007 勧誘ターンその1
俺たちはエリア3を歩き回っていた。目的は当然新しいギルドメンバーの勧誘だ。
「勧誘だが、今回は朝姫みたいな孤立した奴は狙いたくない」
朝姫に説明するように呟けば、腕にひっついた朝姫はどうしてですか? と大して気にしてない口調で言った。
「ん、あ、いや、ちが、気になってないわけじゃないですけど。やっぱりその」
先ほど暇そうにしていたことを俺にバレたのがいまさら気になるらしく、朝姫がわたわたしながら、ごにょごにょ言う。
髪をぐしゃぐしゃと撫でながら俺が言葉を続ける。
朝姫は華と違って打てば響く、という感じではない。
だが、実のところこいつは俺より賢い。考えをまとめるのに、話しておいて損はない。
「やっぱな、孤立するっていうのは孤立するだけの理由があるんだよ」
「理由ですか? ボクの死病とはまた違った?」
「あー、大罪に近いかな。コミュ障っつーか、べしゃりがドヘタっつーか、距離感が掴めてねぇっていうか」
「べしゃ?」
「あーあー、喋りが下手くそっていうな」
頷いて「はいはいはいはい、そういう意味ですか」と納得する朝姫を連れて、エリア3を見て回る。
廃屋が立ち並んだ滅んだ村のあちこちに生徒がいる。
「あ、おい見てみろよ。あそこでみんなゲームしてるぜ。トランプか?」
んー、と朝姫が顔を生徒の集団に向ける。俺より目がいいこいつなら何をやっているのかわかるだろう。
「あれ、賭場っぽいですよ?」
「賭場ぁ? 賭け事してんのかわざわざ」
普通に遊べばいいのに、なんでそんな面倒なことしてんだあいつら。
「風紀委員が立ってます。神園が設営した公営ギャンブルってとこじゃないですかね。不満のガス抜き用かな?」
なんでわざわざ? と俺は呟いた。
ゲームなんて個人でやりゃいいだろ。なんでわざわざ風紀委員というか、神園を噛ませる必要があるんだ?
「センパイ、ギャンブルをするにあたって何が必要かわかりますか?」
「何って? 賭ける金と、巻き上げる格下?」
いいえ、と朝姫は首を振り、暴力です、と言った。
「暴力ですよセンパイ。勝った取り分を徴収する暴力。負けた相手の報復を牽制できる暴力。反対意見を封殺する暴力。ギャンブルをするっていうのは、常に問題が発生するという問題を抱えるってことです。これを解決するのに、暴力ほど適したものはないんですよ」
「……だから個人ではできない、と?」
「都合の良い暴力を用意するのにはとても手間がかかりますからね」
ふーん、と俺は賭場を横目に歩いていく。
「あれ? いいんですか? 遊んでいかなくて」
「お前がいるからな。もうちょっと上品な奴を勧誘するよ」
「え? 心配してくれてるんですか? ありがとうございます! わーい!」
感激した朝姫がぐりぐりと頭を俺の脇に押し付けてくる。痛い痛いやめろやめろ。
つか朝姫、お前が考えてるのとは逆だぜ。
たとえばあそこの連中を勧誘したとして、そいつらが外見美少女の華と朝姫に突っかかってトラウマエピソード作らされたらそいつらが可哀想じゃねーか。
俺たちは賭場を遠目にその場から去っていく。
(もちろん、ギャンブルにも興味はあるが。遊ぶのは無理だろうな)
あの場所は神園の管理下にあるのだ。神園と争っている状態で積極的に関われる場所じゃない。
(ちッ、効率を優先しただけで、逃げたんじゃないぞ?)
俺の方針に、小さくなった小胆を組み敷いた傲慢が、不満そうに唸っていた。
(だがギャンブルか。大罪の原因ともなりかねないだろうに、なんで賭場なんか……)
あの会長のことだ。何か考えがあるんだろうが、それにしたって少し不用心にも見えた。
◇◆◇◆◇
「お、いたぞ。あそこだ」
エリア3にいくつかある広場のような場所で、探していたグズどもの集団を見つけた。
白陶先輩の姿もそこには見える。他の生徒からの相談でも受けているのか、真面目そうな顔で何か話していた。
「ほら、朝姫、しゃんとしろ」
朝姫を俺の隣から離れさせる。武器化のコマンドを覚えてからどうしてか俺と離れるのを異常に嫌がっている朝姫が俺の袖を摘む。
「朝姫、今まで自分の足で立ってただろ」
「でも、その、なんか不安で……あの、なんでですかね?」
知らねぇよ。つか、なんだ? 武器化のコマンドの弊害か? 過去のトラウマか? それとも赤鐘の血に由来する依存の一種か? 原因が多すぎるんだよお前。
(華がいりゃ対抗するために勝手にしっかりするんだが……。ううむ、華がいると周囲が騒がしくなりすぎるからな)
華が今この場にいないのはそのためだ。
ちなみに、一人でも勧誘に成功したら合流する予定なのでたぶんどっかに隠れてこっちを見ていると思うんだが。
というか、なんで他の生徒は近づいてこない? 俺の捜索スレもレスがかなり少ないし……神園か?
