021 考察
風斬京子をギルドメンバーに加え、ギルドハウスに帰還したあとのことだ。
俺は華をギルドハウスの俺の自室で問い質していた。
「さっきの勧誘のとき、なぜ黙って行動した?」
「すみません。すぐに戻るつもりだったのですが」
怒ってるわけではない。だが、単純な疑問を投げかければ華は顔を俯け、謝罪してきた。
「おい華、なんで申し訳なさそうにしてる? お前、勝手しといて後ろめたいのか?」
「わたしはもっと上手くできると思っていました。ですがこうして忠次様のお心を煩わせてしまっている。そのことが申し訳なくて」
「ああ? また妙な理屈を。ちッ、まぁいい。それで、何してたんだよ華?」
「風斬京子を餌にして魔法少女たちが罠を張っていましたので、排除しました」
(あぁ? 風斬京子は罠だったのかよ?)
都合が良すぎたとは思ったがそうか。
くそ、SRレアを餌にしたのかよ。なんとも羨ましい連中だぜ。
「あー。よくやった。それで、連中はまだちょっかい掛けてきそうか?」
それならそれで対応を考えなければならないが、華はゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。それに、そうでなくとも排除は容易です」
そうか、と呟く。だが、俺は内心のみに不満を吐き出す。
なぜだ? なぜ誰も彼もが俺の邪魔をしようとする。黙ってお前らは救われていればいいのに。
余計なことをしているのか俺は。ジューゴみたいにヒーローにはなれないということか俺は。
――切り替えよう。
「わかった。華、ありがとう。さて、本題に入ろうぜ」
「はい」
クソどもの排除をした華に礼を言えば、それが聞きたかったとばかりに、華は満面の笑みを浮かべた。
名称【風斬京子】 レアリティ【SR】
ジョブ【魔法使い】 レベル【30/60】
HP【2100/2100】 ATK【3300】
リーダースキル:『風妖精の祝福』
効果 :パーティー全体が与えるダメージを500増加する(絶対値)。
スキル1 :『変身【マジカルウインドⅦ】』《常時》
効果 :戦闘開始と同時に自身に『魔法少女』を付与する。
スキル2 :『中級風魔法』《常時》
効果 :通常攻撃がランダム敵単体ATK1倍風属性魔法攻撃(2回)になる。
スキル3 :『なし』
効果 :『なし』
必殺技 :『シルフィードクラッシュ』
効果 :敵全体にATK1.5倍の風属性攻撃を行う。
仲間にした風斬のステータスを表示しつつ、華と話し合う。
ちなみにでぶちんは俺が再びエピソードを発動させたことで理性を取り戻した。今頃は食堂でゴールドを使って補充できる生野菜をがっついているはずだ。
つーか無限の米でも食ってろと言ってもあいつ肉だの野菜だの食いたがるんだよなぁ。贅沢な野郎だ。
それと朝姫はいない。
あいつには勧誘した風斬京子にギルドハウスを案内するように命じている。
「風斬はほどほどに強いな」
「特殊ステータスとエピソード次第でもう少し使えるようになりますね」
「なぁ、そのエピソードについてだが。新しいギルメンの連中が取得してるエピソードの詳細、わかるか?」
俺の問いかけに華はゆっくりと首を横に振った。
「いえ、エピソードも特殊ステータスも隠しステータスじゃありませんので、わたしには見ることができません」
「どっちも公開データなのか。でも華はHPはわかるだろ。あれは違うのか?」
「それは、わたしたちにはHPの数値以外にも生命力に相当するデータがあって、HPの確認には主にそちらを見ていますから」
「あ? 生命力? なんでそんなもんが?」
「ステータスに拘らず、万が一のとき即死させるために、管理上使用する生命力が必要なのだと思いますが――」
「思いますが?」
俺の問いに「それも推測にすぎません」と華は言う。
「真相は天使だけが知る、か」
とはいえ、ステータス以外にもエピソードや特殊ステータスでHPには加算や減算がかかる。そのあたりの数値を一括で管理できた方が楽だろうなとは思う。
「ただ、取得してるエピソード数ぐらいはわかります。忠次様、出部くんは特殊ステータスを1つ、エピソードを3つ取得しています」
「特殊ステータスは『過食衝動』だな。封じたからわかる。だがエピソードが3つか……1つは俺だろうが、参ったな」
大罪関連の中身がわからないのは不気味だ。聞くのも少しまずい。拒否された際に構築したエピソード8『今度は失敗しない』が崩れるかもしれないからだ。
それと、俺たちが出部に不信感を抱いていると思われる恐れもある。
他の奴の所持エピソードを聞かないのもそれが理由だ。
どうすりゃいい? と華に問えば「出部くんには耐性をとっていただくしかないでしょうね」と返ってくる。
「そりゃわかってんだが……あー、他の奴はどうなんだ?」
なんだか面倒な気分になり、机の上に放置していた組みかけの知的パズルに手をのばす。未だに組みかけのままのそれを眺めながら華の言葉を聞けば、特殊ステータスとエピソードの両方を持っているのは風斬京子で、あとはアンドリューが特殊ステータスを持っているだけだと言う。
「なんでだ? もっとこう、得やすいものだと思ったが」
千潮くんは結構上手くやっている。彼ならこの世界のシステムを本能で理解してるとも思ったが。
「生徒会による統制がされてるみたいですね。なるべく部活や委員会単位で動くことで新しい関係性を発生させにくく、また適度に快適にすごせるように賭場や遊技場などの施設を置いて新たな技能の取得を防いでいるようです」
「……それにしたってスキルの拡張ぐらいは……いや、自分で考える……ん、んん……戦闘数か?」
「そうです。彼らは一日に多くて10回前後の戦闘です。ゆえに彼らの才覚では難しいでしょう。他の方たちはどうしても戦えば疲れてしまいますし」
「ん?」
華の言い回しに少しの違和感があったが、どうしてそう思ったのかはわからない。
ただ、あれだけ様々なことを知っていた生徒会がスキル拡張に気づいていないのはおかしいとは思った。
それも華に言わせればどうやっても集中力が続かないらしいのだが。
(ううむ。まー確かにそうだよな)
特殊ステータスで取得する拡張したスキルに関しては使用に、ちょっとした集中とコツが必要になる。
悩みながら、ふと思った。
人種的な性能の差異ってのはそこまでないはずだ。サイボーグだの魔法少女だのがいようと、それだけで固めてるならともかく一般人が混ざれば人間の性能は平均化されて差はなくなる。
――なんで俺がこんなに詰まないように悩んでるのに、奴らは上手くいった?
