018 フラワーマジック! 魔法少女解体ショー!
新井忠次と赤鐘朝姫が風斬京子と会う直前のことだ。神園華は誰にも気付かれないように幻影と自身を入れ替えていた。
そうしてエリア3の片隅、誰もいない、広場のようにぽっかりとひらけた場所にただ一人で向かった。
――華ならば気づける魔法の匂いに誘われて……。
華の魔法理解は進んでいる。とある理由から人体理解もだ。ステルス魔法は進化した。
以前のステルス魔法はせいぜいがその人物の背景を映し出すだけで、それも自身に使うならばともかく、他者に使うとなれば華は魔法に集中しなければならず、華自身は移動できないといったデメリットを持っていた魔法だった。
だが今はその縛りはない。枷の外れた超人が努力してしまった結果だ。
ステルスは幻影に進化し、忠次の傍ではあたかも実際にいるかのように振る舞う華がいる。
華は小さく呼吸をした。少しだけ緊張している。単独で今から敵集団と相対するのだ。
(……そう、忠次様とほんの数十メートルも場所を離れていないというのに……)
華の立つこの場には不自然に誰もいなかった。ここには廃屋もない。開けた場所だ。
だから、誰かしら生徒がたまり場にしていてもおかしくないというのに、この場には誰もいない。
(精神に作用する人払いの魔法。闇の属性魔法。私の使えない魔法。ステルスよりも便利な魔法)
華は無言で目を閉じている。思惑に乗っている感触がある。
――乗ってやってあげたのだけれど……。
神園華がせっかく再会できた忠次と離れてまで一人になった理由。
「えー、風斬を張って出てきたのがコイツなの?」
青髪の魔法少女。
「神園華かよ。ちッ、どーすんだよ闇口よぉ!」
赤髪の魔法少女。
「これだから脳筋どもは。会議の結果知らないの? 神園華は新井忠次に誘拐されていた。だから捕まえて会長に突き出せばいいのよ」
黒髪の魔法少女。
「え、えぇ!? わ、私の勘違いだったの? 京子ちゃんに謝らないと……ッ!!」
白髪の魔法少女。
四方から現れた四人の魔法少女が華を囲んでいた。
「ようやく現れましたか。遅すぎですよ? もう」
神園華とて、風斬京子という絶好の勧誘対象を忠次に教えるのは内心気が進まなかった。
自分以外の女を忠次に近づけるなど、どうしようもなく嫌だった。
だけれどそうしなければかっこよくて素敵で、誰もが虜になる我が主(華視点)は他の女と勝手に接触してしまうだろう。
だったらどうせだ。忠次が華以外の相手と絡むなら、対象は華の利となるものがよい。
――例えば、どうしてか生き餌のように放逐された魔法少女とか。
特殊技能をもった高レアリティをなんの理由もなく感情だけで放り出す勢力など存在しない。
現に神園もアメリカも無視している。こんな稚拙な罠お見通しとばかりに3日も京子は無視された。
引っかかったのは、どうしようもなく人材に飢えていた新井忠次だけ。
「なんかぶつぶつ言ってるみたいだけど。みんな! やるよ!!」
華は黙って立っている。その間にも魔法少女四人はそれぞれの魔法少女衣装に換装し、魔法の杖を呼び出している。
魔法少女衣装に魔法の杖。『魔法少女』の特性を持つ生徒に与えられる初期装備だ。
もっともこれらは米兵の内蔵火器と同じく、システム的なステータスを持っているわけではない。
人造超人たる華や朝姫の肉体性能と同じように、彼女たちが元の世界で積み上げたものを持ち込めただけのこと。
(……これが中世西欧世界を蹂躙した妖精どもの現地兵『魔法少女』……)
千の軍勢さえたった一人の魔法少女が駆逐する。そういう化物がこの場に四人。
それもただの化物ではない。
『エアロロマンシアVer5.32』。彼女たちの纏う魔法少女衣装、その名称。別次元にある妖精の国で開発された、最新式。
装着者の身体能力を上昇させる他、ABC兵器などを始めとする各種現代の最新兵器に対する『耐性』や対物ライフルの直撃にも耐えうる『防御力』を与えられ、何より術式なしで装着者を飛行させることができる。