関わる奴も同罪みたいな? 青柄が朝姫に挨拶するという名目を用意したのはそのせいか?
こうして朝姫が華に匹敵する戦力へと成長した現状、次の勧誘の目的は質よりも数だ。だから、グズでもゴミでも誰か近づいてきたら適当に口説いてギルドに引き込んでやろうとしていたが……これじゃあどうにもな。
(四人目も、華や朝姫みたいなのは嫌だぜ俺は)
ため息をつきたくなる気分を抑え、朝姫の小さな背に腕を回してぽんぽんと叩いてやる。抱きしめるような構図だが、力は強く込めない。
「安心しろ。なんとかしてやる」
周囲のざわつき。広場のゴミどもが俺たちを発見したようだ。仕方がない。奴らに見えやすいように立っている位置をさりげなく移動する。
センパイ? と朝姫が疑問符を頭に浮かべるが、いいからと俺はにやついて見せる。
朝姫の背から手を離した俺は、背の低い朝姫に合わせて腰を落とす。
そうして寄り掛かるように、朝姫の肩に手を回した。俺が体重を掛けようとも化物じみた体幹の朝姫は小揺るぎもしない。そんな朝姫の頬に俺の頬を擦り付けて、ゴミどもに俺と朝姫の仲を見せつけてやる。
ゴミども相手だ。美少女を侍らせることで、主導権をとってやる。
「朝姫、いけるな?」
囁くように言えば、朝姫の頬が強い熱をもったように火照る。
「あの、その、は、はい! よ、よろしくおねがいします」
よろしくってなんだよ、と俺は苦笑すると、朝姫を伴って歩き出す。
564 名前:名無しの生徒さん
新井が完全に悪い男になってるんだけど? あんなタラシだったっけ?
565 名前:名無しの生徒さん
つか隣の赤い髪のかわいいちっちゃい子誰だよ? なんかどっかで見たような気がするけどさ
566 名前:名無しの生徒さん
いやお前ら風紀委員に気をつけろよ
っと、誰か来たようだ ちょっと行ってくるぜ
視界の隅に表示していた、止まっていた新井忠次捜索スレにレスが付いた。グズどもめ、口角が少しだけ上がる。
「白陶先輩! 謝りに来たぜ!!」
怒鳴るように叫べば、グズどもの中から、心底から疲れた顔をした白陶繭良が現れる。
女子の平均っぽい俺からすれば小柄な身体、おさげにした黒髪、三年生の赤いスカーフの制服。
白陶繭良は童顔だが十分に美人だと言える可愛らしい先輩だ。
「新井くん、それ、謝りにきた態度じゃないですよね」
それでも、元気になった朝姫を見たせいか。頬を少し緩ませた白陶先輩は、どうぞこちらに、と崩れかけた広めの民家の中へと俺たちを案内しようとするも、周囲に止められ、それでも周囲を押し切って俺たちを、どうぞ、と招き入れた。
「やっぱ白陶先輩も俺たちと会話するなとか生徒会に言われたのか? いいのか?」
「いいんですよ。神園にも力はありますが所詮、商家です」
(なんだこの人、おかしいな。思ったよりも芯がある? 立場が強い? いや、そうでもなきゃグズどもを保護するなんて考えは浮かばないだろうが……だからこそのSSRなのか?)
隣の朝姫に視線を落とせば、俺を見上げ、小声で忠告してくる。
「白陶繭良は繭玉の会に所属しています。注意してください」
――は? 繭玉の会? なんだそれ? 聞いてないんだが?