「……いまさらだが、なんか、無理があるよな」
突然話の内容が変わったことに華が首を傾げた。
「忠次様、無理とは?」
「改めて考えると、なんか、無理がある。なんか変なんだよ。ジューゴたちがエリア6で止まっている理由……そうじゃないな。他の国の連中が、最終エリアまで進めた理由だ。低レアまでいたんだろ? どうやってそこまで進んだ? どうやって置いていかずに済んだ? どうして詰まなかった?」
それは各国が効率よくやったとか、うまく連携できたとかそうじゃなく。
――簡単だったんじゃないのか?
「他の国の奴ら、エリア1に戻れたんじゃないか? エリア間移動の日数制限もなく、戦闘数の制限もなく、特殊ステータスもエピソードもなく、ただ最後に大罪を持った敵だけが用意してあった。そうじゃないのか?」
指先で弄んでいたパズルの破片が空いているパズルの穴に嵌まる気がして嵌め込めば、ぴたりと嵌まる。どうしてか別のことを考えているとうまくいくときもある。そんな気分で考え事を口にしたが、言ってみたら確かにそんな気もしてくる。
「俺たちだけ仕様が違う気がする。複雑すぎる気がする。気がする。直感だが間違っちゃいないはずだ。なぁ、華。どう思う?」
だからつまり、ジューゴが進めないのは天使か悪魔か。どちらかが邪魔をしているのだ。
(ジューゴが手を抜いてなきゃ、だがな。……それともジューゴを優秀に考えすぎか?)
それでも難易度を変更されている気配がする。どうにも俺たちには落とし穴が多すぎる。
「ん? 華、なんて顔してんだよ」
華は奇妙な顔をしていた。飼っていた犬が教えていない芸をした飼い主のような、そんな顔をしている。
「え、あ、すみません。その、少し驚いてしまいました」
「はッ。まぁいい。……めんどくせぇ。そもそもこんなのはどうでもいいんだよ。やるこた変わらないしな。天使の思惑なんざ考えてもわからねぇ」
第一今の考えが正しかったとして、じゃあどうして俺たちだけがそんな困難な仕様なのか、っていうのもある。おいおい、自分を特別視してないか? 傲慢の大罪で思い上がりすぎたか? 考え過ぎじゃないのか? 俺の中の小胆が久しぶりに突っ込んでくる。
ああ、そうだな。考えるだけ馬鹿らしいぜ。
「話を戻そうぜ。今後のことだ。今後のことだよ。でぶちんに耐性を取らせる。白陶先輩のとこからゴミレアを引き取る。新エリアでジョブチェンジをする前に実験もしておきたい。昼間考えてみたが、特殊ステータスとエピソードでジョブのスキルを上手く変化させられないか試したいんだよ」
それで俺のレアリティを上手く上げられればいいんだが。
俺の言葉に華はそうですね、と頷いた。どこか安心したような顔をしている。疑問に思ったが今は他にも考えることもやらなければならないことが多すぎた。
『主従』が揺らいでいない以上放置していい。
「ひとつひとつ片付けていきましょうか」
「ああ。どうにもやることが多すぎてほんとな……」
華が戻ってきたから新しい隠しエリアのアイテム収集も始めなければならない。
再戦できるようになっている怪獣王ベルフェゴールも倒さなければならない。
その素材の検証。新しいメンバーとの連携。そいつらの特殊ステータスやエピソードの取得。ジョブチェンジ。
「『農場』だの『牧場』だのもな……ちょっと仕様を確認したが、やっぱり時間かかりそうなんだよなあれは」
そのためにもエリア1でゴーレムをもっと倒してアイテムを取得して……。
「ああ、そうだ。千潮くんと逢糸はあれ、スパイか? どうにも上手く勧誘できた気がしすぎるが」
でぶちんはそういう奴じゃないが、アンドリューは確実にアメリカのスパイで、風斬はちょっと怪しい。
そんな俺の疑問に、華は「彼らは一般人ですよ」と前置きしてから。
「SRの千潮阿月を使わなければならなかったのは、運動部を統括する黒柄くんが、それだけ朝姫さんを重要視しているということです。あれはかつての赤鐘家ではとても大切にされていました。だから肉体が復活したなら再び重要視されるでしょうし、放っておきたくない人も出てきます」
「朝姫が本当に復活しているか、確認したかったのか……」
俺の言葉に華は頷く。
「そうです。千潮阿月は強いです。彼に一般人が勝つのは難しいです。だから、黒柄くんは失っても惜しくない中での最高の駒を朝姫さんにぶつけて、朝姫さんの復活具合を確認したかったんでしょう」
政治かよ。くだらねぇ。
千潮くんの顔を思いながら、俺は事態を複雑にしたがる連中はさっさと死ねばいいのに、と思った。
復活するから死ぬのも無駄だろうけどな。




