017 風の魔法少女
エリア3の廃屋から出た俺は華に誘導されて次の勧誘目標のもとへと歩いていた。
「それで、その魔法少女が狙い目だと?」
「そうです。風斬京子は魔法少女たちのグループから追い出されて孤立しています。今がチャンスです」
俺の腕をとった華が囁くようにそう言った。
「気軽に言うがなぁ……」
「っていうか、魔法少女を勧誘するってことはアメリカはどうするんです? 敵対ってことですか?」
朝姫の言葉に華はふるふると首を横に振る。
「放出された人員をこちらで利用するだけですよ。勧誘といっても、利用するだけです」
「つーかよ、亡命する場合は全部捨てるんだから。アメリカと手を組むとなったらそいつを切り捨てればいいだけだろ」
俺の言葉になるほど、と二人は頷いた。
というかだな。そもそもそのアメリカを俺は信用してない。華を取り上げて俺はバイバイ、なんてことも有り得る以上な。
「で、なんだっけ。風斬だっけか。風斬ね。あの不良生徒か?」
「その人、ボクは知らない人ですね。有名なんですか?」
朝姫が聞いてくるが、お前が知ってる生徒って逆に何人いるんだよ。
「あー、有名っつーか、悪い意味でな。バイク通学してる珍しい女子で、髪も緑だったり喧嘩ばっかしてるって噂もあったな」
ジューゴはどうだったかな。会話ぐらいはしてたかもしれねぇが親しいわけではなかったはずだ。親しかったら俺ももうちょっと詳しく調査してた記憶があるだろう。
詳細が曖昧なのは調査した女子の数が多すぎて俺もデータを見ないと詳しいことが思い出せないからだった。
「ええ!? 緑色の髪ですか? どういうセンスなんです?」
「うちの学園、髪色自由だからな」
「あの、彼女の髪は染めているわけでなくて、扱う魔法の影響です。彼女は風魔法の使い手ですので」
「風属性? 華の髪は黒いだろ?」
華の艶のある黒髪に触れてみれば、まるで絹糸のように滑らかなそれが俺の指を楽しませる。
「ボクの髪は赤いですよ?」
「朝姫のは赤血球の赤じゃん」
対抗するように朝姫が頭をぐいぐいと押し付けてくるので頭を脇に抱えればきゃーきゃー朝姫が騒ぐのでそのまま進む。
「わたしは魔法少女たちとは魔法の使い方が違いますから」
「違うんだ」
違うんです、と華が言うものの、実のところ全然興味がなかった。魔法の使い方が違うからなんなんだよ。
「忠次様、魔法少女は一つの属性しか使えないんです」
そんな俺の考えを見透かすように華が説明を続けていく。
「結構有名な話ですよねそれ。髪色と属性対応表もありましたねー」
ふーん、と相槌を打ちながら俺は「それで、どういう意味があるんだそれは?」と呟いた。
「欲しい属性が事前にわかるとか? 狙った属性を勧誘できれば大罪魔王に対応するメンバー選出に楽ですよね?」
「属性は武器で変えればいいだろ」
「あはは、そうですね。これ実戦だと生死をわける情報だったんですけど。ここは蘇生しちゃうから関係ないですよね!」
朝姫が華に向けて無駄な話をしたな、というような顔をするので顔を掴んでぐにゅぐにゅしてやればうにゅうにゅと呻く。だから煽るなよお前は。
華は穏やかに微笑むだけだ。これは、なにか企んでるのか?
いや、いい。不気味だが、話を戻そう。問題があるなら言ってくるだろう。
「それで風斬が狙い目なんだな?」
「そうですね。追い出されて三日目。フレンドもいない彼女の精神は追い詰められています」
「んん? 傭兵みたいな制度あったろ? あれはしてないのか?」
「あれはあれで、信用が必要ですので」
戦闘できる回数が限られているからこうして関係性がある程度固まっている時期では参入が難しいのだと言う。
「それに、傭兵側もです。彼らは誰の依頼でも受けるわけではないんですよ」
「……ああ、負けるのか」
「風斬京子はSRです。難度2のエリア3で、Nレアリティ集団を率いて勝てるほど強くはありません」
「ボスまで行けなくても道中戦程度なら――違うか。ボスまで含めて勝てないとダメなんだな?」
「そうです。道中数戦ならわざわざ傭兵を雇わなくても。誰でも、というわけではありませんがそれなりに強ければ倒せます。傭兵の生徒を雇うために払うゴールドもそれなりにかかりますから。ボスまで倒さないと収支の釣り合いがとれないんですよ」