疑問顔になった俺の様子で、その繭玉の会とやらを知らないと朝姫は察したらしい。
「繭玉の会っていうのは――」
説明しようとするも、こちらにどうぞ、と白陶先輩にフレポ産の椅子を示される。
「繭玉の会は私の家です」
座りながら、家? と問えば、白陶先輩は思い出すのが嫌なのか、苦々しい顔で、生家です、とだけ言った。
「あの、新井くん、水も出せずに心苦しいのですけど」
「ああ、いいんだ。先輩方の窮状は把握してる」
もちろん、その窮状を齎したのは難度を上げた俺のせいだということもな。
「すみません。周囲とも相談したんですけど。難度というものが上がってから、どうもうまくいかなくなって」
レアリティの高い生徒はなんとかなっているが、弱い生徒は今は溜まっていたゴールドを切り崩し、踏破ボーナスで購入できるようになったパンと水で凌いでいるようなことを語る白陶先輩。
「レベルが低いとどうやっても負けてしまう人もいて……参っています」
「フレンドはどうなんだ?」
「SR以上の方たちは、少し頑なですから……」
頑な? と問えば、フレンドになることで、お友達料を要求する奴らもいるのだとか。
「ええとすみません。自分のことばかり。それで新井くんたちは? さっき、謝ると言っていましたが」
白陶先輩が疲れたように俺たちを見てくる。その顔には厄介事だったら嫌だなぁ、という感情が込められていて、失礼だが少し笑ってしまう。っと、本題だな。
隣の朝姫の背に触れながら俺は白陶先輩に頭を下げた。
「あのときはすみませんでした先輩。でも朝姫もほら」
傲慢の影響でこの謝罪も心からというわけにはいかないが、これからの勧誘活動のためにもここで謝罪しておく必要があるのだ。
「白陶繭良。ボク、新井センパイのおかげで元気になれました」
「ええ、よかった。朝姫さん、心配していたんですよ本当に」
指示したとおりに穏やかに微笑んでみせる朝姫に、白陶先輩の頬が緩んだ。
(こうして改めて朝姫を多くの人間に見せることで、周囲への事情説明にもなる)
勧誘に邪魔になりそうな、拉致監禁してエロエロなことをしている変態野郎、みたいな風評被害はこれで取り除けるはずだ。
もっとも朝姫は以前と外見が違うから、情報が浸透するまでに時間はかかるだろうが……。
(しかしよくも白陶先輩は朝姫を見てすぐに朝姫だと気づけたな……)
朝姫は赤い髪に変わったとか、瞳の色が変わったとかそういうことではなく、印象が違う。
以前の朝姫はガリガリで死にかけだった。死臭を纏っていた。存在感が薄れていた。
それは今の元気溌剌でちょこちょこと動き回る姿とは全く違っていて、印象を一致させるのは難しい。
青柄のように毒を盛られる以前からの知り合いだったとか、そういう事情でもあるのか?
(それとも繭玉の会ってのは、赤鐘の事情を知っているとか、か?)
魔剣化し、赤髪になった朝姫に気づけるというのは、つまりそういうことか?
考えていれば、朝姫と言葉を交わしていた白陶先輩の視線が俺の方に向く。
元気になった朝姫を見て安心したのか、だいぶ険の取れた表情だ。
「新井くんも、病気を治す方法があったならきちんと言ってくれればよかったのに」
「っても、そういう雰囲気じゃなかったし。俺も目的があったからなぁ」
あのときのことを思い出したのか、白陶先輩の表情が曇った。
「あ、その、新井くん、あのときはごめんなさい。みんなが新井くんに乱暴してしまって……」
「ああ、うん。気にしてないぜ先輩。あれは仕方がなかった。俺も乱暴だったしな」
嘘だ。もちろん根に持っている。だが、グズどものすることだ。許してはやらねぇが、今は大目に見てやるさ。
いずれまとめて泣かせてやるけどな。今は他にやることが多いので見逃してやる。
「それで先輩。先輩が出してたクエストなんだけど」
「あ、はい?」
それが何かみたいな顔をしている先輩に、クエスト受注画面を見せた。
もちろんクエストなので顔をあわせなくても、クエストを受注し、ステータスからアイテムを譲渡するだけでもクエストをこなすことは可能だ。
ただ受けるだけならこうして顔を合わせる必要はないのだ。
「迷惑料とか、お詫びってわけじゃないんだが」
俺は白陶先輩の前でクエストを受注し、手持ちのパンと水をそれぞれ300個ほど、クエストの納品画面へと移動させた。
(こんなもんだな。外のグズどもは100人ぐらいだ。これで1日分の食事になる)
この先輩も、よくもまぁ、あれだけのグズを集められたもんだな。
ちなみに譲渡したパンも水もわざわざ用意したものではない。
フレポをクソほど回してアイテムボックスに溜まっていたハズレアイテムだ。
こんなハズレアイテムでSSRに恩が売れるならしめたもんだった。
「え、え、と……」
「なぁ白陶先輩。俺も、先輩の力にならせてくれないか?」
動揺する先輩へと近づいて、その手を握った。こういうときに使えと華から教わった支配の方法の一つだ。
感激させた瞬間にスキンシップをとることで、俺に触れられることで喜ぶようになる、という条件付けをする。
もちろん不潔な男に触れられて喜ぶ女子はいないので、朝風呂に入り、事前に歯も磨き、制服にはアイロンをかけ、フレポで手に入る香水も薄くつけてきた(髪は華が整えた)。
俺が触れば無条件で喜ぶ華だけでなく、比較的冷静に意見を出す朝姫も合格を出したのでたぶんイケメンっぽくなってると思う。
(もちろん条件付けは一回じゃ無理だから何度かやる必要があるが、好印象は残せるはずだ)
「新井くん……あの、ありがとうございます。本当に」
涙ぐんだ先輩が涙を拭おうとしたので、俺は手を離すと、ハンカチをアイテムボックスから取り出して手渡した。
「あ、ありがとうございます。新井くん」
自分でも気障だと思うが、白陶先輩はSSRだ。期待はしてねぇが、勧誘できりゃいい。
(あ、いや……やっぱやめておいたほうが……)
SSRというレアリティに繭玉の会という不吉な単語。
華と朝姫の流れを思い出せば、ストレスからか、舌に苦い味が広がった。
この小柄な、慈悲深いだけの美人な先輩には何かがありそうだった。




