016 勧誘ターンその2
「新井くん、今日は一人なんですか?」
「ああ、そうなんですよ白陶先輩」
朝姫と華を適当な民家に待たせ、俺は前回と同じく大量のゴミどもを世話している白陶繭良のところに来ていた。
前回の接触で朝姫を見せたことで警戒が解けたのだろう。
朝姫を連れていなくとも前回訪れたときに案内された、広めの廃屋で二人きりになる。
ただ――
「……あの、白陶先輩、気をつけてくださいね」
――廃屋へ入る直前、不安そうな女生徒が白陶先輩に釘を刺していた。
俺になにかされないように気をつけるのか、俺と仲良くしないように気をつけるのか。どちらの意味であの女生徒は言ったんだろうな。
(両方かな……つか気をつけろってんならてめぇも残れグズが)
二人きりの方が何かと都合が良いので、実際に残られるとそれはそれで困るが、俺は俺以外が自分勝手に振る舞うのがムカつくのだ。
傲慢の性質だろうな。
「新井くん、なにか言いましたか?」
「いえ、何も言ってませんよ」
そうですか、と白陶先輩は言いながら「すみません、さきほどの彼女は」と白陶先輩に忠告した女生徒の言葉を謝罪してくる。
「構いません。俺に警戒するのは当たり前ですからね」
俺の言葉にほっとした顔をする白陶先輩。そしてお互い椅子に座って顔を突き合わせれば、どこか期待した様子で、そわそわと俺を見てくる。
正直なのはわかりやすくて好感が持てる。
正面からじっと白陶先輩を見つめてやれば物欲しげにしていたことに気づいたのか、ごまかすように先輩は自身のおさげに触れて、気まずそうに笑った。
――この人は、パンと水を欲している。
それも自分のためでなく、集まってきたゴミどものためにだ。
素直に尊敬する。俺にこういった真似はできない。不特定多数の他人のために、自分を犠牲にすることなどできない。
(金魚のフンだなんだと言われても、俺がジューゴのために交渉だの調達だの調査だのしてきたのは俺自身のためだからな)
俺が交渉をした結果で、幼馴染が喜ぶ。だが俺の目的はそっちじゃない。
ジューゴが喜べば、栞が喜ぶ。
栞のそんな姿を見るのは、とても嬉しかった。
そして俺もまた、自分が力を尽くすことでなにかができるのが楽しかった。
ジューゴと共にいると、世界を変えているという実感がなぜか湧く。
俺はただ与えられて喜ぶ凡人どもと違う。大舞台の裏手にいようと、有象無象を率いて派手なイベントだのを取り仕切る自分は誇らしかった。
もっとも、壇上に立ち、脚光を浴びるジューゴを羨ましいと思ったことも確かで、だからこんなことを……――。
「あー、先輩は、今の現状が楽しい?」
「えっと、楽しくはないですけど。どうしたんですか? 急に」
俺の言葉に怪訝そうな顔をする先輩に、ちょっと話題がまずいかな、と切り替えたくなる。
俺はこの人を楽しい気分にさせて、俺への好感を持ってもらうのが目的……なのか?
勧誘はしたい。だが、わかんねぇな。俺はジューゴじゃない。そんなに器用じゃねぇんだ。
「あー、まぁ、そりゃこれだけの人間をまとめてるんだぜ? 当事者の先輩がどういう気分なのか気にもなるさ。ああ、そうそう。茶菓子用意してきたんだ。食ってくれよ」
俺は立ち上がって、アイテムボックスから華が作ったホールケーキを取り出し、ケーキナイフで切り分けて皿に置き先輩の前に置いた。
「お茶飲む? 紅茶? それともコーヒー?」
傲慢の影響がある。やはり敬語は維持できない。まぁいい。そんなことは重要ではないのだ。
「えっと、紅茶で」
廃屋のテーブルは少しぐらついて不安だったので、キャンプ用のバーナーは地面に置く。薬缶を水で満たし、火にかけた。
先輩が手伝おうと立ち上がったが、座っているように手で制する。
バーナーもまたフレポ品だ。コンロでもいいが、こっちの方がゴォゴォと音が楽しい。
ただでさえストレスが多いのだ。自分の人間性の維持にこういった細かい好みを把握しておくことは重要だ。
「先輩はさ。他人を助けることが楽しいのか? それとも悲しい想いをする人を減らしたい?」
「……悲しい想いをする人は、いない方が良いのでは?」
「それが当たり前だから先輩は人を助ける?」
「その、私は……すみません。よくわかりません。ただ求められたから応えてきただけで、いつのまにかこんなふうになってしまって」
テーブルに向けて顔を落とした白陶先輩。おさげが揺れる。先輩はどこか物憂げに目の前に置かれたケーキを見ている。