『エーテルショットVer10.1』。魔法の杖。物理戦闘も考えられた魔法発動のための触媒だ。
固く、柔らかく、曲がらず、折れず、潰れず、砕けず。『不壊』の属性を与えられた剣にもなる最新の魔杖。
そして、魔法少女はそれぞれ一つの属性しか使えないという縛りがあるものの、魔法の杖を介することで現代の最新兵器を凌駕する超常現象を起こすことを可能とする。
たった一人で米軍のサイボーグ兵の一個小隊でも容易に壊滅させることのできる圧倒的な暴力の化身たち。それを目の前に――
「水、炎、闇、光。よかったです。どれもわたしが知らない属性でした」
――神園華は口角を釣り上げた。
風が吹いた。鋭い風だった。
ぽろぽろと少女たちの指が地面に落ちる。「あ?」「え?」「う、そ?」「なん、で?」両手の指10本。4人合計40本の指。
指をなくし、持っていられなくなったことで、それぞれの魔法の杖が地面に転がり落ちた。
「あなたたちの魔法には致命的な欠陥があります」
華は指がなくなったことで地面に転がり落ちた魔法の杖を風の魔法で掬い上げ、自身の足元に運んだ。
返して、と四人の魔法少女が声を出そうとするも、声は口から出てこない。怪訝な顔でお互い顔を見合わせながらも歩こうとし、華の風魔法でコスチュームごと足を切断され、全員が地面に転んだ。
血は出ない。土魔法によって傷口は土で覆われていた。ずさんな、死んでも構わないという止血方法だった。
もっともそれはポーズである。華とて彼女たちが死んでしまって、そのまま逃げられるのは困る。
ゆえに、死なないように気をつけた。
傷口を覆った土には顕現させた薬草を混ぜている。こういった使用方法では、メニュー欄から使用するよりは効果が低いものの、魔法少女たちのHPは回復していた。
じりじりと減ってはいたものの。
華は風魔法で魔法少女たちの魔法の杖を固定すると、朱雀剣を加工するときのように、魔法の杖にがつんがつんと強烈な風の魔法を叩きつけ始める。
魔法の杖も魔法少女衣装も、肉体に付属する装備品扱いであるこれらは、破壊したところで一度死んで蘇生すれば修復されるが、華の目的はこの場で使えなくすることだ。絶望を与えることだ。魔法少女たちが風斬京子を勧誘した忠次を狙わないように恐怖を植え付けることだ。
「杖がなければ魔法少女は無能です。集音や発火など簡単すぎる魔法は使えるけれど、本格的な、きちんとした魔法は使えない」
忠次の傍にいる華の偽装が風斬京子に気付かれない理由がそれだった。
(戦闘状態でない魔法少女にわたしのステルスは見破れないでしょうね)
現地の少女を言葉巧みに騙して即席の兵士へと仕立て上げる魔法少女たちの魔法行使には欠陥があるのだ。
そうしてガラスが砕けるような、そんな音が響く。
「はい、壊れました」
華の魔法が魔法の杖を叩き折っていた。壊れないはずの魔法の杖を壊してしまっていた。
華はそのまま土魔法で地面を操り、破片を含めた全てを土の中に埋めてしまう。
魔法少女たちの顔は恐怖に歪んでいる。どうして、なんで、と音のでない口はしきりに動いている。
それは狩る側だった自分たちが、狩られている現状を理解できていない、狼狽そのものの有様。
「少し時間はかかりますが、ええ、大丈夫です。忠次様が勧誘を終えるまでにはわたしも作業を終えますので」
四属性は骨ですが、と呟く華は少女たちを人間としてなど見ていなかった。
その目は、少女たちの、頭蓋の奥深くへ――
◇◆◇◆◇
ああ、と闇口・マクスウェル・クロネは戦友たるアクア・アップルガースの頭蓋が切り開かれ、彼女の脳に寄生する妖精が、神園華の白魚のように細く美しい指によって引き抜かれるのを何もできずに眺めていた。
もっともクロネの目に見えているのは、現実の光景ではない。クロネの視界ではアクアの頭蓋は切り開かれていない。倒れたアクアの傍に浮かぶ、魔法少女にしか視認することのできない可愛らしい小動物が華にいじめられる光景だ。
(なんで、なんであんな残酷なことができるの……!!)