「払うゴールドが無駄になる、と。それにブランドもあるな。負けるなら傭兵は名乗れない」
そうして会話をしながらも俺たちは歩き続け、その廃屋へとたどり着いた。
◇◆◇◆◇
「誰だ?」
廃屋の壁に背を預け、緑色の髪の少女が俺たちを睨みつけた。
制服のスカーフは緑、二年生で、つまり俺と同学年だ。
「風斬京子だな? 勧誘に来た」
「……神園華……神園かよ。ちッ」
隣で朝姫が「神園華の現在状況を知らないってことは、情報収集能力に欠けてますね。っていうか掲示板見てないタイプですよこの人」と囁いてくる。
「聞こえてんだよ。うるせーなぁ」
「忠次様、風魔法による集音です。風斬京子は魔法少女ですが、その程度はできるみたいですね」
「ああもう、うるせーって。なんなんだよてめぇらは」
「ギルド『世界を救う同好会』のギルドマスター新井忠次とその部下だよ。風斬京子。一緒に世界を救わないか?」
大真面目な顔を作ってバカな台詞で誘ってみれば風斬は、ぎゃははははははは、と笑う。
「世界を救うって、マジで言ってんのかよ。ウケるわ。いや、ウケないわ」
「忠次様、殺しますか?」
「センパイ、こいつ殺しちゃいましょう」
ああ? と臨戦態勢を取ろうとする風斬京子。俺は「いや、なんでだよ」と華と朝姫に突っ込みをいれる。
「勧誘に来たんだから喧嘩すんなよお前ら。ほら、風斬。これでも食いながら話そうぜ」
片手に華の作った饕餮肉のジャーキーを顕現しながら俺は風斬京子に近づいていく。
毒の有無はステータスを見ればわかるが、わかりやすく毒ではないことを示すために風斬の前で俺はジャーキーを咥え、咀嚼し、飲み込んでみせた。
「ああ? ジャーキーって、乾きモンかよ。つかフレポから出たのか? 初めて見たな」
「飲み物は何がいい? 炭酸系、果汁系、お茶でもなんでもあるぜ?」
「お、炭酸? 何も混ぜてない奴あるか? 果汁と割って飲むから寄越せ」
ああ、と俺はニヤつきながら手持ちの飲料水を風斬の前に並べてみせた。だらしなく制服を着ていながらも華のような艶や厭らしさとは無縁のさっぱりとした不良少女の口から、おー、という声が漏れる。
警戒を解いている。その顔は自然と綻んでいた。
『センパイ、手慣れてますね』
こそこそと話せば集音させられてバレるからか、指だけを刃に変換した朝姫がその刃を俺に触れさせて念話を送ってくる。
その朝姫の頭に手を置いて、任せろというように撫でれば納得したように朝姫は刃を指に戻した。
「忠次様、シートか椅子を出した方がいいのでは?」
「ん、ああ。そうだな」
俺がフレポから出るレジャーシートを顕現すれば、朝姫が「ボクがやりますよ」と地面に広げる。
「へッ、なんだよ宴会みてーじゃねぇか」
「宴会にはちっと人数が足りねーかな」
「うっせーな。ちッ、てめーら早く準備しろよ」
なんだか全てがどうでもいい、というような顔をした風斬がジャーキー片手にずかずかとシートに上がっていく。
「おら、他にもあんだろ。もっと出せよ」
華が作ったポテトチップスやおにぎりなどを取り出しながら俺はとりあえず勧誘と関係ない方向で攻めてみようと思った。
こういうタイプはまず本題から入るとどんな内容でも否定される。
煽てていい気分にさせ、言質をとってしまった方が早い。
◇◆◇◆◇
「それでよぅ……あたしはよぅ……」
「ああ、わかったわかった」
うぇぇ、とシートに倒れ込んだ風斬が涙を散々と流している。
「ひかりがなぁ。一緒に戦おうっていうからあたしはケビエル派を裏切って、ザイザル派についたのに、そのザイザル派から切られたらどうすりゃいいんだよぅ」
「そうだな。辛いよな」
「辛いってもんじゃねーんだよぅ。くそぅ。ちくしょー。なんだよもう。あたしはやってないのになんで信じてくれないんだよぅ」
「そうだな。お前はやってないよ」
だろぉ? そうだろぉ? と起き上がり、俺の襟首を掴んでがくんがくんと首を揺らしてくる風斬。視界の端で華が「殺しますか?」と風魔法の囁きで聞いてくるので殺すなと返事をすれば「わかりました」とささやきが返ってくる。
(華め。なんでこの程度で……遊んでるのか?)
