲んでいるでぶちんを呆れた目で見た。

「ダメそうだったらちゃんと自分で始末つけろよ?」

 わかってるが、それを口にしないだけの分別は俺にもある。

「おいしいよぅ。おいしいよぅ」

 俺の付与する耐性が効いているからだろう。

 ジュースや菓子を貪りながら、太った身体を地面に横たえ、幸せそうに笑うでぶちんから俺は視線を逸らした。

(今度は失敗しねぇよ)

 茂部沢(もぶさわ)たちのときのようなことにはならない。

 二度も同じ失敗はしない。俺は俺をグズだと思わない。

「きのこ栽培かぁ。私は別にいいけど……あ、虫はヤだからね」

 自作のはちみつレモンを皆に配っていた逢糸がノー、というように両手をバッテンにして見せたが、お前やれよな。

 俺の態度に「やだー」といった様子の逢糸。

「俺がやるぜ。逢糸」

「あっくん。やだもう素敵じゃんサイコー」

 千潮くんが拳を振り上げてみせる。最強のカブトムシ育ててやるぜ! とか吠えている。

 二人の様子に呆れていればアンドリューが待っていたように話しかけてくる。

「で、オレは何すりゃいいんだイ? チュージ」

「トレーニングしてていいぞ」

「おいおい、そりゃないゼ。ハハハハ」

 ああ、そういやこいつ軍人だし頭悪くないだろ。

「きのこでも育てるか?」

 イェアー! と親指をぐっと俺に突きつけたアンドリューは楽しそうに「リョーカイだゼ」と頷いた。

「そうダ、チュージ」

「あ? なんだよ」

「風斬京子がもともと属していたケビエル妖精元帥派は和平派とされているが、それは別に人類との融和などが目的ではなく、人類と戦争を続けてきた妖精たちがこの地球に根付くための基盤を築くための戦争がない期間をつくることが目的であり、つまり、彼ら和平派は平和が目的ではなく、次の戦争のための――」

「長い長い。あとそういうのはいいから、元の世界に戻ってから考えようぜ?」

 オー、と肩を竦めるアンドリュー。しっし、と手を振るとまた話すゼ、と離れていく。

「あ、でぶちんは俺とトレーニングな。てめー今度こそ耐性とれよ?」

「えぇ!? そ、そんなぁ」

 いじいじと指を突きながら出部が「ボキには無理だよぉ」と情けなさそうな顔をした。


 ――別に、早急にでぶちんを戦わせるという予定はない。


 エピソードで使用が不可能になっている『付与(ハートセット)傲慢たる獅子の心(プライド・レオ)】』を使いたいだけならでぶちんを別エリアに放置してそのまま戦えばいいだけだ。

 対象を喪失したエピソードは機能を停止し、俺の『付与【傲慢たる獅子の心】』は再び使用が可能になる。

 だが、それではダメだ。

「なぁ、でぶちん。てめぇの食費がなぁ。結構掛かってんだわ」

 米だけは嫌だ? 麦だけは嫌だ? 贅沢言いやがって。

 ガツガツムシャムシャ、ぶくぶくと豚みてぇに太りやがっててめぇ、と俺がでぶちんの脇腹を足先で突けば「く、くすぐったいよぉ。新井くん」とでぶちんはごろごろと転がって俺から逃げ出そうとする。

 そんなでぶちんの身体に、俺の横に控えていた朝姫が四凶獄刀の剣先を突き出して、ツンツンと突き刺した。

「い、いたッ!? 痛いよ!?」

「センパイ、出部藤吉のことは諦めた方がいいんじゃないですか? 才能ないですよこの人」

 そんなこと言わないでぇ、あと突くのやめてぇ、と悲鳴を上げるでぶちん。

「こら、人を武器で突くのはやめろ」

 朝姫の小さな手をとって、でぶちんから朝姫を引き離せば、ぷんすこと朝姫は頬を膨らませて俺の胸に背を預けてくる。

「えー。別に殺してないんだからいいじゃないですかー」

「あのなぁ、だからその――」

 華が隣から手を伸ばし、朝姫と俺を引き離した。

 そのまま俺の手を握ってくる華。

「忠次様、なんとかやってみましょう」

「あにするんですか神園華ぁ」

「……朝姫さん、忠次様に迷惑を掛けてはダメですよ」

「掛けてないです。迷惑なのは神園華でしょ」

 華の視線が、朝姫の頭上を一瞬だけ彷徨う。

 それは今までなかった華の仕草だ。

 いや、そうじゃない。

 状況が変わったから、やるしかなくなったのか?


 ――人が増えた(・・・・・)、からか?


 今までは俺と朝姫だけだった。だが今はこうして人が増えてしまっていている。その結果として華はもう朝姫すらまともに――。

(身長でわかるだろ普通。いや、そうじゃないのか。こいつ、本当にどういう視界に……?)

 そう考えれば、俺の手を握る華の指の強さが以前よりも強くなったようにも思えて――。

「でぶちん。お前、少しやる気だせ。少しでいいから」

「え、えぇぇぇぇ」

「頼むぜほんと」

「う、うん。わかったけど。うぇぇぇぇ」

 クソむかつくが、現状コイツしかいないのだ。

 ならばその少しを期待して、やってみるしかない。


 ――ダメならどのみち……。


 エピソード維持にその考えは危険だった。俺は傲慢が囁いてくる提案を心の奥に捨て去ると、俺の手を掴む華の手を俺の腕へと移動させ、倒れるでぶちんが差し出してくる手を掴むのだった。

 そんなことをしてれば遊んでいると思ったのか、朝姫が俺の背中に乗っかってくる。

(俺の身体は一つだけなんだが……)

 ため息を吐きたくなる気持ちを堪える。

 どこか歪なこいつらを、俺がどうにか引っ張っていくしかないのだ。



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