華が妖精を摘み上げて嗤っている。なにかを聞き出している、ように見える。
ただし現実は違う。華が芋虫のような姿形をした、妖精という名の寄生虫に強制的に魔力を流し込み、アクア・アップルガースが使用できる水魔法を使わせることで術式構成を確認しているだけであったが。
華が手を振る。水と土の混合。まるでウォーターカッターのように砂を混ぜた水の刃が地面を抉る。
「なるほど。水魔法の構成を理解しました。上位属性は……兵士型の妖精では無理みたいですね」
(兵士型……?)
クロネにはその言葉の意味はわからない。ただリスのような姿をしたアクアの妖精が華にいじめられて、ひどいことをされていることだけがクロネに理解できた全てだ。
『あれが神園華。あれが予言にあった、この世界の【魔王】か……!』
(ヤミ? ねぇ! 魔法が使えないのよ……どうにかできない?)
クロネの、いや、魔法少女の視界にだけ映る、フクロウの形をした妖精はクロネには視線を向けずに、ひかりの精霊であるひつじの妖精と相談をしている。
『ライト、どうする?』
『待て。今ひかりを覚醒させている。限定的だが特攻形態に進化させて魔法王女としての力を振り絞れば』
「ああ、よかった。光輝属性が使えるんですね。上位属性のデータが欲しかったんです。では緋村茜を処理してますのでどうぞ覚醒していてください」
その言葉に妖精たちが恐怖を覚えながら華を見る。魔法少女にしか見えない不可視の存在を、聞こえない声を華は認識していた。
『神園華。取引しよう。我々は引く。君も引いて欲しい』
クロネの妖精、フクロウのヤミの懇願を華は無視した。ただ横たわる緋村茜の頭蓋を開いて、中から芋虫のような姿をした妖精を引きずり出して炎の属性の魔法の確認をしている。
もちろん、妖精に寄生されているクロネにはそのような光景は見えていない。魔法少女に知られると妖精に都合の悪い『脳に寄生する妖精の本体』などというものはクロネには見えないように、寄生しているクロネの妖精が分泌する洗脳液によって、妖精にとって都合の良い光景へとクロネの視界は差し替えられている。
(ヤミ! ライト! ねぇ! 私にもわかるように説明を!!)
『ライト、神園華が我々の本体を知っていたのは驚きだったが』
『神園はアメリカ軍から魔法少女の検体を貰っていたはずだ。それに私の姉の』
『ラティア王女か。神園に捕まっていたな』
『ああ、神園と引き渡しを交渉するために我々は日本に来たが』
(ねぇ!! なんの話なの!? それ聞いてない! 私聞いてない!!)
「それとわたしを捕まえるために、ですか?」
『神園華、聞いているなら』
ヤミの言葉を遮るように華は問いを放つ。
「魔法の杖と本体の妖精を通じて魔法少女は魔法を使えるようになる。それでも自衛のための簡単な攻撃術式すら教えないのはこういったときに不便だと思わなかったのですか?」
魔法の基本術式を現地徴用の少女に教え込むのは難易度が高いからですかね? と華は緋村茜の脳から引きずり出した芋虫のような妖精の本体を指で押しつぶし、洗脳液を出させながら口角を釣り上げてみせた。
通常の人間ならば数滴で廃人となってもおかしくない妖精の洗脳液だ。魔法少女の脳に妖精たちが注入するときも他の体液とまぜて希釈して使われている。
その洗脳液の原液が、華の細く美しい指にかかっているものの、華は微塵も揺るがない。
『洗脳液を薄く纏った風魔法で遮断しているのか……神園の完成品……いや、【骨の剣にて世界を穿つ者】よ』
自らを奇妙な称号で呼んだ妖精に、華は初めて興味深そうな視線を向けた。
「予言と言ってましたね。予言。魔王の予言、ですか? そのためにあなた達は日本に? そして学園に?」
『……私の発言から何を確認している? ぐぬ、貴様は危険だ。同胞に水と炎の魔法を使わせることで魔法を覚えたのか? おかしいぞ。なんなんだ貴様は』
「すみません。さっきの魔王のことですが、朝姫さんでもなく白陶繭良でもなく? あの、わたしだけなのですか? ウエスト姉妹や咲乃華音は? 彼女たちは関係がない?」
『ウエスト? アメリカのか? 朝姫さん? 咲乃華音? 誰だ? 神園華! 何を知っている! 我々はこの世界を貴様の暴威から』
「異世界から地球を侵略しに来た寄生虫ごときに重要な配役は与えられませんでしたか」
華の目から色が消える。興味が失せたのだ。クロネの傍らに立った華は、クロネの頭蓋に手を掛け、やめろやめろと騒ぐヤミを脳から引きずり出した。
(……!! ……ッ!? ――?? ――!!)