朝姫がつまらなそうにジャーキーを口に咥え、酔っ払ったように俺に絡んでいる風斬を目を細めて見ている。
「センパイ、そろそろ勧誘しないんですか?」
風斬京子と接触して、すでに二時間が経過していた。
「ああ? 勧誘? 勧誘だぁ? お前らもどうせあたしを裏切るんだろうが!!」
襟首を掴まれているのでがくんがくん頭が揺れるし唾が飛んでくるしであと声がうるさい。
それでも俺は「大丈夫だ俺は裏切らねぇ」と言えば「うるせぇ!」と怒鳴られる。
「めんどくせぇ」
「一回殺します? 死ねばこの人も頭が冷えて冷静になりますよ?」
「関係も冷えるだろうが馬鹿」
「へへへ。いいよいいよ勧誘な。わかったよ」
ジャーキーを咥えた風斬がにやりと意地が悪そうに口角を釣り上げた。
「そうだな、新井。てめーがあたしと戦って勝ったらギルドに入ってやってもいいぜ? ただし神園と赤鐘が加勢すんのは不許可だ。いくらあたしが情報に疎いっても、てめーの女どもがあたしら魔法少女に匹敵するバケモンってことは知ってるからな」
「……それでいいのか?」
風斬は立ち上がる。唇が動く。俺には聞こえない小さな声で風斬は言う。
「あたしより強いなら、あたしを裏切らねぇだろ」
それは懇願するような、どうしようもなく行き詰まった風斬の感情の発露だった。
華が風魔法で俺に聞かせたのだ。聞いてはいけない声かもしれなかった。
小さくなった小胆が疼く。だが肥大した傲慢が小胆をねじ伏せた。
「いいんだな? 本当に」
風斬が俺を睨みつける。その手にはアニメやらマンガの魔法少女が使うような宝石のついた杖が顕現していた。見たことがない装備だ。この世界で手に入るドロップ産の装備ではない。留学生が体内に入れていた銃や俺のスマホと同じく、持ち込み品だ。
「新井! くどいぞ! いくぜ、おら――「『傲慢の天』」――ぁ?」
俺が撒き散らした傲慢によって、風斬京子は地に這いつくばっていた。
俺の手には『明けの明星・真』があった。風斬が魔法の杖を顕現し、構えた瞬間に俺も顕現していたのだ。
「なぁ、まだやるか?」
大罪を乗せた『傲慢の天』だ。大罪耐性のない風斬は悔しそうに、信じられないものを見るように、俺を見上げている。
「ま、まだまだァ!!」
地に伏せた風斬が全身に力を入れて立ち上がろうとしている。
「そうか」
俺は大罪の出力を上げながら悩む。さて、どうやって心を折ろう。
「すまんな。まじめに付き合ってやれなくて」
「糞がッ、同情するんじゃねぇ!!」
俺が風斬に近づいて謝罪すれば、這いつくばったままの風斬が立ち上がろうと藻掻いている。
「なんでだ! なんで立てないんだよぉ……!!」
悲痛な風斬の叫び。涙声だ。悔しさとやるせなさの入り混じったそれを聞きながら思う。
他者の気持ちのわからない俺にだって理解できる。これは奇襲のようなものだ。風斬が望んでいたものはこんなねじ伏せられるようなものではない。
風斬が望んでいたのは、お互いが鎬を削るようなマンガみたいな清々しい喧嘩だ。
その上で屈服したがっていた。正々堂々と、力で負かされることを彼女は望んでいた。
そう、こんな、大罪によって行われる、魂が汚辱されるような屈服を望んでいたわけがない。
――とはいえ、弱い俺には他に手段はない。
大罪の出力をどんどん上げていく。
早く音を上げればいい。降参しちまえ。
泣いて、悔しがって、その悲痛な声を、身体をぐしゃぐしゃにして、魂を疲労させ、本性を現せ、精神を摩耗させ、大罪を強く。強く。強く。
――嗚呼、嗚呼、嗚呼!!
――俺は、人間がこうして俺の前で俺にひざまずくその姿を。
「――パイ! センパイ!!」
隣を見る。朝姫がいた。俺の身体を揺さぶっていたようだった。
「ああ? なんだ?」
「もう、気絶してますよその人」
「……みたいだな。つか、華は?」
「消えてますね。なんかおかしいと思ったらあの人、途中から魔法の幻影と入れ替わってたみたいですよ。センパイの大罪に耐えられなくて消えちゃったみたいですけど」
言われてみれば、確かにおかしかった。
普段の華なら飲み物とかシートとか率先して自分で用意してたもんな。
「あー、とにかく華はいいや。それで風斬は――」
ちょろちょろと音がする。俺は目を背けた。音の出所は倒れた風斬からだ。
「漏らしてるし。朝姫、処理してやれ」
「え? あー、ボク、ですか?」
「男の俺がやるわけにもいかんだろ」
いや、お前がやらないなら俺がやるしかないけどさ。
そのままにしておくわけにはいかないだろ。
「殺したほうが早くないですか?」
「なんでお前らはそう簡単に殺す殺すって……」
うんざりした気分で俺が問えば、朝姫はなんでもないことのように答えた。
「だって、どうでもいいじゃないですか。ボクとセンパイ以外のなにもかも」
朝姫は、神園華もそうですよ、と言って、水とタオルを手に風斬のスカートを脱がしていく。
見ているわけにもいかず、視線を逸らした俺へ、朝姫が「ねぇ、センパイ」と淡々と言った。
「ボクがもっと強くなれば、他の人はいらなくなりますか?」
「強くなれたらな」
その言葉にはそう返すしかない。無理だとは言わない。言えない。
衣擦れの音とともに、「そうですか、頑張りますね」という朝姫の楽しげな言葉が返ってきた。