「人を助けて、ありがとうと言われるのは嬉しいですが。それが当たり前と思われるとどうにも気持ちが沈みますね」
それが当たり前になると感謝の言葉もなくなる。それは先輩の好意を享受し続けたグズどもが増長した結果だろう。
「もちろんありがとうと言ってくれる人はいます。それでも……なんでしょう、この気持ちは……ああ、いえ、忘れてください。こんなこと、新井くんに聞かせる話じゃないですよね」
先輩はすみません、と曖昧に笑ってみせた。
ただその笑みはどうしたって笑っているようには見えない。泣いているようにも悲しんでいるでもあって。
「疲れているのかもな。先輩は」
ティーポットとカップにお湯を注ぎ、温めながら「これがきちんとした淹れ方らしいけどよ。不味かったらごめんな」と言いながら先輩に笑ってやる。
「いえ、その淹れ方であってますよ。大丈夫です」
「そうか。よかった。なぁ、先輩。愚痴ぐらい俺でよかったらいつでも聞くぜ。こうして助けを求めてくれればいつだってな」
そこで俺は、白陶先輩が作成したクエスト画面を先輩に見せて、パンと水をまた300ほど融通した。
「……新井、くん」
ポットに茶葉とお湯を淹れながら俺は「ほらほら、そんな沈んだ顔してねぇで、笑ってくれよ。な?」と言いながら、まぁ、こんなもんだろうと内心のみでニヤついた。
朝姫にやったような依存など今回は必要ない。白陶先輩の相談相手として信頼を勝ち取る。そのうえで友人以上になってギルドに勧誘する。
(恋愛関係になる必要なんかねぇんだ。好かれる必要もな。こうやって信頼を積み重ねて頼りになる後輩の位置につく)
俺はジューゴじゃねぇんだ。そうそう誰かに好意を寄せられるわけがねぇ。
華と朝姫が特殊なだけだ。それでもまぁ、やれるだけやってやる。
「ほら、お茶淹れてみたぜ。このケーキも絶品なんだ。絶対好きになると思うぜ? な?」
嫌がられないように軽めに先輩の肩に触れる。前回と同じ刷り込みだ。
「新井くん。ありがとうございます……また相談してもいいですか?」
「もちろん。俺は先輩の味方だからな」
そうして俺は白陶繭良と交流を深めていく。
◇◆◇◆◇
「忠次様、白陶繭良はちょっとよくないです」
華と朝姫を置いた民家に戻ってくれば突然そんなことを華に言われた。
周囲を確認すれば「風の魔法で音は遮断してます。口元と首に薄い迷彩をかけて読唇術も防いでます」と華に先に言われた。
「華、そりゃ提案か?」
「神園華、お前、拠点での会議じゃ反対してなかったじゃん」
「今言うのは白陶繭良の隠しステータスを視認したからですよ。わたしも白陶繭良についてはよく知らなかったんですが、彼女、『ハルイド博士の遺失血統』です」
ええ、と朝姫が華の言葉に驚いた顔をした。
「白陶が? あのお爺ちゃんの? え? いつの時代?」
「繭玉の会の発生から考えれば、恐らく神園や赤鐘の発生と同時期ですね」
「うそぉ。えー、あー、だからかぁ」
二人が俺の知らない知識を前提に会話をしている。「知らねぇ話をすんな」と、華の頭にこつんと拳を触れさせれば、華の手が俺の拳に伸びてそのまま握られた。
にぎにぎと俺の手を揉みながら華は言う。
「ハルイド博士というのは、神園に所属する研究者の一人です。第二次世界大戦のときに合衆国から神園に亡命してきて、それもまた戦争の原因となりました」
「あのお爺ちゃん、もともとは中国の崑崙山っていう道士の組織の人らしくて不老不死らしいですよ」
九龍城塞の道士組織の立ち上げにも関わっているとか、とまるで内緒話でもするようなこそこそしたポーズで朝姫が付け加える。
道士? 九龍? 俺は二人の言葉に苦笑いするしかない。ハルイド博士ね。まるでマンガの世界の住人だ。
「あー、不老不死って、今度は随分大きく出たな」
「彼は古代の時代から世界の各地で超人研究を行ってきた研究者で、その影響で世界には様々な遺伝子研究の組織がありました」
「神園以外はぜーんぶ潰されたけどね」
「彼らは戦闘を目的としたからですよ。神園も二次大戦でやりすぎました。当主に凡夫を据えることで、危険がないことをアピールして延命しようとしていますが、いずれ滅ぶでしょう」
「あー。その話長い? まだ続く? つか、そのハルイド博士が今回何に関係してくるんだ? 今の状況に対しては割とどうでもいい人物だってことはわかったが」
その爺さんは今回の事件を防げているわけでもなし。せいぜい赤鐘の厄介な自己暗示を作った元凶だってぐらいか?