この時点でクロネの脳はずたずたに破壊され、まともな思考はなくなる。もっとも死んだわけではない。華によって、クロネの頭蓋には薬草が押し込まれていた。HPだけが回復し、クロネは雑に延命させられる。
「四名の魔法少女……いえ、五名でしたか。これだけの戦力を……ああ、他の方については何もないということはつまりわたし対策ですよね。勇者の仲間として……なるほど、ふふ、以前のわたしを随分と高く評価していたみたいですね。天使は」
ヤミの芋虫のような身体に魔力が流される。悲鳴とともに闇属性の魔法を使わせられた。闇属性魔法を観測した華はヤミに対して闇属性の精神錯乱魔法を掛け、地面に落とし、土を掛けて埋めた。
汚物を処理するように仲間を倒され、ひかりの精霊たるライトが呻く。
『ヤミ……! クソ、化物め!!』
「王女級」
『私の等級まで把握しているのか』
「神園に同じく王女級がいますから。尋問も研究も終わったので今は洗脳液を絞り出すための装置に繋げられていますけれど」
『あ、姉上を、か、神園、神園ぉおおおおおおお!!』
「研究員たちも洗脳液は便利だと、抽出した遺伝子から妖精の複製も成功しています」
『き、貴様ら、契約を違えたか……!!』
ひかりからはステッキは失われている。怒ろうが意味はない。宿主を利用しなければ夢見がちな少女を騙す程度の催眠魔法しか使えない妖精には何もできない。
華は無表情だ。新しく覚えた魔法の感触を確かめながら、誰一人死なないように薬草でHPを調整しながら、じぃっとひかりを眺めている。
「契約……ああ、神園と魔法少女の契約ですね。魔法少女の素体となる神園製の人形を妖精国に輸出し、その代わりに妖精国でしか産出しない珍しい薬草などと交換する。そうだ。知っていますか? わたしの遺伝子にも、その素体用の遺伝子が組み込まれているらしくて、わたしにも魔法少女の適正があるんですって」
華はこてんと首を傾げ「つまりその可能性もあった? 天使はそこまで考えて?」と呟く。
『……なんなんだお前は……』
「あなたの時間稼ぎに付き合ってあげているんですけど。でも、あの、覚醒はまだですか? そろそろわたしも戻らなくてはならなくて」
『――ぁあああああああああああああああああああああ!!』
ふざけている。ふざけている。ふざけているふざけているふざけている。
ライトの脳が怒りに支配される。ひかりの脳に大量の洗脳液が投与される。常人ならば即座に死亡する量。
声を出せないひかりの口が、大きく開いて舌が突き出された。充血した目が潰れ、血が噴出した。
『星宮ひかりは特殊ステータス【換装:神滅天使】を取得しました』
『星宮ひかりは特殊ステータス【殲滅の魔法少女】を取得しました』
『星宮ひかりはエピソード2【神園華への憎悪】を取得しました』
『星宮ひかりはエピソード3【たとえ全てを失っても】を取得しました』
覚醒。
ひかりが新生する。傷は消え、少女から大人へと成長する。暴力的な魔力を纏い、立ち上がる。
吠えた。
「ああああああああああああああ! よくも! よくもみんなをぉおおおおおおおお!!」
「これが、覚醒……ッ!!」
華が風魔法を操る。ひかりの再生した指が全て落ちる。覚醒にともない生成された上位のステッキが地面に落ちた。
ひかりは止まらない。予想外だ。華の口から驚愕の声が漏れる。
「ど……ッ!? どうして……ッッ!?」
魔法の杖? はッ! 理性のなくなった星宮ひかりにそんなものは必要がない。覚醒によって再生した足は残っているし、いや、そもそも足があろうがなかろうが、今のひかりには大量の洗脳液によって獲得した憤怒の大罪による権能が働いている。
権能がひかりに魔法を使わせる。浮遊したひかりが、怒りによって獲得した新コスチュームによって超人的な速度で華へ向かって――。
『ははははははは! 見たか魔王! 貴様もこれで終わりだ! 後々洗脳液で大罪を上書きする必要はあるが、今のひかりには――』
「どうして弱点がそのままなんですか?」
華の真横に、星宮ひかりが着弾した。
『は?』
ふよふよと空間に投影されたライトの意識体が華を見ていた。ひかりが着弾した衝撃で飛んできた小石や砂を風魔法で遮断した無傷の華は、呆れた顔でライトに顔を向けた。
「あの、さっきは指摘し忘れましたが、魔法少女による反逆防止のためなんでしょうけれど、魔法少女の戦闘衣装にきちんとした術式による精神魔法が通ってしまうのも欠陥だと思いますよ?」
ああ、ステルス魔法でもよかったですね、と地面に上半身が突き刺さったひかりの足を掴んで、華は地面からひかりを引きずり出した。顔は潰れ、腕が折れ曲がっている。しかし死んではいない。ひかりのHPが上昇しているのと、コスチュームに自己再生機能が追加されているからだ。
薬草を使わずともHPが再生していくのを、隠しステータスで確認した華は、安心して頭蓋を切り開きにかかる。
一矢報いることすらできなかったひかりの妖精は呻くだけだった。
「ああ、そうですね。魔法防御にそういったものまで含めると、妖精の正体がばれてしまうんでしたか。いくらか記憶をいじっているみたいですし」
それはたとえば、魔法少女が戦っているのが異世界からこの世界に侵略しに来ている怪物などではなく、ただの人間だということとか。
戦闘の相手として、一番最初に魔法少女が殺すのが、自分の家族だったりすることとか。
洗脳液や催眠魔法によって隠されているのは、そういった妖精にとって都合の悪い真実だった。
『宣言するぞ、魔王』
魔法少女は敗北した。頭蓋を切り開かれながらもじたばたと暴れるひかりは見当違いの方向に攻撃を放っている。
「はい?」
『【骨の剣にて世界を穿つ者】よ。我々は、貴様を追い続けるぞ。絶対に逃しはしない』
「ああ。困りましたね。あの、ごめんなさい。ゆるしてください。ではダメですか?」
『もちろん神園本家も、新井忠次も同罪だ。お前に関わる全て、我々の全戦力を費やしてでも――』
「いま、なんて言いましたか?」
ライトは摘まれた自分の身体に膨大な殺意が流れ込むのを知覚した。
――それは、けして逆らってはならないほどの。
「ああ、すみません。心を落ち着けています。でも、すごいですよ寄生虫。さっきの一言。わたしの怒りの閾値を超えそうになってました。ふふ、わたしには大罪が取得できないと神園次郎もわたしも思っていましたがそんなことはなかったのですね」
『お前は、危険だ』
「忠次様と一緒にいるとわたしの心は豊かになりすぎて。ただ、わたしが大罪を取得してしまうと忠次様の耐性付与ではいずれ抑えきれなくなりますから。この喜びもここまでです」
『……やめてくれ』
「ふふ。こんなこと、べつに楽しくはないのですけれど」
そんなことはない。だってお前はそんなにも楽しそうじゃないか、と無表情の華を見ながらライトは思った。
その思考も続かない。魔力を身体に流しこまれる。ライトは身体が千切れ、吹き飛ばされるような感覚を覚える。それはまるで嵐に巻き込まれた小舟のようなものだ。覚醒したひかりに伴って寄生していたライト自身の能力も上昇している。それでも抗えない。光輝属性の魔法を使わせられた。華が観察している。どうしてわかるんだとライトは絶望しながら華を想う。