「んん、そうですね。忠次様、ハルイド博士の遺失血統というのは、ハルイド博士が使えないと判断した血統になります」
「センパイ、赤鐘も遺失血統なんですよ!」
「……? よくわからんが、それがなにか? 別に朝姫が人間としておかしいってわけ、でも……」
自分で言いながら朝姫を見る。おかしい? ああ、確かに、そうだ。こいつ……。
「おかしいんだな?」
「ちょ、酷い!!」
「酷くないです。そうです。ハルイド博士が目指した超人というのは自分ひとりで完結しなければならない。『聖剣を必要とせず魔王を殺せる勇者でないもの』。その達成に赤鐘のように他者に判断を委ね、その完成に担い手を必要とする血統は使えないのです」
「魔王? 勇者? ジューゴか? ああ、いや、それはいい。話がずれる。ええと、じゃあ白陶繭良も、そうなのか?」
「恐らくは」
「でもでも、それなら都合がいいんじゃないですか? SSRのレアリティに依存させちゃえばエピソードでセンパイの強化し放題ですよ?」
「は? やだよ」
朝姫の言葉を一刀両断する。そう、嫌だ。俺が嫌だ。
それは白陶繭良に同情してるからじゃない。
「いいか? 華と朝姫だけでもこんなにめんどくさいんだぞ。これにもうひとり加わってみろ」
こいつらだけでも暗闘報酬などというとんでもないエピソードが発生したんだ。それが三人?
ああ、嫌だ。考えるだに嫌になる。恐ろしい想像に身体が震えそうになる。
お前らでさえ俺には制御できていないのだ。もう一人増えたら巻き込まれる俺はどうなる?
「ん、んんー。センパイがそういうなら強く言いませんけど」
ホントにいいんですか? という朝姫の言葉に俺は、いいんだ、と強く言い切る。
「神園華もいいの? 白陶繭良がいればセンパイが強くなるんだよ? 遺失血統ってことは、繭玉の会の秘儀って白陶繭良でしょ?」
「はい、いいのです。そんなもの、わたしが忠次様をサポートすればいいだけですから……そして、わたしも厄介な女が増えるのは望んでいません」
やっと華に俺の気持ちが伝わったか、という考えにはならない。
こいつもこいつで危険だ。便利なのでいろいろと任せてしまっているが、油断しないように警戒は必要だった。
それでも、お互いの方針が一致したのは素晴らしい。
「じゃー、白陶繭良とはこれで最後ってことですか。いろいろやりましたけど無駄でしたね」
つまらなそうに朝姫が唇を尖らせた。
俺は朝姫の頭に手を置いてぐりぐりと撫でてやりながら、いや、と否定する。
「白陶先輩はいらないが、あの集団から生徒は引き抜きたい」
え? という華の顔。
「えと、忠次様? 大丈夫ですか? それは白陶繭良と接触するということですよね?」
「華だって人が足りないのはわかってるだろ。新しいギルド施設。あれを使うには人数が必要だ」
んん、という華の渋い顔。そんなに心配か?
「大丈夫だって。次かその次の接触で白陶先輩が邪魔だと考えてる生徒をこっちで引き受けられるように取引する。いくら白陶先輩がその遺失なんとかだっても、それだけのことで俺に依存なんかするわけねぇだろ?」
撫でられている朝姫が呆れたように俺に言う。
「あのぉ、センパイはボクをどうやって魔剣にしたか忘れたんですか?」
「忘れてねぇよ。だが、朝姫と白陶先輩じゃ状況が違うだろ。あの人は弱ってねぇし、孤独でもない」
俺の言葉に、華と朝姫が顔を見合わせた。
「あの様子だと次あたりでセンパイに惚れるよね白陶繭良」
「わたしが彼女なら忠次様を押し倒してますが?」
こそこそ話すふりをしなくても聞こえてんだよお前ら。
あのなぁ、3、4回話した程度で誰が惚れる? 誰が依存する?
遺失なんとかだろうが人間ってのはそんなふらふらしてねぇんだ。心ってのはもっと強固なもんなんだよ。
◇◆◇◆◇
『白陶繭良はエピソード1【赤ノ繭糸】を取得しました』
『エピソード1【赤ノ繭糸】』
効果:『新井忠次』と同一パーティーの際、『白陶繭良』のステータスを1.2倍する。
心に、小指に。
人に、縁に。