――ここで私は殺されるだろう。だが蘇生したら絶対にこの女の関係者を殺してやる。
無差別な敵対。だが問題ない。それは元の世界では当たり前のことであったし、それは必要なことなのだ。華自身には敵わなくとも、ライトたちが人類の上に立つ者としての自信を取り戻すためにも。
「なるほど。武器スキルでは構造式が単純すぎてわからなかったんですけれど、ははぁ、なるほど。こうなっていたんですか」
もはや知覚を魔力で焼き切られたライトには確認できないが、ライトの傍では華が魔法を使っていた。
驚くべきことに華はここで得られなかった属性までも使っていた。
いや、驚くことなど何もないのだ。
世界を司る九属性。
炎、水、雷、風、地、木、光、闇、氷。
その半分以上を覚え、異界の知識に自らの脳でたどり着いた華ならば、全ての魔法を使えるようになるのは必然なのだから。
『神園華の特殊ステータス【風魔法を極めし者】【土魔法を極めし者】は【属性を極めし者】に統合されました』
『神園華は特殊ステータス【光輝魔法を極めし者】を取得しました』
「上位はまた追々。きちんと勉強をしましょう。今回はズルをしてしまいました」
てへへ、と華はわざとっぽく舌を出してみせる。ギルドハウスに魔法を学ぶための本は置いてあるが、いろいろと忙しくて読む時間がとれず、華は放置していたのだ。
さて、と華は目の前の惨状を見つめた。
死体、ではないが死体に近いものが四体転がっている。その傍には死にかけの寄生虫もだ。
全員が未だ死んでいない。
華は万が一を考えて、一人も、一匹も殺してはいなかった。
「そうですね」
華は魔法を使い、この場におらず、状況も把握していない忠次に「殺しますか?」と問いかけた。
忠次からは殺すな、との指示が返ってくる。華は満面の笑みで「わかりました」と言葉を返す。
忠次が華の状況を把握していないことは当然華も知っている。全知全能の忠次(華視点)だが全てを把握しているなどと華は考えない。
聞いたのは、華が命令されたかっただけのことだ。
「蘇生したら、ええと、そうですね。回廊の幻覚で、ここをぐるぐると回るようにしましょうか。人払いの結界を強化して、補助要員の魔法少女の助けが入るのは、おそらく、ええ、大丈夫ですね」
いそいそと風魔法で頭蓋から脳を掻き出し、引きずり出した妖精を詰め込みながら(ヤミも含めて)華は妖精本体に上位の回復アイテムを使用して再生治療を施し、彼らに幻覚魔法を施していく。
――そうして出来上がってしまう。
治療を施された魔法少女の身体を妖精が操り、彼らはこのぽっかりと開いた、ちょっとした広場をぐるぐると走り出す。
憎悪のままに、彼らにしか見えない神園華を追いかけているのだ。
離脱しようとしたところで少しだけ、華の身体が揺らぐ。
忠次の大罪だ。忠次のいる場所がそこまで離れていないために、華のところにまで波のような大罪が届いたのだ。
設置型の人払いや妖精に魔力を浸透させた精神魔法はともかく、忠次の傍におき、常に調整していたステルス魔法が消えるのが華にも理解できた。
「やはり、忠次様ほどの大罪ともなると耐えられませんね」
華は延々と幻を追い続ける光の魔法少女を振り返ると「あの程度の憤怒ならば耐えられるのですけれど」と独りごちた。
『アクア・アップルガースはエピソード2【神園華への憎悪】を取得しました』
『緋村茜はエピソード2【神園華への憎悪】を取得しました』
『闇口・マクスウェル・クロネはエピソード2【神園華への憎悪】を取得しました』